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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第5章 対立まで・・・
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革新より至る選別



 廊下の先に立ち塞がる鉄扉。

 それを開け放って中に入ると、ライムが顔を歪めて自身の鼻を摘まんだ。

「うっ……嫌な臭い……」

 妙だ。

 彼女の犬としての嗅覚が、人間よりも数十倍優れていることは知っている。だが、彼女の言う嫌な臭いは……自分でも感じられる程に強い。以前に来た時とは、比べ物にならないくらいに。

 だが、それが何故かは直ぐに分かった。

「……また……こんなことを……」

 以前は白いタイル状の天井、壁、床以外には、何も無かった空間。

 しかし、それらは赤い何かで染まり、あちらこちらには、黒い残骸らしきモノが飛び散っている。

 その正体は、考えるまでもない。

 壁を濡らすのは、赤い鮮血。

 床に散らばるのは、汚染者ポルターの残骸だ。

 恐らく、昨日から今日に掛けて、また激しい人体実験が執り行われたのだろう。だが、この有様は、あまりにも……。

「────いらっしゃいましたか」

 声が響く。

 残骸が散らばる実験施設のど真ん中に、彼女は居た。

 黒刀を携え、いつも通りの柔らかい表情を浮かべながら、真っ直ぐにこちらを見ている、親友の姿が。

「レティ……!」

 時間が止まった本部。

 構成員達の汚染者ポルター化。

 武蔵栄志とユスラの侵入。

 不測の事態が立て続けに起こった筈なのに、レティーシャは慌てる様子すら見せていなかった。

 何より、汚染者ポルターですらない彼女が、何故クロクの力の中で動けているのか……疑問が尽きない。

「どうやら、ハカセに何かを吹き込まれたようですね……ならば、もう隠し立てする必要はありません。えぇ、確かに、イムニティはイノヴェミックの、とある事実を握っています」

 レティーシャの言葉は、こんな時でも落ち着いている。

 いつもならば安心感を抱くところだが、今回ばかりは、恐怖、疑惑を抱かずにはいられない。

 彼女達は……一体何を隠しているのか。

「ハカセの推測通りだった、って訳だね……」

「そのようですね。ですが……それは私の口から言うことではありません」

「……?どういう…………っ!?」

 次の瞬間。

 突如、天井が崩壊。

 多数の瓦礫が、一斉に実験施設へと降り注ぎ始めた。

「────我らが支部長からお話下さるようですから」

 レティーシャが、上を仰ぎながら何かを言っている。

 だが、耳には入らない。

 それ以上に注目を払うべき者達が、瓦礫と共に上から落下してきたからだ。

「栄志君!?ユリちゃん!?」

「ご主人様ッ!!」

 ライムが脇目も振らず、栄志の元へと跳んでいった。

「くっ!」

 ならば自分は、ユリの方を。

 RISに置いてきた筈なのに、何故付いてきたのかは分からないが、そんなことは気にしていられない。

 とにかく、彼女の落下位置を即座に予測。

 瓦礫を避けながら落下位置に立つと、足腰に力を込めて、両手を横に広げる。

 そして。

「きゃぅ!」

「くぅ……ッ!」

 力強く抱き締め、衝撃を拡散。

 倒れそうになるのを懸命に堪え、床を強く踏みしめると、胸の中に飛び込んできたユリに、慌てて声を掛けた。

「ユリちゃん!大丈夫!?」

「おねー、ちゃん……っ」

 その顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、ユリはすがるように胸の中に顔を埋めてきた。

 何があったのだろうか。

 フェイズ2の前に立ち塞がる程の勇気を持つ彼女が、落下程度で恐がるとも思えないし、だとしたらここまで怯える姿を見るのは、少々異常かもしれない。

 それに、栄志の方も……。

「ご主人様!ご無事ですか!?お怪我等はされておりませんか!?」

「俺は大丈夫……って、誰!?俺、ご主人様なんて呼ばれるような相手は居ないぞ!?」

「あぁご主人様ぁ!それは言うなればツンデレ反応というやつなのですね!?ライムにまでそんな顔を見せていただけるだなんて、ライム、感激の極みで御座いますぅ!!」

「何かよく分からないけどちょっと面倒臭いんですけれどこの子ぉ!?」

 事態は把握してなさそうだが、空気が読めない位に賑やかなので、心配は無さそうだ。

「ほっ……あっちも大丈夫っぽい……」

 一先ず、怪我をした人は居ない。

 少しだけ安心して息を吐くものの、続けて飛び込んできた声により、一気に緊張感が湧き出てくる。

「────賑やかな侵入者が居たものだ」

「……!?支部長……」

 見れば、異様な光景が目の前に現れた。

 穴の広がった天井から清閑寺偉吹が、落下しているとは思えない緩やかな速度で降下。

 床に足が近づくと、まるでヘリコプターがホバリングするように、一度浮かび上がってから、ゆっくりと着地したのである。

 明らかに超常的な動作を見せた彼は、一同を一瞥してから、溜め息混じりにこう言った。

「用件があるのならば手短に済ませろ。我々は貴様らと違って忙しいのだ────革新に備えた選別作業の為に、な」

「革新……選別作業……?」







 イノヴェミックが発生した当初から、感染体フィーゼによる世界の浸食は始まっていた。

 感染体フィーゼとは所謂────意思を持った物質。それは別の物質と結合することで、物質の持つ性質を『革新』させる特性を秘めていることが判明した。例えるならば、人間の身体に超能力を宿したり身体を変質化させることも、植物や動物に言語を宿すことも、物体を擬人化させることも可能だ。

