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九話:《Drei》

 さながら流星のように、キーファは地面に落とされた。ダメージは全くない様子だったが、キーファの表情には苦悶が浮かんでいた。


「龍人如きが――!」

「うるさい」


 怒りとともに魔法を展開したキーファだったが、発動しきる前にラージャの右で吹き飛ぶ。

 闘技場アリーナの壁にめり込んだキーファは、今更ながらにラージャの身体強化の理由を察したのか、顔をしかめていた。

 元より高い身体能力を誇る龍人。そんな龍人が身体強化を行えば、並の人間では追いつくことの出来ない速度になる。

 まして、龍人は魔力も潤沢に有している。人間では数分しか持たない身体強化も、龍人ならば最低三十分は続けられる。


「なら――」


 適わない――とキーファは判断する。

 しかし、ラージャに一方的に殴られている状況だが、キーファの体にはダメージが入っていない。

 正確に言えば入ってはいるのだが、入った途端に、キーファの魔力によって活発化された再生能力が、彼のダメージを無くす。

 現状、ラージャにキーファを突破する手段はない。そう踏んだキーファは、何をもってして自分に勝利するのだろう、と思考を巡らせる。

 そして理解した。ラージャの役目は時間稼ぎであることを。

 本命は――。


「勇者の孫――ッ!」


 拳打によって大きく距離が離された瞬間、キーファは30にも迫る数の雷魔法を発動させる。

 ラージャはキーファへ追撃を叩き込もうとしていたので、対応することは出来ない。計算された魔法だった。

 ラージャにしては珍しく目を開いて、雷魔法を見送る。そのままアカツキへと突き進んだ雷は――。


――突如として、何かに掻き消され始めた。


装備エクイプ


 アカツキが呟いた瞬間、両手に握る《Eins》と《Zwei》が輝いた。

 そして、一層眩く光ったと思った次の瞬間には、細長いシルエットの何かがアカツキの手に握られていた。

 アカツキはそれをしっかりと持つと、迫り来る雷へと標準する。瞬間、意志を持ったかのように、銃身に刻まれた《Drei》の文字が輝いた。


「《落とせ》」


 魔力を込めて発された言葉と共に、断続的に乾いた音が鳴り響いた。重なった大音響は、さながら大爆発のような音圧で、惚けている客を正気に戻す。

 そして、客は見てしまった。

 雷魔法が、アカツキの持つ《Drei》から射出されたものに次々と迎撃されていく姿を。


「……は、え?」


 場慣れしていたはずのミシェルも、実況を忘れてただただ呆然とするのみ。それほどにその光景は異質とも言えた。

 何よりも、魔法を迎撃するために、射出された何かが軌道を変えていることが、彼ら彼女らの驚きの的だった。

 通常、魔法は弓なりか直線上にしか発射されないものであり、それは飛び道具も同じであったからだ。

 次第に雷魔法はかき消されていき、最後には、一際大きな音を響かせた《Drei》の射撃音とともに霧散した。


「お……おおおおおおおおおおおお!」


 明らかに対処不可能な数の魔法だった。それは誰の目から見ても明らかであり、故にそれをすべて撃ち落としたアカツキに喝采が降り注ぐ。

 万雷の拍手と喝采を、ラージャに再び殴られ続けていたキーファは、苦悶の表情で聞いていた。

 

