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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第6章 解明まで・・・
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一つの道へ




 いつもよりも遅い目覚めだ。

 もう少しで昼時になる時間帯に、表が妙に賑やかということに気付き、相変わらずのガスマスクを装着したまま、重たい身体を起こした。

「ふぁぁ……何だ、騒がしいな……?」

 奥から店頭へと顔を出す。

 だがそこで、誰がこんな事態を予測出来ようか。

 真っ先に飛び込んできた呼び声と、目の前に広がる光景を目にして……気を失いかけた。

「おっ!栄志!一日ぶり!」

 それは、辻隆の声。

 そしてテーブルの上に資料を広げて、忙しく議論を繰り返す者達は……イムニティの面々だ。

「え……え、は、はぁぁぁぁぁぁッ!?な、何!?これ、何事だ!?」

 思わず大声を出してしまった。

 すると、その声に気付いた一人の人物が、相変わらずの丁重な態度で近寄ってくる。

「栄志様、お邪魔しております。昨日は本当にご迷惑をお掛け致しました。どうぞ、これつまらないモノですが」

 レティーシャだ。

 彼女はご丁寧に小さな巾着に包まれたお菓子を手渡すと、少し気まずそうながらも、優しげな笑みを浮かべてきた。

「あ、どもっす……じゃなくてッ!!何でイムニティの連中がここにいるわけ!?」

「こんなこと、今更何の言い訳にもなりませんが……正直、支部長のやり方は行き過ぎたところがあると……私達は常々思っていたのです。ですから皆さんの提案で、せめてこれまでのお詫びとして……いえ、この世界を救う為に、栄志様、ユスラの手助けをしたいと……!」

 つまり、協力しにきた、ということだ。

 決して相容れることがなかった者達が、本当の意味で、こちらと手を取り合う為に、こうしてこの場所へと赴いてくれたのである。

「それで、こんなに……?」

「イムニティに残っていた構成員は、研究員含めて全員連れて来た!三人よれば文殊の知恵、ってな!それに、元々『免疫』と『薬』ってのは、互いに作用することで、より強力な免疫力になるもんなんだぜ?だからここから先は大船に乗ったつもりで俺達に頼れよ!」

「…………」

 言葉が出なかった。

 今までは人の事なんて興味すら示さなかったからか……人と人の結束というモノは、ここまで頼もしく映るモノなのか。

 終焉は目の前に迫っているのに、これならば不思議と何とかなるのでないか、と思わせてくれる。

「えっと……それより、私達よりももっと凄いことになっているお人が……」

「もっと凄い……?」

 レティーシャが今も動揺した様子で、苦笑いを浮かべている。

 その視線が示しているのは、どうやら店の入り口方向のようだ。

「はい、外なんですけれど……最初に見たときは心臓が止まるかと思いました」

 一体、どれだけショッキングな光景を見たのだろうか。

 少しの恐怖心を抱きながら、彼女の言う外へと向かう。入り口の扉を開け放ち、外へと身を乗り出すと……そこには、奴らが居た。

「…………んんッ!?」

「やぁ、お早う栄志クン。案外遅起きなんだネ」

 ハカセ……と、その前に列を作って並んでいる……『汚染者ポルター達』である。

「キィルルルルゥゥゥゥ……ッ」

「ヒヒヒッ、オ母サン……オ母サン……」

「グルルルル……ッ」

 まさに、世紀末としか言いようがない光景だ。

 流石に、フェイズ1は居ないようだが、フェイズ2は何やら大人しくハカセや研究者の指示に従っていた。

 まさか……まさかと思うが……彼らも、イノヴェミックの謎を解くために、力を貸してくれようとしているのだろうか。

「こ、言葉にならないんですけど……一体、なにが起きているんだ、これ……?」

 レティーシャの言う通り、少々心臓に悪い光景だ。

 痺れたように立ち尽くしていると、ハカセが近くに寄ってきて、こんなことを話し始めた。

「アタシは元々汚染者ポルターでネ。その影響からか、フェイズ2相手ならば軽く意思を疎通させることが出来ル。私がそうってことは、ユリも同等だと思うヨ」

「え?」

 いきなり、衝撃的なカミングアウトだった。

 いや、それより、汚染者ポルターと意思疎通が出来る、ということは……彼らをこの場に集めたのも、彼女の尽力なのだろうか。こんなに大多数の汚染者ポルターを説得して、協力を促すだなんて……簡単に出来ることではない筈なのに。

