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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第7章 決着まで・・・
34/37

正義の勇者



 かつて、『世界』と呼ばれるモノは一つだった。

 それに反して、無限に等しい意思、思想を手に入れた人間達は、自らの生きる新たな世界を作り出していった。

 無限に増殖する世界に、容量不足となってしまった『次元』は、下手をすれば内側から破裂し、全ての世界を破滅に導く運命を辿っていく。

 そんな中、次元の支配者は決断した。

 次元の限界、規律を無視して、永遠の繁栄を祈るのならば────彼ら自身に勝ち取らせよう、と。

 各世界を代表する者達を選出し、一つの疑似世界に集めて、次元に生き残る唯一の世界を決める闘いを開催させたのである。


 それこそ────統合戦争。


 時系列的にいえば、今から数百年前に終結した、次元史上最悪の戦争。

 話によれば、かつての支配者は何者かにより抹殺され、現在は別の『管理者』と自称する、何者かが世界の秩序を見守っているようだが……。

 その中に、感染体フィーゼの力により、今はもう亡くなったレティーシャ=ダナムの故郷もあった。







「統合戦争末期、何者かに抹殺された支配者は『フィーゼ』となり、今も外界、次元を漂っていると聞きます。その一部分が、私達の世界に漏れ出てきて……世界は滅亡した。そう、何もかも、お前のせいでッ!!」

 個人的な感情では収まりきれない。

 かつての故郷に生きた全ての人々の無念を果たす為、レティーシャ=ダナムは、この場に立っているのだ。

 恐ろしい程の信念。

 奇妙なまでの執着心。

 感染体フィーゼと記憶を共有した今、大概の事実には驚くことはないと思っていた。

 しかし、そんな冷静さをも塗り潰す凶悪的な敵意は、一種の恐怖心を抱かせてくる程に、大きく、深く、濃く……とても言葉では言い表せられない位の黒色に染まった感情だった。

「その復讐の為に、この世界を犠牲にしてまでフィーゼを殺す、ってのか?」

「犠牲?人聞きが悪いですねぇ……礎ですよ。フィーゼの完全滅却は、私達人類の永遠の悲願。その役割を担う為に命を捧げる人々の姿は……とても美しいでしょう?」

「……ッ」

 ユスラとハカセが短く悲鳴を挙げたのを耳にする。

 小さく首を傾げながら放たれた言葉。

 言っていることは明るみに満ちているのに、その根底は信じられない程に残虐性に染まっていた。

「……俺からすれば、復讐心に駆られて暴走した挙げ句、世界を滅ぼそうとする悪魔の所業にしか見えないけどな」

「悪魔……?ふふ、ふふふふふふッ、笑わせるな?悪魔はお前達の方でしょうが。人を無意味に殺し合わせて、残された者達をも殺し尽くしたくせに……何が規律?何が支配者?そんな自己満足に過ぎない妄想に付き合わされて……」

「……!」

 言葉を交わす度に、レティーシャの哀愁、憤怒が存在感を増していく。

 そして。

 溜まるに溜まった感情は、遂に臨界点を迎え、暴発を始めた。

「どうして────私達が殺されなければならなかったッッ!!?」

「ぐぁッ!?」

 背後から、悲鳴と大木の唸る音。

 慌てて振り返ると、大木の幹が音を立てて捻り曲がっていき、ユスラの身体を飲み込んでしまった。

「ユスラ!?おい!この世界の連中は関係ないだろ!今すぐにあいつを離せッ!」

「その台詞をあの時の貴方にも聞かせてやりたいですねぇフィーゼぇぇッ!!」

 その顔は、怒りと狂喜に染まっている。

 最早説得だけでどうにか出来る代物ではない。

 それ程に、彼女が培ってきた怨念は頑ななモノであると……今の自分には痛いほど分かってしまうからだ。

「クソ……ッ!」

「オイ栄志クン!この大木は何ダ!?潜在物質ルダならば、こちらにも幾分か手の打ちようがあるガ……こいつは全く異質ダゾ!?どの投薬を使っても、変質どころか反応すらシナイ!まるで紙を破ろうとして、騙されてダイヤモンドを掴まされた感覚ダ!」

