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三話:ばったり出くわして

 翌日。アカツキは教室で授業を受けていた。

 アカツキが籍を置く、アルザーノ魔法学園の教育内容は多岐に渡り、今アカツキが受けている呪文構成学の授業を加えて、約500種類もの授業が存在する。


「――さて、魔法とは魔法陣と呪文の組み合わせで発動しますが……"精霊よ、吹退ふきすさべ"という呪文とともにこの魔法陣を起動させると、どのような結果になるでしょう。……では、アカツキくん」

「……まず、"精霊よ"の請願せいがんの対象が不明瞭。精霊に愛されていない人間は、まず具体的な精霊に対して請願しないといけない」

「ええ、そうね」


 フランは頷いて、アカツキに続きを求める。

 アカツキは、黒板に書いてある魔法陣を観察しながら、答えていく。


「次に、"吹退べ"。具体的に何を"吹退べ"するのか、指示語がない。さらにいえば、どこから魔力を出すのかと言った呪文もない。……風のルーンが刻まれている魔法陣で起動させるため――結果としては、数秒ないし一瞬、魔法陣の周囲で強い風が吹く」

「ええ、正解よ。流石勉強家ね」


 フランがアカツキを誉めそやすが、アカツキの表情は晴れない。それどころか、いつもよりも表情が固く、難しいものになってしまっていた。


「先程アカツキくんが答えてくれたように、魔法陣を使う時は、"誰に何を願うか"、"何を代償に"、"何を"、"どうして欲しいのか"をはっきりさせた呪文を唱えないといけないわ。……逆に言えば、それだけ達成出来ていれば――」


 フランが黒板の魔法陣に手を伸ばし、呪文を唱える。


「じゃ、風の妖精:シルフィーちゃん、私の魔力を食べて、そよ風を教室全体に行き渡らせちゃって」


 瞬間、魔法陣の光が収束し、フランの手から風が射出される。そよ風レベルの強さの風は、アカツキを含めたすべての生徒の頬を撫でた後に霧散した。

 この前まで、魔法のまの字も知らなかった生徒達は驚きを顕にしていた。彼らにとっての呪文とは、定型文をなぞるだけのものだったからだ。


「ま、こんな風に発動ができるわ。状況によってはこちらの方が早い場合もあるから、色々試してみるといいと思うわ」


 フランが発言の終了とともに教科書を閉じると、示し合わせたようにチャイムが鳴り響いた。授業の終わりを知らせるそれに、この授業の最初に決定された代表者が挨拶をする。

 この後は昼休みとなり、各々が昼食を摂ることになる。無論アカツキもバスケットに入った昼食を持参しており、教室から出るなり、いつもの場所で昼食を摂ろうと移動し始める。

