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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第7章 決着まで・・・
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あなたへ贈る言葉


 夢。

 無意識下で見ていた、暗示のような夢。

 だが。

 あれがもし、夢ではなく、何者かが既に見ていた記憶だったとしたら。

 その主観を移していた人物は何者なのか。

 その人物が見ていたのは何者なのか。

 そして、その者達が、一体何を考えて行動を起こしていたのか。

 今の自分ならば、分かる。

 何故なら、『それ』は、イノヴェミックが発生した時からずっと、自分と共に居たのだから。







 原初の潜在物質ルダの前では、従来の潜在物質ルダはその決定権を剥奪され、まともに対峙することすら出来ない。

 それはつまり、この世界において、レティーシャ=ダナムに敵う人物は居ない、ということだ。

 しかし、この世界には彼女と同じように、別世界から降り立った存在が居た。

 抵抗するならば、それしかいなかった。

 『潜在物質ルダ』の宿敵の立ち位置にあり、相反する存在────『無限物質フィーゼ』だけしか。

「これでもう、この場所には俺とあんたしかいない。さぁ、存分に話し合うとしようか?」

 辺り全体が、黒と星々の世界。

 黒のカーテンを彩るように、光り輝く星々が点々と存在している幻想空間。

 だが、所々が不安定に歪み、今にも崩れそうになっている。

 そんな神秘的とも不気味とも言える空間で、武蔵栄志とレティーシャ=ダナムは、一対一で対面していた。 

「話し合う……?今更何を?これは、かえって好都合ではないですか?ようやくこれで、誰にも邪魔されずに……貴方を殺すことが出来るのですから」

 ユスラの一撃で、どうにか世界崩壊は免れたものの、レティーシャに集まった力の集合体は未だに健在だ。

 マトモに相反したら、瞬く間に消去されてしまうだろう。

 そんな恐怖心を抱きながらも、栄志は短く息を吐いてレティーシャを見据える。

「あんたが殺したいのって……俺か?それとも、フィーゼか?」

「どちらかなんて選択肢は存在しません。貴方の身体はフィーゼに構成されたモノに過ぎない。つまり、貴方はフィーゼの塊そのもの。それ以上でも、それ以下でもない」

 レティーシャの憎悪の意は、ただ一点。

 彼女の世界を崩壊させたフィーゼだけに向けられている。

 例え自分がどれだけ武蔵栄志として言葉を放ったとしても、彼女は一切意に介することはないだろう。

「……良かった」

「…………は?」

 だが、それは逆に。

 “どれだけ言葉を尽くしても、その言葉はフィーゼのモノとして認識される”、ということだ。

「あんたが、俺のことをフィーゼとして見てくれているのならば……伝えられる。あんたの過去と、あんた達の記憶……」

 栄志は微笑み、昔を思い出すように幻想空間の空を見上げる。

 その時。

 突然、レティーシャが声を荒げて、腕を振り上げてきた。

「辞めなさいッ!!」

 空間の歪みが、波動となって襲い掛かってくる。

 即座に危険を察知し、歪みへと手をかざして意識を集中させた。

「……ッ!だァァッ!!」

 歪みと栄志の意識が拮抗し、空間がねじ曲がり始める。

 言葉で言い表すことが出来ない、凄まじいエネルギー量のぶつかり合いに、思わず気圧されかけてしまうが……。

 その衝突点の先で、レティーシャが声を荒げて、こちらを睨んでいた。

「私の過去……?私の、“私達”の……記憶?そんなもの、必要ない……!今更そんなもの、必要ありませんッ!!」

 それは、許されざる記憶。

 フィーゼとレティーシャ、二人の馴れ初めと絆の記憶。

 かつてのレティーシャは統合戦争に疲れ切っていたが、他者を気遣う優しさだけは忘れたことがなかった……新実ユスラと同じように。

 あの、世界崩壊の惨劇が起こるまでは。

「言葉じゃ取り繕っていても、顔は動揺の色で染まりきっているじゃねぇかッ!!」

「うるさいうるさいうるさいッ!!私は動揺なんてしていないッ!!私は全てを奪われたッ!!私は全てを捨ててきたッ!!私にある真実はそれだけのことですッ!!」

 レティーシャは顔を左右に大きく振りながら、やたらめったら大声を張り上げる。

 その顔は憎悪と憤怒に染まっていた。

 その心は黒と赤でグチャグチャになっていた。

 そんな彼女へ、栄志は腕に走る激痛を堪えながら、懸命に呼び掛けていた。

「いつまでも耳を塞いでいるんじゃねぇ!!あんたも分かっている筈だッ!!こいつは、フィーゼは……世界を滅ぼすつもりなんてなかったッ!!」

「そんなこと分かっていますよッ!!」

「……!」

 一瞬だけ、力が緩む。

 彼女の言葉と表情を目の当たりにして、少しだけ動揺する。

 気付けば────彼女の目尻からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。

「だったら何故!?何故あんなことをした!?私だって、私だって……貴方のことを信じていたからのにッ!!何、で……何で何で何でぇッ!!」

 最後の瞬間まで、彼女はフィーゼのことを信じていたのだろう。

 だからこそ、世界を崩壊させたフィーゼの仕打ちに対する恨みが、爆発的に増幅してしまった。

 だけど、自分は知っている筈だ。

 復讐に駆られた彼女が知り得なかった、フィーゼの真実を。

「そんなの、決まっているだろ。あんたのことを────守りたかったからだッ!!」

「……ッ!?」

 直後。

 レティーシャが顔を大きく歪ませ、波動が消失した。

 彼女は荒い息を吐きながら、真っ直ぐにこちらを睨み付けている。

「ハァ、ハァ、ハァ……貴方、は……何、を……?フィーゼが、ルダを、守り……?」

「はぁ、はぁ……ルダじゃねぇ……フィーゼが守りたかったのは、あんた自身だ。誰にでも優しく、どんな時も明るく振る舞う、光のようなあんたを守る為に。統合戦争で狂ってしまった世界から、あんたを別世界へと逃がした」

