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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第4章 集結まで・・・
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不整合な面子


「RISが襲われた!?」

 助かったと思ったが、既に事が起きていることを知り、気付かぬ内に足を速めていた。

 後ろを走るクロクが、どこか申し訳なさそうに視線を落としながら続ける。

「えぇ、今から数分前に白衣を羽織った色黒な女性がやってきまして。辛くも私は逃げ切りましたが、ご主人様は……」

「まさか……ドラッグの方まで!?くっそ……嘘だろ……!?」

 白衣、色黒、イムニティ関連……それだけ聞けば、RISやって来たのが何者かは容易に想像が付く。

 たった一人でイムニティに反旗を翻し、その構成員をことごとく打ち倒した汚染者ポルターを庇った、危険な思想な持ち主。

 ドラッグのハカセと名乗っていた、あの少女だ。

「今ならまだ間に合うかもしれません。栄志様、どうかRISを救出ください」

「……とにかく、急ぐぞ!」

 いつもはおふざけから始まり、おふざけで終わるクロクも、今回ばかりは相当切羽詰まっているらしい。

 彼女の歪みきった顔を見ていられず、RISに向けられる足にだけ意識を傾けた。

 イムニティとドラッグ。

 双方の襲撃をどのように防ぐかを考えるのは、それからでも遅くはない筈だ。

「着いたぞ……」

 走っている間の何処か気まずい沈黙が流れ、ようやくRISの入り口に辿り着く。

 警戒すべきだろうか。

 いや、今はそうやって躊躇している時間すら惜しい。

「……ッ」

 背後に立つクロクと顔を合わせる。

 そして。

「レジダプア!!無事か!?」

 入り口の扉を一気に開け放つ。

 その先には────衝撃的な光景が広がっていた。

「……ぷはぁ、おかわりを頂こうかな」

「はいヨー。どうかナ?美味しいダロ、『紅茶』ってやつもサ?」

「そうだねぇ。その界隈に詳しい訳ではないが、こう、心が落ち着くなぁ。温かさの中の甘さと渋みが混じり合い、口の中に広がって……うん、実に美味だね。たまにはお茶だけではなくて、こういう英風な飲み物も中々……と、ん?ムサシ君、おひさ~」

 ……えっと。

 ありのままに見たことを簡潔に話そう。

 白い少女と黒い少女が。

 カウンターの上に座り。

 和気あいあいとお茶を楽しんでいる。

 ……さて。

 一体、自分達は何の為に必死こいて走ってきたのか……彼女に確かめる必要がありそうだ。

「……クロクさん?」

「はい?」

「襲われた、とは?」

「お茶が主流だったRISに紅茶の襲撃です。今後もしご主人様が紅茶を飲みたい、なんて言い始めたら、茶葉の製造方法を変えなくてはなりません。正直面倒です。お茶と比べて、紅茶は発酵から時間を置かなくてはなりませんし、つまり、時間が掛かります」