 それは本来ならば世界という箱の外側、内界とは不可侵である外界の存在であり、内界に侵入することは有り得ないとされていた。

 しかし、感染体フィーゼは内界へ侵入し、順当に世界を浸食していったらしい。

 今、感染体フィーゼの革新力は、世界を丸ごと呑み込もうとしている。生存環境を革新された世界には恐らく、人間の生き残れる空間は残されていないだろう。

 だから、世界が感染体フィーゼに呑み込まれる前に、選別する必要がある。

 革新後の世界でも生き抜くことが出来る、強い存在を。

 それ以外の人間には……地獄の苦痛を味わう前に選別の慈悲を与え、世界から退場してもらわなくてはならない。

 これが、人間の為に尽力するイムニティの出した、最終結論だ。








 まるでノアの箱舟ならぬ、ノアの天秤だ。

 この世界は間もなく革新される。その瞬間に、人間は老い若いに限らず寿命を迎える。それより前に、生き残れる者と死ぬ者を選別し、死んでしまう弱い者には早々に寿命を切らせてもらう。

 つまり……殺す、ということだ。

「今のところ、フェイズ2に変貌を遂げた者は、如何なる環境でも適応出来るということが判明した。ここを最低基準として、全世界の人間を選別し、生存者と脱落者を決定する。計算上、フェイズ2に達する者は、地球全人口の千万分の一程度。つまり、生存者として認定されるのは、四十七億人中の四百七人……」

「────ふざけないでッ!!」

「……!ユスラ……?」

 彼女にしては、少し意外な反応だった。

 自身の上司、つまりは自身の組織に向けて、真っ先に反抗的な声を挙げたからだ。

 それには偉吹も少々驚いた様子を見せながらも、彼女を睨み付ける。

「……お前が、真っ先に声を挙げるか、新実ユスラ。今までで、上辺だけの言葉を吐いていたお前が、そこまで感情を露わにするとはな……?」

「そんなことはどうでも良い!!それより、何故そんな簡単に残酷なことを言える!?私達は人々を救う為に結成された組織だろう!?それなのに、選別とか、生存者とか、脱落者とか……そんなの、私達が言うのは絶対に間違っているッ!!」

「……!」

 そう、変わったのだ。

 彼女の意思には以前までと同じように、むしろ清々しい程に揺るぎがなかった。

 だが、それ以上に、ある種の自信と呼ばれるモノが芽生えたようにも感じる。

 昨日から今に掛けて、一体どんな心境の変化があったのかは分からない。しかし、彼女を見ていると、不思議とこちらまで勇気付けられている気がしていた。

「選別は始まっている。もう我々は足を止めるつもりはない。そんなにも我々のやり方が気に食わないのならば、決断することだ。我々を、イムニティを……徹底的に潰すことを、な」

「……支部長ォ……ッ!」

 どれだけ怒ったところで、どれだけ正論を並べたところで……最早イムニティは止まる様子はない。

 ユスラが牙を剥いて偉吹を睨み付けると、レティーシャが黒刀に手を添えて前に進み出た。

「偉吹、ここは私が……」

「下がっていろ、レティーシャ」

 しかし、それを偉吹自身が制し、レティーシャは一瞬だけ視線を落としつつも、大人しく後ろに下がった。

「……はい、了承致しました」

 その瞬間。

 偉吹を取り巻く空気が一変。

 彼が大きく呼吸をしてから、握られていた両方の拳を解くと……。

「群がる羽蟻程度────潰すことは容易い」

 施設内を、忽然と暴風が吹き荒れた。

 今にも吹き飛ばされそうな程の強風を前に動くことすらままならず、両手両脚を床に貼り付けて懸命に堪える。

 その最中、悲鳴にも似た声を挙げたのは、ユリとライムだ。

「ひぃ……ッ!」

「うわ……っ、なに、これ……」

 警戒、同時に恐怖している。

 その対象は当然ながら、暴風の中心に佇む人物、清閑寺偉吹だ。

 すると、暴風の中でも静かに立ち尽くしているレティーシャが、落ち着いた口調で語り始める。

「人間の身体には自らが意識していない場所に、超常的な現象を引き起こす力、潜在物質ルダと呼ばれるものを秘めています。使用者ユーザー、フェイズ2、適合者アダプター……彼らが超能力を発揮するようになったのは、感染体フィーゼ潜在物質ルダを増幅させたのが要因です」

