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そらのそこのくに せかいのおわり Another side 〈Vol,1.5 / Chapter 03〉

 情報部から発せられた第一級警戒令に、治安維持部隊は即座に行動してくれた。

 応援要請を出した五分後には最寄り支部の下級騎士たちが現着し、交通規制を開始。

 十分後には住民の避難を開始し、十五分後には周囲二ブロックの封鎖が完了。

 現在、この場所を中心に半径百メートル以内に人はいない。

「シアン、治維隊から連絡! 封鎖完了だ! 特務の応援要員が到着次第、結界を発動するって!」

 魔法障壁の内側から呼びかけると、シアンは返事の代わりに魔法を発動させた。

「《裂開》!」

 カラカル族の最も得意とする呪文である。これは自身の爪、または手持ちの刀剣類に風属性の効果を付随させる。物理的に切りつけ、同時に圧縮空気を炸裂させるのだ。どれだけ高い防御力を誇る敵でも、傷口を破壊されたら無事ではいられない。

 攻撃してきたガーディアンを、ナイフで迎え撃つ。

「く……っ」

 シアンが表情を歪める。ナイフを振り抜くたび、ギィーンという、ひどく不快な金属音が響いている。

 《裂開》は確かに発動している。しかしそもそもの問題として、この相手、ナイフ程度では傷もつかないらしい。通常見られるような『炸裂して飛び散る断片』がひとつも発生していない。

「おい、大丈夫かよ⁉」

「心配するな! 当たった手ごたえはある!」

「本当に?」

「ああ、問題ない!」

 強気にそう答えるシアンだが、俺の目には、どうにも効いているようには見えない。

(おいおい、本当に大丈夫なんだろうなぁ~?)

 シアンの腕は信じているが、俺は女主人を守って魔法障壁を張らねばならない。加勢したくてもできない状況というのは、否が応でも不安になる。

(まあ、戦闘開始から十五分経っても息も乱れてないし、大丈夫なんだろうけど……)

 先ほどまで防戦に徹していたシアンだが、それは近隣住民を避難させるための時間稼ぎ。《裂開》は破壊力が高く、その使用状態で狙いを外した場合、家屋の窓や壁を破ってしまう恐れがある。万一その穴から敵が逃げ出して、民間人が襲撃されでもしたら、事態の収拾はさらに困難を極めるであろう。

 そんな最悪な状況を回避するためにも、これまでは一切の攻撃魔法を封じていた。相手が生命体ではない以上、スタンガンも意味がない。よってシアンは、ここまでナイフ一本で戦っていたのだ。とてもではないが、並みの戦闘能力でそんなことは不可能である。

(さすがは情報部最強戦力。それにしても、どうなってるんだ? こいつの体……)

 成人男性としては少々小柄な百六十五センチ。どこに筋肉がついているのかと問いたくなる細身の体型。一見すると弱そうで、ひどく地味。黙っていると居るか居ないのか、存在感が全く感じられない影が薄いタイプなのだが――。

(本気モードの時だけ、オーラ変わるんだよなぁ……)

 今は、眼を反らしたくても反らせない。

 華やかでも煌びやかでもないのに、彼の姿は不思議と輝いて見える。

 躍動する肉体、生命、戦いの意思を宿した瞳――それらが、奇妙な魅力を放つのだ。

(うわ、俺ってば何見惚れてるんだ? ダメダメ、しっかりしろ。どうせまたすぐにいつもの地味男くんに戻るんだぞ~。カッコイイとか一瞬でも思っちゃダメだぞ~。ホントにただの気のせいなんだからな~。それにお前だって全然負けてないんだからなナイル! いやむしろ勝ってる! 大丈夫ダイジョーブ、本気出せば十分イケてる! ポジティブシンキングで行こう! うん!)

 同期の仲間内で、本部勤めまで昇進できたのは俺とシアンだけ。昇進のタイミングもまったく同じ。俺としてはよきライバル――の、ようなものだと思っているのだけれど、シアンのほうは、俺の存在は眼中にないらしい。実際俺は、戦闘能力でも魔法の腕前でも、シアンには遠く及ばない。俺が昇進できたのは、通信や諜報、情報分析などのサポート能力を買われてのことだというのだが――。

(でもやっぱり、言われてみたいよなぁ。『最強』とか『主砲』とか……サポーターじゃなくてさ……)

