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そらのそこのくに せかいのおわり Another side 〈Vol,1.5 / Chapter 04〉

 ベイカーはナイルからのメモを、王宮最深部、後宮へと続く渡り廊下で受け取った。

 代々女性が君主を務めるこの国では、後宮の役割は他国と大きく異なる。他国の後宮は世継ぎを確保するための側室たちの居室だが、この国の後宮に居室を構えるのは、女王の側近である二十四人の魔女たちだ。

 ありとあらゆる魔法の知識を有する、麗しき賢者たち。彼女らに目通りや助言を求める貴族は大勢いるが、どれだけ大金を積んだところで、彼女らの能力を個人の都合で使うことはできない。彼女らは賢い。目先の欲にとらわれた人間の下心など、数回言葉を交わしただけで、いとも容易く看破する。

 そんな魔女たちのもとへと急いでいたのだが、ベイカーはメモを手に、呆然とした顔で立ち止まってしまった。

「……そんな、シアンが……?」

 ほんの短い文面を、三回以上目で追った。自分の目が信じられなかったのか、知らされた事実を認めたくなかったのか。おそらくはその両方だったのだろう。


〈シアン負傷、意識不明。〉


 たったそれだけの状況説明を理解するのに、十秒は無駄にした。

 ベイカーにとっても、シアンは『最強の戦士』の象徴である。腕力だけなら、魔力だけなら、知力だけなら――何か一つの要素でなら、彼を上回る実力者などいくらでもいるだろう。だが、彼は違うのだ。普段はまったく無害な、殺気や闘気の欠片も感じさせない小柄で地味な男。それが一瞬で別人のようになり、獲物を仕留めた後は、またすぐ元に戻ってしまう。

 淡々と、物静かに。決して自分の手柄を自慢せず、驕らず、当たり前のように任務をこなす。そうかと言って、人付き合いの悪い一匹狼でもない。仲間と雑談もするし、冗談だって言う。

 俗に言う『強さ』とも『カリスマ性』とも違う、彼特有の独特な空気感。それは万人が認めて讃えるようなものでは無く、傍にいなければ気付かない、隠された才能のようなものであった。

「嘘……だろう? ガーディアンとは、シアンでも敵わない相手なのか……?」

 そう、ベイカーも、『彼がいれば大丈夫』だと安心していたのだ。シアンさえいてくれるなら、たとえ相手が王族仕様のガーディアンでもなんとかしてくれるはず。

 ナイルほどではないにしろ、シアンという存在に過度の信頼と期待を寄せていたことは否定できない。

 ベイカーは深呼吸して、自分の気持ちを落ち着けた。

 状況は、これまで思っていた以上に悪い。急いでガーディアンの解除法を聞き出さねば、シアンの命にかかわる。

 止めてしまった足を、再び動かして駆け出す。

 ここは本来男子禁制。たとえ近衛隊員であろうと、王宮と後宮をつなぐこの廊下を渡ることはできない。後宮内部の警備は、戦闘訓練を受けた女性たちが行っているのだ。後宮への出入りが認められるのは女王直属の特務部隊、それも士族以上の身分の隊員に限られる。

 特務部隊長が『緊急事態だ』と言えば、すべての手続きを省略、簡略化し、最短最速で後宮に通してもらえる。しかし、それでも入城からここまで駆け足で十分以上。これから魔女たちに状況を説明して、現場にあるガーディアン呪符を解除する手立てを考えてもらって、それを現場のナイルに文字情報で伝えて――それにはいったい、どれだけの時間を要するだろう。はたしてそれまで、ゴヤとナイルはもつだろうか。

