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イノヴェイティブ・パニック  作者: 椋之 樹
第4章 集結まで・・・
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浄化すべき者



 二日前、イムニティの一件は最後までうやむやになったまま、武蔵栄志は支部を後にした。

 偉吹とは大して言葉を交わさず、レティーシャにはトコトンまで謝罪され、ユスラに至っては……どうかは分からない。

 私は大丈夫だから、とだけ言っていたが、あの生気の抜けたような顔は、明らかに無理をしているように見えた。ただ、自分もどんな言葉を掛けて良いか分からず、無理はしないで、とだけ伝えて別れを告げた。

 一日、家で閉じこもった後の、更に翌日。

 ジッとしているのも落ち着かなくなってきた為、気分転換がてらレジダプア達が居る店、RISへと向かっていたが……この道中で、事件は起きた。

「……えっと、これはどういう……?」

 目の前に恐々とした顔で立ち塞がるのは、イムニティの使用者ユーザー達だ。

 その数、およそ二十人。

 汚染者ポルターへの対処だとしても、明らかに多すぎる人数である。

 すると、彼らの先頭に立つ人物が前に進み出て、こちらへとこんな呼び掛けを始めた。

「一度しか言わないぞ、武蔵栄志。我々と共に来い。これは全市民の総意であり、抵抗することは反逆罪に繋がると思え」

「……遂に強硬手段で出て来た訳か……あの冷徹支部長め……」

 十中八九、二日前の一件で事の解決を焦ったあの清閑寺偉吹が、『薬』よりも早く自分を確保する為に、彼らを遣わせたのだろう。

 今までも要請は幾度となく受けてきたが、今回は二つ返事程度で簡単に引き下がってくれそうにない。まるで戦場へ赴く寸前の兵士のように、誰も彼もが緊張感を張り詰めさせていた。

 恐らく、ここから先に自分が発する言葉一つで……事態は大きく動き出すだろう。

「さぁ、どうする?返事は一度きりだ」

「……俺は……」

 正直、結論は出ていなかった。

 免疫イムニティドラッグ

 どちらを信用するのが、結果として良い方向へ傾くのか。

 汚染者ポルターを排除しようとする者。汚染者ポルターを守ろうとする者。犠牲者を追悼しつつも利用する者。犠牲者を嘲い哀れむ者。

 昨日のいざこざは、イノヴェミックに対抗する者達全体の縮図を眺めていた気分だった。

 だが、結局のところは分からない。

 どれだけ考えても、結論は出ない。

 何故なら、どれだけイノヴェミックと戦う者を称えたとしても、どれだけイノヴェミックの被害を受けた者を励ましたとしても────イノヴェミックの真実だけは掴めないからだ。

 もし、今の段階で必然的な流れに身を委ねてしまっては、真実は自分の手では永遠に届かない場所へと消えてしまうだろう。

 だから、自分の出す結論は……これしかない。

「俺は、イムニティに従うつもりはない」

 無関係のつもりだった。

 イノヴェミックにも、それに翻弄された人々にも、今後は一切関わるつもりはなかった。

 だが、関わりを持ってしまった。

 そこに居る人々の様々な感情に当てられてしまった。

 だからこそ、決意したのだ。

 自分の力で、自分にしか出来ないやり方で、この世界を革新してしまった未知なる物質の、全ての謎を解いてみせる、と。

「交渉決裂だ。ただ今より、『抗体』の採取とその周囲の浄化活動を執り行う!」

「周囲の浄化活動!?まさか……いや、もはや人扱いしないってのかよ……!?」

 遂に本性を現した、というわけだ。

 だが、今彼が放った『周囲の浄化活動』という言葉は、一体何を差すのか。

 もし自分と関わり合いのある人物を手に掛ける、という意味ならば……レジダプア達が危ない。

「リリース・トゥ────イグニッション」

 イムニティの軍勢から炎の渦が、まるで竜の如くうねりを挙げて襲い掛かってきた。

 相変わらずの凄まじい潜在能力だと感心してしまうが、結果的に対象へ当たらなくては意味を成さない。

 特に自分に感じるのは、ただの迫力だけだ。

「だから俺には通用しない、って……熱ぁッ!?」

 しかし、この時は違った。

 炎の竜が迫り来るにつれて、増していく熱量を瞬時に察知。

 全身を包み込む服が、焦げ臭い匂いを発し始めた時点で、大慌てで回避行動を起こす。

「支部長の言った通りだ!やれるぞ!」

「嘘だろ……何でだ……?」

 “危なかった”。

 今の感覚は、久しく味わった危険の気配。あのまま立ち尽くしていたら、間違いなく消し炭にされていただろう。

 だが、何故?

