はじめまして、じゃなくて、これからもよろしくね?
寒い冬の時期だった。
大学進学のため、地方から上京した俺は親からの仕送り金をプラスに生活費を稼ぐため、東京の遊園地にアルバイトとして働き始めた。学業に支障がないよう就業に励み、在学4年になった年の12月、その遊園地は開園13周年を迎えると同時に閉園することになってしまった。
東京には大雪が降り積もるなか、大勢のファンの方々に見守られながら遊園地の幕が閉じられた。
閉じられた遊園地のなかでは、最後に運営を支えてくれたアルバイトのためだけに社員やキャラクターたちが演出をしてくれて、みなを楽しませてくれた。
客として遊園地で遊ぶことや、お気に入りにキャラクターの子たちのグリーティングしにいく機会があまりなかった僕としては最高の時間を過ごすことができたが、キャラクターたちと会えなくなることが名残り惜しかった。
そして、閉園後の片づけや整理整頓をし、遊園地に別れを告げながら最後の退勤をしたあとは、バイト仲間との打ち上げを楽しんだ。
苦手な酒を飲みながらも、バイト中の出来事をワイワイと振り返り、笑いながら話しあい仲間と一夜を明かした。
翌朝、仲間と別れ自分の部屋にたどり着き、軽くシャワーを浴びながら大学の講義を受講しに部屋をあとにする。
「早いとこ、次のバイトを決めないとな……」
閉園の通知が従業員に伝えられた際、希望者には新たな就職先の斡旋されていたが自分はいいと思えたところがなかったため、ズルズルと決めないうちに期限が過ぎてしまい、自力で決めざる負えなくなっていた。
「今日は大学ないし、昼まで寝よ……。バイトは家庭教師、塾講師なら採用されるだろうし……」
僕は久しぶりに、バイト疲れや勉強疲れを取ろうと二度寝をすることにした。
ピンポーン
突如、部屋のインターホンが鳴り響き、目が覚める。
あれ、いま何時だろ。
気になり、スマートフォンの画面を開くと、11時を回っていた。
もうお昼か……、そういえば誰かきているのだろうか?
ぼくは飛び起きて、インターホンに出る。
「はい……」
「こんにちは、配送会社です。お荷物届けに参りました」
「は、はい、いま出ます」
なにか注文でもしていただろうか?なにか当選でもしたのだろうか?それとも実家からの仕送りか?
寝起きで思考がうまく動かないまま、玄関の鍵を解除し配達員を出迎えた。
配達員が抱えているものに目が止まる。
無地な茶色の、抱きかかえることに一苦労しそうなほどの大きさなダンボール箱だったのだ。
「こんにちは、春野さんにお荷物届いてます。判子かサインをいただけますでしょうか」
「はい」
配達員から伝票とペンを受け取り、送り先と送り主を確認しながら自分の名のサインをし、伝票とペンを配達員に返す。
送り先は確かに自分だったが、送り主が不明だった。
配達員から荷物を受け取ると、想像以上に大きさのわりに軽かった。
「ありがとうございます、失礼します」
「お疲れ様です、ありがとうございます」
取引を終え、互いに感謝の言葉をかけ合い、ぼくはドアを閉めた。
中身はなんなんだろう……
そう思いながら箱を開封し始める。
「狭い空間にずっといるの、さすがに疲れちゃうね」
「えっ……?」
中に入っていたのはぬいぐるみだった。しかも、自らでしゃべり動いているのだ。
俺はほんの間は思考停止状態になり、自分の先日のことを思い出そうとしていた。
目の前にいるぬいぐるみは自分が少し前まで働いていた遊園地のキャラクターで、多くいるキャラクターのなかで最も愛していたキャラクターに瓜二つなくらいであった。
しかし、そのキャラクターのぬいぐるみを注文した覚えがなく、また動くぬいぐるみが存在しないと考えていた。
「……あっ!、お疲れさぁ……まぁ……じゃなくて、おはようございます!」
ぬいぐるみは長い間同じ姿勢でいたために固くなってしまっていた体をほぐし終わると、僕の真正面に立ち姿勢よく頭を下げ挨拶をしてきた。
「えっ、あっ、はい! おはようございます」
反射的に仕事場でのすれ違いのときにしていた朝のあいさつを返しながら自分も頭を下げる。
そして、互いに頭を上げたときにぬいぐるみはニコリとした。
「久しぶりですね、シゲルくん」
「ひさしぶり……」
ぬいぐるみが表情をもち意思をもって体を動かし、そしてヒトの言葉で喋ってくるという夢のなかで見るような出来事を目の前にし、俺は困惑していた。
「あれ、反応が薄いね? わたしのこともう忘れちゃったの……?」
そのぬいぐるみは不安な表情、悲しげな声で問いかけながら床に座り込む俺のほうに歩み寄り、小さな手でおれの片手に触れてきた。
ぬいぐるみ特有のフワフワな毛並み、柔らかく温かみをその手から感じ取ることができた。
「あんなに会いに来て、抱きしめてくれて『大好き』って言ってくれてたのに……」
「や、やっぱり、遊園地の?」
「うん、そうだよ。とは言ってもあそこにいたときの名前と違って本当の名前は『サクラ』という名前があるの」
「サクラ……」
「これからはサクラって呼んでほしいな」
「わかった……」
まだ頭のなかでの情報の整理が追いつかないまま、サクラというぬいぐるみと会話してした。
「えっと、ぼくのところに来た理由ってなあに?」
「うん、そのことなんだけど……」
ここに来た理由をサクラに問うと、彼女は顔を曇らせていた。
「わたしは遊園地ではアイドルを目指している女の子として活躍していたのね」
「うん、そうだったね」
「遊園地が閉まってしまってから、戻るべき世界に戻ってもアイドルを目指しているの」
「うん」
「ほんとに、この世界でアイドルを目指していきたいと思い、またここに戻ってきたのだけど」
「ほう」
「頼れるひとが……その……あなたしか思いだせなくて……」
「なぜおれ……」
「遊園地の従業員のひとたちのなかで、あなたが最もわたしのことを大好きと言ってくれて、わたしもあなたのことを大好きで会いに来てくれることを楽しみにしていたから……」
サクラは頬の辺りを赤らめさせながら俺を見つめて、俺もサクラの言葉に手で口元を隠しながら彼女を見つめ返す。
両想いの恋人が、互いの気持ちを明かした瞬間の空間が出来上がっていた。
「わ、わたしがアイドルになれるよう力を貸してほしいの!」
強い意思をもっているような目をするサクラ
「どこまで、どこまでやれるかはわからないけれどサクラの願いとなれば協力するよ」
「ありがとう!」