 スーパーヒーローに憧れない男なんかいるのだろうか。けれど自分にその適性がないことくらい、とうの昔に気付いている。だからこそ、余計に見入ってしまう。

 彼こそが、幼いころに夢見た『最強戦士』そのものなのだ。いや、子供の夢ではない。大人にだって、『思い描く理想の男像』というものがある。

 その理想が、今、目の前にいる。そして彼と自分とは、タメ語で話せる同期の友達であって――。

(うわあああぁぁぁ、ダメだ! やっぱりカッコイイ! こいつと俺ダチなんだぜって自慢したい自慢したい自慢したぁ~いっ! 所構わず「カッコイイ!」連呼したぁ~いっ! でも絶対ウザがられるぅ~っ! 駄目だ駄目だ駄目だぁ~! 落ち着け! 落ち着くんだ俺! シアンにファンだって気付かれたら絶対嫌われる! あいつそういうの百パーセント拒絶するタイプだ! 相手がたとえ女子でも心のシャッター完全閉鎖しそう! うん、そう! 絶対クールに「寄るな」とか言っちゃって……うわナニソレカッコイイ~ッ! 待って! ヤバい! もう無理これ以上考えたら顔面崩壊! 俺の社会性が終末論だわ! はい終了! 今日ここまで! もうシアンのこと考えたら脳内ジャッジ死刑確定だから! 表情筋さん帰ってらっしゃ~い! 真面目君モードにチェンジングなぁ~う!)

 シアンへのリスペクトが激しすぎて、自分でも多方面に危険を感じている。そのうち何かドン引きされることをやらかしてしまいそうで、自分が怖い。

 乱れ切った心と鼓動を落ち着けて、目の前の戦いに集中する。

 シアンが床を蹴った瞬間、足があった場所に何かが飛来した。何が飛んできたのか、視認することはできない。速度の問題ではない。この敵は光を透過するのだ。

(完全に透明ってわけじゃないけど……一度でも見失ったら、もうわからないな……)

 ガーディアンのいる場所だけ、わずかに空間が歪んでいるように見える。極めて透明に近い何か。それが実際にはどのような形状の敵か、肉眼で確認することはできそうにない。

 ガーディアンとは、その名の通り『護衛兵』である。トラップの一種で、あらかじめ定められた条件に従って発動、攻撃対象に襲い掛かる。同じような使われ方をする戦闘用ゴーレムとの最大の違いは、物理的な『体』を持たないこと。《雲雀》の小鳥同様、一言で言えば幻影にすぎないのだ。だから、ガーディアンが周囲の物や建造物に被害を与えることはない。ガーディアンの攻撃はすべてが魔法と呪詛。それも、人間と動物はきちんと区別して攻撃する。

(対象物を守り抜くために、人体だけを破壊する疑似生命……だったよな、確か。こんなハイレベルなの、魔法学の教科書でしか見たことないっての……)

 禁呪に指定されているため、一般に呪符が出回ることはない。それに、もしも指定されていなかったとしても、最高位の魔導士でなければ術式の構築どころか、発動メカニズムの概要把握すらできない超高難度呪文だ。普通に生きていたら、一生お目にかかれない代物である。

 当然、シアンもガーディアンとの戦闘経験はない。だが、彼に動揺は見られない。冷静に相手の挙動を見極め、隙を見ては自分からも仕掛けている。

(でも……駄目だ。やっぱり、ほとんど効いてない……)

 これまでに十数回は切り付けているはずだが、ガーディアンの速度は変わらない。ガーディアンは逃げ回るシアンをピタリと追尾している。

(いや、だけど、ちょっと待てよ? この動き、何か……?)

