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《『それ』と俺は》
『それ』は、人ではなかった。
故に、人と同等の感情を持ち合わせること自体が、極めて困難な課題だった。
無作為に、無限と浮かび上がる、感情という名の色……超人と呼ばれるそれにとっては、眩すぎていたのかもしれない。
だからこそ。
『それ』は、努力をした。
伝えられるように、理解できるように、やったことも考えたこともない努力をし続けた。
いつか、この言葉にならない感情を、彼女に伝える為に。
いつか、本当の意味で彼女の隣に立つことが、出来るように。
その思いは、世界を隔てた上ででも、何一つ揺らぐことはなかった。
もし。
誰かが『それ』の在り方に名称を付けるとしたら、こう名付けるだろう────『史上最悪の不器用者』、と。
「全ては────彼女の為に」
そう、これは夢ではない。
『それ』が経験してきた、たった一つの────記憶だったのだ。