その笑顔
遅れましたすみません。
白凪が荷物を取りに帰ってから数分後。
猛は白凪が使った食器を洗い終え、椅子に座ったまま寝ている少女の隣に足を運んだ。
「おーい起きて風呂入ってこい」
猛が少女の肩を揺すって目覚めさせようとする。
しかし少女は一瞬嫌そうな顔をしただけでまたすぐに夢の世界に沈んでいった。
正直このまま寝かせてやりたいのだが椅子に座ったままだと体に負担がかかってしまうし、女の子だしお風呂にも入れたほうが良いと考えた猛は起こすことに決めた。
(そうだなこいつは)
「ご飯できたぞ」
その瞬間、少女はパッと目を覚まして体を勢いよく起こした。
(…ちょろすぎる)
「ご飯!?」
「お前バカだろ」
「……どこ?」
しばらくあちこちに視線をやったが食べ物らしきものは見当たらない。
それが猛の嘘だと理解した少女は刃物のような鋭い目つきで睨んできた。
「ゴミ」
「おい!?!?どこで覚えたそんな言葉!!人間に使う言葉じゃないからね!?悪かったって。でもこのまま風呂入んねぇのもダメかなって思っただけだよ。」
「ふろってなに」
「んーなんていうのかな気持ちいいやつ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「じゃあ許す。ふろ入る」
「わかったじゃあ…………」
「どうしたの?」
少女が首を傾げてくる。
(あれ?風呂知らないんだったら誰が入り方教えんだよ。俺が一緒に入るとかダメに決まってるよな…いいのかな……犯罪なのかな…いや、でも説明するだけだしやましいことは考えてないし。そもそも俺が一緒に入らなくても言葉で教えたらいいんだし。いやでも言葉よりやっぱり一緒に入ったほうがわかりやすいよな。べ、別に何らかの力が働いて偶然なにかに触れてしまっても問題ないよな!何らかの力、そう地球の重力的ななんらかの力のせいだし一緒に入っても問題ないよな!そうだよ問題ないよ!その力のせいだし!俺が触れたくて触れるんじゃないし!!)
「じゃあ俺といっ––––」
「ゴミ」
「まだ何も言ってませんけどぉお!?」
「なんか変なこと考えてそうだったから」
「なに超能力かなにか?やめて思春期の心をよまないで!わかったじゃあお前白凪が来たら一緒に入って教えてもらえ」
「わかった」
少女と猛は白凪が来るのを待っている間二人揃ってソファーに座りながらテレビを鑑賞していた。
猛は芸人のボケやツッコミに対して大爆笑していたが、少女は全く笑うことなくただ画面を真剣に見ている。
「なんでそんなに見てるんだ?全然笑わないし見てて楽しいか?」
「この人たち画面の中にいるの?」
「あぁ」
少女が興味深そうにまじまじと見ていた理由が分かった。
テレビを知らない。
ということはどの様な仕組みになっているかも分からないのだ。
初めて目にしたら画面の中に人がいる様にも見えなくもない。
「画面の中にはいないな。カメラってので撮影してそれをテレビに映してるって感じかな?」
少女は首を傾げる。
正直、猛もテレビの仕組みを全て知っているわけではないのでかなり大雑把な説明しかできない。
「ん………あ!そうだ」
猛はポケットから携帯電話を取り出した。
そして少女にカメラの外レンズを向け、『録画』と表示された画面をタッチした。
「笑って」
少女は暫く不思議そうに猛の手にする携帯電話を見つめてくる。
「まぁいいや。はい」
猛は録画を止めて少女に画面を見せてやった。
少女は自分が映った動画を見て顔を赤く染めた。
「なにこれ」
「これがテレビの正体」
「消して!恥ずかしい!変な顔してる!!」
「一度撮ったものは消えないので〜す」
(ふっ。俺の秘蔵動画としておかずになる運命なんだよ!永遠にこの携帯から消去しませんふははは)
「消してーーー」
「いやーー」
「消してってば!!!」
「ダメー」
「お願い消して!!」
少女が猛の肩にパタパタとパンチをいれる。
「わかったわかった!」
あんまりにも少女がごねるので猛も諦めて動画を消してやった。
「はぁ…俺の秘蔵動画が…。あ!そうだその代わり俺と写真撮って」
「え?」
「いや?」
「違う。写真ってなに」
「そっちか!そうだよな!写真ってのはさっきのの止まったバージョン」
「……」
「実際にやったほうが早い」
「わかった」
猛は携帯電話を掲げて内カメラに設定した。
それを自分と少女が画面に映るようにする。
(や、やべぇ。実際にやってみたらきついぞ。二人入んねぇぞ。女子すげぇ。なんだあいつらなんであんなに綺麗に撮れるんだよ!)
猛が画面にぴったりおさめるのに必死になっていると
「ち、…近い」
少女が恥ずかしそうに下を向いた。
「ぁあぁぁあごめんんんんん」
画面に集中しすぎていたせいで少女に身体をかなり密着させていたことに気づかなかった。
そして焦った猛はそのまま撮影を行ってしまった。
カシャという音と共に画面に写真が写った。
「あ」
写真には俯いたままの少女と間抜けな顔の猛が写っていた。
猛は少女からすぐに離れて
「ご、ごめんな!」
「べ、べつに…」
少女は頬を桜色に染めながら言ってきた。
そんな顔をされたら余計に恥ずかしくなる。
そのせいで何方も俯いてしまっていたのだが、見かねた少女が顔をあげて猛に優しく声をかける。
「また…撮ればいいんだし」
「え?また撮ってくれるのか?」
「うん。そんなのじゃ嫌だし」
意外にも少女は嫌がっている様子でもなくそれどころか何処か楽しそうな表情をしているのだ。
猛は安堵して少女の隣に再度座る。
「わかった。じゃあ今度はもっと綺麗に撮ろうぜ」
「うん!」
少女は嬉しそうに頷いてみせた。
太陽のようでしかしながら草原の中にひっそりと咲く一輪の花のような笑顔だ。
燦爛としたようで逆にひっそりとただ綺麗で孅媛で可憐、それでいて触れたら刹那に消えてしまいそうなそんな笑顔。
(これぞ癒しだよ幸せだよ生きるって意味だよ!)
「その笑顔!俺が守るぜ!天使ちゃんんん」
猛が興奮して叫びを上げた次の瞬間。
「おっじゃまっしまーーーす!第二弾!」
白凪が玄関のドアを足で勢いよく開けた。
来週の水曜日更新です