 そう、追尾なのだ。

 狭い店内で駆け回っているのだから、シアンの動きを予測して先回りすることも出来そうなものである。それなのにガーディアンは、必ずシアンの通った場所を追っている。

 つまりこのガーディアンに、自立思考力はないということだ。

「シアン! そいつ、センサーで追いかけることしかできないんじゃないか⁉」

「そっちからも、そう見えるか?」

「うん! 絶対にシアンが通ったところを通ってる! 一度も外れていない!」

「俺の何を感知しているのか確かめたい! そっちでバカでかい音を出してみてくれ!」

「分かった!」

 俺は手近にあったブリキ缶を手に取った。どうやら売り物ではなく、ごみ箱代わりに使用している物のようだ。中に入っている紙くずをぶちまけながら、ブリキ缶を裏返す。

 それを金属製の作業台に、思い切り叩きつけた。

 ガンガンガン、ガンガンガン――と、大変耳障りな音を鳴り響かせたのだが――。

「音じゃない!」

「じゃあ、体温かな⁉」

「何か燃やせ!」

「えーと……」

 幸いここは女性向けの雑貨店。レジカウンター横の棚に、お洒落なアロマランプがあった。

 俺は《火種》の魔法でランプに点火。それをカウンターの上に置いた。

「どう⁉」

「変化なし! 熱感知じゃないな! 次!」

「えっと……よし! これだ!」

 カウンターにディスプレイされていた花瓶を手に取り、自分からも、シアンからも離れた場所に投げる。

 花瓶は割れ、水が床にぶち撒けられた。

 だが、ガーディアンの挙動は変わらない。相変わらずシアンを追尾し、見えない体で攻撃を仕掛けている。

「水分に反応してるわけでもないみたいだね⁉」

「じゃあなんだ⁉ 魔力か⁉」

「だったら俺が集中攻撃受けてるでしょ! 最初から魔法障壁発動しっぱなしなんだから!」

「それもそうだな! それなら……」

「匂いじゃない?」

「ニオイ⁉ 俺ってそんなに臭うか⁉」

「シャンプーのいい匂いならね! それってシトラス系だよね? わざわざ自分で買ってるの?」

「宿舎の安物はゴワゴワになるから嫌なんだよ! おい嘘だろ⁉ まさかそんな理由で⁉」

「ちょっと待って!」

 アロマランプがあるなら、そのランプに垂らすためのアロマオイルもあるはずだ。同じ棚をガサゴソと探ると、オレンジオイルの小瓶があった。それを、先ほど点火したランプに数滴垂らす。

「うわ、なにこれすっごくいい匂い! ねえねえ、こういうインテリアって、男が持ってたら変かな?」

「どうでもいい! 匂いでもないとすると……うっ……」

 シアンが着地をしくじった。跳ね回って体当たりを躱していたのだが、床に落ちていたガラス瓶の上に足を置いてしまったのだ。

「シアン!」

 体勢を崩し、転倒した。陳列棚に体をぶつけてしまったせいで、受け身も取れていない。シアンが起き上がるより早く、ガーディアンが襲い掛かる――と、思ったのだが。

「え?」

 ガーディアンは、まっすぐ俺に向かっていた。

 咄嗟に両手を突き出し、魔法障壁で跳ね除ける。

「わ、ちょ、ちょっとこれ……なんで⁉ なんで急にこっちに⁉」

 障壁で防いでも、防いでも、ガーディアンは何度だって体当たりを仕掛けてくる。

(まさか、床に伏せればそれ以上攻撃されないとか、そんな単純な設定じゃないよな⁉)

 試してみる価値はありそうだが、もしもそれで駄目だった場合、無防備に背中をさらす破目になる。

(いやいや、ダメだな。そんなに簡単に一か八かの賭けなんかやらかすわけには……)

 体当たり一発で一枚。普通の攻撃魔法なら十回食らっても壊れないはずの魔法障壁が、ただの一撃で瓦解してしまう。魔力とは生命エネルギーそのもの。魔法をかけ直すごとに、どんどん体力が奪われていくのが分かる。

(ヤバい……このまま食らってたら、十分……いや、五分ももたないかもしれない……)

 透明な何かは、幾度跳ね返されようとも俺に向かってくる。その挙動を見ているうちに、あることに気付く。

(いや……なんだ? 攻撃してこない瞬間がある? こいつ、どうして……)

 魔法障壁を張り直している、その最中。そのタイミングだけは、なぜだか、絶対に狙ってこなかった。この『最も無防備になる一瞬』を狙うのは、攻撃の基本であるはずなのに――。

(フェアプレーの精神……ってことはないよな? なんでだ……?)

 これはなにか、とても重大な発見である気がする。しかし、襲ってこない理由が分からないことにはどうにもならない。もっとじっくり観察したいところだが、この状態を維持するには問題がある。

 思っていた以上に、魔力の消耗が激しい。

(シアンはまだ起き上がれないのか⁉ ……って、おい! 冗談じゃないぞ! シアン!)

