表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第1章 出会いまで・・・
4/37

出会いは疑惑から



「マズい……これはマズいよ……」

 完全に迷った。

 正確には、町の構造にではなく、汚染者ポルターの居場所の特定が出来なくなったこと、である。

 先程別れた仲間達がどこかで異変を察してくれれば、直ぐに駆け付けられるのだが……未だにそういった反応を感知することは出来なかった。

「こうなれば……最終手段……!」

 汚染者ポルター探索の際には、出来る限りやりたくはない手段だ。

 明確な情報は得られないかも知れないし、何よりも民衆の不安を煽る、というデメリットがある。

 だけど、今は手段を選んでいる暇はない。

 前から歩いてくるのは、フードを深く被った、背丈的に自分と相違ないように見える人物。

 その人狙いを定めると、それを実行した。

「あの、すみません」

 作戦名、『人に聞く』。

 ヨソ者のように、本気で困った人を装うように、少しばかり落ち込み気味な顔で話し掛けた。

 すると、相手は直ぐに反応を示してくれる。

「うっ……!?は、はい?なん、っすか?」

「…………」

 おかしい。

 近くに寄った途端に、何故か激しく動揺したような声を挙げ始めた。

 きっと職務質問をする警察はこんな気分なのだろう。怪しさが疑惑を強め、今にも飛び付きたくなってきた。いつもなら深く問い詰めるところだが、今日ばかりはそんなことをしている時間すら惜しい。

 だから、敢えて仕方なく、疑問を押し殺して続けた。

「この辺りで汚染者ポルターを見ませんでしたか?」

「ん……えっと、悪いけど、見ていないっすね。あぁ、あいつらを探しているってことは、イムニティの人ってわけっすね……どうりで」

「…………」

 やっぱり、おかしい。

 フードの下を目を凝らして見てみると、顔面がガスマスクに覆われており、見るからに怪しさが滲み出た人物だと判明。

 いや、というか……そもそも何処かで見たような容姿である気がするが……気のせいだろうか。

 反射的にジト目になってその少年を睨み付けながらも、平静を装いながら言った。

「えぇ、まぁ確かにイムニティの者ですけど……それがどうかしました?」

 すると、少年はガスマスクを覆うように手を当てると、苦しそうな様子を見せ始める。

「イムニティの構成員って、あの、基本的に力の濃度が高い、っていうんすかね?つまり、例えるなら毒みたいな感じで……」

 何を言っているんだ、この少年は。

 失礼だな、普通に。

 だが、こちらは大人だ。

 大人はどんな時も、冷静に、沈着に振る舞うべきだろう。

 だが、最早汚染者ポルターの問題が薄くなるくらいに、こちらの少年の存在感が増してきた気がする。

「はぁ、毒、ですか……確実に貶されているとしか思えませんが……というか、大丈夫です?何だか凄く苦しそうなんですけど……そのマスクを取った方が良いのでは……?」

 彼の身を案じての言葉だった。

 感染体フィーゼとは関係なくても、目の前で苦しんでいるのならば、黙ったまま見過ごす訳にはいかない。

 それだけのことだったのに……。

 次の瞬間、少年は衝撃的な一言を発した。

「出来れば……俺の近くであまり呼吸しないでくれません?」

 同時に、硬直。

 これはどう捉えても、普通に相手を蔑む言葉だ。

 だけど、相手も何だか苦しそうだし、何かを訴えた上で、仕方が無く口にした言葉なのかもしれないし……。

「…………」

「…………」

 数秒間の沈黙。

 互いに見つめ合いながら硬直していると、思わず一瞬だけ笑ってしまってから……。

「フッ……………………ハアァァァァァァァァッ!?」

 はい、抑えきれませんでした。

 ほぼブチ切れた状態で、多分かなり強張った顔で、彼へと詰め寄った。

「うわっ……あれ!?俺、何言っているんだ……!?さっきまでこんな会話が普通だったから、つい……」

 自分で蒔いた種である筈なのに、発言をした本人が一番驚いている。

 いや、驚いたのはこちらだし、怒り心頭なのは仕方が無いのではないだろうか。

 そんな説明をしたところで埒が明かないので、動揺した様子の少年に詰め寄った。

「ほっほぅ?つい?つい、って言った?面白い冗談だね君ぃ……今のはあれだよ?初対面でいきなり『お前死ねや』って言ったも同然だからね?冗談じゃ済まされないよ恐喝罪だよガスマスクさん?」

