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十一話:変化

 救護室のカーテンを揺らして、風が吹いた。

 そよ風に誘われるように救護室に舞った花びらは、眠り続けていた男の鼻に乗っかる。

 一瞬だけひくつく鼻。次の瞬間には、男は大きな声を上げて、くしゃみをした。


「……はっ! ここは?!」

「騒がしいことこの上ない。少しは静かにしなさいな」


 カーテンからアカツキのベッドの方へと歩み寄ってきたのは、白衣を着た優しげな面持ちの女性だった。

 養護教諭のモルガナ。白衣を大きく押し上げる胸と、優しげな風貌に違わず、誰にでも優しい態度が、男子生徒に人気の女性教師だ。

 そんな養護教諭が、アカツキのむき出しの胸板へと手を当てる。おそらくは、鼓動を感じているのだろう。そうするしか、心臓の様子を感じることは出来ない。


「……程よく鍛えられた胸板ね。努力のあとが見えるわ」

「……どうも」


 しかし、思っていたのとは違う触診の結果を言い渡され、アカツキは微妙に引きつった表情でお礼を言う。

 そんなアカツキに、養護教諭らしい暖かな笑みを浮かべながら、モルガナは問いかけた。


「心臓に関しての異常は見られないわね。他に違和感を感じるところはない?」

「……ないですね」

「そう。なら良かったわ。隣の龍人の子といい、貴方といい――随分と健康なことで何よりだわ。正直羨ましいわ」

「それはどうも……って、隣の龍人の子?」

「ええ、そうだけど……?」

「ラージャっ!」


 アカツキは、気絶する寸前の苦しげなラージャの表情を思い出して、血相を変えて隣のベッドへと駆け寄る。

 ベッドとベッドを隔てるカーテンを勢いよく払い、ベッドに近寄るアカツキ。そこには、まるでお伽話に出てくる姫君のごとく、穏やかな寝息を立てるラージャがいた。


「先生! ラージャは……ラージャは無事なんですか!」

「そんな大きな声を出さないの、もう……。無事よ。ただ、元の魔力量が多いせいか、目覚めるのにはちょっと時間が必要だけどね」

「そう、ですか……」


 明らかにほっとした表情を浮かべるアカツキ。そんなアカツキへと、モルガナの声が飛んできた。


「そんなに心配してたのね。仲のいいカップルさんって言うのは、やっぱりそういうものなのかしら?」

「…………カップル?」

「え、違うの? アカツキ君とラージャさん、貴方達二人は男女の仲だって専らの噂よ?」


 モルガナからとんでもない言葉が飛び出した気がして、思わずアカツキは聞き返した。

 しかし帰ってくる答えは同じであり、あまりの衝撃にくらくらしてしまう。


「そ、そんなわけないじゃないですか!」

「でも、闘技場アリーナで、二人で抱き合って気絶してたじゃない。恥ずかしいからって否定しなくていいのよ?」

「恥ずかしいからじゃなくて、事実じゃないから否定しているだけです!」

「もう、素直じゃないんだから」

「だから違うと――!」

「――うるさい」


 不意に響いた声に、アカツキとモルガナは横を向いた。そこには、じとりとした目を二人へと向ける、ラージャの姿があった。

 頭に巻かれた包帯や、病人着である白い服が妙に痛々しく映る。


「ラージャ、大丈夫? どこか痛くない? まだ辛かったりする? なんでも言って! 魔力供給以外なら力を貸すよ!」

「……ん。それなら、ひとつ」


 ラージャは、じとりとした目付きをさらに深いものにしながら、静かに言い放った。