 シアンは横たわったままだった。わずかに胸が上下していることから、生きているのだとは分かる。だが、横たわったシアンの、その顔の下には――。

(頭……いや、肩か⁉ ヤバい! あの出血量じゃ……)

 床に広がる血溜まりは、見る間に拡大していった。おびただしい量の出血。放っておいたら命にかかわることは間違いない。

(気絶してるってことは、確実に頭も打ってるし……マジかよ! 俺一人で、こんなのどうしろって⁉)

 動揺した。

 シアンは絶対にやられない。そう思って、完全に頼り切っていた。

 情報部最強戦力の彼なら、王族仕様のガーディアンが相手でも、きっとなんとかできるに違いないと――根拠のない確信を抱いていた。

 そのシアンが、完全に無防備な姿で、気を失って倒れている。

 自分の目で見ている光景が、まったく信じられない。

 地面が崩れ落ちていくような気がした。

 視界に映る自分の指は、細かく震えている。


 怖い。


 そう認識した瞬間、頭が真っ白になって――俺は、完全に立ち尽くしていた。

 時間にして、ほんの三秒。しまったと思ったときには、俺はもう、体当たりを食らって壁に叩きつけられていた。

「あ……あぁ……」

 背中を強打した。息を吸おうとしているのか、吐き出そうとしているのか、自分でもよくわからない。声を上げるつもりなんてないのに、嗚咽のような、出来損ないの悲鳴のような、よくわからないものがこぼれ出る。

 状況を理解して、痛みが遅れてやってきた。

 今度こそ本当に悲鳴を上げる。

「うぐっ! あっ……あ…あああ……」

 もう障壁を張るだけの体力がない。五回、六回と繰り返される体当たりに、なすすべなくやられる。

 九回目の攻撃に、意識が飛びかけた。

(もう……駄目だ……)

 次に直撃を受けたら、俺は死ぬ。

 歯を食いしばって、目を閉じた。

 そのときだった。


 ドゥン――と、鈍い音が響く。


 ハッとして顔を上げると、そこには待ちわびた白い背中。特務部隊からの応援要員だ。

 顔を確かめるより先に、向こうから声を掛けられる。

「サーセン、遅くなりました!」

 長髪に、真っ赤なストール。純白に錦糸の刺繡が施されたコート。誰でも一目で覚えてしまう、ド派手ないでたちのその男は――。

「遅ぇよ、ゴヤ……」

 特務部隊所属、ガルボナード・ゴヤ。

 彼が手にした魔導式短銃から二発目の魔弾が発射される。

 それは魔弾デスロールだった。透明な敵に着弾し、同時に付随効果が発動。大人の拳ほどの大きさの、超小型の竜巻が発生する。

 打撃を与えた箇所を、風属性魔法でさらに抉る。その効果自体はシアンの《裂開》と同じだが、打撃の与え方に違いがある。刀剣をはるかに上回る貫通力で、魔弾は標的に穴をあける。そしてその瞬間に竜巻が発生するのだ。《裂開》の炸裂が体表で発生するのに対し、《デスロール》の竜巻は体内に発生する。

 着弾したが最後、体を内側からズタズタにされる――はずなのだが。

「うわ……マジっすか……?」

 効いていないようだった。

 ゴヤは三発目、四発目を立て続けに発砲した。

 ガーディアンは素早い動作で逃げ回るが、ゴヤはその動きを先読みしている。ドゥン、ドゥンと鈍い音が響くたび、透明な敵は衝撃で後方に弾き飛ばされる。

 ガーディアンに実体はなく、それ自体が高濃度の魔力の塊。それと同様に、魔弾も凝縮させた魔力そのものである。よく似た性質のものを撃ち込まれることによって、体内で何らかの変質があったのだろう。着弾の度、ガーディアンの体には徐々に『色』がついていく。

 さらに六発連射して、ついにガーディアンは、はっきりと目視できるようになった。

 大きさは五十センチ程度。その姿は、丸々と太ったアオガエルだった。

「え? カエル……?」

 俺たちはこんなものに苦戦していたのかと、妙に拍子抜けする。だが、実在の動物ではない。これは禁呪符によって創り出されたガーディアン。見た目がカエルだからといって、その挙動や攻撃法がカエルに準ずるとは限らないのだ。

