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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第6章 解明まで・・・
30/37

正体、そして黒幕


「俺が居るから、革新が止まらないって……どういうこと、だよ……つ、つーか、それ、何の冗談だ……?」

 分かっている。

 ユスラの顔は、嘘を言っているような顔ではない。

 だからこそ信じられなかった。

 こんな真剣味に満ちた顔で、他人のことを貶すよう言い方をするなんて……。

「それじゃあ、聞かせてもらうけれど栄志君。君は────自分の年齢は分かる?」

「……は?」

 質問の意図が理解出来ない。

 意表を突かれたような気がして、思わず声が詰まった。

 その間にも、ユスラの不可解な質問は止まらない。

「……続けるよ。君の生まれは?君の両親の顔と名前は?そもそも、そのガスマスクを被らざるを得なくなった前に何をしていたか……思い出せる?」

「何、言っているんだよ……そんなもの、簡単に……思い、出せ…………え……?」

 簡単な筈だった。

 そんなもの、考えることもなく、反射的に言葉に出すことが出来る話だったからだ。

 しかし。

 思い出せない。

 いや、分からない。

 頭の中が、空っぽに、真っ白に染まった感覚……こんな気分、人生で初めて経験した気がする。

「なら私が、教えてあげる。君は……暇があれば山奥に咲いていた桜の木を見に来る少年だった。その日も、君はいつものように桜の木の下に立って、通じる筈も無い言葉を口にして、それに話し掛けていた」

「……その日も……その日……?」

「そう、その日、さ────イノヴェミックが起こった日、だよ。君はその日に、全身が潜在物質ルダとなって四散したんだ」

「……ッ!?」

 全身に痺れが走る。

 脳細胞が凍結したように、思考が回らない。

 つまり、イノヴェミックが発生した瞬間……武蔵栄志の身体は既に無くなっていた……とでも言うのだろうか。

 正確に言えば、別の物質への変貌。

 水を加熱すると、酸素と水素に分解されるように。人の身体が、潜在物質ルダへと分解されてしまっていたのだ。

「そこは、偶々イノヴェミックの爆心地だったんだ。あまりにも一瞬な出来事だったからね。君自身は気付かなかった筈さ……でも、その光景を、一瞬も見逃さず、ずっと眺めていた桜の木は、とても冷静にはなれなかった。だから、つい、願ってしまったんだよ────別れたくない、と」

「……ま、まさ、か……」

「そう。感染体フィーゼは、その意志を汲んでしまった。万物を革新させる感染体フィーゼは、桜の木の望んだ通りに────感染体フィーゼと四散した潜在物質ルダが結合して少年の形となった。それが、武蔵栄志……現在の君の形だよ」

 つまり。

 つまり、黒幕は……直ぐ目の前に居たのだ。

 この世界を革新させ、今現在も人々の脅威として猛威を振るっている物質を、故意に蔓延させている、本物の黒幕。

 それは、自ら認識していなかった。

 自分は無関係だと思い続け、ひたすらに人との接触を避けてきた、尚更たちが悪い人物。

 その正体は……。

「俺が……感染体フィーゼ……?」

 ユスラは、静かに頷く。

 自身の胸元を強く掴みながら、大きく息を吐くと、全ての真実を打ち明けた。

「そして、その桜の木こそが、私の正体。適合者アダプターとして、人の形になった姿。つまり、私が、私の独りよがりな願いが……君という害悪を生み出したんだ」

 イノヴェミックが起こった日。

 桜の木は目の前で四散した少年の復活を願った。

 その場に居合わせた感染体フィーゼは、潜在物質ルダを自身に搾取して少年の姿になった。

 桜の木も、感染体フィーゼの影響を受け、人の姿に成り変わった。

 つまり、それが始まり。

 武蔵栄志と新実ユスラ、そして世界革新の……全ての始まりだったのだ。

「い、いや、そんな訳がないだろ!?もしかしたら、ただの思い込みかもしれないし……そもそも、何も証拠がない!」

「証拠が必要なら、教えてあげるヨ」

「ハカセ……?」

 一体いつからそこに居たのだろうか。

 広場の入り口近くの壁に背を預け、腕を組んでいるハカセが、数枚の資料を手にしながら、こんなことを話し始めた。

感染体フィーゼの外皮を検査した時、指先で触った瞬間は、確かにそこには外皮の成れの果てがあっタ。だけど、その外皮から少し意識を外した瞬間、指で感じた触覚、黒い外皮を見ていた視覚から、それは完全に姿を消していた……どう思ウ?酷似していると思わないカ────意識しなければ触れることが出来ない君の特性と」

