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五話:決闘前日

「……散らかってる」

「その、人を入れるなんて思ってもみなかったから……」


 ジト目を送るラージャに対して、アカツキは申し訳なさそうに目をふせた。

 アカツキの部屋は、必要最低限の生活スペースのみが確保されているだけの倉庫と言っても過言ではなかった。

 散乱する本が積み重ねられているところを見ると、ここは図書館の倉庫であると説明しても、誰しもが信じるだろう。

 散らかっているすべての本が、明らかにこの世界の書物ではないことを察するまでは、の話だが。


「……これ、勇者の本?」

「うん、そうだよ。全部おじいちゃんから受け継いだ"日本"の書物」

「……すごい。どんなことが書かれてるの?」

「例えば……」


 アカツキは淀みなく、散乱する本の中から一つの本を取り出す。


「これには、"日本"での風景が説明されてたりする」

「風景……文章で?」

「違うよ。こんな感じで……」


 そう言いながら、アカツキは本を開く。何枚かめくったあとに、ラージャへとページを見せる。

 ページには、青みがかった山嶺と、天頂にかかる白雪が特徴的な、どこまでも精巧な絵が掲載されていた。

 右下に小さく、この山嶺の名前が記入されていた。富士山というらしい。


「こういう風に、絵と一緒に紹介されてるんだよ」

「…………これ、ほんとに絵?」

「正しくいうと"写真"っていうらしい。専用の器具を使うと、風景をそのまま切り取って、紙に写すことができるらしいよ」

「……すごい」


 ラージャは素直に感動したのか、食い入るように写真を眺め始めた。


「他にも、"忍者"や"花魁"っていうものの説明もあるよ」

「フジヤマ……ニンジャ……オイラン……」


 ページをめくりながら、夢中になって本を読み始めるラージャを微笑ましげに見るアカツキ。

 しばらく様子を眺めていたが、アカツキはハッとして話を元の軸へと戻そうとする。


「それで、作戦って……」

「作戦? アカツキが戦ってる間に私が魔法でやっつける。それだけ」

「えっ、それだけ?」

「ん」


 頷いて再び本を見つめるラージャ。その横顔には疑いや心配などは全くなく、安心感すら感じさせる堂々たる態度だった。

 しかし、とアカツキは疑念を持った。


「ラージャって、僕がどんな魔法を使うのか知ってるの?」

「知らない」

「……じゃあなんで、僕が戦えると思ったの?」


 素朴な疑問だった。

 そもそもここ、アルザーノ魔法学園における魔法使いとは、大きくわけて二種類の存在を指す。

 魔法を用いて戦闘を有利に進める、魔法士ソーサラー、魔法を用いて生活を豊かにする、魔法技師セージの二種類だ。

 アカツキがラージャに自分のクラスを話していない以上、魔法士ソーサラー魔法技師セージかは判断出来ない。

 力は察知できても、その力をどのように行使するかは、行使された時にしかわからないのである。


「ん。なんとなく」

「なんと……なく?」


 ラージャは首を縦に降って頷き、言葉を続ける。


「……強き者の匂いがする」

「それって、大樹の時の?」

「そう」


 ラージャは短く頷いて、アカツキの胸元へと頬を寄せた。

 ぎょっとするアカツキを無視するように、すんすんと鼻を鳴らすラージャ。


「やっぱり強き者の匂いがする」

「……まぁ、強いかどうかはわからないけど、召喚魔法なら得意だよ」

「……? 召喚魔法って?」

「口で説明するのもなんだし、やって見せようか」


 そう言いながら腰を上げたアカツキは、ラージャの方に手を差し出す。ラージャはアカツキの手を取り、ぎゅっと握った。

 アカツキはそれを引き上げて、手を離そうとした。だが、ラージャが手を離さない。

 にぎにぎと、ラージャの柔らかくて少しひんやりしている指がアカツキの手のひらを余すところなく触っていく。


「ら、ラージャ……?」

「アカツキの手、暖かい」

「……へっ?」

「……いい」


 何がいいのか混乱するアカツキだったが、ラージャに手を引かれ始めるとそうも言っていられない。

 わ、わと声を漏らしながら、引かれる手のままに歩みを進めていく。

 しばらく歩いてたどり着いたのは、いつもの大樹である。


「……ラージャ、なんで僕の手のひらを――」


 到着するなり、アカツキはラージャへと自分の手を握り続けた理由を聞いた。

 道中では好奇の目が寄せられ、アカツキの耳にも、二人の仲を邪推する生徒の声が届いていた。

 弁明するのにも、あの決闘騒ぎの一連の行動が広まっているとしたら一苦労である。

 なのに、どうして――。

 アカツキが口に出しかけた時、ラージャはいつになく小さな声で呟いた。


「……今まで、人の肌にずっと触れること、なかった」

「……え?」

「アカツキに触れられたのが初めて。触れるのって、こんなにあったかくて、心がぽかぽかするって、初めて知った」


 そう言いながら微笑むラージャに、アカツキは今度こそ見惚れた。

 夕焼けに染まる空に翻る、海色の長い髪の毛。まるでラージャを飾るかのように、キラキラと輝いていた。

 珊瑚色の瞳は、アカツキ以外の何も捉えず、ただただアカツキのことを見つめている。

 吸い込まれそうな美しさだった。ずっと見ていたいと、アカツキは何もかもを忘れて、そう思ってしまう。

 しかし、そうもいかない、とどこか別のところにある考えがアカツキを正気に戻した。


「……じゃ、じゃあ、僕の魔法を見せるね」

「……うん」


 ラージャは離された手を残念そうに見ていた。しかし、アカツキの魔法が放たれた瞬間、残念そうな瞳は驚愕に見開かれた。


