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四話:疎まれる存在

「……同類、ね」


 あれから数時間が経過し、放課後になった。

 アカツキはカバンに教科書などをまとめて教室から出ようとしていた。このあとの予定は、もちろん自室で魔法の特訓である。

 今日の特訓のメニューを思い出しているアカツキだったが、ふとその耳が怒号を捉えた。

 喧嘩だろうか。ふらりと誘われるように、怒号が発される方へとアカツキは歩いていく。

 次第に人が増え、怒号を発した当事者周辺へたどり着いた時には、生徒が円形になって中央の二人に視線を注いでいた。

 アカツキも興味半分で何があっているかを見たいと考え、人混みをどうにかして掻き分けようとするが、壁の圧力に揉まれ、はじき出されてしまう。

 再度突入しても割れそうにない壁に、アカツキが踵を返そうとした時だった。突如として、再び中央から怒号が響く。

 先程は距離が遠かったせいか、アカツキには何を言っているか分からなかったが、今回は何を言っているかがはっきりとわかる。


「――龍人が! そんな目で! 私を見るな!」

「どんな目で見ようと自由。それに私は――」

「うるさい――!」


 響いたのは打撃音。全力で殴っていることが、音だけでも分かるほどの重い打撃音だった。

 アカツキは、そんな打撃音に混じる声に聞き覚えがあった。

 がむしゃらに人の壁をくぐり抜け、ようやく顔だけ出せる程度には中央に近づいたアカツキ。

 その視界に飛び込んできたのは、ラージャを組み敷いている男子生徒だった。


「……私は、あなたのことを蔑むような目で見ていない」

「うるさいって言ってるだろう! 口を閉じたまえ!」


 そう言いながら振りかぶる拳をラージャめがけて振り下ろした。

 ラージャはそれを手のひらで受け止めるのみで、反撃しようとしていなかった。

 真っ白になるアカツキの脳内。

 見知った仲がこうして殴られているのももちろんそうだったが、何よりも、周囲の人間が男子生徒に賛同するように声を上げていたことが驚きだった。


「お前なんて、いなければよかったのに!」

「そうだそうだ。龍人が一緒にいるなんて怖くて夜も眠れない」


 周囲から賛同の声が響く。

 その異常さに身がすくんだが、それよりも今の状況に対する怒りがふつふつとこみ上げてくる。

 寄ってたかっていなくなれと叫んでいるこの状況が、アカツキにはとても許し難いものにように見えた。


「――やめろ!」


 気がつけば、アカツキの体は動いていた。

 ラージャを組み敷いている男子生徒の肩を掴んで強引に引きはがすと、ラージャの容態を確かめる。

 右頬を思いっきり叩かれたのだろう、そこだけが赤々と腫れ上がっていた。それ以外には目立った傷跡はない。


「治癒の精霊:クーラよ、我が魔力を食らい、かの者を治癒せよ」


 アカツキはラージャを手早く治癒すると、馬乗りになっていた男子生徒の方を見た。

 彼はいきなりの乱入者にしりもちをついたまま呆然としていた。が、次第に状況を理解したのか立ち上がり、アカツキを指さした。

 その瞳には、明らかな敵意が込められている。


「誰だよ!」

「……この子の友達です」

「友達? 下級生なら黙ってみてろよ! 俺は先輩だぞ!」

「先輩?」


 言われて初めて、自分の正面に立っている生徒が上級生であることがわかった。緑のネクタイピンは、アカツキより一つ上の第二学年の生徒である証拠だ。

