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六話:戦意

タイトルとあらすじを変更させていただきました。詳しくは活動報告をご確認ください。

 晴天の空の下で、生徒たちは一枚の張り紙の前に集まっていた。

 張り紙には、”一年の龍人と勇者の末裔コンビ、二年のキーファと決闘!”と大きく書かれていた。

 ここに集まった生徒たちは、決闘と言った大きなイベントが開催されることを心待ちにしており、いつどこで行われるのかを確かめに来ていた。

 騒ぎは収まる気配はなく、昼休み終了の時間付近になるまで絶えることはなかった。

 


「……だ、だいぶ人がいるね」

「ん。でもやることは変わらない」


 ラージャは闘技場アリーナをまっすぐに見つめながら、闘気漲る瞳を拳に向けた。


「ぶっ飛ばす」

「物騒だなぁ……」


 苦笑を浮かべながら、控室で戦闘用の服に着替えるアカツキ。着替えると言っても、制服の上に魔法技師セージが魔法的保護を施したプロテクターをつけるだけだ。

 見れば、ラージャはつけ終わったようで、椅子に座ってじっとアカツキの方を見ていた。遠慮ない視線を受けると、アカツキは少しだけ居心地が悪い気持ちになった。


「その、何かついてる?」

「ついてる」

「え、どこ?」

「……嘘」


 含み笑いをするように、手で口元を隠すラージャ。アカツキはその様子に軽く憤りを覚えたが、じっとこちらを見るラージャを見て、何か理由があってのことだろうと考えた。


「緊張」

「え?」

「緊張は、大敵」

「……もしかして、緊張を解そうと?」

「ん」


 無表情のまま、任せろとばかりに腕を組むラージャ。

 ラージャの茶目っ気溢れる冗談でも緊張が解けている様子はなかったが、自信満々な様子を見ているとアカツキの緊張もほどけていく。


「っく、あはは!」

「むぅ、何で笑う?」

「いや、嬉しかったからさ!」


  お腹を抱えて笑うアカツキを見て、ラージャは頬を更に膨らませた。その表情にはありありと不満が見て取れる。

 それでも笑い続けるアカツキに、ラージャの堪忍袋の緒が切れたのか、珊瑚の瞳に魔力が浮かんだ。次いで光るのは海色の髪の毛。

 いつぞやの屋上を思い出させる魔力の放出に、アカツキは慌ててラージャをなだめようとする。


「わ、わ! 待って! ラージャ待って!」

「待たない。アカツキは私を馬鹿にした」

「してない、してないから!」


 アカツキの食い気味の言い訳によって、とりあえずラージャの魔力放出は停止した。……もちろんだが、アカツキに向ける疑わしげな視線は止みはしなかったが。

 と、その瞬間のことだった。


『決闘出場者はリングへと入場してください。繰り返します。決闘出場者はリングへと入場してください』


 風魔法を使った、放送器具によるアナウンスが流れた。


「……いよいよだね」

「ん」

「やっぱり気負ってないよね、ラージャは」

「だって、負けない」

「……まぁ、ラージャがいるから万が一はないと思うけどね。とりあえず最後の作戦会議だ」


 アカツキの言葉にラージャが頷くのを確認して、言葉を続ける。


「まず、決闘の敗北条件を確認するよ? 決闘の敗北条件は、どちらかが戦闘不能になるか、降参するかのどちらかだ」

「ん、それは理解してる」

「ありがとう。で、相手を敗北に追い込むための方法は具体的に指定していない。だから、相手を戦闘不能にできるなら、どういった方法を取ってきてもいい」


 さすがに謀殺ぼうさつの類はないだろうけど、とアカツキは前置きして説明を続ける。


「戦闘中に何があるかわからない。気を引き締めて戦おう」

「ん。気を引き締めて一瞬で蹴散らす」


 ラージャが小さく頷いたのを確認して、アカツキは手のひらを下にして差し出した。その意味を測りかねているのか、ラージャは首を傾げてアカツキが差し出した手を見ている。

 

