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十四話:訪問

一ヶ月も放置してしまって申し訳ございません。

ゆっくりとではありますが、書き進めてまいります。

 夜が明け、アカツキは自分の部屋で目を覚ます。

 保健室から動くことが出来るようになったアカツキは、ラージャに支えてもらいつつ自分の部屋に戻ったのだった。

 門限は過ぎていたが事情が事情であっただけに、寮母もアカツキたちを咎めることなどできず、むしろベッドメイキングなどを手伝った。

 アカツキはその事に感謝を抱きつつ、登校の準備を整える。


「……そういえば、今日は校外学習の日だっけ」


 アカツキはメモ帳を見て、予定を確認した。たしかにそこには、校外学習と記入されていた。

 すっかり忘れていたアカツキは、いそいそと校外学習の準備を始めた。それから十分ほどが経過し、急ごしらえながらも準備を整えたアカツキは、うさぎのような速度で部屋を飛び出た。

 寮母が引き止めるが、アカツキは不運なことに声が届いていなかった。そのまま疾走し、通常の二倍ほどの時間で教室へと駆け込んだ。


「ふぅ……」


 教室に到着したアカツキは、身だしなみを整えてから席につく。そんなアカツキに、物珍しそうにクラスメイトが声をかけてくる。


「アカツキが慌てて登校してくるなんて珍しいね」

「昨日色々あってね……」


 色々あった、と苦笑混じりにつぶやいたアカツキの表情に何かを察したのか、クラスメイトは何かいやらしいものを見るような目でアカツキを見た。


「……真面目なアカツキも、ついに色を知ったか」

「色ってなにさ……」


 距離感が狂っているのではないか、という程の踏み込んだ話題に、アカツキはタジタジになっていた。

 第一、アカツキは今こうやって親しげに話しかけている男の名前を知らない。それも一層、アカツキの困惑に拍車をかけていた。


「……そういやグレン、名前名乗ったの?」


 そんなアカツキに、助け舟が出された。

 赤い髪にそばかすが魅力的な女子生徒である。

 そんな女子生徒に、グレンと呼ばれた男は気まずそうな表情を浮かべながら返答する。


「名乗って、ないです……」

「じゃあ名乗らなきゃ、アカツキくんも困るとは思わない?」

「おっしゃる通りです……」


 先ほどまで気さくにアカツキに話しかけていた男の影はなく、ただただ女性の尻に敷かれる悲しい姿があった。

 グレンを尻に敷いた赤髪の女子生徒は、アカツキの方へと振り返って、軽く頭を下げる。


「ごめんなさいね、このバカが」

「あ、うん。気にしてないから大丈夫」

「次からはきちんとさせるから。あ、ちなみに私はアシュリー。よろしくね、アカツキくん」


 そう言って差し出される手。握手を求められていることを察したアカツキは、やんわりとアシュリーの手を握る。

 アシュリーの手はごつごつとしており、肉刺がつぶれて固まったような感触があった。アカツキは、アシュリーが何かを良く握っては振っているのではないか、と見当をつけた。


「私とグレンは幼馴染でね。私が鍛冶師の娘で、グレンが作ったものを卸してくれる商人の息子なの」

「……なるほど、だからそんなに仲がいいんだ」

「仲がいい……許嫁だからっていうのもあるわね」

「許嫁!」


 アカツキは驚いた。

 許嫁に関しては、確かに貴族の間では未だに盛んにおこなわれている風習ではあった。しかし、平民で許嫁協定を結ぶ事例は、極端に少なくなっていると言っても過言ではない。

 少なくとも、自由に結婚が可能となった今の時代では、この二人は稀有な例だと言える。


「にしても、何で話しかけたの? ちょっと前までは興味ないですよ、って顔してたじゃない」

「校外学習のパーティーに誘おうと思って」

「へぇー」


 意外そうに声を出すアシュリー。

 アカツキは、この校外学習は班単位で行動することについて今更ながら思い出していた。


「グレン、アシュリー。ちなみにパーティーって何人から?」

「いきなり名前呼びはちょっとむず痒いな。パーティーの最低人数は4人。最高人数は6人だ」

「ふむ……」


 必要性に駆られない限りは、ラージャとアカツキだけでパーティーを組むつもりだったが、4人であるならばもう少しどうにかしなければいけない、とアカツキは考えた。

 そんな時だった。教室のドアが開き、ラージャが登校してきた。すたすたとアカツキの隣の席に陣取ると、何気ない動作で腰を落とした。


「ん、おはよう」

「おはよう、ラージャ。昨日はありがとね」

「いい。気にしない」


 いつもの無表情のまま、ラージャはアカツキの方をじっと見つめ始めた。

 ただただアカツキだけを映す視線に、アカツキは恥ずかしさのあまり目を逸らしてしまう。しかしそんなことは許さないと、ラージャに顔を両手で正面に向けられる。


「……その、アカツキ。本当に色を知った、というわけじゃないよな?」

「この時ばかりはグレンに同意するわ……。それで友達って――無理があると思うのだけれど」


 そんな二人の様子を見ていたグレンとアシュリーは、苦笑を漏らした。アカツキが周囲を見れば、大体の生徒がそのような反応をしており、アカツキは顔の赤みを更に深いものにした。