 だが。


「……ラージャ」

「…………あ、アカツキ」


 校舎の外れにある、樹齢500年の大樹の木陰。

 アカツキの昼食の定位置で、海のような青い髪をなびかせながら、ラージャがアカツキをじっと見つめていた。

 昨日は暗かったために見えなかったが、彼女の制服はアカツキと同じ学年のものだった。つまりはラージャもこの学園の生徒であり、アカツキと同学年。

 昨日の一幕の美しさと落ち着いた声音、そして涼やかな雰囲気も相まり、自分より確実に上の学年であろうと考えていたアカツキは再度驚きを露わにする。


「……同学年だったんだ」

「言ってなかった?」

「聞いてないよ……」


 先客がいるならしょうがない、とため息を漏らしながら、アカツキは大樹から去ろうとする。そんなアカツキの歩みを、ラージャは止めた。


「なぜ帰ろうとする?」

「先客がいたんだ。邪魔しないように帰ろうと思って」

「……? 人間は、ご飯を一緒に食べるものじゃない?」

「………食べない人間もいる、ということだよ」


 アカツキには、およそ友達と呼べる存在がいない。それは、アマギという家名と、虐げられてきたがため暗くなってしまったアカツキの気質が原因だった。

 無論アカツキも友達を作りたいとは思っていた。しかし作ることが出来ず、"作れないのではなく、作らないのだ"と割り切っていた。

 それはさておき。


「じゃあ、私と食べる?」

「……どうして、僕がラージャと?」

「私が、そうしたいと望むから」


 ずずいと詰められた距離は、決して一瞬で埋められるほど短くなかったはずである。だからこそ、アカツキは油断していた。

 ラージャの珊瑚さんご色の瞳が、アカツキの瞳を貫いた。

 強い意志が秘められた瞳に、アカツキは呻き声をあげて退いた。

 意志に押されたというのもあるが、そもそも女性と――それもラージャのような綺麗な女性と、互いの体温を感じるような距離で話すのに慣れていないのだ。

 だが、ラージャはそれを拒否だと受け取ったらしい。小さく眉を動かして、抗議の目線をアカツキへと送る。


「……アカツキは、私と友達になるの、嫌?」

「は、え、友達?」

「ご飯を一緒に食べるのは、人間にとって友達じゃない?」

「……いや、友達だ」

「じゃあ、私がアカツキとご飯を食べたいと望むのは、友達になりたいと望むのと同じ」


 意味がよくわからないことをラージャは言いながら、大樹の方へアカツキを引っ張る。

 力が案外強く、つんのめりそうになったアカツキは、ふとした拍子に昼食の一部を落としてしまう。その方向へ、ラージャの目が向いた。


「……アカツキ」

「ど、どうしたの……?」

「おなか、すいた……」


 海のような落ち着いた雰囲気に見合わず、お腹から小さな音を鳴らすラージャ。こころなしか頬は赤らんでおり、恥ずかしそうにお腹を両手で抑えていた。

 その様子を見て、アカツキは思わず吹き出してしまった。

 ラージャがネプトゥーヌスなのかどうか悩んでいた自分が馬鹿らしい。こんな風にお腹を鳴らして食べ物を懇願する少女が、かの有名なネプトゥーヌスであるはずがない。

 そう考えると、ラージャの一言一句に対する警戒が解けていく。先程の友達になろうといった発言も、冷静になって考えてみると、アカツキにとってこれ以上ない申し出だった。


「大樹の木陰で一人で食べる昼食にもちょっと飽きてきたところだったんだ」

「……それじゃあ」

「いいよ、ラージャ。僕と友達になろう……いや、なってくれ」

「……! 了承する……!」


 ラージャは、昨夜の屋上でやったように、アカツキへと手を差し伸べてくる。握手がしたいのだとアカツキは判断し、バスケットを持っていない方の手でラージャの手を取った。

 次の瞬間、ラージャから引っ張られ、アカツキはラージャの体に飛びかかるような形になった。

 目を見開くアカツキ。頬に感じる二対のやわらかさや、ふんわりと香る柑橘系の匂い、少し低めの体温が、容赦なくアカツキの頬を火照らせる。


「人間は、こうして交友を深めると聞いた」

「そ、そそそ、そんなわけないだろ――!」

「違う? じゃあ、これ?」


 そう言いながら、ラージャはアカツキの頬へと手を添える。その段階で何をやろうとしているか悟ったアカツキは、手を振りほどいて距離をとった。


「と、友達はそんなことしない!」

「むぅ、じゃあどうするの?」

「一緒にご飯食べたり、談笑したりとか……?」


 ラージャは世俗に疎かったが、アカツキも負けず劣らず、友人間で何をするかについては疎かった。

 結局、アカツキが提案したことがラージャに採用されることになり、二人は大樹の木陰に座り込んだ。


「……あれ、ラージャはお昼ご飯どうするの?」

「……?」

「持ってきて、ないんだ……」

「いつもは水で済ませてる」

「はぁ?!」


 アカツキは恐ろしいものを見た、という目でラージャを見つめた。

 ラージャの年齢はわからないが、おそらくはアカツキと同じ15歳だろう。いわゆる成長期である。

 そんな時期に満足に栄養を取らなければ、丈夫な体にはなり得ない。それなりに勉強を重ねてきたアカツキは、ラージャの体つきが通常の女性に比べて少しだけ細いことに気がついた。