「……それは……それ、は……」

 口元が震え、歯と歯が小刻みに当たる音が響く。

 徐々に、反論の隙間が埋められ、逃げることが出来ない感覚が、心臓を締め付けられているかのように心苦しい。

「君から採取したDNAデータ。結果が出たヨ。これ、どんな結果だったと思ウ?そう……認証エラー。どれだけやり方を変えても同じ、二十回中二十回ダ。つまり、君にはDNAは存在していないってコトにナル」

「……うそ、だろ……?」

 DNAが無い人間なんて、この世に居るのだろうか。

 いや、居るわけがない。

 それにも関わらず、今もこうして意識を持って生きているということは……答えは、考えずとも絞られてくる。

 今は、今だけは、ユスラやハカセの沈んだ表情が、やけに痛々しく感じられた。

「ユスラの経験談。特性の同一。DNAの有無。以上のことから、お前は人間とは識別出来ない、人外的存在である可能性が限りなく高イ。それに該当する存在は、この世界において……一つしかない」

 それは、決定事項だった。

 最早言い逃れが出来る余地はない。

 自分の中で、自分の正体を決定付け、それを前提に置いた上で、敢えてハカセに尋ねる。

 結論として、この世界を救う道は何処にあるのか、と。

「じゃ、じゃあ……この世界の革新を防ぐには……」

「全ての元凶である感染体フィーゼの発生源。つまり、武蔵栄志……お前を、この世界から抹消させるしか、他に方法はない」

 その言葉で、ようやくハッキリした。

 人々の中に、狂っている人間は一人も居なかったのだ。

 誰もが現実に打ちのめされ、ただ自らの非力を嘆き、無様に走り回っていただけの、本能的な行動を起こしているに過ぎなかった。

 イムニティも、同じだ。

 この世界に生きる人間として、感染体フィーゼに対抗する為に、汚れながらも、自分達の出来ることを懸命にやっていたに過ぎない。

 分かった。

 分かってしまった。

 このおかしくなってしまった世界で、自分は関係ない、等とほざいて、唯一狂っていたのは……。


「……最初から狂っていたのは────俺だけだったのか……」


 今まで何を考えていたのかすら忘れ、呆然と立ち尽くす。

 そんな自分を見ながら、ユスラがゆっくりと歩み寄り、こんなことを話し始めた。

「数日前、君と出会った時……目を疑ったよ。意識を取り戻した時には、私はイムニティに保護されていたし、君はどこにもいなかったし……あの出来事は、本当は夢だったんじゃないかって、そう思っていたから。でも、家に飾ってあった桜の枝を見た時、違和感は確信に変わった。あれは、夢じゃなかったんだ、って」

「……ユスラ、さん……あんたは……」

 顔を挙げる。

 そこには、今までかつてない程に、暗い顔をした新実ユスラが立っていた。

「卑怯者だって罵ってくれても構わない。私を死ぬほど恨んでくれても構わない。だって、私は隠していたんだから。それがバレた時に、君がどれだけ傷付くか分かっていたのに、私は意地でも隠し通そうとした……最低最悪のクズ野郎だよ」

「……何で、そこまでして……」

「────好きだから」

「…………え?」

 迷いなく、動揺もなく、堂々とした宣言に、思わず目を丸くして自分の耳を疑ってしまった。

 しかし。

 ユスラの顔に、冗談の色は一切感じられなかった。

「あの頃から、君が私のことを見てくれて、何度も話し掛けてくれたことが、私の唯一の幸せだった。君を失いたくないって願ったのも、君とずっと一緒に居たかったから……」

「……ぁ……」

 辞めてくれ。

 こんな時に、そんな喜ばしいことを言うのは、辞めてくれ。

 その言葉は、今の自分にとって、まるで毒となったように、かえって心を蝕んでいくのだから。

 生きるべきか。

 死ぬべきか。

 最早そんな当然の判断すらも、大きく揺らぎ始めていた。

「人の姿になれて、君とお話しして、触れ合って、助け合って、笑い合って……本当に、本当に、嬉しかった……こんな幸せな時間が、永遠に続けば良いな、って……そう思っちゃったから……でも……それも、これで終わり……」