「いや、ホント、冗談抜きでごめんなさい!だから訴えるとかそういうのは辞めてくれ!もうこりごりなんだから!」

 何を言っているのかは分からないが、このままでは怒りが収まらない。

「へぇ~?それなら……」

「ちょ!?」

 自身の感情に身を任せて、少年の胸ぐらとガスマスクを鷲掴みにして引っ張り始める。

 勿論だが、少年も必死で抵抗を試みていた。

「そんなガスマスク被っているから根暗なことしか言えないんだよ!相手と話をしている時はちゃんと顔を出して目を見て話さなきゃ駄目でしょー!?」

「待っ、ちょっ!?ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメッ!コレ取ったらヤバいから!本当に死んじゃうからッ!」

「そんなふざけたこと言っても誤魔化せないんだから往生しなよ!」

 女とはいえ、力にはそれなりに自信がある方だ。いや、正確には筋肉の使い方を心得ている、というべきか。

 押す力よりも引く力による力の収束性。また、肘を曲げて腕の筋肉の使う場所を心がけて力を込めれば……筋力は飛躍的に向上する。

 そこらの男相手ならば、簡単に御しきれる位に。

「さぁ、こ、れ、でぇ……取っ……ッ!」

 少年のガスマスクが、彼の肌から外れた……。

 そう思った瞬間。 

「キィルルルォオォォォォォッ!!」

 奇声。

 大地を直接揺るがすかの如く、強烈な咆哮のようなモノが……真上から響いた。

 弾かれるように真上を仰ぎ見るとその先には……屋根から飛び降りる、汚染者ポルターの姿があった。

「避けてッ!!」

「どわっ!?」

 反射的にガスマスクを掴む手を離し、持てる最大の力で少年を真正面から突き飛ばす。

 少年は後ろへ転がるように倒れ、自分も後ろに向かって大きく飛び跳ねた。

 直後。

 汚染者ポルターが、二人の立っていた場所に着地。

 コンクリートの地面に亀裂が走り、一気に跳ね上がる。

「危なッ……!」

 汚染者ポルターは着地と同時にこちらを睨む。

 割れた巨大なコンクリートの欠片を鷲掴みにすると、ちゃぶ台返しの容量で投げ飛ばしてきた。

 しかし、慌てない。

 まだ、捉えられる速度だ。

 直撃したら重傷だろうが、当たらなければ全く問題は無いのだから。

「ほっ、と!」

 縦回転で飛来するコンクリートの下部分へ、滑り込むようにして回避に成功する。

「キィルルルッ!!」

 だが、問題は次だった。

 汚染者ポルターは標的を変えてガスマスク少年を睨むと、強靱な腕を振り上げて襲い掛かったのだ。

 自分の身は自分で守れる自信はあるが、彼のような一般的な男子では、汚染者ポルターに立ちはだかるどころか、逃げることすら困難かもしれない。

「マズ……ッ!逃げてッ!速くッ!!」

 しかし。

 怖じ気付いたか、それとも動けないのか、少年はその場で尻もちを付いたままポルターを見上げ、全く動く様子も見せなかった。

 そして。

 大きく振り上げられた汚染者ポルターの拳を避けることも出来ず……。

「う、お……ッ!」

「あぁッ!!」

 ボゴォォンッ!

