そらのそこのくに せかいのおわり Another side 〈Vol,1.5 / Chapter 02〉
騎士団本部庁舎五階は、今日も廊下が暗かった。
この階は特務部隊が占有しているため、隊員らが出払っているときには廊下の照明が消され、空調も止められてしまう。そもそも十四名しかいない特務部隊が、職員数三百を超える総務部と同じ面積を独占しているのだ。たとえ電気がついていても、閑散とした空気が漂う寒々しい空間であることに変わりはない。
面積に対して人が少なすぎるため、五階の内線はいつ、どの部屋に掛けても、誰も出ないことで有名である。
今日もオフィスには、しつこいくらい呼び出し音が鳴り響いていた。
「はいはーい、はいどうもーっ! お待たせしましたーっ! 特務部隊ッスーっ!」
外出先から戻るなり、慌てて内線に出る隊員。
彼の名前はガルボナード・ゴヤ。現在二十三歳で、彼女いない歴も二十三年のベテラン童貞男である。貴族でも平民でもなく、その中間の士族階級であるため、部隊内では常に中途半端なポジションに置かれている。
貴族ではないので従卒はつかないが、ある程度は平民階級の下級騎士に命令できる。
平民ではないので銃は持てるのだが、貴族階級からの発砲許可が無くては撃てない。
自由に行動できそうで、実はほとんど何もできない。そんな不便なポジションが、戦争状態にない平和な国の士族である。今日もゴヤは、『平民では相手にされないけれど、貴族が出ていくほどでもないちょっとした揉め事』の仲裁に出ていた。それはよくある貴族・平民間での交通トラブルだったのだが――。
「ゴヤか? ベイカーだ。オフィスにいるということは、仲裁は上手くいったのだな?」
「はい! いやもう最悪ッスよ! また貴族のほうがルール違反やらかしたのかと思って行ってみたら、なんか相手側の態度がおかしかったんスよ。だから情報部に問い合わせてみたら、そいつ、南部で指名手配食らってる常習犯で……」
「常習? 当たり屋の?」
「はい。貴族の馬車に当てられたとか轢かれたとか大騒ぎして、家名に傷をつけたくなければ示談金をよこせ、とかいう手口だったみたいなんスけどね? 野次馬が取り囲んでくれたおかげで逃げられなくなってたんで、その場で逮捕できましたけど……」
「何かあったのか?」
「最後に悪足搔きして、ウンコ投げてきたんスよ!」
「は?」
「だからウンコっす、ウ・ン・コ! 足元に落ちてた馬糞を素手で掴んで、俺に向かって『えーい』って!」
「それは……お悔やみ申し上げます」
「いやいやいや! 顔面キャッチとかしてないッスからね⁉ ウンコ爆弾、完全回避ッスから! 社会的に死んでないから大丈夫ッスよ⁉」
「あ、そうなのか? そうか、それなら良かった……」
「でも、俺が避けたから後ろにいた貴族に直撃しちゃって……」
「え?」
「そっちが顔面キャッチっす。だから当たり屋行為に貴族への不敬罪もプラスで、その場で処刑されてもおかしくない雰囲気になっちゃったんスけど、やっぱ、街中でいきなり首切っちゃうわけにいかないじゃないッスか? 殺せコールでテンションアゲアゲな野次馬の皆さんを解散させるのに手間取っちゃって……」
「それはご苦労だったな。犯人は、治安維持部隊に引き渡したんだな?」
「はい。手配されてる、南部の事件の聴取もありますし……」
「よし、よくやった。今度好きなだけおごってやる! 焼肉パーティーだ!」
「マジっすか? あざっす!」
「どういたしまして! さあ次の任務だぞ!」
「うわあああぁぁぁーっ! やっぱり! やっぱりそのパターン! 隊長が焼肉って言うとき絶対なんかあるんスよね!」
「申し訳ない。こちらとしても好きで押し付けているわけではないのだが、他に動けそうな人員がいないのだ。たった今、情報部から応援要請があった」
