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この時にイリサは教える立場からして絶対にあり得ない光景を見た。
「あり得ないわ、まだ訓練開始して2日目なのよ。絶対に絶対に絶対にあり得ないはず!」
イリサは首を振ると、成功を見ていた生徒が、
「でもイリサ先生、冷くんの油は波打ち成功してます!」
「…………」
絶句して言葉にならない。
どう考えても成功するわけない。
未だに2日目で成功したなど聞いたこともない前人未到の技であろう。
何かの間違いであって欲しいと心から望んだ。
途方に暮れるイリサに冷は、
「先生、どうです俺の魔力は?」
「ええ…………体内から魔力は開放されてます。おめでとうございます冷くん。魔力の初歩はクリアです。ただし波打ち程度はまだ初歩の段階なの。ここからがさらに難しいから、波打ちから持ち上げるように頑張ってください」
とりあえず波打ちは実際に起こっているので認める。
「油を持ち上げるのか〜」
新たな試練に喜んでいる冷。
イリサは驚いたが、冷静に考えて中級魔人を倒した程の実力者である。
波打ちまでは決して不可能なことではないと自分を納得させた。
普通は不可能であるが、特別であると。
だが油を波打ちさせるのと持ち上げるのでは、明らかに違いがある。
イリサ自身も苦労した。
波打ちに1年、持ち上げるのに1年を要した。
通常は養成所を波打ちが出来れば合格で魔法使いの職業を得れる。
後は魔物を倒しつつ魔法使いのレベルを上げて魔力の上昇をさせてやっと持ち上げられるレベルに達する。
波打ちがレベル1とすると持ち上げるのはレベル10。
かなりの魔力量を必要とするのだ。
まず養成所の生徒の成功はない。
成功例もゼロであった。
イリサは安心して見ていた。
これ以上は無理だと。
冷は次のステップである油を持ち上げるのに挑戦しようとしていた。
普通の生徒ならここでも大バンザイし、もう十分やったからと止めるだろう。
しかし冷は試みる。
波打ちに成功した際の魔力はほんの1%しか使用してなかったのである。
ちょっと試したくらいであったのだ。
今度は50%で試してみることに。
(半分の力を送ってみよう!)
油は樽の中で揺らめき出した。
勢い良く波打ちが激しくなり、遂には油が柱状の形へと変わる。
柱となった油は柱の先端が伸びるようにしていくと何と冷の背よりも高く油の柱を作ってしまったのだった。
「おおおお!!!!」
「冷くん、やったな〜〜〜〜!」
と生徒からは大絶賛の嵐が巻き起こった。
冷も成功して思わず喜んだ。
「やったぞ〜〜〜〜イリサ先生!!」
「えええええええ〜〜〜〜〜〜〜! なぜ作れる?なぜ柱が作れるの? わからない私には?」
イリサ先生はもはや困惑を通り越し混乱しつつあった。
昨日は何も出来なかった生徒が、今日は波打ちに成功し、さらに柱を作るとは。
すでに冷は入校2日目で魔法使いレベルでいう10には達してるとみていい。
あってはならない事態とはこの事であろう。
冷は養成所の歴史をあっさりと塗り替えたのだから。
今まで何百年と続いた歴史。
数多くの戦士や魔法使いを排出した歴史。
ピルトの町の養成所だけに留まらない。
王都のような都会の養成所も含めて。
世界の全ての養成所の歴史を塗り替えた日であった。
イリサは、がく然となり悪夢でも見てるようであった。
ただし現実に目の前で起こっているわけで、否定はできないし、教師としては実力を認めるのも大事な仕事である。
だからここまで、柱を作ったまでは認めよう。
次のステップである油の柱から油の噴水が待っていた。
これは魔法使いレベルでいう10から20にアップする程の難易度の高い技。
見習いで出来るわけないし、中級の魔法使いレベルである。
養成所のレベルを遥かに超えた範囲の授業となる。