 だが、知ったところでアカツキは止まらない。


「いじめは、よくない」

「いじめ? これは正当な暴力だ! そもそも龍人は人間ではないのだから、こういうべきだろう? 調教、と」

「……」


 あまりにも傲慢な言い方に、アカツキは今の状況を忘れて立ち尽くしていた。

 しばらく呆けていたが、男子生徒がそんなアカツキに怒り、胸倉を掴んだところでアカツキの意識は男子生徒だけに注がれる。

 やはりその瞳には、明らかな敵意が込められていた。


「……俺を無視したな」

「……腹に据えかねているだけです」


 アカツキは貴族を睨む。瞳にこもった意志の強さにたじろいだ貴族は、歯を噛んだ。


「………っ! そっちがその気なら、やってやるよ! 後悔するなよ!」


 男子生徒はアカツキの胸倉をつかんでいた手を離し、アカツキの頬を白手袋付きの手で叩いた。アカツキはそれを呆然と見つめ、生徒たちは色めき立った。

 その行動が指すのは、決闘。一般生徒が決闘を申し込むことはままあるが、これが貴族となってくると話は別である。

 決闘は、貴族の名において互いの名誉をかけたものとなり、勝者は敗者の生殺与奪の権限を事実上掌握することになる。

 

「わかって……やってるんですか」

「分かっているとも……! 私をコケにした平民を、誰が許すものか――!」

「……僕は平民じゃないですよ」


 その言葉に、一瞬この場の空気が凍りついた。

 各々が表情に、疑わしげなものを浮かべている。

 その表情は、"目の前のこの男が貴族だとは到底思えない"とありありと語っている。


「名乗れ」

「……僕は」


 一瞬名乗るのを躊躇する。名乗ることによって、自分に降りかかる悪意が増すことをアカツキは知っていたからである。

 だが、アカツキは飲み込んだ。いくら自分に降かかる悪意が勢いを増そうと、踏み外してはいけない何かがあることを知っていたからだ。

 ここで名乗らないのは、末代までの恥だ。アカツキが雪ぐべくして背負った家名の恥を、さらに上塗りする行為だとアカツキは考えた。


「僕は、アマギ・アカツキ。勇者アマギ・イッテツの孫だ」

「…………は?」


 貴族は、まるで幽霊を見たかのような表情でアカツキを見た。

 アカツキが目だけで周囲を観察すると、殆どの生徒が同じような表情を浮かべていた。

 歴史的大罪人であるアカツキの父母の、奴隷を限界まで虐げた二人の凄惨な最後を法律学で彼らは学んでいたからである。

 奴隷に反逆され、ありとあらゆる苦痛を与えられた最期を考えると、一族郎党皆殺しにされていたところで不思議ではない。

 むしろ一族郎党皆殺しにされていたとする通説が、アマギ家の処断に関する第一説だった。


「……はは、ははは」


 亡霊を見た、とばかりにアカツキを嘲笑する貴族。言わずとも、その表情には侮りが見えていた。


「まさか生きていたとは驚きだよ。アマギ家はてっきり断絶したのかと思ったよ! まぁ、そんな女を庇っているようじゃ、断絶も近い未来だと思うがね!」

「……で?」

「君があの泥と汚物を混ぜて濃縮させた家の出身だと分かった以上、私はこの勝負に勝利の確信を得たのだよ! 恨むなら自分の生まれを恨むんだな!」


 これが本当に人間の発する言葉なのか、と思ってしまう程の強い差別の言葉が降りかかる。

 それでもアカツキは動かなかった。決闘を申し渡された以上、必ず屈辱を晴らす機会は存在するからだ。

 