 ハカセが困惑した様子で、頭を押さえながら叫ぶ。

 あんなにも動揺した彼女を見るのは初めてだが……それ程に、事態は切迫している。

 このままでは、自分達よりもユスラの命が危ない。

「貴方達のようなゆとりの潜在物質ルダと一緒にされるのは心外ですねぇ。それはこの私……統合戦争時代を生きた、原初の潜在物質ルダとの混合物なのですから」

「原初の、潜在物質ルダ……?」

「単純な力、質、量、それらが圧倒的に規格外、ということですよ。故に、貴方達の潜在物質ルダも、支配し、操作するのも容易いこと。そして、この世界の全ての潜在物質ルダを取り込んだ時……私は超越体として、フィーゼを殺す術を手に入れるッ!!」

 レティーシャは手を休めるつもりはなさそうだ。

 ならば、致し方ない。

 強制的にかつ迅速に、彼女の凶行を阻むしか、他に方法はない。

 この身体は、感染体フィーゼの集合体。

 それはつまり、使用者ユーザー適合者アダプターと同等に、汚染者ポルターの外皮となっていた物質を、目には見えない何処かに隠し持っているということだ。

「なら……その前にお前を止めるッ!」

 その場で両足を踏ん張り、全力で床を殴り付ける。

 すると。

 足元から黒い粒子が散開。

 それが波のような形となって、コンクリートの床を抉りながら、一斉にレティーシャに襲い掛かった。

「黒い波……!?」

 形状の定まらない、フィーゼ特有の攻撃。

 一見すると水のようだが、その実態は鉄を遥かに上回る硬度を秘めた、未知なる物質だ。

 それが人間に襲い掛かったら、例え原初の潜在物質ルダを秘めた彼女であっても、一溜まりもないだろう。

 しかし。

「……ふふっ」

 黒波はレティーシャに届きもしなかった。

 彼女の目の前で進行を阻まれると、破裂するように消失してしまう。

「な……ッ!?」

「ふふっ、ふふふふふふアハハハハハハハハハハハハハハァァッ!!既に私の元には、ユスラを介して大量の潜在物質ルダが集まってきています。まだニ割程度だというのに……ふふっ、まさかフィーゼを一切寄せ付けないとはねぇッ!?」

 二割……絶望的な数値だった。

 この世界を革新する力を秘めるフィーゼ。

 それさえも、いとも簡単に踏み潰さんとする絶大的な力の集合体が、今まさに君臨しようとしていた。

「……マズいな……」

「手も足も出ないノカ……?嘘、ダロ……?」

 絶望に暮れるしか、他に道はない。

 相対する敵は、この世界に生きる全人類。

 それが一つに合わさることが……これほどまでに、恐ろしく感じる日がくるなんて、想像だにしていなかった。

 そんな力の在り方に、歓喜するように、幸福を抱いているように。

 レティーシャは空を仰ぎ見ながら、『彼ら』へと感謝の念を示した。

「あぁ、ありがとう、全人類の皆様方……貴方達の命を賭した協力により、私は人類未到の偉業を果たすことが出来る……今、心からの感謝と祈りを捧げましょう……私は、貴方達人間を、心から愛しています。さぁ、共に人類の宿敵を抹殺しましょう……ッ!」

 力は、止め処なく膨大していく。

 あれが一つに集まったら最後、レティーシャの言葉通り、彼女はそれこそ神々をも超越する究極体に変化を遂げてしまうだろう。

 そうなっては、全てが終わりだ。

 この世界も、全人類も、次元という枠組みの中から、完全滅却される。

 それを防ぐ為には……。

「オ、オイ!栄志クン何をしてイル!?」

 重要となるのは、潜在物質ルダの通過点となっている大木だ。

 そこへ介入し、潜在物質ルダの流れを断絶するしかない。

「……潜在物質ルダの混合物……つまり、ここにはまだユスラの……!」

 即座に反転。

 レティーシャに背を向けて大木へと駆け寄ると、その巨大な幹に手を押し付ける。

 これは、賭けだ。

 具体的な方法は何も思い付いてはいない。

 ただ、フィーゼのルダに作用する特性を信じて、全力で呼び掛ける。そうすれば、力の流れを遡り、ルダの流動の一端を担う、彼女の元にまで届くかもしれない。

「頼むぞ……届いてくれ」

 そう。

 最後の最後まで正義を貫き、自らの命を捨てることすら厭わなかった、この世界の最後の希望────新実ユスラの元へ。

 




 


