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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第6章 解明まで・・・
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呼び覚ます決意



「ふぅ、さてと……やることは今のところ、うん、全部終わっちゃったかな?また指示を仰いでこないと」

 新実ユスラの仕事は、言うなれば持ち手だ。

 研究員の必要な備品を調達したり、配膳を配ったり等々、雑用係を無難にこなしていた。

 実際、自分は研究作業に加われる程に頭は良くない上に技術もない為、本格的にハカセや研究者達の手伝いは出来ない。

 だが、誰かの手伝いや面倒位は見れる。

 例えば……。

「きゃはは!おねーちゃーん!みてみてー!おもしろーい!」

「……ヒヒヒッ」

 あそこで戯れている、ユリとフェイズ2とか。

 フェイズ2の視線に合わせて、ユリは一人でに宙を漂い、楽しそうに笑いながらこちらへ向かって手を振っている。

 これは、まるで……フィクション映画でよく見かける霊体の動き、そのもののようだ。

「もしかして、霊体を操ることが出来る力……?母親を喰らったことで潜在物質ルダが結合したから……少し、残酷だけれど……コラー!あまり危ないことしちゃ駄目だよ?」

 こちらの声に反応したフェイズ2が小さく頷くと、ユリはゆっくりと床に降りた。

 しかし、相当楽しかったのか、フェイズ2に寄り添って、再度お遊戯のお誘いを口にする。

「ねーねー!もういっかいやってー!」

「オ母サン、楽シソウダネ……ヒヒッ」

 この二人は言ってしまえば、化け物だ。

 ほんの一日前までは、拘束、後に処置をしなければ、満足に接することも難しかった子達である。

 しかし、こうして誰かの輪の中に迎えられ、無邪気に遊んでいる姿を見ると……安心感と共に罪悪感までもが浮かび上がってくる。

 自分達が願ってきた平和。

 自分達が見てきた幸せ。

 もしかしたら、知らず知らずの内に、型に嵌まって考えすぎていたのかもしれない……そう、感じてしまうからだ。

「……幸せの形、か……」

「ユスラ」

 声を掛けられて振り返る。

 そこには、少し暗い顔をしたレティーシャが立っていた。

「レティ、どうしたの?」

「ちょっと、御免なさい」

「……!」

 彼女はいきなり近付いてきて、柔らかい手つきで眼に巻かれた包帯をめくり、その下にある花を見る。

 すると、やっぱり、と言わんばかりに顔を歪め、今にも泣き出しそうな口調で、こう続けた。

「……昨日のアレを見て思ったけれど……やっぱり、花の枯れ具合が酷くなっている……」

「誰にも言わないでよ?」

 昨日の一件以来、何だか身体が重い上に、四肢の感覚が心なしか薄くなっている気がしていた。

 だから、不思議と驚くことはなかった。

 むしろ納得してしまったくらいだ。

 恐らく、瞳から突出した花びらは、桃色から茶色に変わりかけているのだろう。

 このまま花びらが枯れてしまったら最後……恐らく、自分の命も……。 

「だけどユスラ、このままだと、あなたは……」

「────私の罪はそれより重い」

 それだけだった。

 枯れかけている?

 それが死に直結している?

 そんなこと、“自分の罪に比べたら些細な物”なのだから。

「……え?」

「それをひた隠してきたことも、恐くて目を逸らしてきたことも、いつかは断罪されることだって、思っていた……もしかしたら、今日が絶好の機会かもしれないから……」

 そう、やるべきことをやらなくてはならない。

 今日、この日は、神様がくれた最後のチャンス……自分自身が本当の意味で現実と戦う、最後の機会なのだ。

 こちらの意図を読み取れていない様子のレティーシャだったが、それを振り払うように顔を左右に振ると、手を掴んでこう言ってきた。

「……何が何だか分からないけれど……だったら、その前に私の話も、聞いてくれないかしら?」

「話?」






 決意した。

 自分も、協力できることは協力しよう。

 そう考えた末、遂にハカセへと自分のDNA情報を提供することを決めた。

「ホイ、採取完了。お疲れサン、栄志クン」

「……これで、本当に何か分かるのか?多分、無駄だと思うけれど……」

 何より驚いたのは、血液採取が出来たことだろう。

 どうやら、イムニティが自分と接触出来るようになった理由は────『武蔵栄志を認識すること』。それだけだったらしい。

 そこに武蔵栄志が居る。だから我々は問題なく武蔵栄志に触ることが出来る。そうやって、頭の中で常に認識していることで、武蔵栄志という存在に接触出来るようになったとのことだ。

