サーモンと猫殺害事件
半年前、大手家電量販店爆破事件が発生した。
大規模だったのと大手家電量販店が現場だったこともありその事件の二次被害の死者も含めると犠牲者は3桁を超えた。
俺はその時爆破に巻き込まれた被害者だったらしい。
詳しいことはほとんど覚えていない、どころか半年前以上の記憶が全く無いが、そう聞いた。
記憶障害 記憶喪失
覚えているのはあの人、夏山 千萱に助けられたことだけだった。
というわけで以前の戸籍も何もなくなり、今はこの犯罪グループ【ハース・マーリン】の構成員、蓮間 太郎として働いている。
俺のことを最初に見つけて保護したのが彼らだったためか、俺は世間から完全に死んだもの扱いされた。
ちなみに名前すら忘れてしまった俺の名前をつけたのは、他でも無い夏山さん。仏頂面だが世話焼きで繊細、しかしこういったセンスの無い器用貧乏な人だ。
「………太郎?ちょっとー?太郎、虚空に向かって語りかけるのは寂しいわよー?」
「あ、はっ!あれ?あぁすいません……何でしたっけ?」
「………もういいわ。それより、あなた仕事したことなかったわよね?」
「え、まぁ」
雪海さんの陶器製の仮面のような顔が妖艶で不気味な魔女の笑みで歪む。雪海さんはやはりと言ったら怒られるだろうが、魔女よりも魔女らしい大悪女の役がとても似合いそうである。
「それでぇ、あなたに丁度良さそうなのがあるのだけど~」
「そ、そうなんですか?」
にじり寄ってくる雪海さんのヤバそうな質問を濁してやり過ごそうとしていると、バァンと木製の音撃が俺と雪海さんの間を割って入った。
「ふー!これこれ、今回のお土産は鮭だぜ!」
ドアの前で大きな発泡スチロール製の箱をドシンドシンとナウマン象の演技をするように重そうに運ぶ桜田さん。
「あ!今手伝いますよ桜田さん!重っ、デカっ!」
雪海さんとの会話をほっぽり出してしまうことになったが、運ぶのを手伝った。
「サンキュー、太郎。どうよ、皆の衆。今回のお土産はバッチリだろ?」
「ッチ!」
これにはどこぞの氷上競技のように10点ふだを上げなくてはいけない。これまでの桜田さんのお土産ないしお使いは燦々たるものだった。しかし、ついぞこの日を迎えることができた。餃子を買ってこいといえばお好み焼きが出てくる、飲み物系は全て見たことのない海外製品出てくる、県のお土産はだいたい勾玉の桜田さんが初めてみんなが喜ぶお土産を買ってきた記念すべき瞬間だった。
「サーモン……うまそう。」
十五夜さんもいつの間にか、手伝いはしなかったが覗き込むように後ろに忍び寄っていた。雪海さんも先ほどの悪い顔はなくなり、びっくりしたようなまん丸な目をしていた。
「待ってマテ茶のラテアート!さ、桜田?……あなた、頭でも打ったの……いえ、何でもないの。あなたのあれほどのセンスが治ったのならそれでいいの……。でも、ちょっと私、ごめんなさい」
さすがに動揺しすぎだろうと思うが、目の前の先輩3人の中で一番真面目な人だし俺より長くここにいる今までこの半年よりもひどいチョイスを見せられたことがあったに違いない。
雪海さんはそのまま裏口から見て右側にある表の閉店した煎餅屋の玄関に続く廊下に消えてしまった。
「どうしたんだあいつ……?」
「きっと、あなたのせいですよ」
俺のせい?と首を傾げつつ鮭の入った発泡スチロールの箱を置いた。十五夜さんが箱を開けるとツルツルと光る水々しい鮭らしき魚が丸々一本入っていた。
「本当に鮭なんだ………」
なぜかがっかりしている十五夜さん。まさか、大ボケが来ることを期待していたのだろうか。桜田さんも屈託ない笑顔を意味もわからず浮かべている。
「そういえばよ、そろそろ夏山も帰ってくる頃だよな。さっき仕事の内容のメールきたんだけど、これお前にやろうか?」
スマホ片手に俺の目をじっと見ている。
その顔はさっきまでの屈託のない笑顔ではなく、真顔というか苦虫を噛みつぶしたような顔だった。
それもそのはずさっき雪海さんとの問答でもあったように俺はこの手の仕事というものをやったことがない。
失敗でもしたらどうなることやら……
肝が冷えるどころではない、バラバラにされてプラスチックのタッパーに入れられてしまうかもしれない。
