矢鳥 伝子という女
西式羽町。県内でもそれなりに賑やかな町の一つ、今回の事件の全てがこの町の中で起きているらしく桜田さんと俺は近いこともあって現地に行くこととなった。
電車で近場の駅からたった4駅。西式羽駅に着いてみると、長く使い古された街並みが広がっていた。聞いたこともないような名前の本屋、とても綺麗とは言えない住宅群が線路に沿って並んでいてどこか懐かしい。
「さてと、この町の人間に聞くのが手っ取り早いよな。」
……まさか、猫を殺している犯人は誰ですか?なんて直接聞こうということではあるまいな?
目の前にはたしかに聞くのには手っ取り早いと言わざるおえないほどゴロゴロと人がいるが。
「オイオイ、そんな顔するなよ。なんだお前、俺が地元民に普通に聞くとでも思ってんのか?……いや、普通の地元民に聞くと思ってんのか?」
普通の地元民じゃないってことは、………こっちの人間ということか。
こんな閑静で人の良さそうな町にもやはり悪事を働くような人間はいるものなんだと、少しだけ裏側を覗いてしまった気分になった。
「桜田さん、普通じゃない地元民って誰なんですか、ヤクザですか?」
「そんな物騒なもんじゃねえよ。いや、イかれてはいるけどなぁ。俺たちと同じ【ハース・マーリン】のメンバーだよ。」
ハース・マーリンの、メンバー……
俺も数ヶ月前はメンバーはあの四人だけかと思ったら、全然そんなことはなく100人くらいはいるらしい。それぞれグループになっていて夏山さんが仕切っているグループはcグループと呼ばれている。
じゃあ今回会う人は……
「その人は何グループなんですか?」
「グループに属してないな」
「一匹狼って感じの?」
「全く違うぜ。利用するためならどんな手をも使う寄生虫みたいなやつだ。あいつをグループにしたら、濡れ衣とか身代わりとか仲間が凄惨な最期を迎えるだろうよ」
かなり下に見られてるんだなぁ、その人。
しかしそれでも話を聞くだけならプラマイマイナスすぎるような人だということもわかる。目をつけられないように注意しておこう。イメージ的には蛇か女狐。
カツアゲとかされたらたまったもんじゃない。
「名前は矢鳥 伝子。気をつけろ奴の話には絶対乗るな」
経験者は語る。
ふと頭のどこかにそんな言葉がよぎった。
人気の少ない裏道をのらりくらりとではないが右に左にと二進も三進もいかない進み方をしていくと、雰囲気のある明かりが一つも付いていない三回建てのねずみ色のマンションの目の前に着いた。
「桜田さん、ここがその矢鳥さんのアジトですか。それで何階に住んでいるんですか?」
「全部あいつの部屋だ。さ、行くぞ」
このマンション一棟丸々持ってるのか、すごいお金持ちなんだろうな。きっと裏の裏の裏、黒くて黒くて黒い方法で手に入れたお金だと思うが。
鋼鉄の二枚扉をギギッと重い音を立てて、桜田さんはゆっくりと警戒するように開けた。
階段を上がっていき、二階に着くと一枚の黒い扉があり看板がかかっていた。
【矢鳥私立探偵事務所】
「やつはいつから探偵なんて始めたんだ?まぁいい、いくぞ」
がしゃッとドアを開けて中に入ると、汚い廃墟ビルのような内装にシングルベッドが一つ、そして資料のようなコピー用紙がカーペットのように広がっていた。そして無機質な大きな窓の真ん前にスチールデスクが置いてあり、そこの椅子に一人赤毛の女子高生が座っていた。
「漫画見たいだ……」
最初に思いついたのはソレだった。常識にとらわれない
「やぁ桜田、今日はそんな可愛い子連れてどうしたんだい?君ソッチ系だっけ」
「ぶっ殺すぞ」