潜在物質ルダ……つまり、それが力の源……」

 最初から、超能力の兆しは自分達の中にあった。

 そこへイノヴェミックが発生したことで、誰も予想し得ない形で力に目覚めることになってしまった。

 つまり、この世界は既に自分達の知っている、常人の世界ではない。今こうしている内にも、世界は感染体フィーゼの影響で、少しずつ革新を進めているのだ。

 そして。

 その中でも、飛び抜けて力を手に入れてしまった人物が……目の前に立ち塞がっている。

「人は生まれながら才能の有無に悩まされるもの。彼は、その才により、人間の領域を超越した存在に成り変わったのです。我らは、彼のことをこう呼びます。潜在物質ルダに恵まれ、人を越えた者。またの名を────天災・絶嵐災厄カラミティ・テンペスト

 偉吹は暴風を撒き散らしながら佇む。

 眼鏡を指先で直しながら自分達を一瞥すると、こう言い放った。

「相手は問わん。ただ、我らのやり方に異議を唱える者は、そこへ一列に並べ。闘論の場を設けてやろう」

 彼は既に、臨戦態勢を整えている。

 誰から見ても圧倒的にしか映らない力を振るいながら、最後の決断をこちらに促してきた。

 しかし、誰も動かない。

「おねー、ちゃん……こわい……こわい、よぉ……!」

「怪物、ですよ……紛れもなく……汚染者ポルター?フェイズ2?適合者アダプター?そんな肩書き、話にならない……あれは、それを悠々と上回る、本物の化け物です……!」

 気配を察知する力に長けているのか。

 ユリとライムに至っては、彼の畏怖させる姿に気圧され、終始震えながら涙を滲ませていた。

 確かに、恐い。

 あれに立ち向かうには、雪山で巨大な雪崩へと突き進んでいく位の勇気が無ければ、絶対に不可能だ。そうでなければ、立つどころか、息をすることすら忘れる程の、異様な威圧感が、自分達を殺しにくる。

「……ふん、所詮は口だけ、か……」

「────口だけで済ませてはやらねぇよ」

 だが、関係ない。

「……!」

「異議を唱えるのなら立ち塞がれって?よし、ならば────その通りにさせてもらうよ」

 どれだけ並外れていようが、どれだけの怪物以上の強さだろうが、反抗する意志が嘘になる訳ではないのだ。

 イムニティの選別とやらは、どんな理由があろうと納得が出来ることではない。

 だから、絶対に止める。

 無意味な殺傷が広がる前に、ここで彼らの陰謀を打ち砕いてみせる。

「おねーちゃん……!」

「ご主人様!?」

 二人の驚愕ににも似た声を後ろに受けながら、偉吹のお望みの通りに、ユスラと共に、横一列になって彼の前に立ち塞がった。

 すると、ユスラが前を見ながら、少し緊張した口調でこう言う。

「栄志君……」

「ん?」

「私、決めたんだ。だから────見ていてね」

「……?それって、どういう……?」

 こちらの声に答えることはせず、彼女は大きく息を吐くと……自身の左眼に巻かれた包帯にてを添えた。

 そして。

 それを、一気に引きちぎる。

「枯れちゃ駄目だ、私が咲き誇るまでは……!」

 包帯の下には、眼球は無かった。

 変わりに姿を見せたのは────桃色をした花の蕾。

 それが緩やかに開いて一輪の花を咲かせると、花粉らしきモノがユスラの手中に集まっていき、歪曲、身長を繰り返す。

 動きが収まった時、彼女の手には……一本の血色の槍が握られていた。

「槍……!」

 ユスラは血槍けつそうを回しながら、真ん中辺りを掴み、柄を背中に当てて回転を止める。

 そこで、こちらへと真剣味に満ちた視線を送り、小さく頷いた。

「……君には話せていないことが沢山ある。だけど、信じて欲しい。例え何があろうと、どんな真実があったとしても、私はこの世界を、全ての人々を守ってみせる!その信念は、絶対に揺るぎはしないって!」

 ユスラのように、壮大な夢は無い。

 ただ、納得が出来ない、イムニティの思い通りになりたくはない……そんな小さな気持ちしか持ち合わせていなかった。

 それでも、彼女が自分を信じて、と願うのならば……答えは決まっている。

「疑ったりするもんか。あんたの覚悟や信念は、ここ数日間で何度も見てきた。だから、何があっても信じる。一緒に、あいつらを止めよう」

「……ありがとう」

 ユスラは、穏やかに笑ってお礼を口にした。

 一瞬だけ温かくて優しい空気に包まれた様な気がしたが、それも彼の冷たい言葉で、即座に打ち砕かれる。

「貴様らがどんな心境を抱いているのか。何故我らの信念に立ち塞がるのかは……敢えて問わん。だが、今この瞬間、答えは定まった────貴様ら二人はイムニティにとって排除すべき敵だ」

「……!」

「さぁ、始めるぞ。この世界の行く末を懸けた……我々の最後の戦いを」

 その時。

 自分達とイムニティの道は、完全に分かれた。

 最後に立ち塞がる終着点の扉を叩くことになるのが、どちらか一方だけならば……最早もう一方を奈落の底へ蹴落とすしか、道はない。

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