「参考のために聞かせてもらっていい?」

「……どんとこい」

「今日の朝ごはんは?」

「野草」

「昨日の晩ご飯は?」

「水と木の実」


 絶句した。

 よくその食生活で今まで生きてこれたものだ、とアカツキは驚きと呆れを感じる。

 そして理解する。ラージャはろくな食生活を送っていない。ついでに言えば、何かしらの理由で寮からご飯をもらえていないということになる。

 学園の生徒は、全員が入寮する規則になっている。入寮している以上、朝ごはんと晩ご飯は寮から支給される。例外は、門限を過ぎて帰宅した生徒と、朝寝坊をした生徒だ。


「今日は寝坊した?」

「してない」

「じゃあ昨日は門限を過ぎた?」

「過ぎてない」

「じゃあなんで……」

「世の中には、知らない方がいいこともある」


 ラージャはそういったきり、アカツキからの質問を受け付けなかった。何かあるのだろうと判断したアカツキだったが、ラージャが首を突っ込むことを拒否しているならば、無理に首を突っ込む必要も無いと、バスケットへと手を伸ばした。

 ……だが、そこにあるはずの昼食がない。ギョッとしてアカツキがラージャの方を見ると、そこにはサンドイッチの包み紙が散乱していた。


「……えっと」

「……アカツキの料理、おいしい。特にこのサーモンサンド」

「ありがとう……って、違う! なんで勝手に食べてるの?!」

「……? これ龍への供物、違う?」

「違うよ……!」


 なんで勝手に食べたのかと怒ろうとアカツキは思ったが、途中でやめた。ラージャは、何らかの理由で寮からの朝と夜のご飯の提供を中止されている。なら、まともなものを食べたのは、自分が作ったサンドイッチだけなのではないか。

 そう考えると、怒る気にもなれなかった。最後のサーモンサンドを小さな口で食べている姿を見ると、アカツキの中に何故か父母心に似たようなものが生まれた。


「む」

「あ、ごめん。つい」


 アカツキは、無意識のうちにラージャの頭へと手を伸ばしていた。それをラージャは咎めるような目線でやめさせた。

 だが、アカツキが頭から手をどかそうとすると、サーモンサンドを持っていない方の手でそれを止める。矛盾する行動に、アカツキは困惑を顕にした。


「……角を触らないなら、撫でる」

「……いや、女の人の頭を撫でるなんて失礼だし」

「撫でる」

「はい……」


 失礼とは言ったものの、そもそも自分からラージャの頭を撫でている以上、説得力は皆無であった。

 サーモンサンドを頬張るラージャの頭を撫でながら、ふと、なぜラージャは自分にこれほどに心を許しているのだろうと、アカツキは疑問に思った。


「ねぇ、ラージャ」

「……ん」

「なんで撫でても怒らないくらいに僕を信用してくれるの?」

「……もきゅ」


 サーモンサンドを頬張って、ラージャは必死に騙そうとした。アカツキは、そんなラージャの手からサーモンサンドを奪い取る。


「む。龍への供物を取り上げるのは許されない」

「質問に答えたら返すよ。で、なんで僕をここまで信用してくれるの?」

「……強き者の匂いがする。優しき者の匂いがする。あとは……」


 ひとつラージャは真剣に悩んで、神妙な面持ちでアカツキへと告げる。


「料理が美味しいから?」


 まともな理由が来ると思っていたアカツキは、ラージャの茶目っ気たっぷり――従来比――な答えにずっこけた。


「…………あとひとつ」


 アカツキから取り返したサーモンサンドを食し終えたラージャは、手の甲で口元を拭きながら声をかけた。


「話してわかった。アカツキは――」

「僕は……?」

「ん」


 差し出されたナプキンで口元を拭いつつ、ラージャは小さく声を漏らした。

 そして、アカツキからの質問に答えることなく立ち上がった。


「そろそろ授業。用意する」

「待って……! 途中で止められると気になるじゃないか――!」


 アカツキが投げかけた質問に対する答えは、ついぞ返ってくることはなかった。

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