 その中で、唯一ラージャだけが、不思議そうに首をかしげていた。


「友達じゃないなら――私たちって、どんな関係?」

「え、いや、そ、それは……」


 急に言葉がしどろもどろになるアカツキだったが、そんなアカツキにラージャが情け容赦をかけるはずもない。答えを求めるべく、ラージャはアカツキへと詰め寄っていく。


「何故逃げる?」

「いや、その。それは――」

「はーい、授業を始めるわよ……って、何をしているのかしら」


 あわやキスか、と言うほどまでラージャとの距離が詰まっていたアカツキは、エレンの一言に天啓を得た、とでも言うように跳ね退いた。

 不満げな表情を浮かべるラージャに、心内で謝罪を送りつつ、アカツキはラージャの話に耳を傾けるのであった――。


◇◆◇


 説明が終わり、いざ校外学習――と意気揚々とアルザーノ魔法学園一年生が向かった先は、歴史資料館であった。

 そこには今までこの国に脈々と受け継がれている伝統と文化が保存されており、生徒たちを圧巻している。

 そんな中で、唯一アカツキだけが苦い顔をしていた。と言うのも、この資料館、主に扱っている資料が――勇者アマギ・イッテツに関するものなのだ。

 肉親であるアカツキは、何が真実で何が虚飾であるかを知っている。それに、このように親族のことを学ぶというのも、アカツキにとって多少の恥ずかしさを覚えさせるものであった。

 さらに、そんなアカツキの羞恥を上塗りする様にエレンから声が飛んだ。


「では、ここからを自由時間にします。4人から6人でパーティーを組み、時間の最後までにレポートを完成させなさい」


 これには、アカツキも思わず天を仰いだ。まさか、自分の肉親のことを学ぶだけではなく、学んだことをまとめろと言われるとは思っていなかった。どんよりとした表情からは、そんなアカツキの心情が読み取れる。


「まぁ、おじいちゃんについては基礎的なことだけ書けばいいか……資料館なんて見るまでもないし」

「……私は、アカツキのおじいさん、知りたい」

「え、本当に? あんまり面白いものでもないような気がするけど」


 アカツキは少々ばかり呆けた表情をラージャへと向けた。寧ろそんな表情がラージャにとっては疑問に思えたらしい。小首をかしげて、アカツキの言葉を聞いていた。


「面白くない? アマギ・イッテツは勇者。そんな人の人生が面白くないわけがない」

「……まぁ、確かに娯楽性に富んだ話ではあるけどさ」


 事実として、アルザーノ魔法皇国では勇者アマギ・イッテツの存在は娯楽と共に世間に広げられた。小説や絵草紙などを始め、劇や戯曲など、種類は多岐に及んでいた。

 アカツキもそのような形で祖父が世間に親しまれていたのを理解はしていたが、些かばかり虚飾が強すぎて羞恥が胸に飛来したために、以後その情報が流れてこないように耳をふさいでいた。

 

「……もしかして、アカツキはこの話に触れられるの、いや?」

「いや、というか、恥ずかしいというか……?」

「……私、アカツキからアマギ・イッテツの話を聞きたい。――ダメ?」


 ラージャは珊瑚色の瞳を殊勝に潤ませながら――あくまでこれはアカツキの主観ではあるが――、アカツキの瞳を覗き込んで手を握った。はた目から見れば、まるで絵草紙の一幕を切り取ったかのような、絵になる場面ではあった。

 アカツキよりもラージャの身長が大きかったことを除けば、だが。


「その……ダメ、というわけでは」

「じゃあ、いいの?」


 一層、強く手が握られる。たじろぐアカツキには、もはや”お願いを受ける”という選択肢しかないような雰囲気すら感じる。

 

「……わかったよ」


 そんなラージャに根負けするように、アカツキは敗北を宣言した。

 いかにも不承不承と言った様子だったが、このままラージャが何も知らずにこの歴史資料館を回ることに関して、少しの危惧を感じていた。


「まぁ、間違った知識を覚えるよりもよっぽどいいか」

「間違った知識?」

「うん、あっちを見て」

 

 そう言ってアカツキが指さしたのは、勇者アマギの歴史、と掲げられたコーナーだった。


「試しにあっちに行ってみようか」

「……? いい、けど」


 不思議そうに小首を傾げるラージャ。何がどうなって、アカツキに資料館巡りをしようと持ちかけられているのかわからない様子だった。

 しかし、とにかくついて行かないことには始まらないような気がして。ラージャは不思議な直感を元に、アカツキの後ろをひょこひょことついてまわり始めた。

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