 事実、通常の生物ならばとっくに絶命しているはずの攻撃に、何事もなかったかのようにそこにいる。

 アオガエルはゴヤに向かって飛び掛かる。

 ゴヤは撃たずに、ナイフを使って迎撃した。

 姿がはっきり見えるのならば、コンバットナイフでも戦えると判断したのだろうが――。

「うわっ⁉」

 見た目通りの重量を想定して構えていたようだ。どうにか受けきって跳ね返すことはできたが、大きくバランスを崩した。ゴヤは急いで体勢を立て直す。

「なんスかこいつ! 激重ッスよ⁉」

「シアンのナイフと接触した瞬間、金属音がしていた。重いだけじゃなくて、かなり硬いはずだ」

「見た目超プヨプヨのくせに⁉」

 そう言うゴヤにまたも突撃してくるが、この時には右手のナイフを収め、もう一丁の短銃を抜いていた。

 右に標準型、左に特務部隊用カスタムチューン。いずれも基本的な攻撃力は変わらないが、特務部隊用のほうには追加機能として『同期協調』がある。これは二丁拳銃の最大のウィークポイント、『利き手でないほうの照準の甘さ』をカバーできる照準補正で、魔導式短銃同士をリンクさせることによって、もう一丁の照準に合わせることができるのだ。

 どちらの手でも同程度の精度で撃てるゴヤが、なぜこの機能を使うのか。その理由は簡単だ。

 今は、狙いをつける気がない。

「食らええええぇぇぇーっ!」

 全ての発射音がひとつながりに聞こえる超高速連射。短銃の性能限界ギリギリの連射である。当然、一発ごとに反動がある。その都度若干ズレてしまう照準を、すべて『最初の一発』に合わせているのだ。これによって、狙いをつけずともただ連射するだけで標的に当てることが可能となる。

 ただし、同期協調があるのはカスタムチューンした一丁のみ。照準補正されるのは撃った弾の半数。あとの半数は自分で狙いをつけねば、てんで見当違いの方向に飛んで行ってしまう。

 左右合計五十発以上。的が小さいせいで、そのうち三分の一が外れた。当たった弾の四分の三は体をかすめた程度。クリーンヒットは多くて十発といったところだろうか。

 相手が大型ゴーレムであっても、《デスロール》を五発も当てれば沈黙する。しかし、さすがは王族仕様のガーディアンだった。アオガエルがひっくり返っていたのはたったの五秒。カエルらしからぬ機敏な動作で、シュッと起き上がる。

「うわ……マジでなんスか、これ……」

 魔弾デスロールでも倒せない。

 やはりこれは、人が戦って勝てるような相手ではないのだ。とすれば、ベイカーが解除法を聞き出してくるまで、防御を固めて耐え忍ぶしかない。

(シアン……それに、そこの女性も、早く外に連れ出したいのに……)

 最初にこの女性を連れ出そうとしたとき、襲われたのはシアンではなく俺だった。その時点では、まだガーディアンの姿は視認できていない。どこからどんな敵が出てくるのか、何も分からなかった。だから攻撃力のあるシアンがナイフを構え、俺が女性を背負って裏口へ向かったのだが――。

(あれが真正面から来て、防ぎそこなって……)

 女性をかばいながら身を伏せた際、左足を捻ってしまった。咄嗟に魔法障壁を張ったが、ほんの一瞬遅かった。ガーディアンの体当たりは俺の左腕に直撃。骨折こそしていないが、左腕には、今もまだしびれるような鈍い痛みがある。

(あー、もう、最悪だ。初手からやられて、以降完全お荷物とか。最悪すぎて割と本気で死にたい……)

 これ以上ないくらいに気が滅入った。俺は思わず、特大の溜息を吐いてしまう。

 すると、おかしなことが起こった。


 カエルが俺に向かってきた。


 すぐにゴヤが《デスロール》を連射し、アオガエルの体を弾き返す。

 カエルの妙な挙動に、ゴヤも違和感を持ったようだ。カエルに狙いをつけたまま、わずかに立ち位置を変える。

 カエル、ゴヤ、俺が一直線に並ぶ。シアンと女性は、それぞれ離れた場所の物陰に倒れている。カエルは倒れた人間には見向きもしない。いったい何を基準に標的を定めているのか。

(……待てよ? 音でも匂いでも、水分や魔力でもないんだろ? でも、今、確実にゴヤから俺に狙いを変えたよな? あの瞬間に、ゴヤと俺は何をしていた……?)

 ゴヤは銃を構えて、息をひそめて次の攻撃に備えていた。

 俺は無様な自分に悲観して、特大の溜息を吐いていて――。

(まさか、こいつ……?)

 これまでのことを思い出す。

 魔法障壁を破られ、張り直すまでの無防備な瞬間。そのときだけはまったく攻撃されなかった。ガーディアンは、どういうわけかピタリと動きを止めていた。

 今も、カエルは動かない。

 こちらを向いたままじっとしていて、俺たちも、カエルの動きを警戒して息を殺して――。

(こいつ……そうか! 呼気だ! こいつは人間の呼気に反応して追尾してくるんだ!)