「…………」

 言葉にならなかった。

 彼女の涙の滲んだ顔と、震えて霞む言葉が、鼓膜を通り抜けて心臓を打つ。

 嬉しいと、喜ぶべきなのに。

 ありがとうと、笑顔で受け止めるべきなのに。

 そんな簡単なことが出来ない。

 もう、自分がどんな顔をしているのかすら分からず、黙って立ち尽くしていると、ユスラは既にこちらへ背を向けていた。

「君を不幸になんてさせない。君だけを犠牲になんて、絶対にさせない。あとは……私が何とかしてみせるから」

「ユスラさ……!待て、よ……ッ!」

 駆け出したユスラに向かって声を掛けようとするが……喉が止まる。

 前後左右にふらついてから大きく地団駄を踏むと、頭を押さえてながら、小さくも、吐き捨てるように声を発した。

「く、そ……ッ!!」

 もう、分からない。

 何を信じて、何を考えれば良いのか、分からなくなってしまった。

 終わりはもう目の前にまで迫ってきているのに、その行く末の全ては────自分の決断に委ねられてしまったのだから。

 







 水平線の彼方が、灰色に染まっている。

 緑の息吹や、青の草原も、今や何も感じられない。

 革新が迫っている証拠、なのだろうか。

 どちらにせよ、世界が別物になっていることだけは間違いないだろう。

 時間が無い。

 今すぐにでも策を投じなければ、本当に手遅れになる。

「…………」

 一人、屋上で町並みを眺めているレティーシャは、無言で立ち尽くしていた。

 すると。

 屋上の入り口が開け放たれ、一人の少女が息を切らしながら姿を現した。

「はぁ、はぁ……レティ……」

「ユスラ……」

 何かあったのだろうか。

 まるで泣いていたかのように、目元を真っ赤に腫らしている。

 だが、その瞳はむしろ輝きを増し、その顔は強く引き締められていた。

「覚悟、決めたよ」

「そう、ですか……では、どうしますか?」

 彼女は言う。

 イムニティの誰よりも平和を願い、本物の正義の味方として戦い続けてきた彼女が、全てを懸けて、その言葉を口にした。

「私が、私の力で、この世界を救う。私は、その為に────この世界の礎になる!」








「イムニティが推測した世界革新まで、残りまだ二日もアル。それだけあれば、何らかの糸口は見つかる筈ダ」

「…………」

 ハカセの知言が耳から耳へと通り抜ける。

 部屋の奥で片膝を抱えて座り、沈んだ顔のまま無言を貫いている。

 すると、流石に苛ついた様子で、ハカセが詰め寄ってきた。

「しっかりしろ栄志クン。お前だって、まだ諦めるのは嫌ダロウ?」

「正直、分からない……」

「……!」

 諦めるのは簡単だ。

 だが、自分の命を諦めるな、という気持ち。

 誰かのために命を捨てた方が良い、という気持ち。

 二つの対極的な心情が、心の中で拮抗していたのである。

「あいつに好きって言ってもらった時、スッゴく嬉しかった。俺も、俺自身も、あいつと一緒に居たいって、本気で思うよ……」

「なら、それで良いダロ……」

「だけど、俺が居たら、周りの人が不幸になるし、何よりあいつの命も危ない。だったら、俺が居なくなった方が、あいつにとっても、世界にとっても、本当の意味で幸せなんじゃないのか……?」

 自分がいなくなることで、今までの事態が全て収束する。

 汚染者ポルターとなった者も、それと親しい者、イムニティとして命懸けで戦っていた者も。

 全員が不幸の輪から脱却することが出来るのだ。

 自分が何で、イノヴェミックの謎を解明する為に動き始めたのか。その理由を考えれば、おのずと自分がすべきことは限られてくる。

 そして、それが、彼女の本当に望んでいることだとすれば……。

「────ざけんなヨ、オイ」

「え」

 突然、ハカセに胸倉を掴まれる。

 無理矢理目線を起こされた先にあったのは、明らかに怒りを露わにするハカセの表情だった。

「何を自暴自棄になって意味が分からないことを口走っているんダお前は、アァ?」

「意味が分から……!?ふざけんな!俺だってまじめに考えて……ッ!」

「自惚れんな馬鹿ガッ!誰もお前なんぞに世界を救って貰いたいだなんて思っちゃいないんダヨッ!!」

「…………え?」

 途端に、拍子抜けしてしまった。

 彼女は怒りを滲み出したまま、まるで訴え掛けるように、眼前でこちらを睨み続けている。

「世界の為に犠牲になって死ヌ?それが人々の平和の為だから悔いはナイ?ハッ、笑わせるなヨ?何で世界の為なんぞに、本人の意志を無視して一人の人間の大切な命を捧げなくちゃならないダ?」