「狂ってしまったのは、貴方の仕業でしょう……?」

「統合戦争は人と人の戦争だ。そこにフィーゼが干渉するのは許されていない。だけど、その規律を無視して、フィーゼは崩壊寸前の世界に介入したんだ。そこで懸命に生きる、ただの一人の少女を救う為に……ッ!」

 そう、限界だったのだ。

 統合戦争に巻き込まれたレティーシャの世界は、“既に負けていた”。

 つまり、彼女が望もうが望まないが、あの世界は支配者の手によって、敗北者の末路……即ち、消滅を辿るのみだったのである。

 そこへ。

 支配者の片鱗として、支配者の意志を実行するべきであるフィーゼが、犯してはならぬ罪を犯してしまったのだ。

 それは────自己判断に基づく、『救済』である。

「……うそです……」

 レティーシャが震えながら、ゆっくりと首を横に振る。

「嘘じゃない。規律違反を犯したフィーゼは、支配者の意志を振り払って世界に飛び、それからずっとこの世界に留まり続けることを決めた。何故か分かるか?支配者に狙われた……あんたの命を守り続ける為だッ!」

 図らずも、レティーシャは規律に反して生き続けている次元の反逆者となってしまった。支配者は規律に従い、その彼女を生かしておくわけにはいかない。

 フィーゼは、それを恐れたのだ。

 だからこそ、『それ』はレティーシャの後を追ってこの世界に降り立ち、行動を起こした────彼女の身の安全を固める、その為だけに。

「……あ、あぁ……ッ!ま、まさ、か……汚染者ポルターが、私を狙わないのは……!」

「あいつらは、兵隊なんだ。フィーゼの目的は、この世界を狂わせることじゃない。この世界を、支配者から守る要塞に作り替える為。そう……全ては、あんたの為にやったこと、だったんだよ」

 フィーゼの隠された思惑を知ったレティーシャは、大きく顔を歪めると、頭を抱えて震え始めた。

「私の、為に……フィーゼが、いえ、あなたは……何で、どうして……私は、何の……私は……あ、あぁぁ……ッ!」

 だが、このままでは、この世界が危険にさらされている状況に改善はない。

 そこで、どうしてもレティーシャ自身の力が不可欠になる。

「これは、『それ』の最後の願いだ。支配者はあんたを狙って、この世界の滅却に動き出す。その時は、あんたが補完した潜在物質ルダを持ってして、この世界を守って欲しい」

「守って……!?何を馬鹿な……!!あなた方にとって、私は排除されるべき存在でしょう!?それなのに、何で……!?」

 それは違う。

 自分はレティーシャを排除する為に、彼女を世界から摘まみ出したのではない。

 フィーゼの意志を伝え、ユスラの願いを叶える為に、彼女の前に立ち塞がっているのだ。

 だからこそ、彼女の言葉を遮るように口を開いた。

「誰も、あんたのことを邪魔者だなんて思っていない」

「……え?」

「この意志は、ユスラから受け取ったモノだ。だからこそ、あいつは俺をこの場に送ってくれたんだよ」

 彼女も同じだから……そのユスラの言葉は、この展開を予期していたのだろう。

 迫害のつもりは一切ない。

 レティーシャも、この世界で生きる一人の人間として────救いたかった。

 それこそ、武蔵栄志、新実ユスラ、そして『それ』の最後の願いなのだから。

「フィーゼも、ユスラも……私を、こんな私のことを……助ける、為に……?」

「結局、最後まで空回りばっかりでごめん……巻き込んでしまってごめん……そして、何も伝えられなくて……本当にごめん」

 気付けば、レティーシャの目の前で跪き、深々と頭を下げていた。

 それはきっと、自分の中で身を潜めていた『それ』の言葉なのだろう。

 意識している訳でもないのに、この身体は彼女を抱き寄せ、その小さく震える頭を撫でていた。

「やめてください……おねがいします、あやまらないで、ください……そんなことされたら、私は……!」

 その言葉は、意思は、想いは……ようやくレティーシャへ、届いたのかもしれない。

 彼女は目を泳がせながら首を横に振るうと、自分の両手で顔を押さえ……。

「う、ぅ、ぅぅ……うぁ、ぁぁぁぁぁ……っ!」

 涙を、流していた。

 胸の中で嗚咽も漏らしながら、言葉にならない感情の波が、レティーシャの中で渦巻いていた。

 ただ、それは今までとは違う。

 憎悪も憤怒も絶望もない。

 希望という名の光に包まれているように感じた。

「……ありがとう」

 それは、次元の越えて辿り着いた奇跡。

 決して伝えてはならない想いが、ただ一人の思い人に届いた瞬間だった。

 きっとこの場所が、武蔵栄志の……いや、たった一人の少女の為に戦い続けた、『それ』の最終到達地点なのだ。




 ────世界革新まで、残り一日────

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