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七話:Eins Zwei

「持つべきは明確な意識……。使うべきものは……魔力」

「おおっとアカツキ選手、魔法の詠唱へと入りました! 絶大な魔力が手のひらへと集まっていく――!」


 アカツキは体内を循環する魔力を手のひらに集中させていく。

 まるで雪原の上で雪だるまを転がすように、魔力は丸く、大きくなっていく。時間が過ぎるごとに巨大になっていく魔力は、生徒たちに興味関心を通り抜けた――恐怖を与えるほどになる。


「う、嘘だろ……? 人間が、まして一年があれほどの魔力を使いこなせるはずがない――!」


 誰かがそう呟いた。

 今やアカツキの魔力は、上級生を超え、並み居る教師を超え――宮廷儀仗(ぎじょう)隊まで届こうとしている。しかも、なおも増加する形で。


「顕現せよ、奇跡の体現」


 なおも膨れ上がる魔力を練り上げながら、アカツキは呪文の詠唱を開始した。

 呪文が紡がれるたびに、アカツキの手元に集まっていた膨大な魔力は徐々に収縮していく。

 凝縮された魔力の塊が、さながら太陽のような輝きを放ち始めた。


「な、なんだあの魔力は!」


 今まで恐怖にあてられ口を開けなかったキーファは、この時になってようやく言葉を話せるようになっていた。

 開口一番に漏れたのは、アカツキが手のひらに束ねつつある親指ほどの大きさの魔力弾についての驚き。

 キーファはいくら傲慢であっても、貴族の端くれであり、学園の生徒であった。故に、今アカツキの手のひらにある魔力の塊の恐ろしさをひしひしと感じ取ってしまっている。

 顔を青くし、歯をがたがたと震わせる。彼の口から言葉らしい言葉が出たのは、もはや奇跡にも近かった。

 だが、キーファから言葉が漏れようと、アカツキの詠唱は止まらない。


「其は世界を繋ぐ橋梁きょうりょうなり。祝福の鐘を鳴らす希望の体現なり」

「あ、あいつに呪文を唱えさせるのをやめろ!」


 切羽詰まった表情で命令を飛ばすキーファ。混乱する状況で、兵士は命令に即応して見せた。見事な連携を取り戻し、それぞれが矢のようにアカツキへ駆け出していく。

 しかし、彼らの歩みは止まることとなる。

 突如として、兵士の眼前に生えた氷壁が彼らの足を止めたのだった。どこまでも透明な氷壁は、氷壁を生み出した術者の姿を克明に映し出す。

 冷気をまといながら、兵士たちの方へ腕を突き出している蒼の龍人――ラージャの姿。


「全隊員、火炎砲用意ッ!」


 しかし、そんな異常事態においても彼らの冷静は乱されない。

 武器を収めると、ウエストポーチから先端が丸く穿たれた筒状のものを取り出すと、目の前をふさぐ氷の壁へと照射し始めた。

 魔法陣が描かれ、自動的に魔法が発動していく。

 それなりに強い火魔法が発射される。しかし、ラージャの壁は溶けることがなかった。観念した隊長は、せめて一矢を報わんと、人一人が通れるほどの穴を一斉照射で開く。

 そこに一人、また一人と入っていこうとするが――。

 無情にも、通ろうとした瞬間、穴は再び氷壁に阻まれた。


「ふふ」


 無表情のまま――見る人が見れば、口角がほんのわずか上がっており、自慢げな表情をしていることが理解できる顔――、ラージャは佇んでいた。

 兵士たちは苛つきを露わに、火の魔道具を照射していく。しかし、溶かした分だけ即座に凍らされ、一進一退の状況だった。


「ラージャ選手、氷壁を作り出し、詠唱中のアカツキ選手への接近を許しません! 硬い、硬すぎるぞラージャ選手っ!」

「何をやっている! この役立たずめ!」


 キーファは兵士たちの醜態とも呼べる姿を見て、怒声を上げた。

 我を忘れる勢いで憤るキーファに対して兵士は流石の一言だった。龍人という抗いようがない相手にいいようにされようと、士気を落とすことなく立ち向かっている。

 しかし、その様子がキーファにとっては我慢ならないものだったらしい。

 自らの懐にしまい込んでいた筒形の魔道具を兵士が固まっているほうへ向け、魔力を流し始める。即座に魔法陣が展開し、魔道具が役目を果たそうと魔法陣をキーファの魔力で輝かせ始めた。