 分かっていた。

 分かっていたつもりだった。

 彼女はありとあらゆる手段を用いて、物事をおふざけで片付けるのが得意な人物だ。

 そうである。

 もし本当にRISが襲撃を受けたら、あの時のイムニティを停止させた自らの力で、解決に導いていた筈なのだから。

「はぁ、それで?」

「いえ、以上です」

「いやちっげぇよ!?つーかお茶っ葉今まで自家製だったの!?それはそれでスゲェよ確かに!!だけどそうじゃねぇんだよニュアンスが違うんだよ!!」

 色々な意味で納得がいかない状況に、思わず声を荒げる。

 クロクが一切気にしていない様子で脇にあった箒を手に取り、床を掃き始めると、レジダプアの隣に座るハカセが声を掛けてきた。

「栄志クン、一日ぶりだネ。お邪魔しているヨ」

「あんたに至っては何で馴染んでるんだよ!?昨日の、お前、何だ、その、あのぉぉぉッ!!色々あったでしょうがァッ!?」

 散々言いたいことを言い合って、次会うときは敵同士だ、といった雰囲気で決別した筈だ。

 その為、一応警戒だけはしていたのだが……どうやら、ハカセにとっては大したことではなかったらしい。

 首を傾げてレジダプアと向き合うと、まるでお友達のように意志の共有を図った。

「昨日のことは昨日のことじゃん、ネェ?」

「ムサシ君、野暮なことはお止しなよ、ねぇ?」

「何かスッゴく仲良くなっているんですけどォォ!?あっさり懐柔されているんじゃないよレジダプアァァ!?」

 今、気付いた。

 この二人、人柄的にも、性格的にも、何となく似ている。全身の色合いも白と黒と綺麗なくらいに対極だし、まるで生き別れた双子が再会した場面を見ているかのようだ。

「え~?だって昨日ちゃんと言ったジャン。“待っている”って、サァ」

 含みのある言い方だ。

 そうだ、ハカセは元々イムニティの人間だった。

 彼女がRISの所存を知っているということは……イムニティの連中も入り組んだ路地裏の奥に位置するこの場所を、既に知り得ているのだろうか。

「とうの昔にここも調査済みだったって訳か……?」

「いやいや、ここを知っているのは興味本位で調べていたアタシだけ。イムニティは誰もこんな路地裏に廃れた店があることなんて知らないヨ」

「おや?ちょっと馬鹿にされた気がしたぞー?」

「……」

 彼女の言葉を信じるならば、直ぐにこの場所が割れることはなさそうだ。

 だが、信用は出来ない。

 昨日から見ていると、彼女の言動には他者を気遣うような意思は感じられなかった。それに呑み込まれる形で、あのユスラだって心を酷く傷付けられたのだから。

 しかし、レジダプアの方は、少々意外な見解を口にした。

「この子はそこまで悪者じゃない気がするから、少しくらい話を聞いてみても良いんじゃないかって、迎え入れてあげたんだけど……なるほど、どーりでお客さんも来ない訳だ。目立たなさすぎたかな?あはは!」

「気付くのが遅すぎるのです」

 いつもお気楽なのか、それとも真実なのか。

 ハカセだけでは確実に信じられないが、レジダプアがこう言ってしまっては、何かあるのか、と考えずにはいられない。

「信じて、良いのか?」

「まぁまぁ、別に戦争に来たわけじゃないヨ?それに……実際、アタシに話を聞きたいと思っている子もいるみたいダシ?ねぇ?入り口で隠れている可愛い子ちゃん達?」

「可愛い子ちゃん……達?」

 入り口。

 そういえば、慌てて入ってきた為、半開きにしっぱなしだった。

 そこまで認識して振り返った、その時。

 いきなり入り口が開け放たれ、幼い少女が声を挙げながら飛び込んでくる。

「おにーちゃんだー!」

「おわっ!?」

「こ、コラ!ユリちゃん!」

 続けて、少女の行動を戒めながら、彼女が店の中に入ってきた。

 昨日、何とも言えない空気感の中で別れを告げた人物……新実ユスラが。

「ユスラさん!?どうしてここに!?」

 自分を前にしたユスラは、途端に動揺した様子で立ち尽くすと、手を横に振って、視線を泳がせ始めた。

「あー、えーっと、そのー、それは……そう!偶々外を出歩いていたら君があの路地裏に入っていくのを見たから挨拶しとこかなー、なんて……」

「おにーちゃん!昨日はおねーちゃんをたすけてくれてありがとうなのー!そのおれいをいいたかったから、こっそりあとをつけてきたのー!」

「ユリちゃん!?流石に言って良いことと悪いことがあると思うよ!?」

 どうやら、本当に追跡してきたようだ。

 出会った当初から思っていたが、彼女の行動力は時折常軌を逸した領域にまで達しているようにも感じる。好奇心から他人の家を嗅ぎ付けたり、柔い身体を張って弱い人を守り、今回も昨日の一件を引きずりながらも目の前に現れた。

 一体、彼女を動かす原動力はどこから来ているのだろうか。

「……最初から?あの路地裏の入り口を“そのまま通ってきた”と?……ほー……」

「……?」

 クロクが示した妙な反応。

 彼女は一瞬だけ床を掃く手を止めてユスラを見るが、何かを納得した様子で直ぐに業務へと戻っていった。

 すると、ハカセがカウンターの上から飛び降りて手を叩くと、その場に集った者達を見渡す。

「片や世界から格別された幽霊、片や平和を志す正義の味方、片や異変の渦に落ちた無垢な幼子、片や世界に染まらない変質者達、そして、世界の害を庇った研究者……よくもここまで不整合な連中が揃った者だネェ」

 皆の視線が、一斉にハカセへと向けられる。

「ふふ、変質者ときたかい……ふふふふ」

「ご主人様と一括りにされましたか。まぁ、間違いはありませんがね、ピョーンピョン」

 レジダプアは笑いながら紅茶をのみ始め、クロクは溜め息を吐きながらちりとりにゴミをまとめ始めた。

 まるで何もかも見透かしたような言動が気になるが……。

 そんな言葉を尻目に、ハカセは不気味な笑みを浮かべながら続けた。

「だが、不整合は同時に偏りが無い無限の可能性と成り代わるモノサ。さぁて、役者が出揃ってきたところで、そろそろアタシの『ドラッグ』としての目的を話そうとしようかネ」

「ドラッグの……目的?」

「『ドラッグ』の目的はただ一つ────イノヴェミックから発生した感染体フィーゼの謎を解くことダヨ」

 一つの目的へ突き進む者達。

 経過の違いから衝突する者達。

 ハカセも、その中の一人だ。

 ただ、それでも。


 その後に彼女の話した世界の中に────『平和』という文字は存在しなかった。

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