銀河鉄道の夢
「―――と言うお話なんだ」
学校が終わってから、おさななじみの女の子はむちゅうになって、昨日読んだお話について語りました。その子のお話を聞いていたみんなは目を丸くしていました。
みんなは女の子の語るお話がとても面白くかんじられたのです。早く続きが知りたくて、ずっと口を一の漢字にしては耳に集中していたのです。
女の子が語りおえたとき、一番前にいた男の子は大きく口を開いて、女の子に聞いたのです。
「銀河鉄道ってどこにいったら乗れるのかな?僕も乗ってみたい!!」
みんなは女の子の話のなかで出てきた、宇宙をはしる銀河鉄道に乗ってみたいと思っていたのです。夜になってきれいに輝く星を間近に見てみたかったのでした。
ですから、女の子はみんなの質問ぜめにあってしまいます。しかし、女の子はじっさいに乗ったわけではありません。お話を読んだだけなのです。なので質問にはあまりこたえられません。
だけれども、みんなが質問する中でただ一人、キララだけはうつむいていました。キララは銀河鉄道などありえないのだ、と最初からわりきっていたのです。
キララはありえないことを信じないで、ただ目で見たことだけを信じていました。なぜなら、キララが赤ちゃんだったときにお父さんやお母さんが死んでしまったからです。
お父さんやお母さんがいなくなってしまってから、ずっと一人ぼっちでした。さびしかったのです。ですからキララは夢とかお話とか、ありえないことが信じられなかったのです。
たしかにキララはたくさん本を読みました。多くの世界、多くの人を、キララは知っています。ですが、けっしてキララのお母さんやお父さんはもどってきませんでした。
「でもね、私はお話を読んだだけなんだ。みんなの質問にはこたえられないよ」
「僕もそのお話を読んでみたいな!そうしたら、夢の中だけでも銀河鉄道に乗れるかもしれないし!」
夢、それはキララにとっておかしいものでした。けっしてありえないのに、夢の中で銀河鉄道に乗れるわけがない、とおもっていました。
しかし、キララもほんとうは銀河鉄道に乗りたかったのです。一人ぼっちだったキララに勇気をくれたのは、空できれいに光る星たちでした。
星たちはキララにさびしいおもいをさせませんでした。キララにとって、星たちはお母さんやお父さんのようにおもえました。なので、夜になるとキララは、星がよく見える丘に行って、星たちをながめたのです。
キララにとって丘は、お母さんやお父さんに会える場所でした。まいにちまいにち、キララは丘に行きました。
しかし、キララは夢が信じられません。もうお母さんやお父さんには会えない、会いたくても会えないのだ、と分かっていたのです。ですが、キララは夢を信じたかったのです。もしかしたら銀河鉄道はあるかもしれない。もしかしたらお母さんやお父さんは生きているかもしれない…。
「…キララちゃん、元気なさそうだよ」
「いいや、なんでもないよ」
お話を語った女の子は、キララを心配しました。みんなが元気よく質問してきたのに、キララだけは何も質問しないで、くらい顔をしていたからです。
キララはそんな女の子の心配をはねのけて、その場からさっていきました。みんなの質問が、すべて信じられなかったからです。ですが、やっぱり信じたかったのです。
心のなかでは、二つのおもいがぶつかりあっていました。銀河鉄道なんかない、という気持ち。そして、銀河鉄道はあるかもしれない、という気持ち。
キララはふしぎと涙がでていました。帰るとき、キララはずっと銀河鉄道について考えていたのです――――。
「…銀河鉄道に、乗ってみたいなぁ」
小さくつぶやいた声は、だれにも聞こえませんでした。
★ ★ ★ ★ ★
その日の夜も、キララは丘に行きました。家からすこしはなれた場所にある、なだらかな丘です。まわりには木もなく、よく空が見えました。
キララは丘にねそべって、空をいちぼうするのが毎日のたのしみでした。学校から帰って、夜になるまで家でまってから、丘に行くのです。たまにおかしも持って行っきました。
この日のキララは何も持ってきませんでした。持って行く気になれなかったのです。それは、キララは銀河鉄道のことについてずっと考えていて、おかしのことに頭がまわらなかったからです。
キララは大の字で寝ました。空はうっすらと雲がかかっていますが、どこまでも続く黒のなかにうつしだされる光のシャワーは、とってもきれいでした。
キララはこのけしきが大好きです。どんなものよりも好きでした。学校のともだちよりも、道ばたで会う犬やねこよりも、そして学校の先生よりも。ですから、たまに丘でねむってしまうこともあります。
この丘にはキララのほかにはだれもきません。キララのものだったのです。なので、このけしきはキララしか見ることができなかったのです。
ふと、キララはねむくなってしまいました。とおくでは星たちがうつくしくかがやいています。
キララはこの空の下で、お母さんやお父さんに会えたようなここちだったのです。あんしんかんがキララをつつみこみ、まるで空のふとんにかけられたようにねてしまいました。
だれもキララのことを見ていませんでした。だれもそこにはいませんでした。ですが、キララはだれかといっしょにいるようなここちでした。
★ ★ ★ ★ ★