 その瞬間のことだった。


「――高天原たかまがはら天津神あまつかみよ。あらゆる叡智を見届けたもう天上の主よ。我が魔力を、四肢を、一時の依り代として、今こそ顕現せよ」


 アカツキの纏う魔力は濃厚極まりないものになっていた。それをアカツキはぎゅっと握りつぶすと、右腕を地面にたたきつけるように振り下ろした。

 拳が地面と接触した瞬間、魔力が爆発し、地面が一気にめくりあがる。もうもうと立ち込める砂煙で、誰もアカツキの姿を視認できない。

 だが、魔法の技術に長けるものは気づいてしまう。砂煙で姿がいくら隠れようと、魔力がアカツキの存在をこれでもかと知らしめていることを。


「……ん」


 そんな砂煙――そしてその中で暴風の如く吹き荒れる魔力を眺めながら、ラージャは満足した、とでも言うように小さく声を漏らした。

 彼女の瞳には、黄金色の魔力が映っている。どこまでも熱く、でも破壊的ではない熱量を放つ魔力は、ラージャに太陽を錯視させる。

 やがて砂ぼこりが晴れると、そこには魔力で髪の毛を逆立てたアカツキの姿があった。

 圧倒的な魔力は、魔力を見る技能がない一般人ですら感じ取ることができる程に圧縮されていた。


召喚サモン


 騒がしい会場が、アカツキの一言で静まったようにすら感じるほど、その声は誰の耳にも届いた。

 その声を聴いた瞬間、キーファは一瞬だけ思考を止め、次の瞬間にはアカツキへと指をさしながら笑い始めた。


「は、はは――! あれだけ大仰な呪文を唱えてどんな魔法を唱えるかと思ったら、召喚サモン如きか! 魔力におびえていたこちらが馬鹿だったッ!」


 突破せよ、とラージャが指示を送る。兵士たちは士気高く指示に従い、氷壁を突破するべく、再度氷壁を火の魔道具で照射する。

 すると、いままで溶かした途端に塞がっていた氷壁が、まるで嘘のように溶けていく。兵士たちがラージャの方に視線を送ると、そこには魔法の発動を止めたラージャの姿があった。

 何の変化もないラージャの姿に疑念を持つ兵士たちだったが、魔法が解けたことは確かであった。この機を逃してなるものか、と一気呵成にアカツキへと襲い掛かる。

 仲間の危機であるというのに、ラージャは動こうとしない。


「覚悟――!」


 アカツキへと、一太刀を叩き込もうとする兵士だったが、剣を振りかぶった瞬間に剣が高らかに弾かれた。


「……っ! それなら――!」

「すごい腕だと思う」


 兵士が腰の短剣を抜き放ち、アカツキの首元へ一閃しようとした。――が、その前に、アカツキの手が――否、その手に握られている黒く角ばった何かが兵士の短剣をせき止めた。