 大きく響き渡る轟音。

 弾け飛ぶコンクリートの破片。

 巨大な鉄槌が、無慈悲にも、少年を押し潰した。

「うそ……そん、な……ッ」

 人々を守るなどとという大袈裟な信念を抱えていたくせに……目の前で、人が死んだ。

 視界がグルグルと回転し、身体を支える脚から一気に力が抜ける。

 だが。

 ここで倒れたら、信念も、命も、全てを捨てることになる。

 その時こそ、本当の意味で終わりだ。

「……いや、まだ……まだ間に合うかも知れない……!」

 いくら汚染者ポルター本人が感染体に侵された犠牲者だからといって、これ以上は好きにさせる訳にはいかない。

 倒れる寸前で脚に力を込めて、ギリギリ踏み留まる。

 あのガスマスクの彼にまだ息が残っていることを信じて、外套の中から注射器を取り出した。

 しかし……。

「────だからどうした?」

「え……」

 声。

 続けて、気配。

 その発生源は、汚染者ポルターの背後、自身の目の前だ。

 彼は発する。

 化け物を相手に、わざわざ挑発するような言葉を。

「殺したと思ったか?悪いな、見ての通りちゃんと生きているよ」

「え……ぇ……えぇッ!?ど、どうやって……だって、今さっき間違いなく汚染者ポルターの拳の下敷きになっていたのに……!?」

 全く、気が付かなかった。

 そもそも光速で動いたりしない限り、あれを避けられる訳がない。自身の肉眼では間違いなく、彼が尻もちを着いたまま、汚染者ポルターの拳の下に消える瞬間を目撃していた筈だ。

 しかし、彼は現に目の前で平然と立ち、ピンピンとしている。

 何が起きているのか分からず途方に暮れていたが、ガスマスク少年は気楽な様子で首を振り……。

「気にしなくていい、おたくには関係がないことだから……っと」

「キィィルルルゥゥゥゥッ!!」

 汚染者ポルターに至っては、止まらない。

 少年の挑発に憤るかのように、腕を、頭を、やたらめったらに振り回しながら、再び彼に襲い掛かろうとしていた。

「この人はまだフェイズ1だ……まだ、助かる筈……止めないと!」

「なるほど、止めれば良いんだな?」

「バッ……!何やろうとしているのさ!?君は早く逃げて!!」

 こちらの忠告を聞く気配すら見せず、彼は背負っていたボロボロなリュックサックの中へ、背中越しに手を突っ込む。

 そして。

「一発殴られた分のお返しだ。例え相手が化け物だろうが、やり返さないと気が済まないもんで……よッ!!」

 中から何かを取り出した、と同時に。

 目の前の汚染者ポルターへ振るう。

「ギィルゥァッ!?」

 それはそいつの顔面を正確に捉え、思わず鳥肌が立つような鈍い音が響いた。

 すると、その巨体は大きく浮かび上がり、そのまま数メートル離れた場所に投げ出されたのだ。

「……は?」

 彼の手に握られていたのは、鎚。

 工事現場とかでよく見られる、一メートルはある木で出来た長めな柄の先端の打撃部分には、金属で出来た頭部で構成されている。

 ただ、それだけの代物だ。

 特殊、魔法等々、そういった異能的な力とはかけ離れた、あまりにも普通な工具だった。

 そんなもので、あの巨体を殴り飛ばすだなんて……出来るわけがない。 

「うそでしょ……あり、えない……力で、汚染者ポルターを殴り飛ばした……!?」

「少し重いけど、充分すぎる威力と硬度……良いモン貰った。それじゃ、あとはヨロシクっす」

 動揺するこちらのことなんざ興味もないのか、彼は鎚をリュックサックにしまうと、早足で去って行ってしまう。

 そこでようやく……思い出した。

 そうである。

 彼には何が何でも話を聞かなくてはならないのだ。

「あ……あぁッ!!ちょ、ちょっと待って!君には聞きたいことが……あ、汚染者ポルターの方も保護しないと……!少しだけで良いから待ってて!ね、え……」

 慌てて声を掛けるものの、時既に遅し。

 少年の後を追って上げた視線の先には、既に彼の姿は無くなっていたのだった。

「ど、どこに……?」

「さっきのお兄さん、あっちに走って行っちゃったよ」

 偶々そこを通りかかった少女が、水平線の彼方を指差して教えてくれた。

 どうやら、今の一瞬で走り去ってしまったようだ。

「……また、やっちゃった……あれは、『抗体』の人だ……!」







「間違いないネェ。避けていなかったヨ、あれは」

 街道を見渡せる屋根の上に腰掛け、脚をぶらつかせながら、少女は全てを見ていた。

 ガスマスクをした少年とイムニティの少女。二人が出会い、一触即発になり、汚染者ポルターに襲われ、少年が悠々と生還した……全ての経緯を。

 何故あんなことが起こったか?