「……!」

 その時、不覚にも重荷が下りた気がした。

 彼女の言葉は強い怒りに染まり、重くのし掛かってくる。

 だが、その先にあるものは、励ましに近い感情だった。

 お前だけが気負う必要はない。

 お前が責任を感じる必要はない。

 そう言われているような感覚だった。

「大切にすべきなのは世界でもなくて、他人の意志でもナイ。そんなモノはお伽噺に捨ててオケ。お前が生きる為に大切にすべきなのは、お前という意志が何をしたいのか……ただそれだけのことダロ?何故、それを疑う必要がアル?」

「俺が、何をしたいのか……?」

 ハカセの手が離れると、頭から水で洗い流されたように、脳細胞が冴え渡り始めた。

 自らの意思で、自らの腕に付けた手枷を外した先に、答えはあるのだろうか。

 そんなことを考えながら、自身の手を見ていると。

「ハカセ、ユリ見ナカッタ?」

 例の霊体フェイズ2が、顔を覗かせて聞いてきた。

 以前までは考えられないが、彼がこうして子供のように店内を彷徨く光景も、段々と見慣れてきた気がする。

「ん?いや、見ていないガ……外じゃないのカ?」

「分カッタ、探シテ見ル。アリガト……ドウカシタカ?何カアッタカ?」

「いや、何も……」

「ソッカ」

 こちらの返答を聞くと、彼は首を傾げてからさっさと店内に戻っていった。

「そう言えばレティーシャの奴も見当たらないナ……どこへ行ったんだカナ?」

 そう言えば、ユリもレティーシャも、ここに戻ってきてから見ていない気がする。

 ユスラも、先程何処かへ走り去ってから、何処かへ……。

「………………あ?」

 瞬間。

 頭の中に電撃が走る。

 それは予感ではなく、確信に近い感情。

 そう、今までの疑惑を全て塗り替える程の、衝撃的な答えが……。

「どうしタ?まだ弱気なことを吐くつもりカ?」

「今のやり取り……確か、どっかで……」

「やり取り?」

 それは、同じというには無理がある光景だった。

 だが、まるで機を見計らったように現れた光景に対して、違和感を持つのは難しくはなかった。

 そう。

 あの時、あの人物は、こんなことを言っていた。


『どうかなさいましたか?』

『“馴れ馴れしく肩を触った”挙げ句……』


 おかしい。

 あの時、あのタイミングで、彼女があんなことが出来るのは……明らかにおかしい。

 だとしたら、それを可能にする要因は……。

「────あ」

 もう一つ。

 見ていた。

 全てを、この目で見て、頭の中で思い出していたではないか。

 ────彼の記憶を。


『消し尽くしてやる』

『私のことも裏切らないで』


 そうだ。

 思い出した。

 いや、正確には理解した。

 自分という存在は、感染体フィーゼの殻を被った武蔵栄志である、ということ。

 その真実を受け止めた上で、冷静に記憶を遡ることで……ようやく、全てのピースが出揃る。

「あ、あぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

 あの『言葉』は。

 あの『光景』は。

 あの『記憶』は。

 全部、同じ平行線上の枠組みに嵌まる、ピースだったのだ。

 それらを集め、一つ一つ枠に填めていくことで……平行線の光景は、その姿を現す。

「まさか……いや、だとすると、もしかして……ユスラは!?ユスラは何処に!?」

「ハ?いや、知らないガ……戻ってきているんじゃないのカ……?」

「探さないと……今あいつらが行く場所といったら……そうだ、イムニティ支部……!急がないと……ッ!!」

 間違いない。

 あれは、『夢』ではなかった。

 自分を構成し、自分の中でずっと生き続けていた意思が思い出していた、『記憶』だったのだ。

 そして。

 それを思い出した時。

 自分と彼は、一つになる。

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