「静かにしてて」

「……はい」


 モルガナとアカツキは、揃って項垂れたのだった。


 ……それから数日後、アカツキの姿は教室にあった。

 未だに傷が残っているので、頭と右手には包帯を巻いている。

 なぜだかアカツキには治療魔法の効きが悪いらしいので、最低限のところまでは治して、あとは自然治癒に任せるのみだとモルガナは語った。

 そういうわけで、アカツキは右手は使えず、やむなく利き手ではない左手で生活しているのだが、これが不便極まりない。

 食器をまともに持てない、筆記用具も持てない、誰かの手助けなしでは風呂も入れない――そんな状況が続いていた。

 そんなアカツキの世話役は誰かというと――。


「……アカツキ、これノート」

「あの、読めないんだけど……」

「……龍文字、読めなかった?」

「龍文字って、もう千年も前に解読不可能だと断言された文字だよね……? 読めるはずがないと思うんだけど」

「《日本語》が読めるアカツキなら読めると思った」

「そんなわけないじゃないか!」


――そう、ラージャである。

 あの後、決闘の勝者として、キーファに対してラージャが提示した願いは、貴族の権限をもってアカツキとラージャのクラスを同じにすることだった。

 どういった手続きがあったかはアカツキにはわからないが、いろんな力が働いてその願いは叶えられた。もっとも、手間がかかった割にはキーファの両親からはほっとした雰囲気が漂っていたが。

 また、そうなった要因の一つに、アレンの存在があった。

 アレンはこの国では邪教指定されている宗教の実働家であったらしく、その被害に巻き込まれたとも言えるアカツキたちには、何らかのお詫びをしなければいけない、と学園側は判断したようである。

 その結果、アカツキとラージャを同じクラスにするという、決闘の願いに便乗した形で学園側の謝罪は行われた。

 余談だが、アレンは既に処刑され、この世にいない。その事実を知るのは、アカツキとラージャ、そして教師達だけである。他の生徒には退職命令が出た後に国外追放という形で説明がなされている。

 ともあれ、そうして、アカツキとラージャの環境は変化した。

 そして、もうひとつ、二人を取り巻く環境は変化していた。


「アカツキ! あの魔法教えてくれよ! あの奇妙な道具で砲弾を打ち出すアレ!」

「アカツキくん! こ、これノート!」


――アカツキは、何故か平民出身の生徒から異様に憧憬を集めていた。

 アカツキは勇者の孫ではあるが、現在の身分は平民である。

 大体の場合、貴族が平民に決闘を申し込んだ時、平民は貴族に嬲られることが主である。しかし、アカツキという平民が、キーファという貴族を打ち破った。

 これが、紆余曲折の末、平民たちの名誉を押し上げたのである。

 以来、平民だからと貴族に侮られたり、蔑まれたり、仲間はずれにされることはなくなったらしい。

 故にアカツキは平民希望の星であり、彼らの勇者となりつつあった。


「……ら、ラージャさん、その……お昼、一緒にどうですか?」

「あの! 魔法を教えてください!」


 対するラージャは、生徒の中でも特に強くなりたいと願う生徒から慕われ始めた。

 ラージャが発した魔法は、アカツキほど常識から離れておらず、かつ圧倒的なまでの技量を見せつけたからである。もっとも、ラージャは、他人に理論的に何かを教えることの出来る理論派タイプではないとの専らの噂である。