キララは目を覚ましました。そこはさっきいた丘ではなく、列車のなかだったのです。その車両には、キララいがいの人はいませんでした。
ふと外のけしきをながめました。まどからは、うつくしい星たちが大きく見えます。ふしぎなことに、外はまっくらでした。
汽笛が聞こえました。それは汽車の汽笛でした。ポッポーと、いきおいがある音がキララの耳にとどけられます。キララはいつのまにか汽車に乗っていたのです。
キララはびっくりしました。丘でねていたはずなのに…とおもったからです。あの丘は、キララいがいのひとはだれもしらないはずです。
どうして汽車に乗っているのだろう、とキララは考えました。ふと、女の子から聞いた銀河鉄道のお話がキララの頭をとおります。ですが、キララは信じられませんでした。ですが、もしかしたら、というおもいもありました。
キララはたちあがって、汽車のなかをさんさくすることにしました。ほかのきゃくがいるかもしれない、とおもったからです。
しかし、ほかの車両にもきゃくはいませんでした。キララだけだったのです。ふしぎな気持ちがキララにおそいかかります。汽車はあいかわらず、はしりつづけています。
ふと汽車は汽笛をあげて、ゆっくりとスピードをおとしました。やがて外には真っ白な砂でうめつくされた地面があらわれます。そして、汽車はとまったのです。
キララは汽車のとびらが開いたことに気がつきました。ふと降りて見たいという気持ちになって、降りてみることにしました。汽車の車両からあふれる蒸気は、キララの着ていたスカートをめくりあげます。
白い砂は、ざらざらというよりも、すこしなめらかでした。まるでビーズのようなかんじでした。面白いとおもったキララは、砂を手ですくっては、スカートの右ポケットにいれました。
とおくでは青色と白色でぬられたボールみたいなものが、まっくらやみのなかでうかんでいます。
キララはすぐにわかりました。たくさんの本をよんだキララにとって、こたえはかんたんでした。…それは地球だったのです。キララが住んでいるはずの、地球だったのです。
びっくりしました。キララはこしがぬけそうになりました。そして、ふたたび銀河鉄道のお話がキララのなかにあらわれました。
なんだか、キララは面白くおもえました。そして、なぜだかわらっちゃいました。ちかくにとまっている汽車は、かわらずキララのちかくにありました。
ふと、声がきこえました。その声がしたほうこうをむくと、キララを見ていた一人のおじいさんがいたのです。おじいさんは小さな、ぎりぎりきこえるぐらいの声で、こう言いました。
「…そのようすだと、夢はもっているようじゃな」
「…えっ?」
「ちょっと、こっちにきなさい。お茶をごちそうしてあげるから」
杖をついていたおじいさんは、キララについてくるよう言いました。二人は汽車がとまっていた場所の近くにある家にはいりました。
家のなかはおちついたふんいきで、木でできていました。天井にはランプがつるされています。おかれている机の上には、たくさんの本がおいてありました。
おじいさんはキララに、木のいすにすわるようすすめました。そして、ゆっくりした足どりで、キララと自分のために二つのあたたかいお茶を持ってきました。
キララはお茶をのみます。それは今までのんだお茶とはちがって、キララにやすらぎを与えました。
「…おぬしのなまえは、なんというんじゃ?」
「…わたしは、キララっていいます」
「キララか。いいなまえじゃな」
おじいさんはお茶をいっかいのんでから、お話をつづけます。
「しかし、どうしてキララなんてなまえをつけられたんじゃ?」
「お母さんやお父さんは、わたしにお星さまが光りつづけるように、夢をもってほしいとかんがえて、キララってなづけたらしいんです。でも、お母さんやお父さんはもういません…」
「…いなくなってしまったんだね。それはきのどくに…」
「だから、わたしはずっと一人ぼっちなんだ。夢なんてない。信じたいけど、信じられないよ……」
キララはかなしくなりました。お母さんやお父さんは、もういないのです。あらためてキララは、自分が一人ぼっちであることをじかくしました。
えいえんにキララは一人なのです。だれもキララをかわいがってはくれません。ですが、ゆいいつキララをかわいがってくれたのは星たちでした。
むねがひきしまるおもいがしました。夢なんて、やっぱりなかった…キララはそうおもいました。おじいさんはそんなキララを見て、やさしい声で話しはじめたのです。
「キララ、かんがえてごらん。夢はほんとうにないのかい?」
「…ないよ。わたしのお母さんやお父さんは、もうかえってこないんだ」
「そんなことはないよ。ほら、見てごらん」
おじいさんは、すわりながら家のまどから見えるけしきを指さしました。遠くでは星たちがかがやいています。
キララもけしきを見ました。すると、星たちが星座のように線でつながったように見えて、それはお母さんやお父さんをつくりあげたのです。
キララはまた、びっくりしました。もういないはずのお母さんやお父さんが、空にあらわれたからです。キララはうれしくなりました。ふと、こう声をあげました。
「お母さん!!お父さん!!」
おじいさんは、声をあげてはしゃぐキララを見てはほほえみました。そして、あまりかけのお茶をもう一口のみました。