 見渡す限りの黒。

 塵一つすら見えない真っ暗闇の世界で、新実ユスラは目を覚ました。

「……あ、れ……?私、どうなったの……?」

 自分の話す言葉すら認識出来ない。

 五感全てが闇のベールで包まれているかのように、孤独だけが支配する空間。

 だが、不思議と怖くはなかった。

 その理由は、耳元で囁かれるように聞こえてきた声で、直ぐにハッキリする。

「しんぱいすることないよ、おねーちゃん」

 それは、聞ける筈がない声だった。

 何故なら、ほんの数分前に自分の目の前で命を落とした、彼女のモノだったからだ。

 ユスラは驚愕して、暗闇だけの周囲を見渡し始める。

「……!その声……ユリちゃん!?どうしてこんなところに……って、この台詞、何回目なんだろう……君は、いつもいつも、一体どうやって私達の前に現れるの……?」

「オネエチャン、ツラソウダッタ」

「……え?」

 声質が変わった。

 それはユリの口調ではあったが、声質は明らかに低く、霞んでいる。

 これは、そう……最後に見た、汚染者ポルターのような声だ。

 更に。

 彼女の声を紡ぐように、別の人物の声が、また別の場所から響いてきた。

「間違いを自分のせいにして、必要以上に落ち込んで、それを自分の中に閉じ込めて……そして、また心を傷付けていった……それでも、最後まで壊れなかったのは、お姉さんの中に揺るぎない信念があったから、なんだよね?」

 これは……あの時、ユリと一緒に居た、カリンの声だ。

 そこまで認識してから、彼女達がこちらの心を的確に読み取っていることに気付き、少し落胆気味にこう返した。

「……でも、私はまた間違った……」

 栄志のことも、ユリのことも、そしてレティーシャのことも……全て自分の我が儘と失敗のせいで、悪い方向へ傾いてしまった。

 それが、こんな世界規模の問題に発展してしまうなんて……これでは、死んでも死に切れないではないか。

「ちがうよ、おにーちゃんもいっていたでしょ?おねーちゃんのこうどうは、おねーちゃんのしんねんは、なにひとつまちがっていない。ユリたちが……“おねーちゃんじしんがみとめてあげる”」

「え……?」

 一瞬、ユリの言葉の意味が理解出来なかった。

 まるで、彼女と自分が、一心同体であるかのような……そんな口調だったのだから。

 そこへ、また別の人物かつ何処かで聞き覚えがある声が鼓膜を打ってきた。

「ワタシたちはずっとミテいた。あのトキ、おネぇがニンゲンとなったトキから。チってマいオりたワタシたちも、オナじようにニンゲンとなって……ずっとミマモっていたんだよ」

 この声は、カリンと同じ様に、ユリと共に居たモミジの声だ。

 だが、たった今、それ以上に驚くべき事実が露見された。

 『あの時』『人間となった時』『散って舞い降りた』『同じ様に人間になって』……それらが指し示す事実といったら……最早、一つしかない。

 ユリ、カリン、モミジ、そしてモミジが言う私達……その正体とは────。

「……もしかして……私が咲かせた、花びら達……!?」

 ユリ達は、新実ユスラという桜の木が生み出した、花びら達。

 それらがユスラと同じ様に、意思を持ち、身体を持ち、自律的に動き出した存在。

 つまり、彼女達は赤の他人ではなかった。

 むしろ、ユスラの中で産まれ、育てられた、肉親そのものだ。

「数多くの花を咲かせ、命を育む力。それこそが、お姉ちゃんの力。どうか、立ち止まらないで?どうか、疑わないで?お姉ちゃん……うぅん、“お母さんにこそ”、世界を変える力があるんだから」