 それは分からない。

 ただ、あのガスマスクの少年は、間違いなく汚染者ポルターの拳に押し潰されていた。第三者の目線からしても、それは明らかな事実だ。

「面白い奴がいたもんだネェ。まさか、感染体を意に介さない存在がいるとは……流石のアタシも予想外だナァ」

 少女は笑う。

 包帯が巻かれた頭を押さえながら、苦しそうに息を吐きながらも、堪えきれない様子で笑い続ける。

 笑いが収まり、呼吸を落ち着かせると、少女の視線は眼前のイムニティの彼女へと向けられた。

「まぁ、良いか。それより大切なのはこっちだネェ。ウンウン、実に順調のようダ」

 彼女は汚染者ポルターの傍に寄り添い、何事かの声を掛け続けている。

 恐らく、この後に仲間達が駆け付けてきて、皆で奴を本部に連れて行くのだろう。

免疫イムニティだけじゃ駄目なんだヨ。根本的に、全ての感染体を、この世界から根絶しないト……だぁれも救われないゼェ?」

 いつの世の中だって、未知なるウィルスから人々を救ってきたのは、人間自身ではない。

 ウィルスを根絶する為に存在する────『薬』の役割なのだから。

 






「偉吹、出現した全汚染者ポルターの保護が、無事に完了したようです」

 イムニティ清永町支部の会議室に、一人の少女が安心した顔をしながら入ってきた。

 彼女の名前は、レティーシャ=ダナム。

 ウェーブが掛かったフワフワな黄緑色のショートヘアと共に、ボリュームのある胸を揺らしている。ジーンズの短パンと肌色のスパッツを履きスラッと伸びる脚を露見させており、上にはジャケットを羽織っていた。

 全体的にスタイルが良く、見る人を癒す、優しく包容力がある性格をしている為に、イムニティの中でも相当人気がある人物だ。

 そんな彼女の目の前には、椅子に腰掛け資料に目を通す青年の姿があった。

「そうか、報告ご苦労」

 上下共に紺色のスーツを身に着けているが、上着は動きにくいのか、マントのように両肩に掛けている。常に強張った顔を見せる好青年であり、眼鏡を押し上げる動作等を見ると、まるでインテリらしい雰囲気が滲み出ていた。

 名は清閑寺偉吹せいがんじいぶき

 見た目通り、クールな青年である。

 彼はいつも通りに冷え切った言葉だけを返すが、レティーシャは気が気でない様子で、もう一歩彼に寄り添ってから言った。

「……仕事を熱心にこなすのは良いけれど、たまには休んだらどうでしょう?最近は汚染者ポルターの出現率も大幅に増えていますし……あなたの身体が壊れてしまっては……私、心配です……」

「無理をしているつもりはない。人の心配をしている暇があったら、お前もやるべきことをやれ」

「……っ」

 レティーシャは軽く下唇を噛んでから、後ろに下がろうとする。

 その時、頭の中に現場の人物から聞いた話が浮かび上がってきた。

「……そう言えば、耳に入れておきたいことが一つ……ユスラから聞いた話なのですが」

「なんだ?」

 珍しいと思ったのか。

 偉吹は資料から目線を外し、横目でレティーシャを見る。

 対するレティーシャは短く息を吐いてから、決意するように言った。

「見たようです……『抗体』を」

 瞬間的に、偉吹の目の色が変わった。

「……詳しく、話して貰おうか」

 そう、彼らはいつだって変化を追い求めている。

 正体不明、対策不可能、そんなレッテルが貼られた未知なる感染体、フィーゼ。

 敵は、自然的に発生した革新的爆発感染イノヴェミックだ。

 そんな壮大な敵に対抗する為には、ほんの少しの変化をすくい取り、あらゆる対応策を練るしかない。

 何より……人々の生命を守る為に。

 その為には彼の、汚染者ポルターと接触しないという、『抗体』の力が必要になる筈なのだから。




 ────世界革新まで、残り六日。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