 首元まで一センチもない。こうなれば力づくで首へ刃をねじ込もうと考えたのだろう。兵士が短剣にグッと力を込めた。

 しかし、短剣はピクリとも動かない。


「でも、ごめんなさい」


 瞬間、アカツキは兵士と距離を取った。一瞬で五歩分ほど後ろに下がったアカツキは、手に持っている黒い何かの先端を兵士へと向けた。


装備エクイプ


 一言呟き、アカツキは魔力を両手に持つ物体へと流し込む。瞬間、黒い棒状の何かだったものは形と色を変化させていく。

 色は黒から銀へ。形状は禍々しく、しかし美しさを兼ね備えたものへ。

 その様子は、先ほどキーファの私兵が使っていた魔道具とどこか似ており、先端には何かを射出するための穴が開いていた。

 最後に、魔力が射出口手前に走り、銘を刻んでいく。

――右に《Eins》、左に《Zwei》。物体の銘は、そう刻まれた。


「な、なんだその魔道具は!」

「魔道具じゃない。ただの道具だよ、これは」


 アカツキは問いかけてきた兵士へその先端を向け――引き金をぐっと引いた。

 瞬間、雷が地に落ちたかのような轟音が響き――。


「……は?」


 兵士はあおむけに倒れていた。

 何が起きるかを知覚する前に意識を閉ざした兵士。そんな兵士とアカツキとを交互に見て、キーファは叫んだ。


「な、何をした!」

「撃っただけだよ」


 アカツキは兵士に照準を合わせ、引き金を引いた。

 再び轟音が響き、兵士が腹部を抑えながら倒れる。

 兵士たちはおののき、盾を持っているものは盾を掲げ、そうでないものはめくれ上がった岩へと隠れる。

 この短時間ではあったが、アカツキの手にある《Eins》と《Zwei》は、攻撃対象者に先端を向けて引き金を引かなければいけないことを理解したらしい。

 やはり流石だとアカツキは思った。しかし、兵士たちの対処の一歩上を、アカツキの能力は行く。


強化リィンフォース


 《Eins》と《Zwei》が強く輝きだして、一瞬で掻き消えた。傍から見れば魔法が発動失敗したように見えるが、アカツキの表情はどこか満足そうである。

 そして何かを確認する様に手を握っては開き、開いては握り、《Eins》と《Zwei》の先端を盾をもってじりじりと近づいてきている兵士たちへと向けた。

 そして、ためらいなく引き金を引く。


「……は?」

「え?」


 連続で引き金を引いていく。激しい雷雨のような鋭い轟音が何重にも響き、闘技場アリーナを震わせる。

 それぞれ五発ずつ撃ったところで、アカツキは射撃を停止した。

 盾を持った兵士は全員仰向けになって気絶しており、それぞれの盾には中指程度の穴が開いていた。


「盾を……貫通した?」


 キーファから、驚きと共に漏れた言葉。その言葉を聞いて、ハッとした観客たち。

 冷静になって考えてみると誰でもわかることではあったが、盾に空いた穴とアカツキが握っている《Eins》《Zwei》の先端に空いた穴の直径はほぼ同じだった。

 つまりこれは、それぞれから射出された何かが盾を貫通したということである。


「ふざけるな……! なんだそのでたらめは!」


 キーファの言葉が、闘技場アリーナ全体の意見を総じているようにも聞こえた。少なくない人数が、アカツキが両手に持っている《Eins》と《Zwei》をでたらめな魔道具ないし道具だと考えている。

 その言葉に、アカツキは申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「……僕がおじいちゃんから受け継いだのは、この魔法だけだから」

「くっ……。卑怯だ、卑怯だ! これだからアマギ家はダメなんだ! 子は奴隷を極限まで酷使した卑怯者だし、孫は理不尽な魔道具を使って年端もいかない少年を蹂躙しようとしている! 悪魔の所業だ!」


 もはや兵士は役に立つまいと判断したのだろう。最後の最後にキーファが選んだのは、アカツキへの――否、アマギ家に対する罵詈雑言であった。


「孫がこんな卑怯者なら、祖父はよほど腹黒なのだろうな! 勇者が聞いて呆れる!」


 キーファの罵声を聞いて、アカツキの態度が途端に変わる。


「……もう一度、言ってみろ」

「何度でも言ってやるとも! 孫がこれほどの卑怯者だ! 祖母は腹が黒すぎて、腹の上で火でも灯したのかと疑われたのだろうな!」


 言葉を発するたびに、キーファの舌は回っていく。アカツキが下を向くにつれて、舌は早く、巧く、回っていった。

 それは、アカツキが間違いなく言葉にマイナスの感情を抱いていることを目敏く察知したからだった。

 キーファの見立てでは、アカツキはこのまま言葉を強くしていけば落ちる。

 証拠などなかったが、なぜかキーファはそう思った。――思ってしまっていた。


――悪辣な言葉が、アカツキの心の引き金を引いてしまうとは知らずに。


「……を」

「んん? 何かな、卑怯者の孫」

「おじいちゃんを、ぶじょくしたな」


 瞬間、喜悦を味わう様に目を閉じていたキーファの両頬を何かが切り裂いた。溢れ出る鮮血に気を取られていたキーファだったが、弾痕から飛んできた方向を予測して、そちらを向いた。

 無論その先には、アカツキの姿があった。

 両手に握られていた《Eins》と《Zwei》の先が、キーファの方を向いている。

 

「しゃざいして、ください」


 かける言葉の有情さに比べて、キーファへと向ける瞳はひどく無情に見えた。

 向けられる二つの先端は、”いつでも殺せるぞ”とアカツキの言葉の裏に隠れた激情を代弁しているかのようにも見える。


「あ、アイツを倒せ――ッ!」


 キーファの口から漏れたのは謝罪ではなく、開戦命令だった。

 アカツキは銃口を迫りくる兵士へ向け、引き金を引いた。

 視線だけは、キーファを睨んだまま。

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