「決闘を受ける。場所はこの学校の闘技場アリーナ、どちらかが降参するまで勝負を続ける」

「……いいだろう。その条件で決闘を受けてやる。開始時間は明日の放課後だ」


 貴族は横柄な態度でアカツキに対して言い放つ。


「逃げるんじゃないぞ?」


 最後にラージャをにらみつけながら言った貴族は、群衆の波をかき分けて教室の方へと歩き去った。その背中をアカツキは睨むでもなく、ずっと眺めていた。

 次第に周囲の人も教室や寮へと帰っていき、その場に残るのはアカツキとラージャだけになった。

 アカツキはラージャの方を振り返り、手を差し伸べた。


「立てる?」

「うん」


 手を取って立ち上がるラージャ。スカートについた土埃を軽くはたいて、一番最初に自分の角を確認した。

 そこに傷が付いていないことを確認すると、いつも通りの無表情でアカツキを視界にとらえる。

 全身をくまなく観察されるような感触がアカツキに走り、次の瞬間にはラージャに両手を握られていた。


「え、あの、ラージャ……?」

「怪我」


 一言だけ、消え入るような声でつぶやくラージャ。その言葉の指すところが何かわからないアカツキは、首を傾げた。


「……怪我、ない?」

「あ、え? 怪我はないけど……」

「………よかった」


 表情は動かないが、それでも心なしか弛緩した表情をしているようにアカツキには見えた。


「……それより、名前」

「ああ、名前ね……」


 冷静になって考えてみると、あの状況でアカツキは名前を明かす必要がないようにも思える。

 ただの平民としてのアカツキとして振舞っているだけで済んだ話だ。

 ならば、何故アカツキがわざわざ名乗ったのか。それは――。


「カチンときちゃって、つい」


 怒りに任せて、だった。


「自分でも何故かわからないくらい、ラージャがいじめられている姿を見てカッとなっちゃって」

「……嬉しい」


 心なしか嬉しそうな表情を浮かべるラージャ。

 アカツキは、だんだんとラージャの表情の機微を読めるようになっていた。


「……まぁ、怒りに任せて決闘を受けちゃったんだけどね」

「――それについては大丈夫」

「大丈夫って、何で……」

「何も、決闘は一人で、ではない」


 アカツキは先ほどの貴族との話を思い出す。

 確かに、決闘をすること、時刻は明日の放課後であること、場所は闘技場アリーナであることを決めた。――が、人数については言及されていない。ついでに言えば、相手を降参させる手段にも。

 それはあの貴族からしてみれば、アカツキが愚を犯したと笑みが止まらない事実ではある。しかし、アカツキのそんなうかつさが、今は彼の身を救う一つの方法になっていた。

 

「……でも、一人じゃないって誰と」

「私」

「えっ」

「私」


 自分を指さすラージャに、アカツキは慌てふためく。


「えっ、どうして?!」

「どうしてもこうしてもない。殴られたから殴り返す。それだけ」


 眉尻を下げているので、少々苛ついているらしいことがアカツキにはわかった。そして、ラージャに並々ならぬ闘志がみなぎっていることは、魔力が漏れ出して周囲を淡く輝かせていることからも明らかだった。


「……もしかして、怒ってる?」

「ん」


 龍人は龍の力を受け継ぐ存在だ。その力は本物の龍には及ばないものの、人間を優に超える力を持つ。特に特化しているのは、魔法攻撃での火力と防御力。怒りの力で数割増しになるとも思われる。

 アカツキは、屋上での一幕を思い出していた。あの時の精緻な魔力操作と魔法操作技能を考えると、万が一にもあの貴族が勝つことはないだろうと判断する。……何も用意してこなかった場合、だが。


「じゃあ、僕とラージャで決闘に臨む……?」

「ん」

「……ラージャ、僕を巻き込まないでね」

「大丈夫。痛くはしない」

「巻き込む前提で話が進んでる?! ……僕も頑張るから、ラージャもできるだけの配慮をお願いするよ」

「わかった」


 そう言いながら頷くラージャ。


「……ところで、ざっとでもいいから作戦を決めるべきだと思うんだけど、明日にでも――」

「――今する」

「……うん、いいけど」

「アカツキの部屋で」

「ええ?!」


 案ずるより産むが易しとばかりに、即座に行動を起こそうとするラージャ。しかし、ラージャがアカツキの部屋を知るわけがなく、見当はずれの方向へと歩みを進めていく。

 それをアカツキは止めて、なし崩し的に自らの部屋へラージャを案内することとなった。


「……女の子を部屋に招くなんてはじめてだ」

「?」


 緊張した面持ちのアカツキと、いつも通りのラージャ。二人はそれぞれの思いを抱きながら、アカツキの部屋へと入った。

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