 長い渡り廊下を駆け抜け、噴水のあるホールに出た。五階建てのアパートがすっぽり収まってしまうような、大変大きな吹き抜けのホールである。

 その噴水の前に、上から下まで真っ黒な、影のような人がいた。

「タチアオイ様!」

 二十四人の魔女の中で、最高位の魔女である。

 ベイカーは彼女の前で跪き、まずは型通りの挨拶をした。

「タチアオイ様、ご機嫌麗しゅう存じます。事前の沙汰もなしに突然の往訪、大変申し訳なく思います。不躾なこととは存じておりますが、これには事情が……」

 タチアオイと呼ばれたその女性は、ベイカーにその先を言わせなかった。

「ちょっと、サイトちゃん? 魔女の情報網を舐めないでよね? そのくらい、使い魔ちゃんたちから聞いてるわよ。シアンちゃんたちがピンチなんでしょ?」

「はい! つきましては、ガーディアンの解除法をお教えいただきたく、馳せ参じた次第にございます! どうぞ、女王陛下へのお目通りを!」

「ダメ。陛下はお忙しいの。そうそう簡単にお会いできるお方でなくってよ?」

「ですが、早くせねばシアンが!」

「大丈夫。その程度のこと、陛下のお手を煩わすまでもないわ。解除法なら、もう私が調べておいたから」

「な、なんと! もう⁉ さすがはタチアオイ様……有難う存じます!」

「ええ、どういたしまして。でも、この解除法……現場のあの子たちにできるかしら?」

「難解な術式なのですか?」

「いいえ。とっても簡単。簡単だけど……私だったらできないかも」

「それは、どういうことでしょう?」

「キスするの」

「……は?」

「跳んできたのを捕まえて、抱きしめて、キスするのよ」

「カエルに?」

「そうよ」

「口に?」

「ええ。舌も絡めてね」

「し、舌も……? なぜそのような設定に……?」

「あら、だって、普通は何かが飛び掛かってきたら迎撃するか、防御するかでしょう? 正体不明の魔導式トラップを優しく受け入れて、ハグして、ディープキスまでする人っているかしら?」

「いえ、いないと思いますが……」

「ね? 解除不能でしょ?」

「な……なるほど。それは確かに。その条件であれば、あらかじめ方法を知らねば、絶対に解除できませんが……他に手立てはないのですか?」

「ないわ」

「そう、ですか……いえ、ですが、その……部下にどう指示したらよいのでしょうか、それは……」

「そのまま言うしかないんじゃない?」

「カエルにキスして舌を絡めろと?」

「うん」

「俺が正気を疑われますよ?」

「でも、他に方法はないのよ? サイトちゃんご乱心疑惑とガッチャンのファーストキスでシアンちゃんの命が救われるなら、安い買い物じゃないかしら?」

「ええと……ゴヤがファーストキスかどうかは分かりませんが……」

「え? 初物チェリー君でしょ? どう見てもバレバレじゃない?」

「あの、そこは看破しないでやってくれますか? ちょっと気の毒なので……」

「あらそう? ごめんなさいね?」

 さすがは魔女である。未使用品とそうでないモノは、見た目で正確に区別できるらしい。

 ベイカーは苦悩したが、早くしなければ仲間の命が危ない。選択肢はないのだ。

 難しい顔でメモを取り出し、ガーディアンの解除法を記す。そしてそのメモを《雲雀》に持たせて飛ばした。

 届け先はゴヤではない。ナイルのほうだ。

 上司として、善き友として、ゴヤにカエルとのディープキスを強いることだけはしたくなかった。

(ナイルなら、別にいいよな……なにかいつもふざけてるし、無駄にテンション高いし……きっと立ち直るのも早いはずさ。うん、そうだ。きっとそうに違いない。大丈夫、大丈夫……)

 ベイカーの引きつった表情を見て、麗しき賢者殿はニヤニヤと笑う。

「あらん? ひょっとしてサイトちゃん、ガッチャン守るためにナイルちゃん犠牲にしようとしてなぁ~い?」

「いえ、あの……はい。だって、なんか、その……相手がカエルって……」

「分かるわぁ~。好きな子のお初は、絶対に取られたくないものねぇ~」

「はいっ⁉」

「ねえなんで付き合わないのぉ~? お姉さん、絶対両想いだと思うんだけどなぁ~?」

「え、あの、ちょ……なんでそうなるんですかっ⁉」

「あら違うの? だってサイトちゃん、いつもガッチャンに近距離の任務ばっかり割り振ってるじゃない? きっとガッチャンと離れたくないのね~、って、みんなで話してたんだけど?」

「みんなって⁉」

「魔女と侍女と女官たちだけど?」

「やめてください! あっちはどうだか知りませんが、俺はノーマルです!」

「え⁉ そうだったの⁉ 新人さん入るたびにイケメンばっかりだから、てっきりサイトちゃんの好みで選んでるのかと……特務の合格判定って、顔じゃないの⁉」

「実力で選考しています!」

「やだ! それならそうと早く言ってよ! 私サイトちゃんとガッチャンでカップル成立すると思って、十万も賭けちゃったのに!」

「賭けたって何が⁉ 何なんですかその賭け!」

「あら、知らない? 後宮の伝統よ? 特務とか近衛の子たちでちょっといい雰囲気の子たちがいるとね、付き合ってるかどうか賭けるの。で、こっそり会って『お姉さんたちは味方だからね♪』って言うと、けっこうみんな、あっさりカミングアウトしてくれるんだけど……」

