いつあるか分からない未来へ
翌日。
武蔵栄志、新実ユスラ、ハカセは、三人揃って、倒壊したイムニティ施設に赴いていた。
その中の、地下室に配備された密閉性が高い部屋に繋がる強固な扉の前で、ユスラが未だに納得できないと言いたげに口を開く。
「本当に、他に方法はないの?」
最も扉から離れた場所でそう言う彼女に対して、ハカセが振り返りつつ頭を掻きながら、こう返した。
「方法、カ……感染体を残せば、この世界の汚染は止まらないことに変わりはないシ、かといって消してしまえば、支配者とやらが世界の滅却の為に現れル、カ……どちらとも鬼門だナ」
「だからって……君が、犠牲になることは……ないでしょ……っ」
フィーゼの意思に関わらず、武蔵栄志という人物が存在する限り、この世界は感染体の影響を受け続けてしまう。
それを防ぐ為には────フィーゼをこの世界から除外するしか方法がない。
今回はハカセの計らいで、イムニティ施設地下に凍結装置を設置し、人体冷凍保存状態でフィーゼの意思ごと封じ込める……という算段になった。その間で、感染体を世界から完全に取り除く方法と、自分とフィーゼの身体を切り離す研究を進める、とのことだ。
「必要処置って言っただろ。それに、これは俺が望んだ道だ……今更、撤回するつもりはないよ」
これは、自分からハカセに発案した計画だ。
だからこそ、今更後悔をしている訳でもなく、落ち着き払った態度で扉と向かい合っていた。
そこへ。
背後から、ユスラの怒号と速い足音が聞こえてきた。
「そうじゃないッ!!」
「!」
背中に衝撃が加わり、後ろからユスラの両手が回ってきた。
どうやら密着するように抱き付いてきたようだ。
彼女の心臓の音と身体の柔らかさ、そして、懇願するような身体の震えが……身に染みるように実感出来てしまった。
「分かって、よ……ッ!私は……君と、別れたくない……ッ!!嫌だ……嫌だよ……ッ!!私を置いていかないで……ねぇ、お願い、だから……ッ!!」
ユスラの声は、怯えていた。
涙を堪えるように、震えていた。
その温かさと優しさに包まれて、思わず心が揺れ動きそうになるが……それだけは許す訳にはいかない。
顔を強張らせて、腹の前で繋がれた彼女の両手に自身の手を添える。
「その為に、あんたは自分を犠牲にしてまで俺を助けようとしてくれたんだもんな……そこまでして戦ってくれたことは、俺にとっても本当に嬉しかった」
「それなら……ッ!」
「だけど俺は、犠牲になんてなるつもりはない」
「……!」
彼女の両手を離させるようにして振り返ると、手を握ったまま、彼女と顔を合わせる。
今だけは、マスクをしていて良かったと思った。
こんな、涙で濡れた彼女の顔を目の当たりにすると、自分の目尻も熱くなってきてしまうから。
「こんな気持ちになったのも、多分生まれて初めてかもしれないけど……俺は、この世界でやりたいことが沢山ある。だから、まだまだ生きていたい。命のある限り……ユスラと一緒に」
「栄志、君……っ」
思い人の為に世界を越えたフィーゼと同じように。
例え、自分がこの世界から居なくなったとしても、可能性があるならば諦めるつもりはすらすら無かった。
我が儘だと言われても、自分勝手だと言われても構わない。
ただ、彼女の隣に居られれば、それで良い。
「俺は、必ずここに戻ってくる。次会う時は、ちゃんと顔と顔で向き合って会えるようにするから……だから……それまで、待っていてくれるか?」
少し、クサすぎただろうか。
自分で言っておいて、何だか気恥ずかしくなってきたので、マスクの下で目を泳がせていた。
すると、ユスラが繋いだ手に力を込め……凜とした視線で、こう返してくれる。
「例え何があったとしても……この世界と一緒に────君の帰りを待ち続けると、誓います」
「……ありがとうな、ユスラ」
約束は、交わした。
今度こそ、二人一緒に同じ約束を誓った。
ユスラならば必ず、どんなことがあっても約束を守り続けてくれるだろう。ならば、自分も命懸けで守ってみせよう。
そして、必ず帰ってくるのだ。
この世界へ。
新実ユスラの元へ。
「栄志クン、そろそろ良いカ?」
「おう」
ハカセの言葉を受け、ユスラの手を離すと扉の前へに立つ。
扉の隣の操作パネルらしきものをハカセが動かすと、強固な扉は音を当てて両サイドに開いた。
中から背筋をなぞるような冷気が立ち込み、恐怖に支配されるように思わず固唾をのんだ。
そこへ。
「栄志君!」
「ユスラ?」
背後から、再びユスラに呼び掛けられる。
肩越しに彼女の方を見ると、その顔は一筋の涙を流しながらも────とても穏やかに笑っていた。
そして、彼女との、新実ユスラとの、最後の言葉を交わした。
「────愛してる。本当に、大好きだよ」
言葉にして伝えたい気持ちは数え切れない程に、心の中で渦巻いていた。
だけど、鬱陶しく長々しい言葉を口にするのは、少しだけ違うような気がして……ただ一言、彼女の想いに応える言葉だけを、言い放った。
「────俺もだよ」
フィーゼによって大きく革新されてしまった世界を守る為に。
一人の優しい少女の愛情に包まれながら。
人生で最大最高の幸福感に満たされながら。
武蔵栄志は扉を潜り抜けた。
────世界革新、完了────