やがて星座はきえてしまい、空のなかにいたお母さんやお父さんもいなくなってしまいました。キララはすこし手をさしのべましたが、すぐにひっこめました。
かわらず星たちはかがやいています。しかし、星たちがなくなることはありませんでした。
「…キララよ。夢というのは、夢を持っているひとにだけ見せてくれるものなのじゃ」
「…持っているひとにだけ?」
「さっき、『信じたいけど、信じられないよ』って言ったね。…でも、キララにはお母さんやお父さんが見えた。本当は夢を持っているんだ」
おじいさんはキララのほんとうのことをしっていたのです。
たしかにキララは夢を信じられませんでした。ですが、キララは夢が信じたかったのです。キララは夢を持ちたかったのです―――。
ありえないことを信じられなくても、それを信じたかった。キララはそうだったのです。ですから、おじいさんにこう言われたとき、とてもおどろきました。
おじいさんはふたたびほほえみました。そしてお茶をまたのみ、その白くて長いあごひげを右手でさわります。
「…キララよ。夢はね、夢を信じてる人だけ見えるんだ。さっきキララが乗っていたのは、キララが乗りたかった銀河鉄道なんだよ」
「…銀河鉄道?わたしは銀河鉄道に乗ったの?」
「そうだよ。それは、キララがやさしくて、ずっと丘で星たちをながめていたからなんだ。だから星たちも、キララの乗りたがっていた銀河鉄道に乗せてあげたんだ」
おじいさんはキララのあたまをやさしくなでました。まるでお母さんやお父さんのようなぬくもりがありました。
キララはおじいさんのかおを見あげました。やさしそうな顔が、そこにはありました。
「…さあ、切符をあげるから、もういちど銀河鉄道に乗りなさい。そうしたら地球に帰れるから。でも、これだけは忘れないで」
おじいさんはふたたび、まどから見えるけしきをみつめました。星たちがやさしく光りつづけています。
キララももういちど見ました。丘で見るけしきより、何倍も大きく見えました。ずっと近くにあるようにかんじられたのです。
もう、キララは一人ぼっちではなかったのです。さびしくなんかありませんでした。キララの心のなかでは、きれいな星がかがやいていました。
「…夢をわすれちゃだめだよ。夢はね、夢を信じているひとにだけ見えるんだ。だから、夢をすてちゃいけないよ」
「夢を、すてちゃいけない…」
「そうじゃ。これからキララは大きくなって、そして大人になる。大人になって、キララはたくさんのことをしるだろう。でも、ぜったいに夢をわすれちゃいけないよ。キララはもう、お母さんやお父さんには会えないかもしれない。でも、ぜったいに会えないわけじゃない。もし寂しくなったとき、空を見てごらん。星たちがお母さんやお父さんに会わせてくれるから。銀河鉄道に乗せてくれるから。…だから、夢はすてちゃだめ。やくそく、できるかな?」
キララはやくそくしました。お母さんやお父さんには会えなくても、夢をすてなければ会えるのかもしれないから―――。
星たちはキララが大好きでした。ですから、キララも星たちが好きだったのです。夢を信じていれば、一人ぼっちじゃないから…。
「わかった。夢を信じるよ」
「そうじゃ、夢を信じて。また会いにくることをねがっているけど、それはわしのわがままじゃな。…これからキララに、大きなこんなんがまちうけているだろう、たいへんなことがあるだろう。だから、キララはそれをのりこえなくちゃならないよ。でも、星たちはいつもキララを助けてくれる。だからね、もしさびしくなったら、またおいで。夢の切符をもって、ね」
★ ★ ★ ★ ★
キララは銀河鉄道に乗りました。扉がしまり、銀河鉄道はゆっくりとスピードをあげていきます。
外ではおじいさんがキララを見おくってくれました。キララもまた、そんなおじいさんにたいして手をふりかえしました。
ふたたび銀河鉄道はまっくらやみのせかいをはしります。汽笛をあげて、そんざいしない終点まではしるのです。キララは外を見ました。かわらず星たちがかがやいています――。
「…お母さん、お父さん。また、会いにくるよ」
そういって、キララは眠ってしまいました。汽車のなかは、たいへん心地よかったのです。
キララはねてしまいましたが、銀河鉄道はどこまでもはしりつづけます。どこまでも、どこまでも…。
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起きたとき、キララは丘にいました。空では太陽がさんさんとかがやいています。そよ風がふき、草たちが歌を歌います。
キララは起きあがって、立ちあがりました。銀河鉄道に乗ったこと、おじいさんに会ったことは夢だったのです。ですが、はっきりと夢のないようをおぼえています。
もうキララはさびしくありませんでした。ずっととおい場所でしたが、キララのお母さんやお父さんはいるのです。それをしったキララは、一人ぼっちではなかったのです。
今日も学校があります。キララはいかなくちゃいけません。ですから、キララは学校にむかってはしりました。キララはとても元気よく、今までくらい顔をうかべていたキララとはちがっていました―――。
ふと、キララのスカートのポケットから白い砂が少しこぼれました。それはうつくしい砂でした。
それは丘のうえにこぼれましたが、キララは気づきませんでした。