「え? 情報部? 誰ッスか? コバルトさんあたり?」
「シアンとナイルだ」
「うぇええぇぇぇ~いっ⁉ 嘘ッスよね⁉ だって……え? シアンさん、鬼強ぇじゃないッスか⁉ 何があったんスか⁉」
「王族仕様の最上級『ガーディアン』が中古雑貨屋で暴れている」
「……え? サーセン、ちょっと事情が呑み込めないんスけど?」
「諸事情で王宮外に出てしまった呪符が、一般住宅街の、中古雑貨屋の狭い店内で起動。シアンとナイルを攻撃対象と識別し、現在は戦闘状態にある。分かったか?」
「あ、はい。なんかヤベエかもってことはすごくよく分かった感じッス」
「知っての通り、情報部の基本装備はナイフとスタンガンだ。しかしそのいずれも、まったく効かない状態らしい。とすれば、『ガーディアン』の装甲を破れそうな攻撃手段は?」
「えっと……魔弾……の、《ティガ―ファング》か《デスロール》?」
「その通り。魔弾が使える隊員で中央市内にいるのは俺とお前だけだが、俺は女王陛下にお会いして、ガーディアンの解除法を聞き出さねばならん。お前は現場に急行し、それまでの時間を稼いでくれ」
「王家絡みなら、近衛は? 応援に出てくれるんスよね? 最上級ガーディアンなんて、俺じゃあ全然……」
「いや、残念ながら、これは近衛が動くわけにはいかない案件だ。表向き、王家は何の関わりもない。『何者かが非合法な手段で作成した呪符の暴走』として、情報部と我々とで対処せねばならない」
「治安維持部隊は?」
「周辺住民を退避させ、規制線を張ってくれているが……戦力としては期待するな」
「実質三人だけで戦うんスか⁉」
「いや、二人だ。民間人が一名、現場に取り残されている。意識不明、体温低下で危険な状態らしい。ナイルはその民間人のために防壁を張るだけで手いっぱいだそうだ」
「え……じゃあ、今は……」
「シアンが一人で戦っている」
「それってクソヤベエじゃないッスか! うわ! マジ急いでいかないと! っつーかどこッスか⁉」
「今送った」
その言葉と同時に、オフィス内に一羽の小鳥が出現する。この鳥は通信呪文《雲雀》によって創り出された幻影で、実在する生命体では無い。
その雲雀が、くちばしにメモ用紙をくわえている。ゴヤはそのメモを受け取り、店の場所を確認する。メモには店の住所と簡略図。一階の窓と扉は魔法で《施錠》してしまったため、二階から突入するようにとの指示がある。ベイカーの筆跡ではない。現場のナイルが急いで書き殴ったものだろう。
「リーロイタウンの七番街……けっこう遠いッスね。ペガサス使っていいッスか?」
「ああ。空きデスクの上から二段目に、一番速いペガサスの呪符があるはずだ。それを使え」
「えーと……あ、ありました! あざっす隊長! 使わせていただくッス!」
「無理はするなよ。俺が解除法を聞き出してくるまで、時間を稼いでくれればいい」
「はい!」
「では、健闘を」
「吉報をお待ちあれッス!」
いつもの調子で宣言し、ゴヤは窓辺へ向かった。
重い鉄窓を押し開け、呪符に口づけるように息を吹きかけ、魔力を注ぐ。カード型の呪符は一瞬で漆黒の馬へと変じるが、通常のペガサス型ゴーレムホースとは大きく異なる点がひとつ。
「……え? なにこれ?」
窓の外で騎乗を待つ馬の背に翼はない。その代わり、胴の側面から金属質な主翼が突き出していて――。
「ジェ……ジェットエンジン仕様……?」
どう見ても、普通のペガサスの数倍の速度が出そうだ。生身で騎乗して大丈夫なのだろうか。しかし、ベイカーからはこれといった注意喚起もなかった。
「うぅ~ん……ま、大丈夫ッスよね! うん!」
ゴヤは上司を信頼し、その背に飛び乗った。
セントラルシティに、哀れな悲鳴がこだまする。