「ラージャ!」

「……ん」


 アカツキの声でラージャが下がったのをこれ幸いと、次は三桁に迫る魔法を放とうと魔力を練り上げる。

 魔法陣が足元に展開され、一息で宙に百近い数の魔法陣が浮かび上がる。

 龍に近しい存在になったが故の、強引な魔法の行使だった。


「穿て、百条の雷撃よ」


 キーファが紡いだ呪文は力を有し、宙に浮かんだ魔法陣へと彼の魔力を注いでいく。紫電が魔法陣から奔り、次に瞬間にはアカツキに向けて射出された。

 ラージャは即応し、雷の半数程度の行く先を遮る氷壁を作り上げる。しかし、雷の魔法に込められていた魔力が強かったせいか、10本程度を受け止めた時点で崩れてしまう。

 残りは90本近く。これを受けてしまえば、アカツキの存在は、この世界から消え去ってしまうだろう。

 誰もが目を覆ってしまう中で、アカツキだけは静かな瞳で迫り来る魔法を眺めていた。


強化リィンフォース


 おもむろに呟いた呪文は、《Drei》を包み込んで輝いた。《Eins》と《Zwei》の時のように消えはしない。常にうっすらと発光した状態が続いている。

 そのまま、《Drei》を迫りくる雷魔法へと向ける。指は引き金へと持って行き、目は《Drei》の照星越しに雷魔法を見ていた。


高天原たかまがはら天津神あまつかみよ。あらゆる叡智を見届けたもう天上の主よ。我が魔力を代償に、四肢に宿りし依り代に猛き力を与えたまえ」


 消え入るような声でつぶやくと、《Drei》が纏う光が変化する。

 それはさながら翼の様に、アカツキを覆う細長い何かだった。照星を覗き込むアカツキの瞳は、黒いものの中に金色が混じっていた。

 それを見ていた生徒たちは、まるで神話の一幕のように感じてしまう。アカツキの姿があまりにも浮世離れしていたからだ。

 すると、細長くなびいていた魔力が、次第に射出口へと集まりだした。ぐんぐんと凝縮されている魔力は、やはり生徒たちに戦慄を覚えさせた。

 ……だが、いくらこの状態のアカツキであっても、あの雷の魔法を全て撃墜することは不可能だろう。会場の誰もがそう思っており、アカツキの方をはらはらと焦燥が混じる瞳で見ていた。

 しかし。


撃て(ファイア)


 アカツキが、《Drei》の引き金を引いた瞬間に、観客の認識は真反対になる。

 収束された魔力が、《Drei》から飛び出した弾に纏わりつき、最後には巨大な砲弾になった。それはぶつかる傍から雷魔法を消し飛ばしていき、遂には90発近い雷魔法を全て消し去って――なおも飛翔する。

 そしてその先にいるのは、術者のキーファ。流石に破られるとは考えていなかったのか、時間を切り取られたかのように驚いた表情から変化することがない。

 回避行動も迎撃行動もとることなく、砲弾はキーファへと着弾し、周囲へ絶大な破壊力をまき散らす。


再装填リロード


 アカツキがつぶやくと、光を失っていた《Drei》が再び光を取り戻す。その様子は先ほどの全く同じであり、観客を驚かせた。


「やっぱり、すごい」


 ラージャは、油断なくキーファの居た方角へと目を向けながら、目の前の破壊を嬉しそうに眺めていた。

 自分の知らないものがそこに在るというように、好奇心に瞳を輝かせながら。


――武御雷タケミカヅチ


 前日に、アカツキがこの魔法を見せた時にぽつりとつぶやいたものだ。それをラージャは聞き取っており、砲弾の魔法が《武御雷タケミカヅチ》なのだと理解した。

 聞きなれない言葉だったので、ラージャはアカツキに質問した。その時に帰ってきた答えは、勇者の故郷である《日本》の神様の一柱であるというもの。

 