ケラケラとその人は笑っている。冗談にしても趣味が悪い、桜田さんも嫌気がさすような顔をしている。
「で、結局誰くんなんだい。名前を教えてくれよ。かわいい子の名前は聞きだしたくなるのが、男の性ってもんじゃないか」
「お前は男じゃねえだろうが」
ジッと俺を見てくる。笑っているその目の奥は品定めしているようだった。
「蓮間、太郎です」
蓮間ね、蓮間と何回か舌の上で転がすように名前を呼ぶと少しだけハッとした顔になったが、また笑った顔になった。
どこかで見た笑顔だなと思ったら、雪海さんと似たような魔女の笑顔だということに気づいた。
「ふーん?蓮間ねぇ、夏山は……知ってるなぁ?奴も奴で趣味が悪い……それで今日は何の用だい?我が矢鳥私立探偵事務所はどんなことだって調べられる。さぁ今日は何が知りたい?」
「どんなことでも?」
「あぁ、何でも。この世の事象であれば、あの子のスカートの中から国家機密まで、どんなところも露にしてあげよう」
「おいその辺にしとけよ。今日の『依頼』は近頃この辺で起きてる猫が殺される事件についてだ」
矢鳥さんはそれを聞くとそんなことかい、なんていうとすぐさま床の紙をペラペラと二、三枚もちあげてみせた。
「今度はもっと面白い事件を寄越してちょうだいな。恋の話とか、世界滅亡の話とか」
「お前に深くかかわらせたら、絶対にダメな方に進むだろ」
「僕なりの誠意をもってやっているつもりなんだけどねぇ」
その紙はなんの変哲もない真っ白な紙だったが、いきなり文字がせわしなく書き込まれていく。写真や地図なんかも印刷されるが、矢鳥さんは一切筆記具を動かしてない。
「はい出来上がり。今回は蓮間くんの初仕事ということでタダにしといてあげるよ。それに僕も猫は好きだからね、愛猫家のよしみだ」
あれが異能力か、転写の能力と見ていいのか。やっぱりマーリンのメンバー、しかも一人で行動してるだけはあるんだなと感心してしまった。
ところで、なぜこの人は俺が初仕事なのを知っているのだろうか。まぁ初めて見るからそう思っただけなのかもしれないが。
「……なぜ犯人が載ってない?」
「謎解きしていく方が楽しいだろう?僕の集めた情報だ、絶対に犯人には辿り着くことだけは約束しよう。……蓮間くん頑張ってね。僕は応援しながら見させてもらうよ」
ふふっと意味ありげな笑いをこぼした矢鳥さんに少しだけ寒気がしたが、顔には出さずにした。
桜田さんは資料を受け取るなりなんなり、踵を返してすぐさま出て行ってしまった。
俺も続いて後を出るが、一応矢鳥さんに一礼だけはしといた。
「ったくよぉ……本当に気にくわないやつだ」
「でも優しい人だったじゃないですか。初回無料にしてくれたみたいですし」
「これからがっぽり絞られる、あいつの取り立てから逃げれると思うんじゃねえぞ」
ちょっとした世間話に花を咲かせながら、俺たちは矢鳥さんがくれた資料を基に捜索を始めた。
資料の内容はこうだった。
三月十七日から四月二日の間に起きた猫の連続殺傷事件。
夜間の11時から12時にかけての犯行が多い。使われている手口は猫の首を鋭利な刃物で切りつけ殺傷後、水を入れた状態の中型水槽に死体を入れて人目につきやすい場所に配置する。
現在までに殺された猫の数は13匹。
犯行の行われる日はまばらだが、水曜日に多く見られる。
事件を追っていた探偵が花咲公園で溺死しかける。
探偵の名前は江守 正吉33歳、現在式羽中央病院に入院中。
「ざっとこんなものか、まずはこの探偵に会いに行くぞ」
陸で溺れかけた探偵の男、江守 正吉。一体彼の身に何が起きたというのか。それとも何か見てはならないものを見たというのか。俺たちは式羽中央病院に向かった。