「あ、アカツキ……その魔法は……」

「これが僕の戦闘用の魔法。どう、戦力になりそう?」


 アカツキがラージャへと笑いかけると、ラージャはこくりと頷いた。

 そのまま、視線を前方に向けて何かを納得した上で、再度こくりと頷いた。


「……これだけの魔法があれば、アカツキ一人だけでもどうにかなる。そう思った」

「そうかな? だったらちょっと嬉しいんだけど」


 ラージャほどの魔法使いに褒められることは、アカツキにとって栄誉なことだった。

 照れるアカツキをどやすこともなく、褒めた当人は視線の先――アカツキの魔法が残した"結果"をただ見ていた。

 そこには明らかな真剣さが宿り、雰囲気には険しさすら感じさせる。


「………これが、魔法?」


 小さく呟いた声は、アカツキには届かない。

 ラージャは思い出す。アカツキの魔法が展開され、猛威を振るうまでの経過を。

 あれは魔法だったと思った。しかし、ラージャの中にある召喚魔法の知識と照らし合わせても、アカツキの魔法には不可解な点が残る。

 常人なら首を傾げるところを、ラージャは口を小さく歪ませて、笑った。


「……強き者の匂い。間違いなかった」


 終ぞラージャの声は、アカツキへ届くことは無かった。

 静かな珊瑚色の瞳の先に映るのは――。


――龍の咆哮を受けたかのようにめくり上がる、大地だった。


◇◆◇


「……舐め腐ったマネをしてくれる」


 生徒に与えられる部屋で、荒れる影がひとつあった。

 豪奢な金の髪は汗で額に張り付いており、その様子に先程の優雅さなど微塵も存在しなかった。

 先程、感情が昂ってしまった結果、アカツキに決闘を申し込んだ貴族であった。

 与えられている部屋もそこそこ広く、調度品の価値も、一つ一つが平民の男が生涯稼ぐ額とほぼ等しいものであった。

 ……しかし、そんな調度品は無残に砕け散っている。それだけ深い怒りが、彼の身を動かしていた。


「思い出すだけでも腸が煮えくり返る……!」

「……おや、なかなかに荒れていますねぇ。どうしたんですか、キーファ君」

「……! せ、先生……!」


 キーファと呼ばれた生徒が後ろを振り向くと、扉から心配そうにキーファのことを覗き込んでいた男がいた。

 胸元に光る教師の証。そこにはアレンと書かれていた。


「なぜ、こんな場所に……。いえ、それよりも。お見苦しいものを見せてしまいました。申し訳ございません」

「いえ、良いのですよォ? むしろ嫉妬や怒りに狂う姿の方が、私にはひどく美しく見えますからねぇ」


 穏やかな笑みとは裏腹に、言葉には明らかな醜悪さがにじみ出ていた。

 そんなアレンを疑うでもなく、まして歓迎するように席を開けるキーファ。アレンは会釈をしながらその席に座る。


「さて、キーファ君。君は何に対して怒っているのかなぁ?」

「……それは。龍人と、龍人に味方する男に対してです」

「ほう、龍人に味方する男とは、なんとも奇妙な存在がいたものですねぇ」

「名前をアカツキ、と言うらしいです。自分は"あの"アマギ家の人間などとのたまっていました」


 キーファの言葉に、アレンは眉を釣り上げて反応した。


「……アマギ? 今、アマギと言いましたか?」

「え、はい。自分はアマギ・アカツキだと言っていました」


 キーファの瞳には嘘が見られない。そこに宿っている怒りの感情を読み取って、アレンは頷いた。


「なるほど。…………邪魔だなぁ」

「せ、先生?」

「邪魔だなぁ邪魔だなぁ邪魔だなぁ邪魔だなぁ――……!」


 まるで悪霊が乗り移ったかのように声を上げるアレン。先程までニコニコとしていた表情が、今は醜悪に歪んでいた。

 まるで何かを、心の底から恨んでいるかのように。


「……そういえば、先程血統騒ぎがあると聞きましたがァ……もしかして君ですか、キーファくぅん?」

「ひっ……! そ、そうです」


 たじろぐキーファに、アレンは先程の表情が嘘であるかのように、ニコニコとした表情を浮かべ、アレンへ優しく諭すように声をかける。


「――それはいい事をしましたねぇ、キーファ君」

「へ……え?」

「龍人は排除すべき存在です。恐ろしい……とても恐ろしい存在です」

「そうです……。龍人は排除すべきです!」

「そうですねぇ。だから、この機会に排除してしまうべきなんです」


 通常なら誰かを退学させることなど出来はしないが、こと貴族の名誉をかけた決闘に関してはその限りではない。

 もし負ければ貴族は自らの名に泥を塗ることになるが、仮に勝利出来れば、敗者への申し付けという形で退学させることが出来る。


「――ですが、腐っても龍人。その力は強大だ。一体一というルールでない以上、龍人が参戦してくる可能性も少なからず存在している。そのことを恐れているのではないですかぁ?」

「……そ、そうです」

「ならば、キーファ君にこれを授けましょう。飲めば、一時的に強くなれる秘境の丸薬です。それこそ、龍人を超えるくらいに」


 差し出される包み紙。キーファはそれを、喜び勇んで受け取った。


「あ、ありがとうございます」

「ふふふ、良いのですよォ。君があの龍人を退学させてくれるなら、私は君の将来の栄進についても面倒を見て差し上げましょう」

「本当ですか! ぜひよろしくお願いします!」


 アレンの甘言に乗せられるままに、キーファは決闘への機運を高めていく。その姿はさながら道化師の手のひらで踊る人形のようにも見える。


「では、頼みましたよォ?」


 そう言い残してキーファの部屋を立ち去るアレンは、気味が悪いほどの笑顔を受けべていた。

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