 しかも、イムニティのあの言葉……偉吹に至っては、既にその答えに辿り着いている、というのか。

「さぁ続け続け!今ならば、あの『抗体』を倒せるぞッ!!」

 今ので、流れはイムニティの軍勢へと移り変わった。

 彼らは我先にと言わんばかりに、次々と能力の文言を唱え始める。

 もし二十人余りの能力が、一斉に力を放ってきては……回避は不可能だ。

「くそ……っ!何とかして脱出を……!」

「────世話の焼ける人ですね」

「は?」

 声の主が何者か……それは、直ぐに分かった。

 何故ならそこは、例の店へ続く路地裏の入り口だったから。この時間は、決まってあの屁理屈少女が町の中へ買い物に出る時間だったからだ。

 しかし、何かが違う。

「【永遠と時を告げる軌跡の礎】」

 路地裏から姿を現した兎メイド服の少女、星霜クロクの漂わせる気配は、異様なほど張り詰めている。

 呪文のような文言を口にしながら、ゆっくり、ゆっくりと、イムニティの軍勢へと向き直る。

 その手には、銀色の懐中時計が握られていた。

「何だ……この感じ……?」

「【衝動に駆られし御心をその身に宿せ】────《万年を刻む時人の衝迫タイム・ウィム》」

 直後。

 風が、空気が、軍勢が、一斉に……停止した。

「え……えぇ!?」

 それは、ただ身体が固まった訳ではない。

 イムニティの鋭い目線は真っ直ぐにこちらを向き、中には駆け出そうとしたまま、今にも襲い掛かろうと険しい顔のまま……完全に止まっていた。

 そう、まるで────時でも停止したかのように。

 今までイムニティの使用者ユーザーが見せてきた超能力を、遥かに上回る力を発揮したクロクは、懐中時計を見て小さく呼吸。

「さぁ、こちらへお急ぎ下さい、ムサシ様。心配なさらずとも、人件費の請求書は後ほどお渡ししますので、ピョーンピョン」

 それから直ぐに踵を返すと、肩越しにこちらへ手招きして急かせた。

 何がどうなっているのかは分からないが、逃げるチャンスであることには変わりない。今は彼女に従っておくべきだろう。

 ……ただし。

「……ってちょっと待てぇッ!払わねぇぞ!?助けてくれたことには感謝するけど払わねぇからな!?」

 非人道的な請求には絶対に屈しません。

 そう心に誓って、彼女の後を追い掛けるのだった。







「何者かな、君は?」

 それは、とても客人に対する店員の態度ではなかった。

 RISに来店した人物へ、レジダプアはいきなりの啖呵を切る。

 するとその人物は、包帯が巻かれた頭を指先で押さえながら、何かを楽しんでいる様子で口角を挙げた。

「いやなに、簡単なことダ。ここ、彼のいきつけの場所だと聞いてネェ?一足先に……“確保しに来た”んダヨ」

「確保……どういう、ことかな?」

 なるほど、よく分かった。

 だが、何やら物騒な気配がするし、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。

 そう考えた彼女は、肩をすくめて白を切ろうとするが……。

「ふふ、恐がることはないサ。ただ、抵抗するのは辞めた方が良い。痛い目に、遭いたくはないっショ?」

「……ッ!」

 瞬く間に距離を狭まれ、目と鼻の先で危険性に満ちた視線を浴びせられる。

 彼女は滑らかな動きでこちらの顔に手を添え、妖艶な笑みを浮かべると……。

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