「私に……?」

「イマこそ、ワタシタチがカきアツめた、ヒトビトのコエをトドけるトキ。さぁ、ウけトって?これこそが────セカイのコトバだよ」

 カリンとモミジの声が響く。

 同時に、まるで頭に直接流れ込んでくる様に、無際限の声が聞こえてきた。

「あ、ぁ、ぁぁ……」

 それは、ルダの、人間達の肉声だ。

 ────死にたくない。

 ────生きたい。

 そんな感情を剥き出しにした声や……それを塗り潰す程の、イムニティへと向けられた言葉だ。

 ────ありがとう。

 ────助けてくれてありがとう。

 ────次は私達の番だ。

 ────あなたと一緒に戦うよ。

 そう。

 無駄じゃなかった。

 イムニティとして戦ってきたことも、人々の為にやってきたことも、何一つ無駄じゃなかったのだ。

 それを教えてくれている。

 それが何よりも嬉しくて……思わず、涙を流していた。

「……ッ……みんな、あり、がとう……っ」

「まちがいをくいるなら、またやりなおせばいい。そのさきにあるみらいこそ、おかーさんのいまになるんだから」

 最後まで、精神となってまで、ユリ達は、人間達は、自分のことを支えてくれている。

 ならば、応えよう。

 今こそ、皆の言葉を背負い、この世界の戦いに終止符を打つ時だ。

「ありがとう、私の────愛すべき娘達」

 目元の涙を拭い、強く前を見据える。

 沢山の想いが背中を押してくれる感覚を実感しながら、足を前へと踏み出すと。

 真っ暗闇だった視界に、光で溢れる道筋が生まれていた。







 大木が大きく揺れ、形を変貌させていく。

 胎動にも似た、一定のリズムを刻みながら動く様は、まるで何かの誕生を予兆させているかのようだった。

 そして。

 大木の中心部分が、限界点にまで膨らみかけた、その直後。

「……!?」

「どワァッ!?」

 破裂。

 大木の幹が、内側から弾かれるように爆発し、辺り一面に凄まじい暴風を煽る。

 その内部から。

 一人の少女が重力を感じさせない挙動で、大木の穴から姿を現し、ゆっくりとそこへと降り立った。

「────」

 まるで蕾を開花させ、光を発しているかのように輝く、薄紅色のロングヘア。右眼に咲き誇る桜色の花は、開花シーズンの全盛期を迎えたかのように、美しく、輝かしく、華麗に花びらを開いている。

 誰もが、確信した。

 彼女が、新実ユスラが、一種の進化を遂げて、再び自分達の前に姿を現したのだ、と。

「う、ぁッ!?まさか……力の回路が、断絶された……!?そんな馬鹿な……どうやって……ッ!?」

 どうやら、大木の根源とも言えるユスラが、自律的に動き始めたことで、潜在物質ルダの供給は停止されたらしい。

 動揺に暮れるレティーシャを傍目に、目の前に現れたユスラに声を掛けた。

「……良かった。無事、みたいだな」

「君が、声を届けてくれたんだよね?」

 潜在物質ルダとは、人間各々が保有する、その人固有の意識が思念体になったようなもの。

 簡単に言えば、魂だ。

 全世界に根を生やしてそれを搾取すると、当然、彼女の中には人々の魂が大量に取り込まれていくということになる。

 それらを、『革新』させた。

 言葉を発することが出来ない魂が、自らの意思を他人に伝えられるように。

 彼女達ならば……一人の少女が守り続けた彼らならば、きっと彼女のことを掬い上げてくれると信じていたからだ。

「賭けだったけどな。上手くいったようで安心したよ」

「うん、ありがとう」

 安心した。

 容姿は神々しくなっても、彼女の笑顔に変わりはない。

 いつも通り、陽気な柔らかい温かさを感じさせてくれる、新実ユスラその人だ。

「フィーゼぇぇぇぇ……ッ!!またお前かぁぁ……またお前の仕業なのですかァァァァ……ッ!!」

 レティーシャの憤怒が、爆発する。

 理性も、自制もなく、今の彼女には人間らしさは残っていなかった。莫大な力を手に入れ、復讐心に駆られた、一匹の怪物だ。

 そんな彼女へ、まるで諭すように、ユスラは落ち着いた口振りで語り掛ける。

「ごめんね、レティ。私は、君のやり方には賛同出来ない」

「はぁ……ッ?」

「うぅん、私だけじゃない。この世界に生きる人達、全てが君を否定している。そんなやり方は間違っているって」

 ユスラは、純粋だった。

 いけないことの区別はハッキリ付いているのに、他人の感情に感化され易い。それが、善人であろうが、悪人であろうが同じ誰かが怒れば気持ちを汲み、誰かが泣けば一緒になって泣いてしまう……そんな人物だ。

 世界一、損な人柄だ。

 誰よりも苦労する性格だ。

 きっと誰もが同じ事を考えるだろう。彼女には一生涯、平和に生きられることはない、と。

 しかし。

 そんな彼女だからこそ、望みを掛けたくなる。

 そんな彼女だからこそ、人々は彼女の背中を押したのだ。

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙りなさいィッ!!もう良い……どちらにせよ、力は半分は手に入れた……それだけあれば、フィーゼを殺すには充分に事足りるッ!!」

 怒号、と共に床を強く踏み締める。

 同時に、レティーシャの周囲が歪み始めた。

 空気が世界を淀ませている。

 熱量が世界を燃やしている。

 物質濃度が世界を包み壊そうとしている。

 どれを取っても、反則級の異変が、レティーシャの周りに起こり始めていた。

 何が生まれる?