 カラクリが分かれば簡単なことだ。気絶している女性とシアンが襲われないのは、一定のリズムで、ごく弱い呼吸しかしていないから。

 俺とゴヤのどちらが狙われるかは、その瞬間、どちらがより激しく呼吸しているかによるのだろう。

 どんな生き物も、攻撃動作に入る前には大きく息を吸う。そして攻撃中は瞬間的に無呼吸状態になり、それから心拍数の上昇とともに呼吸も激しくなっていき――。

(だから、戦闘開始後はシアンが狙われてたんだ! その前に俺が襲われたのは、女性を担ぎ上げた分、運動負荷が増えて呼吸が荒くなったからで……)

 魔法障壁を張り直しているとき、『早くしないとやられる!』という危機感から、ぐっと歯を食いしばり、息を止めていた。

 何もかもが腑に落ちた。

 声を出したら襲撃される。俺はメモとペンを取り出し、それを書き留めた。

 そして《雲雀》を使い――。

「……ん?」


〈声を出すな。呼吸を一定に保て。

 こいつはおそらく、呼吸の乱れに反応する。〉


 小鳥がくわえたメモを見て、ゴヤはカエルと睨み合ったまま、指先だけで返事をした。

〈了解。指示を。〉

 作戦行動中に用いるハンドサインである。

 敵に関する情報が何もない場合、現場で交戦しながら情報を集めねばならない。そういう現場では、ときに階級や身分が無視される。より有益な情報を持つ仲間に指示を仰ぎ、それに従う。これは特務部隊、情報部共通のルールである。

 俺は次のメモを書く。


〈シアンはいつも、上着の胸ポケットに軽作業用ゴーレムの呪符を入れている。

 何枚あるかは分からない。一枚ならそこの女性を、二枚以上あるなら女性とシアンを退避させたい。〉


 ゴヤは軽く頷いて見せ、呼吸が乱れないようゆっくりと、にじり寄るようにしてシアンに近づく。

 アオガエルはピクリとも動かない。

 俺もゴヤも、それを見て確信する。

 このガーディアンは、やはり人間の呼気を感知しているのだ。

 倒れたシアンの上着をまさぐり、ゴヤはカード型の呪符を見つけ出した。四枚あるが、そのうちゴーレムの呪符は一枚しかない。あとの三枚は《照明》と《解毒》、《時限発火》だ。この現場では役に立たないカードである。

 ゴヤはハンドサインでこう言った。


〈囮は俺が。〉


 それだけで分かる。発動させるには、呪符に息を吹きかけねばならない。そしてゴーレムを動かすには、作業内容を口頭で指示する必要がある。いずれも通常とは異なった呼吸となるため、呪符を発動させた瞬間、あのカエルに襲撃されてしまうだろう。

 囮はゴヤ、発動は俺。逆の配役はできない。俺にはもう、障壁を張るだけの魔力も、逃げ回るだけの体力も残されていないのだ。ゴーレムを発動させたら、後はここで、じっと息を潜めていることしかできない。

(ゴヤ……すまない……)

 ハンドサインで「健闘を」と示すと、ゴヤは笑ってカードを投げた。

 キャッチと同時に発動させる。

「緊急事態だ! そこの女性を中央市民病院まで搬送しろ!」

 細かな指示はいらない。ゴーレム呪符には『緊急事態対応プログラム』が刷り込まれている。意識のない状態の人間を前に『緊急』『病院』『搬送』というキーワードを口にすれば、あとはゴーレムが勝手に動く。

 ゴーレムは女性を担ぎ上げ、魔弾の流れ弾によって脆くなっていた壁をぶち破っていった。

 その間、ゴヤは雄叫びを上げながら魔弾を連射している。ゴーレムに指示を出している俺より、もっと激しい呼吸をしてカエルを引き付けていたのだ。

 何発撃ち込んでもまったく倒せないガーディアン。早く魔法の解除法が知りたいが、呼吸は乱せない。言葉を発することなく通信を行わねば、ベイカーからの連絡を受けることも出来ない。

 こちらの状況を伝えるべく、俺はメモを書き、《雲雀》に持たせて飛ばす。

(ベイカー……早く……早くしてくれ! 早くしないと、シアンが……)

 血まみれの相方は、まだ目を開かない。

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