 実際、現代の人間の、他人に対する認識度は限り薄いと言える。特に、自身に関わりがない人物に関しては、記憶するどころか、認識することすら難しいとされている。例えば、町中で誰かとすれ違ったとしよう。一秒後、その人は擦れ違った人物の人相を思い出せるのだろうか……いや、出来る訳がない。

 瞬間記憶力とかの特殊能力でもあれば問題はないだろうが、常人が他人のことを記憶するには、常にその人のことを意識する必要があるのだ。

 何というか……呆気がない解決方法な気がして、どこか釈然としない気分である。

「以前のイムニティなら、ネ。独断と偏見で見たお前の素性は、ただの抗体にしか見えなかった筈サ。だけど、今は違ウ。誰もが、何物にも縛られず、客観的な視点で、物事を判断することが出来るダロウ」

 注射器から血液のサンプルを取り出したハカセは、それを振りながら、ニヤリと笑った。

「……じゃ、後は任せた」

「はいヨ。何か分かったら、真っ先に知らせるからネ」

 そう言ってハカセに後を託した後は、フェイズ2やイムニティが入り混じり合った店内へ入っていく。

 その最中、視界の端で紅茶を嗜むレジダプアの姿が目に入った。

 彼女はこちらの視線に気付くと、気さくに声を掛けてくる。

「やぁ、ムサシ君。血液採取お疲れさま~」

「レジダプア?あんた、今までずっとそんな端っこに座っていたのか?」

「まぁね。個人的には知る人ぞ知る老舗の店……的な感じが好きだったんだけど、一気に賑やかになっちゃって。はぁ~あ、全く迷惑だよなぁ~」

 全然迷惑そうじゃない。

 むしろ、この状況を大いに楽しんでいる様子だ。

「なぁ、今まであまり聞かないようにしてきたけれど……あんた、一体何者なんだ?」

 突発的な質問だっただろうか。

 思い返してみれば、彼女のことは出会った時から何も知らなかった。

 これを機に、その謎を解き明かしたいと思ったが……彼女は予想通りの答えを返す。

「おっと、それは規律違反だからノーコメント。昨日もハカセには言ったけれど、私は基本君達とは関係がない存在さ。つーか、君はお店の店員と客の関係しか持たない相手に、そんな無粋なことを聞くのかい?」

