少女作戦会議
イムニティ内部の忙しさは相変わらずだった。
どうやら昨日今日で、また新しい汚染者達を保護、捕捉したらしく、彼らの対応に追われているようだ。
自分の後ろを、楽しそうにかつ賑やかに付いてくる、ユリのお友達とやらも、その中の一人なのだろう。
ただ先程から、ユスラって子供居たんだ、とか、子守も楽じゃないよね、等というひそひそ話や気遣うような目線が地味に気恥ずかしい。
「あの、君達さ……」
振り返りつつ彼女達に呼び掛けると、またもや一斉に返事をしてきた。
「なにかしら?」
「なにかな?」
「なになの?」
意識をリンクしているのではないか、と疑ってしまう程に息が合っている。
それに関してはあまり気にしないようにすることにして、彼女達の前で屈んで、肩を竦ませた。
「私の後を付いてくるのも結構だけれど、ご両親も心配しているだろうし、元気になったらちゃんと帰ろうね?」
すると、モミジが首を傾げて、唐突にこんな一言。
「え?そんなことするヒツヨウある?」
「は?」
「だってむぐぐぐぅ!?」
いきなり、モミジの後ろからその口を塞いだカリンが、頷きながら言葉を紡ぐ。
「気にする必要はないわ。私達は好きでこうしている訳だし。それに必要になったら動くつもりでいるしね」
「え?」
「だからんぐむむぅ!」
さらにさらに、その後ろからカリンの口を塞いだユリが、いつも通りの屈託のない笑顔を浮かべながら、片腕を振り上げた。
「おかあさんにもおともだちにもおねがいのうえなのー!だからユリたちはしばらくじゆうのみなのー!」
「???」
まったく、意味が分からないが……取り敢えず、大丈夫であるらしい。
ポカンとした顔で首を傾げていると、次第にああでもないこうでもないと、言い争いが始まっていた。三人同時に声を交わしている為、齢的には上である筈の自分の入る余地がない。
しかし、何故だろうか。
そんな彼女達がじゃれ合う姿を見ていると、不思議と心が落ち着いてくる。
少し間、彼女達の楽しそうな論争を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「子供達に大人気ですね、ユスラ」
「……!レティ……」
顔を挙げて振り返れば、そこには茶色い紙袋を手にした、レティーシャ=ダナムが笑みを浮かべて立っていた。
彼女は昔を懐かしむように、目を瞑りながらこう言う。
「隣町の丘の上であなたと出会った時からそうでした。あなたは不思議な雰囲気、一種の母性のようなモノを持ち合わせていた気がします」
「そういう君こそ、ファンクラブが出来る程の人気っぷりだよね。天使お姉さん、だっけ?その紙袋、組員と町民からのプレゼントでしょ?」
レティーシャは慌てた様子で紙袋を身体の後ろに隠すと、目を逸らしながら頬を掻いた。
「こ、これは……!その、こういうのは困るといつも言っているのです!……まぁ、嬉しいことに、変わりはありませんけれど……」
女である自分が言うのも変な話だが……こういうところで照れるのが可愛いなぁ。
普段の真面目な姿から生まれる、ギャップというやつなのだろうか。きっとレティーシャをアイドルのように崇高する彼等も、そんな彼女の可愛らしさに惹かれて、言い寄ってくるのだろう。
ただ。
それよりも前に、まずは彼女と話をしなければならない。
「……ユリちゃん、皆と一緒に何処かで遊んできてくれる?私、こっちのお姉さんと話があるからさ」
ユリの目の前で屈んで声を掛ける。
すると、彼女はレティーシャを見上げながら、何やら釈然としない表情を浮かべて首を傾げた。
「ん~……?む~……?」
「邪魔をしてしまって、ごめんなさい」
こんな小さな子に対しても、同じ視線になって、丁重に頭を下げるレティーシャ。
普通ならば、彼女の礼儀正しさに、快く自分から引いていくのだが……今回だけは、何故かユリの方が頑なに、イエスとは言わなかった。
「む~、んむ~……」
「ユリちゃん?」
少し困ってしまって首を傾げる。
すると、その後ろから、カリンとモミジがユリの両脇から腕を差し込み、無理矢理引きずる形で彼女を連れて行った。
「分かったわ。ユリはカリン達に任せて、楽しんできていらっしゃい」
「おネェさん、またアトでね~」
何だか分からないが、ユリは彼女達に任せておけば大丈夫そうだ。
手を振るモミジにこちらも手を振り返すと、即座にレティーシャに向き直って、こう切り出した。
「レティ、昨日のことで……」
「分かっています。では、一階の喫茶店に行きましょう。そこで、お茶でもしながら如何ですか?」
「一番の年長者でもあるあなたが、判断を曇らせるだなんてね。もっとしゃんとしたらどうなのかしら?」
「む~……」
お姉ちゃん達が見えなくなった通路の影で、三人の幼女は輪になって立っていた。
カリンの言葉に訝しげな表情を浮かべるユリ。
そんな彼女の様子を見ながら、モミジは念押しするように、こう言い放った。
「ワかっているとオモうけれど、ワタシタチのモクテキをワスれたらダメだよ」
すると、ユリは可愛らしく頬を膨らませて、こう答える。
「わすれてないの~、わたしはおねーちゃんのことがだいすきなの~」
「……はぁ、軽い妖艶的な幻覚を見ているようね……」
カリンが呆れた顔をしながら、首を横に振る。
彼女の顔色を気にした様子もなく、ユリはまるで自分に言い聞かせるように、少しばかり低い声を口にした。
「でも、きっとこのままだとだめなの」
「え?」
「かわりはたくさんいるの。だから、ひとりぐらい、いれぎゅらーがいてもいいとおもうの~」
それは、少女達にしか知り得ない、少女達だけの秘密。
その秘密を実行する為に、少女達は今日も町を駆け巡るのだった。