 しかし、見るだけでも学ぶことは出来る! と意気揚々とラージャに教えを乞いに来る生徒で溢れた。特に、放課後にアカツキとラージャが一緒にいる時などは顕著だ。


「……ごめん。今日はアカツキと一緒に食べるから」

「ごめん。あの魔法は僕にしか扱えないんだ」


 それぞれがそれぞれを囲う生徒達をあしらいながら、休憩時間を送っていた。

 今は授業の合間に設けられる10分休みである。次の時間の準備を終えたアカツキとラージャ、そしてクラスメイト達は、次の時間を待つのみ。

 そして、準備を終えたあとの暇つぶしに、アカツキとラージャは絡まれている側面もあった。いい加減二人は辟易としつつある。

 そんな二人に、天啓のように鐘の音が聞こえた。授業開始間際に鳴る鐘である。


「席に着きなさい! 今から校外学習の事前説明を行うわよ!」


 女教師フランの一声で、生徒達はそれぞれ席に着いた。

 今日も、授業が始まる――。



 ところで、アカツキとラージャには1つの日課が生まれた。それは、アカツキたっての願いで始められた鍛錬である。

 闘技場アリーナでの一幕で、アカツキは自らの無力を悟った。そこで、アカツキはラージャの指導を受けることで、魔法の力を高めることを目指したのだ。

 というのも、ラージャがアカツキに放った一言が主な原因である。


『アカツキは魔法を使う時に無駄が多い』


 この一言に、アカツキは質問を重ねていった結果、アカツキの魔力に関する技能がまだまだ未成熟であることが発覚した。

 アカツキはただ膨大な魔力を持っただけの、同年代よりも少し出来る魔法使い――と言った技量なのだ。

 循環させる際にロスが発生し、また、魔法を発動する時にもロスが発生し、さらに、魔法が発動して効果が発揮されるまでにロスが発生し――。

 とにかく無駄が多いとラージャは言う。

 いわばアカツキは、穴が開きまくった管に魔力を流し込んでいる状態。ラージャはそう揶揄した。


「……じゃあ、魔力についての概要をまとめる」

「知ってるんだけどなぁ……」

「ん。知っていることを振り返るだけでも、新しい発見はある」


 ラージャはどこからか調達した眼鏡を着け、制服から、白いシャツとタイトなスカートと言った衣装に着替えていた。

 それは、アカツキが有する本の中に登場する、デキる女教師と非常に良く似ている。


「……で、まず魔力とは何なのか。はい、アカツキ」

「色々腑に落ちないけど……。えっと、魔力とは、主に自然の中に溢れる正体不明のエネルギーのことを指す」


 ラージャは満足げに頷いて、これまたどこかで調達したらしい岩の板と貝殻を凝固させたものを取り出す。

 岩の板に何かを記入して、それをアカツキに提示する。


「そして魔力は、私たちの体の中に根付いていて、それが全部無くなると気絶してしまう――ここまでが概要」

「……ここまで?」


 まるでここから先に何かある、と言うようなもったいぶった言い方だった。


「そう。ここからは基礎概論から少し外れた話になる」

「……へぇ」

「じゃあ、魔力とは一体どんな力なのか。まずここから。……アカツキはどう思う?」

「魔法を発動させる力で、妖精や精霊の生命力の源……かな」


 アカツキの回答は、この学園で習う魔力概論を端的にまとめた答えであった。

 しかしラージャは首を振る。


「違う。魔力とは、龍の呼気」

「……………………え? ごめん、聞き間違えたからもう一度」

「魔力とは、龍の呼気のこと」


 アカツキは目眩がしそうだった。


「その証拠は?」

「……むぅ。アカツキは、なぜ人間が魔法を使う時にわざわざ精霊の名前を具体的に述べなければいけないか、わかる?」

「それは、精霊に愛されていないからで……」

「違う。龍から最も遠い生物だから」


 いくらなんでも暴論だ、とアカツキは思う。

 だが、確かに人間よりも魔物の方が魔力は高いことをアカツキは知っている。そしてその理由はまだ判明していないことも。

 聡明なアカツキは、ラージャの弁が理を得ていることを理解した。


「……魔物が人間よりも魔力が高いのは、龍と似た何らかの性質を有しているから?」

「そう。獣としての在り方――というよりも、根本的性質? 龍は群体で暮らさない。根本的性質が"孤独"であればあるほど生まれ持つ魔力は強くなる」

「なるほど」


 アカツキはまだ噛みきれていない、と言った様子で頷いた。


「わからないなら、"孤独"であればあるほど魔力は強くなる。それだけ覚えてくれればいい」

「了解」


 アカツキは頷いて、ラージャの話を聞き続けた。


(にしても、理論的に説明出来ないって嘘だったんだ……。普通に言ってることは解るぞ……理解はちょっと追いついてないが)


 きっとなにか事情があるんだろう、とアカツキはラージャの話に耳を傾けたのだった。

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