だからイリサはあえて提案することに。
「冷くん、柱が作れたのは認めよう。でもそこから先のステップは無理なので、もう止めていいですよ」
「イリサ先生、俺はもっといけそうです。次はどうすればいいの?」
せっかく冷に恥をかかせないよう配慮した。
にも関わらず冷本人が恥をかくと言い出したのには驚いた。
そこまで言うのならイリサも止めはしない。
止めるチャンスは与えたのだから。
噴水は難易度が高いを通り越していた。
現世でいう小学生に東大の入試をさせるのと同様であり、一歩間違えば教師として逸脱した学習を強要させるのと一緒。
天才少年と呼ばれる子でも東大の入試問題には歯が立たない。
周りの誰もが無理だと思った。
しかし冷は違った。
(よお〜し、次は100%でいこう〜)
ここで完全に100%の魔力を使う。
柱を維持したままの状態から、今度は柱から先端を噴水の様に溢れさせて、しかも油をずっと循環させるまで成功させたのであった。
見事に成功した結果は。
「うおおおお!!!!」
「すげええええ、冷くん最高〜〜〜〜!」
と大絶賛を超えて大フィーバー状態。
なんの授業かわからないくらいに大騒ぎとなる。
「ななななななななあ!!!!!! 何で何で何でよ! キミはいったい私を教師失格にでもする気?」
イリサは噴水をみて目の前が真っ暗になった。
意味がわからないし、理由もわからない。
この世界始まって以来の大事件の1つが今この場で起きた。
養成所の歴史を塗り替えたのは、つい先程である。
それがまたたく間に塗り替えられた。
たった2日目で噴水を成功するという偉業に。
尋常じゃない生徒が入学したものだと今さらながら悟ったのであった。
もはやお手上げ状態となりイリサは頭を下げる。
「冷くん、私の負けです。正直に言って完敗です。これは事件であって大ニュースになるでしょうよ。おそらくは王都にも耳に入る重大な事態。もうキミは養成所に来る必要はありません」
「卒業ですか俺は?」
「はい、入校して2日目で卒業。史上最速の卒業でしょう。それに永遠に塗り替えられない記録だとおもうわ。職業設定はギルドで行います。授業でもいいましたが職業は1つしか設定できませんから、魔法使いの職業に設定してください。そうすれば無職がなくなり9大幅減少していたステータスが回復するはずです。恐ろしいですよ、今でも凄い能力なのに制限が開放されるとしたら、どうなるのか。考えただけでもゾッとしてきました」
「あ、それなら必要ないです。俺は無職狂戦士のまま冒険するつもりでして、魔力の知識と使い方が分かればいいのです。2日間でしたがお世話になりました」
「ええええ! 職業無職でいいの? まあ本人がいいと言うなら強制はしませんが」
「魔法も使えるように自分で試してみます」
「魔人は世界を滅ぼすために魔王を復活させるでしょう。そうなったらもはや誰にも手におえない。いや冷くんだけは違うのかもね」
「俺、魔人とは戦うつもりですから」
前人未到の2日目で卒業した冷。
魔法使いの職業を1年かかるのを大幅に短縮に成功した。
しかし無職狂戦士の継続を選択した。
狂戦士の凄まじさは、イリスも知らないからあえて説明はしないでおいた。
(魔法使いたいな〜〜)
問題はなぜ突然に魔力が使用出来たのかであるが、昨晩にネイルから受けた[癒やしの手]が大きく影響していた。
体内に光属性の魔力が加わり、冷は魔力を自分の物にしてしまった。
魔力は使用したことはなかったが、潜在能力は気の訓練をしていたので、すでに魔力量は膨大な量を使用出来るように鍛錬されていたのだった。
本人もなぜ魔力が使えたのかわからないままである。
今後伝説的な事件として語られるだろうが、ここで話は終わらなかった。
「卒業おめでとう〜〜〜〜」
「ありがとう、みんな〜〜〜」
生徒に囲まれて拍手喝采され、気持ち良くギルドに向かう予定である。