「……怪しさが増した……」

 やはり、気になる。

 ジト目でレジダプアを睨むと、彼女は何かを思い出すようにこう答えた。

「ただ、一つだけ。確かに物語は終わりまであと一歩のところだよ。だけれど、ね?物語ってのは────終わるまで何が起こるか分からないもんさ」

「……はぁ?それ、どういう意味だよ?」

 何もかも見透かしたような口調で繰り出された、更に謎が深まる有り難迷惑な言葉。

 彼女の真意を問いただそうと口を開いた。

 その時だ。

「栄志君、今時間良いかな?」

 ユスラが声を掛けてきた。

 何とも絶好なタイミングだが、レジダプアは微笑みながら、追い払うように、さっさと行けと手でジェスチャーしている。

「私のことはお構いなく。後は仲良し二人組でゆっくり話してくると良いさ」

「オイ」

 言いたいことは沢山あるが、それは後でも言えることだ。

 まずはユスラの話を聞くべきだろう。

 そう割り切ってから、ユスラの後を追って店の入り口から外へと出ていくのだった。

「どうやら、動き始めたようだね────ラストエピソードの時が」






 ユスラと共にやって来たのは、裏路地の中にある小さな広場だ。

 日の光が遮断された裏路地でも、この広場だけは一筋の光が差し込んでいる。まるで、天からの柱が降りているかのように。

 その中心点でユスラは立ち止まり、こちらに向き直った。

「どうしたんだ、ユスラさん?」

「……卑怯者だよね、私」

「は?」

 ユスラの顔は、沈んでいた。

 追い返されても、怪我をしても、死にかけても、味方と戦うことになっても、最後まで前を向いていた彼女なのに……今だけは、酷く思い詰めているような顔をしていた。

「嫌われるのが嫌で、現実から必死に目を逸らして、いざ現実に立ち返ってみたら……また、私は後悔してる」

 まるで、一人言を喋っているようだ。

 何かを後悔しているように、勝手に話を進める彼女の意志が……全く掴めなかった。

 それも含めて、今の彼女はいつもの彼女らしくない。

「あの、話が見えないんですけども……?」

 そう尋ねたところ。

 ようやくユスラは顔を挙げ、こう言い放った。

「もしかしたら、知らないままなら、そのままで良かったのかもしれない。だけど、話すべきだと思うから、私は私を信じて、君に打ち解ける。今のままでは、どれだけ対策を投じた所で────世界の革新は避けられない」

「な……ッ!?な、なんで、そんなことを言い切れるんだよ……!?」

 それは、全てを裏切る言葉だった。

 今回の一件で一致団結し、共に戦うことを誓った者達への、最大最悪の裏切り行為だった。

 全ての第一人者として戦い続けていた彼女から出た言葉だとは、到底思えず、声を荒げてしまう。

 しかし。

 真の衝撃は。

 次に彼女が放った一言だった。

「答えは簡単────君が居るから、だよ」

 時間が、止まる。

 クロクや他の適合者の仕業ではなく。

 脳細胞が、思考回路が、心臓が、本当の意味で止まったのだ。

 そこから辛うじて蘇生された後。

 武蔵栄志は、何とか繋ぎ止めた喉を懸命に開き、こう絶句した。

「……………………は?」








「……オイオイ、嘘ダロ……?」

「ハカセ、これって、まさか……そういう、ことですか……?」

 店内の奥で検査データを広げながら、ハカセと研究者達は、一斉に顔を歪めていた。

 なるほど、推測は正しかった。

 こんなデータ、イムニティだけで処理したら、偏見的な感情論だけで大変なことになるだろう。イムニティに反感し、一歩下がった目線で見て、初めてデータの重要性と確実性が認識できる……極めて危険な結論だ。

 だから。

 半ば反射的に、ハカセは声を荒げていた。

「箝口令ダッ!!このことは誰にも言うナ!?誰にも、例え口が裂けても、例え心臓が止まっても……絶対に口にするんじゃナイッ!!」

「は、はいッ!」

 研究者達も雰囲気を察したのか、潔くハカセの指示に肩をすくめる。

 だが、箝口令を敷くだけでは意味はない。

 それ以上に重要なことが、今の自分達には欠けている。

「オイッ!!あいつはどこダ!?まだ店内にいるダロウ!?」

「そ、それが、先程外へ……」

「一人でカ!?いや、誰とダッ!?」

「え、っと……“ユスラと”、です……!」

 機を見計らっていた?

 ずっと待っていた……いや、待たざるを得なかった?

 世界の終焉が迫っている中、焦りばかりが募っていく。

 どちらにせよ、疑いようのないのは、ただ一つだけだ。

「今すぐに探し出セッ!!迅速に見つけだして、誰かに補足される前に捕まえロッ!!あいつを────武蔵栄志をッ!!」

 動き出した。

 終焉を迎えるしかなくなった世界で、ずっと身を潜めていた思惑が、遂に姿を現した。

 ここから先は間違いは一切許されない。

 全員が断崖絶壁に追い込まれた状況で、最後の蹴落とし合いが幕を開ける。

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