『おじいちゃんはこの魔法を割と愛用してたらしいんだよね』

『大ぶりな攻撃だからよけやすい』

『うん。砲弾が大きいから、大きな相手か、呪文の発動後とかで動きを制限されている敵にしか当てられない欠陥魔法だっておじいちゃんも言ってた』


 確かに命中性に難はあるが、威力は申し分ない。

 その証拠に、ラージャが何度攻撃してもすました顔をしていたキーファは、今や体をぼろぼろにしながら、余裕がない表情でアカツキを睨んでいた。


「許さない――!」


 憎悪のままに足を踏みだし、アカツキへと襲い掛かろうとするキーファ。しかし、全身から力が抜けているかのように、キーファは動かない。

 よくよく見てみれば、足は特に激しく傷が付いており、どくどくと血が流れ出ていた。

 そんなキーファの様子を見て、ラージャが一歩を踏みだした、その瞬間。


「クソッ……! もっと、もっと俺に力があれば――!」

「――その力、差し上げましょうかぁ?」


 キーファの後ろに、いつの間にか一人の男が立っていた。

 優し気な面持ちの眉目秀麗な男だ。胸に光るバッジが彼が教師であることを示している。

 彼の名はアレン。性格がよく、教えがわかりやすいと生徒の間で評判の教師であり――キーファに丸薬をわたした張本人である。

 アレンは微笑を浮かべて、傷だらけのキーファに治療を施した。よほど腕が卓越しているのか、一瞬前まであった傷だらけの姿は、ひとかけらさえ残っていない。


「……それで、キーファ君。力が欲しいんですかぁ?」

「………欲しい、力が、欲しい!」


 キーファの言葉を聞き、先ほどとは打って変わって、怪しい笑みを浮かべたアレン。懐から何かを取り出し、それを高々と掲げる。

 実験などに使う小さなガラスの容器に入っていた赤褐色の液体。それが太陽の光を吸収して、血肉のような色をガラスの容器の中で広げた。

 それを見て、ラージャが飛び出した。目にもとまらぬ勢いでアレンへと接近しつつ、魔法を展開する。

 先ほどキーファが使用した、発動速度と連射性に優れた魔法だ。それを五条程、アレンへと飛ばす。

 しかしアレンはそれを手を振るだけではじき、おまけとばかりにラージャを覆う岩壁を作り出した。

 アカツキの目から見て、その岩壁には魔力が強く込められており、生半可な魔法や物理攻撃では崩れるどころか欠けることすらないようにも見えた。


「まぁ龍人には紙切れ同然ですが、少々厄介な”設定”をさせていただきましたからねぇ。しばらくは出てこれないはずですよぉ?」

「……誰ですか、あなたは」

「おやぁ? 私をご存じでない? しょうがないですねぇ、教えて差し上げましょう」


 まるで演劇の舞台に立つような仕草で腰を折り、アカツキを見る。赤い瞳にダークブラウンの髪の毛が怪しく輝く。明らかに魔力がこもっていた。


「私はアレン。アレン・ノクターン・オーウェン。この学園で教師をやっています」

「学園では、教師の決闘参加は禁止されていたはずでは?」

「”参加”は禁止されていますねぇ。忘れ物を届ける位は認めてほしいものですが、そこあたりはどうなんでしょうかぁ? 勇者の血統、アマギ家の子孫様ぁ?」


 にたにたと、君の悪い笑みを漏らしながら、アレンは笑う。

 そして、ずっと手放すことがなかった液体を掲げ、それをキーファへと差し出した。赤々とした液体は、まるで血の様にねっとりしていた。


「ああ、言い忘れていましたねぇ。改めて自己紹介をさせていただきますぅ」


 明らかに計算して言葉を紡いでいる。もはやアカツキは、この男に嫌悪感と違和感しか抱いていない。

 だからこそ、名乗りを聞かずに早くラージャを岩壁から救出しようと《Drei》を構えようとして――。


「私はァ、信奉団体・龍王会の信者ですぅ。今日この場にはぁ、皆様に龍王様の恐ろしさを理解してもらうためにぃ、特別なアイテムを持ってきていますぅ」


 そうして指さすのは、先ほどキーファに手渡した赤い液体。

 アカツキには栓が開かれたそれを見て、ぞくりと、戦慄が背中に走った。

 あれは消さないとまずい。本能が訴えかけるままに、《Drei》を構え、強化もせずに発射する。過たずキーファの手元に吸い込まれるはずの弾丸は、しかしアレンが唱えた氷魔法で防がれた。


「ははぁ、ライフルですかぁ。流石は憎き勇者の末裔ですねぇ」

「――これが何か、知っているのか」

「ええ、ええ! 知っていますとも! 何よりも私が疎んでやまない、勇者の力――! これを知らないはずがありませんよぉ?」


 一瞬だけ表情が消え、純粋な憎悪がアカツキに刺さる。その様子に、アカツキの肝は冷え冷えした。

 殺気とも呼べる、凄まじい威圧感だったからだ。


「じゃあ、キーファ君。力を手に入れましょうねぇ」

「くっ!」


 それを阻止しようと《Drei》で弾を放つが、全てがアレンの氷魔法で防がれてしまう。そのうちに、キーファが赤々とした液体を全て飲み込んだ。


――その時、世界が鼓動した。


 

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