「俺は本当にノーマルですから! あと、勝手に賭けの対象にしないでください!」

 そう叫んだ後に、ふと気になって聞いてみた。

「ちなみに、最有力カップルは?」

「特務はキールちゃんとレインちゃん、近衛はヴァイス君とサウザー君よ」

「あ、はい、わかります。その辺はもう、仲が良すぎて団の中でも若干の疑惑が浮上しておりますので……」

「えぇっ! 本当に⁉ 同性の目から見ても怪しいって、それもう確実じゃない⁉ ちょっと! サイトちゃん! そこ、もっとよく聞かせなさいよ! ぐっと! ぐぐっと深~く掘り下げちゃって!」

「あの、タチアオイ様。一応、俺もこれから現場に向かうつもりですので、あまりのんびりしているわけには……」

「大丈夫よ。もう私の使い魔ちゃんたちが現場を完全包囲してるから。ナイルちゃんが嫌がるようなら、うちの子がカエルとナイルちゃんを捕獲して強制ディープキスさせてくれるわ。これで無事解決ね。めでたし、めでたし♪」

「え、いえ、その……タチアオイ様?」

 使い魔が現場にいるなら、シアンを退避させてやってくれ――そう言おうとしたのだが、ベイカーは思い直す。本当に命にかかわるような事態であったら、この人は冗談など言わない。

「あの、では、少しだけなら……」

 そう答えたのが運の尽き。

 その瞬間、噴水の裏、柱の陰、置物の壺の中などから、一斉に魔女たちが飛び出してきた。その数、なんと十一名。麗しき賢者たちは、ボーイズラブに並々ならぬ関心があるらしい。

「サイトちゃん捕獲ぅーっ!」

「ちょっとちょっとぉ~! さっきの話なんなのよ~。疑惑って何々なにぃ~? 続きは奥の部屋でみっちりギットリねぇ~っとり、意識が飛ぶまで聞かせてもらうわよ~?」

「ぶっちゃけた話、全部吐いてもらうから。吐かないと帰れないから」

「あんたに賭けて負けた分、他で取り返してやるんだから! ちゃんと使える情報よこしなさいよね!」

「はい一名様ご案内~!」

「ひいっ⁉ や、やめてください! うわぁ~っ!」

 美女十二名に両手足をがっちり確保され、仕留められたイノシシの如く、粗雑に運搬される。

 ここは男子禁制の後宮。後宮で働く女性たちは皆、魔女の忠実なしもべである。正直な話、男に人権はない。泣いても叫んでも誰も助けてくれないだろうし、何をされても、文句も言えずにただ泣き寝入りするしかないだろう。

(ど、どうしよう……何か……何かすごく大変なことをされる気がする! よくわからないけど、何か、こう、深夜枠なことをされそうな気が……⁉ 大変! ホントどうしよう⁉)

 運ばれている最中にも、上着の留め具が次々と外されていく。誰も手を触れていないのに、いったいどうやって外しているのか。何らかの魔法であることだけは分かるのだが、使われている魔法のおおよその属性すら分からない。

 上着の留め具がすべて外されたその次は、ズボンのベルトだ。きつく締めたはずのそれが、勝手に緩んで、金具から抜けていく。

(あ、うん……これ、間違いなく深夜枠……)

 マフィアと魔女、同じく拉致監禁されるとしたら、どちらがどれだけつらいだろう。喋らされる情報が国家機密か、BLトークかという大きな差はあるが、いずれにせよ、つらいことには違いない。いや、むしろ、マフィアのほうがまだ幾分か人道的に扱ってくれるのではないかと思えた。

(うわ~、美人なのになぁ~。美女が一ダースもいるのに、ちっとも嬉しくないのなんでだろう? うわ~、うわ~、うわあああぁぁぁ~……)

 ベイカーは知った。

 人間は、混乱すると「うわ~」しか言えない。

 しかし、この発見が今後の人生に役立つことはなさそうだった。

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