「これは、戦いに行く前にやる儀式みたいなものだよ。手のひらを、相手の手のひらの上に乗せるんだ」

「わかった」


 ラージャの手が、アカツキの手に重なる。


「じゃあ今回の決闘――勝とう!」

「ん。必勝」


 はじきあげるようにして、手を振り上げるアカツキ。

 瞳には、ラージャにも等しいほどの闘志がみなぎっていた。



「皆様、お待たせしました! 両者準備が整ったようなので、ただいまより決闘を開始させていただきます! 実況は私、アルザーノ魔法学園広報誌作成担当:ミシェルが担当させていただきます!」


 ミシェル、と名乗った女性の高らかな声が闘技場アリーナに響く。

 アカツキは、今だ開かれない入場口の前で魔力を全身に循環させていた。事前に循環させておくことで、スムーズに魔力の放出が行えるのだ。

 集中力が必要な作業なので、その耳にミシェルの声は入ってこない。


「ここで皆様に形式の周知を行いたいと思います! 相手を降参させるか、戦闘不能にさせることによって決着がつく、伝統の形式です! 文面を読む限り、ここに人数や手段に関する制限はありません!」


 観客がどよめき、アカツキがいる東側の入り口に憐みの表情を向けていた。

 キーファは貴族であり、人数制限なしであるところを見ると、確実に私兵を持ち出してくることが生徒たちにはすぐに察することができたからだ。

 それに手段もわからない。金に飽かせて、高級な武器や魔道具を持ち出してくる可能性もある。生徒たちは、アカツキの敗北を確信していた。


「それでは、両者入場です!」


 ミシェルの声を合図に、東と西の扉が徐々に開いていく。

 西門から出てくるのは、生徒たちの予想通り、キーファの私兵であった。その数、およそ40。それぞれの手には、見たことがないような魔道具が握られていた。

 それを見た生徒たちの憐みの視線はより強くなり、東の入口へと突き刺さる。

 しかし、アカツキとラージャのことを視線に入れた瞬間、憐みの視線は一気に掻き消えた。


「……よし」


 龍人は強い。それは生徒たちの共通認識である。

 故に、ラージャが圧倒的な魔力をまとわせながらも入場してくる姿を見ても、流石の龍人だ、程度の感想しか抱かない。

 だが、後続する黒髪黒目の少年は、明らかに生徒たちの”人間”という生物に対する認識の埒外らちがいにあった。

 あらかじめ魔力を循環させていたため、既に魔力は起動状態になっている。体から案じる魔力は、明らかに人間が有している魔力と比べ物にならない。

 更に体を循環する魔力はほぼ完全に近い効率。学園の最上級生であっても、これほどの循環の効率を再現することはできない。生徒たちは生唾を飲んだ。


「西門、第二学年所属、キーファの入場です! 連れているのは私兵のようです! それぞれが見慣れない魔道具を持っているようですが……いったいどういう風に使うのでしょうか、見ものです!」