「イノヴェミックが発生したとほぼ同時期だったヨ。生物学を専攻していた大学生だったんだけれどネ……仲間達も同じ様に汚染者ポルター化して、互いに互いを傷付け合って……何とかしければと認識した時には、もう皆死んでいタ……この白衣に隠した髪と頭の包帯は、その時の名残サ」

「……!昨日言っていた、自分も犠牲者だっていうのは、そういうことだったのか……?」

 ハカセは遠い目を落とし、小さく息を吐いた。

「全員、救いたかっタ……喧嘩することも、笑い合うこともあった、大切な仲間だったカラ……だけど、結局何も出来ず、挫折しタ……これは、人間の手には負えない、異常な物体だと思い知らされたからネ……でも、そんな時に、ユスラと君のことを知ったンダ」

「ユスラさんと……俺?」

 ハカセを見ると、彼女はあくまでもこちらに振り向きもせずに、思い出すように続けた。

「ユスラのあの健気に世界の平和を願う姿に、いつかの自分と照らし合わせていたのかもしれナイ……そして、そんな彼女が想いを寄せ、それに懸命に応えようとする君の姿は……不思議と、ネ……アタシの心を癒してくれたんダヨ。だから……」

「だァァァァァァァァッ!!」

「ムグゥ!?」

 迅速な捕縛術だ。

 何処からか忽然と現れたユスラが、ハカセの背後に回り込むと、羽交い締めにしてから両手でその口を塞ぐ。

 それから荒い息を吐き、震えながらこちらを見ると、今にも泣き出しそうな真っ赤な顔で、こう尋ねてきた。

「はぁ、はぁ……え、栄志君……今の、まさかと思うけれど……聞いていない、よね?」

「…………」

 まぁ、それは無理がある。

 しっかり聞いてしまった。

 だが、そう答えるのも何だかむず痒く感じて、頬を掻きながら彼女から目を逸らしてしまう。

 だって……ユスラが想いを寄せる、ってことは、その、彼女は少なくとも、自分のことを見てくれている訳で……。

 すると、ユスラはその場で頭を抱えて悶え始めた。

「うわぁぁぁぁぁぁッ!!既に手遅れだよぉぉぉぉぉぉッ!!」

「プハァ!あれ?なんだヨ、お前達。まだそういう話をしていなかったのカ?」

 その発言はユスラの更なる怒りを買ったようだ。

 涙の浮かんだ顔で、真っ直ぐにハカセを睨み始めた。

「……一生恨んでやるぅ……ッ」

「い、いや、ユスラさん、ここは落ち着いて、なっ?」

「うぐぐぐ……うぅぅぅぅ……っ」

 慌ててユスラを宥めるものの、彼女の顔は真っ赤に染まったままだ。

 その顔を見ていると、こちらまで恥ずかしくなってくる。

 これは……一体、どんな顔をすれば良いのだろうか。

「お前達は、いつまでもそのままで居てくれヨ?そうすれば、アタシは例え死んでしまったとしても、胸を張って死んで逝けル」

「……!」

 縁起でも無い、とは言えなかった。

 終焉が迫り、いつ正気を失うか分からない状況で、ハカセは自分なりに決意を固めて行動したのだ。

 それを、今更批判することも、弾劾することも出来ない。

「さぁ、研究の再開ダ。時間は残り少なイ。お前達もやれることは手伝えヨ?」

「ハカセ!」

 思わず、叫んでいた。

 するとハカセはその場で立ち止まり、肩越しにこちらを見てくる。

「ア?」

「……ありがとう。それと、今まで……色々と、すまなかった……」

 色々な感情が入り混じり合い、上手い言葉は出て来なかった。

 だが、それでもハカセは、未熟な教え子を相手にするように、小さく笑うと、また直ぐに歩き始めた。

「……!フッ、それは全部が終わってから言う台詞ダロ?」

 そうだ。

 まだ、終わっていない。

 終わりを迎える為の、最後の手段が一つに集結しただけだ。

 それを解決に導く為には……自分も出来ることをしなければならないだろう。

「二人揃ってこその形、カ……こんな世界を照らすかの如く輝く二人組は……一体、何が巡り合わせたのかネェ?」

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