 ビックバン?

 ブラックホール?

 いや、果たしてそれを認識出来る余裕があるほどの代物だろうか。そしてそれに呑み込まれたら自分達は……いや、この世界はどうなってしまうのだろうか。

 そんな不安が過ぎってもおかしくない状況だ。

 しかし。

「栄志君。彼女のこと、お願いするよ。きっと彼女は……私と同じだから」

「……あぁ、分かった」

 不思議と、落ち着いていた。

 それは恐らく、ユスラがここに居るからだろう。

 フィーゼの直感から断言させてもらえば、今の彼女ならば確実に……全てひっくり返せるのだから。

「頼むよ?活路は────私が切り拓く」

 ユスラは、一度こちらに微笑みかけてから、一歩、一歩と、薄紅色の髪を棚引かせながら、レティーシャに近付いていく。

「無駄なことを……ッ!」

「どうかな?君へ渡った潜在物質ルダは、全人類総数の半分と言った。ならば、そのもう半分は、今何処にあると思う?」

「…………は?」

 そうだ。

 もし、レティーシャが世界を支配する神々の力を手にしたと言えるのならば……ユスラはまさにその片割れ。

 レティーシャが取りこぼした、もう半分の潜在物質ルダは────全て彼女の中にある。


「《種よ芽生えの時は来た》」


 ユスラは、唱える。

 レティーシャを睨みながら、全世界の想いを乗せた……最後の文言を。

「……なんですか、それは……?そんな文言、聞いたことがない……!」


「《種よ花弁を舞い散らせ》」


 ユスラは、止まらない。

 彼女の身体は娘達が支え、その背中は無数の魂が押している。

 その想いに、彼女自身が応えるように。

 歩めば歩む程に、彼女から漏れ出す力の気配は爆発的に跳ね上がっていた。

「進化……いえ、革新……!?まさか……ルダが、フィーゼを受け入れたとでも言うのですか……!?」


「《革新よる導手の元に潜在なる秘術を宿し》」


 ユスラは、願う。

 全ての想いを乗せて。

 全ての命を宿して。

 目の前に立ち塞がる最大の障害を打ち倒し、世界を救うことを。

「有り得ない……ッ!支配者は私達人間の……フィーゼはルダの宿敵だというのに……それが、私達に課せられた自然の摂理だというのに……ッ!?」


「《永遠不変に咲き誇れ》」


 ユスラは、構える。

 全身全霊を込めた一撃をその細腕に宿し、力を宿す小さな命を燃やし、心を支える弱い足を奮い立たせ……。

 そして。

 ユスラは、放つ。

「……ッ!?マズ……ッ!!」


「────【夢現界華イ・デムロ】」


 あまりにも、一瞬の出来事。

 それは、山よりも大きく。

 それは、光よりも速く。

 一本の巨光槍となり、この世界を呑み込まんとする怪物を、歪みごと真っ直ぐに貫いたように見えた。

 しかし。

 レティーシャはそいつを素手で受け止める。

「ぎぃぅ……ッ!?これ、は……界境までも、切り裂き……ッ!?」

 時間の問題だった。

 凄まじい威力を秘めた巨光槍の波動は、レティーシャの背後の風景をも歪める。

 歪み、歪み、大きく歪み……大きな亀裂となって、黒い空間が現れた。

 あれが、世界の向こう側。

 界境と呼ばれる、世界の壁を貫いた先に広がる次元空間だ。

「今だ……!」

 それを目の当たりにした瞬間、身体が動いていた。

 彼女という怪物を世界から追い出すチャンスは、この時を除いて他にない。

「栄志君!」

「……!」

 背後から呼び掛けられ、肩越しに振り返る。

 そこには、ハカセに支えられながら、荒く、辛い呼吸をする、ユスラの姿があった。

「絶対に、帰ってきてよ?」

「事態は把握出来ないガ、ユスラのことは任せロ。お前が無理した時の屍も拾ってヤル。但し、それはあっちから戻ってきた時の話だゾ」

 数日前までなら考えられない光景だった。

 待ってくれる人がいる。

 帰りを望んでくれる人がいる。

 それだけで、今の自分には戦う意味になる。

「……約束する」

 向き直る。

 即座に目の前で巨光槍と拮抗するレティーシャの元へ走り、その身体へとタックルを喰らわす。

 そしてそのまま、二つの身体は世界の外側へと落ちていったのだった。

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