「俺、そういうの全くやったことないんですけど……失敗しても殺さないでくださいよ」
「ばっかだなぁ、どうして俺たちがお前を殺さなきゃならないんだよ……いいか?お前は俺たちに殺される心配よりもターゲットに殺しかえされる心配をしてろ」
「そんな心配したくないですよぉ」
いつになく真剣な桜田さん、そのせいで帰って警戒してしまう。十五夜さんもさっきから微動だにしない………鮭のそばから。
と、その時何度目かドアの開く音がした。
今までで一番堂々としていながらも気品のある開閉、カリスマ性というのかリーダー気質というか。夏山さんだった。
「太郎、お前に仕事だ」
「お、夏山そのこと今話してたとこなんだよ」
夏山さんと桜田さんは何やら俺をほっぽらかしにしながら、帰ってきたばかりだというのに話し込んでしまった。桜田さんはちょっと険しい顔をしていて、夏山さんはそれを諭すように凛とした口調で対応している。
「太郎……おいで」
十五夜さんが読み終わったらしい新刊の漫画を俺に手渡して、雪海さんの消えた店面の廊下にふらふらと行ってしまった。
「太郎、今回お前に当たってもらうのは連続殺害事件だ」
夏山さんの口から出た言葉は俺の心臓を一瞬止めるには十分なものだった。
「?!…れ、連続殺害事件、ですか」
あまりに驚きすぎて、一周回って語尾は平常のトーンになってしまった。夏山さんはまっすぐ俺を見て、何かに気づいたようにハッとした顔で何かを言おうとしたがその前に桜田さんが口を挟んだ。
「殺人事件じゃないぜ?殺害事件だぜ」
「…猫のな」
「……猫の?」
ちょっと頭が転がってるみたいだ。いや、こんがらがっている。
猫の殺害事件?それをなぜ俺が担当することになったんだろうか。ひとまず殺人事件に横槍入れるような槍兵にならずに済んだらしい。
「依頼主は猫好きの資産家だか、財団だかだろ?」
桜田さんはどこかどうでも良さげに言う。
それに突っ込むように小声で資産家だと夏山さんが返した。
「今回の連続殺害事件は特殊だ。犯人を捜索しようした資産家の送った探偵が陸で溺れる事件も起きている」
陸で溺れる?なかなかにミステリーな現象だが、つまりそういうことだろうか?
「それって、能力絡みなんですよね……?」
「陸上で溺れるだなんて不可能に近い。今回はその陸でも水を凶器として使える水を操る能力者を探し出すことだ」
半年しかいないし、仕事もしたことがないので半信半疑なのだがこの世にはありもしないような超常的な能力があるらしい。
その力は小さな飴玉みたいな結晶が与えてくれて、その結晶を摂取すると粉々に砕けて身体中に転移する、らしい。
転移することで能力が発現するって昔2、3回聞かされたような気がするが全員が全員同じことは言わないので、結局信憑性はどのくらいかわからない。
「俺、無能力ですけどどうやって……?」
「何も倒せとは言ってない。見つけろ、そして無事生還しろ」
水を操る能力者なんて勝てるわけがないので、正直請け負いたくないんだが。
「ファーストミッションにはちょうどいいはずだ。相方は誰がいい?」
「………俺が行く」
俺が選択する間もなく桜田さんが手を挙げた。
「別に挙手制じゃないですからね?」
「俺がいれば百人力にきまってんだよ。それより雪海とか十五夜よりかは頼りにできるだろ?」
まぁ……確かに。ちょっとだけ二人をパートナーにした時のことを想像する。
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あははは!もっとよ!
もっとグロテスクに彩ってあげるわ!
あははは、あはははァアー!
あ……見つけた。
…あ……逃げられた。
…あ…太郎…死んだ。
ピッツァ、食べたい。
どうしよう。今の所この人をパートナーにするのが最善なように見える。雪海さんも十五夜さんも悪い人だということは決してないが、雪海さんは戦闘スタイルが怖そうだし、十五夜さんは正直俺には予測不可能な行動によく出る。夏山さんを付き合わせるわけには行けないし、背に腹は変えられない。
というわけで、桜田さんと猫連続殺害事件の犯人、水の能力者を見つけることとなった。