 ミシェルの声に反応して、西門のキーファは観客へ手を振っていた。その表情には、自分が絶対に勝利するという確信に満ちていた。


「東門、第一学年所属、アカツキの入場です! こちらは決闘の原因ともなった龍人と一緒に入場――え?」


 一瞬だけ、ミシェルのアナウンスが止む。

 その視線は明らかにアカツキを捉えていた。顔に浮かんでいるのは明らかな驚きだった。

 しかし、彼女もこのような場になれているのか、すぐに魔道具をしっかりと握って選手紹介を再開する。


「し、失礼しました。龍人と一緒に入場しています! 武器は持っていませんが、魔法主体での戦闘になるのでしょうか……? 彼らの奮戦にも期待です!」


 対峙するアカツキ陣営とキーファ陣営。2人と41人の戦い。二十倍もの差がある劣勢ではあったが、アカツキは不思議とこの戦いに負ける気がしなかった。

 それはラージャも同じらしい。アカツキと同じく、勝利の確信に満ちた瞳で40もの数の私兵を眺めていた。


「降参するなら今のうちだよ」


 開口一番、キーファはそう言った。あからさまにアカツキたちを挑発するような目と口調だった。


「今降参するなら、退学で済ませてあげよう。降参しないなら……」


 キーファは言葉を濁らせて、不敵な笑みを浮かべる。

 アカツキや生徒たちは、その言葉の裏に”降参しないならば命の保証はしない”という意味が込められていることを察した。


「さぁ、どうだい? 十拍の間だけ待ってあげよう」

「……ない」

「ん?」

「十拍も、いらない」


 ラージャは、魔力を一気に循環させ始めた。体が淡い光に包まれ始め、髪は魔力の作用でふわふわと浮かび始めた。

 角には幾何学模様が走り、珊瑚色の瞳には魔力の光芒が浮かんでいた。

 明らかな臨戦態勢である。


「来るといい。全部まとめて、潰してあげる」


 龍の猛威、と呼ぶべきだろうか。

 微かにもれた魔力は、風となって闘技場アリーナ全体に吹き抜けた。それだけで風魔法だと判断できてしまうような強風だった。

 ごうごうと吹き荒び始めた風に冷静でいられるものなどおらず、生徒も、ミシェルも、私兵も、キーファも、怯えを覚える。


「初手は譲る。魔法でも何でも、打ってくるといい」

「――こ、虚仮にしてくれる!」


 無表情だったが、明らかに侮蔑ぶべつするような声音に、キーファは激昂する。

 ラージャとアカツキの方を指さして、私兵に対して早口でまくし立てる。


「何をぼさっとしている! あの龍人を殺せ! 黒髪の男はあとでいい! とにかく早く龍人を殺せ!」


 戸惑う私兵だったが、さすがに訓練された兵だけに命令には素早く従った。40人全員が謎の魔道具を持ち、空洞のようになっている口をラージャの方に向けた。

 私兵は動こうとしないラージャを油断なく見ながら、一糸乱れぬ連携で、魔道具に魔力を注ぎ込んだ。

 瞬間、筒の入り口から光る網のようなものが飛び出し、それがラージャへと次々に降り注いでいく。ラージャは抵抗することなく、網に捕らわれていく。


「は……ははは! 龍をも捕縛する魔力網だ! 発射されて捕らわれたが最後、魔力を吸い取って半永久的に捕え続ける優れモノだ!」

「ラージャ!」


 アカツキはたまらず叫ぶ。

 龍をも捕縛する網と聞いて、さしものラージャでも抜け出せないかもしれないという恐怖を抱いたからだ。


「ん」


 しかし、そんなアカツキの懸念を晴らすように、ラージャを覆う光の幕が明滅し始めた。次の瞬間、光の幕の中央部が、切り取られたかのように消滅する。

 右手を頭上に掲げたラージャは、特に何ともなかったような表情を浮かべながら、アカツキの隣に歩み寄る。


「……だ、大丈夫?」

「あの程度の魔法、私に効かない」


 アカツキの目には、先ほどの魔力網が決して”あの程度”で括られていいものではない気がした。

 それは置いといて、と言わんばかりに、ラージャがアカツキの肩を叩いた。


「……相手、攻撃してきた」

「あ、ああ。そうだね」

「じゃあ、こっちからもいく」

「……その、死人を出さない程度に、ね?」


 アカツキも魔力を循環させる速度を加速させながら、私兵の方を見た。

 私兵は早くも魔力網による捕縛を諦めており、それぞれの武器に持ち替えていた。


「……ぶっ飛ばす」

「ほどほどにね」


 アカツキはこの時、自分の心配をするでもなく、ラージャの心配をするでもなく、私兵とキーファに心配を寄せていた。

 できるならけが人が少なく済みますように、と祈りながら、開戦の狼煙代わりに呪文を唱える。


「持つべきは明確な意識……。使うべきものは……魔力」


 編まれる魔力。ラージャをも驚かせた呪文を編むべく、アカツキは魔力を高めていく。

 目の前の障害を取り払うために。

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