バッドエンドから始まる
猛は起床して自分の部屋を出た。
「今日は可美いなかったな」
昨日は猛のベットに忍び込んでいたのだが、今回はベットにいなかった。それなら今日はリビングに用意した布団で寝てくれたのかなと階段を下りながら考える。
だから猛は朝の挨拶をしようと可美の布団が敷いてあるリビングへ向かう。
「あれ?いねぇな」
ところがリビングの中央に敷いてある布団はなにも使われていないままの状態だった。
(ソファーかな?)
猛はソファーの方へ足を運んだ。
案の定ソファーで可美が横になっていた。
「おは………………」
しかし、その姿を見て口から発しられていた言葉が途切れる。
ソファーや床、白凪に貸してもらった白いうさ耳フードのスウェット、その白さが嘘だったかのように紅に染まっていた。血だ。
それは可美の腹部の刃物のようなものでできた刺し傷から出血したものだ。
「おい嘘だろ…なんの冗談だよ!は、ははは、リアルすぎて笑えねぇだろ」
汗を滲ませて苦笑い。恐る恐る手を伸ばして可美に触れてみる。
「!!…冷たい」
ひんやりとして硬い。まるでロウで作った可美そっくりの人形のよう。
しかし、それは紛れもなく可美である。その姿に生は感じられず、息もなければ、微動もしない。死んでいる。
手から滑り落ちたのか、ソファーから垂れた右手の真下にまだ未開封の板チョコがある。
「な……ッうそ……だ…ろ……。うそだ、うそだ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!!!!!!」
猛は頭を抱えて叫び、地面に伏せた。
全身が震え、頭が混乱する。
何が何だかわからない。
「可美!可美!可美!」
可美の体を揺すったが応答はない。
血はとっくに止まって、白い肌が更に白くなっている。
「誰が………」
猛は目から涙が落ちたのがわかった。
それは量を増し、みるみる床にシミを作る。
辺りを見渡すが、変わったところは特にない。寧ろこの状況で辺りに変化がないことが変なのだ。なぜ可美は死んでいる。なぜ刺されている。なぜこんな穏やかな表情で死んでるんだ!
逃げ回って殺されたわけでもない、恐怖を与えられて死んだ風には到底思えない、安心した表情。
誰がこんなことをできる。そもそも何の目的だ。誰だ!誰がやったぁ!
「誰が!」
床を思いっきり殴った。痛みが跳ね返ってきたが、今はこの悲哀と憤怒に勝ることもできず、何も感じないまま手が赤く腫れる。
「何が…何が起こったんだよ!」
床に落ちた板チョコを拾い上げる。
それは初めて可美と会った日に買ってやった物だった。つい数日前の出来事だというのに異様に懐かしい。それを思い出すと今の状況が信じられない。ほんの何時間か前までは生きてたんだ。俺が寝ている間に何があった。こんな短時間で命は消えるのものなのか!こんな呆気なく、こんな短い思い出だけ残して死んでいくのか!?おかしいだろうが!!
下唇から血が出るほど強く噛んで涙をこらえようとするが、涙は止まることなく、それどころか次第に大粒になって声も震えてくる。
「チョコ食べたかったかたんだよな、新しく買った服も着たかったのよな…まだ一回も着てねぇのによ……。いろんなとこ行きなかっただろ…。ごめんな……くそぉ!!!何が守るだよ!何も守れてねぇじゃねぇか!!!」
叫びをあげて床を何度も何度も何度も殴る。
「こんなはずじゃなかったんだよ!なんでいきなり死ぬんだよ!おかしいだろ!こんなの間違ってる!なんの前ぶれもなく!おい!なんとか言えよ!異世界の奴!お前が忠告してくれればこんなことにはならなかっただろ!!」
無論、返答はない。
誰を責めようと意味はない。
可美が死んだという現実は覆ることはないのだから。
次第に床を殴る気力も失われていく、全身から力が抜けてソファにもたれかかると無言で可美の胸元に板チョコを置いた。
猛はソファーから垂れた可美の手をそっと握った。冷たくて、硬いのに、小さくて可愛い女の子の手。
「可美…可美………。どうして…どうして…」
いきなり手を握ったから恥ずかしがったり、罵倒してきたりしてほしいのに恥ずかしがったり、罵倒もしない。
ギッュと握ったから痛がってほしいのに痛がってくれない。
握り返してほしいのに握り返してくれない。
もう、可美は死んだんだと。認めたくなかった。でも認めざるおえない。
––––––––死んだんだ。
『終わりましたね』
突然、声が聞こえた。と思った瞬間、猛の視界が360度真っ白な空間に変わる。
先までの家具もなければ仕切りもない、遂には隣にいた可美の姿まで。ただ永遠に続く白の景色が猛をつつむ。
その中で猛の目線の先には、ぼやけた黒い塊が浮いていた。形はぼやけてあまりわからないが、その声の主がぼやけた黒い塊だとはわかる。
「おい!!誰だお前!何が起こってんだよ!」
突然すぎて、否、突然かは置いといたとしても何も理解できないこの状況でまともに思考できるはずもなく、吠えるようにする。
『失礼ながら私自身の口述は致しかねます。が、何が起こっているか、この説明はお答えできます』
「なんでもいい!答えろ!」
『可美様が死に、世界が変えられようとしています。ここはその分岐点』
「なに意味わかんなぇこと言ってんだ!」
『申し訳ありません。添削、濫觴から説明させてもらうとすれば、まず可美様。このお方は言わば今あなたがいるこの世界、そして異世界を繋ぎ止める柱の様な存在です。しかしどんな物語を送ろうと可美様は確実に短期間で死にます。そんな運命を抱えて産まれてきました。そしてその柱が死ぬとなると、最終的にこの世界と異世界の両方が滅びます。それが起こらぬように私、いえ、分岐点であるここがあるのです』
「おい!じゃあ可美は死んだじゃないか!世界は滅びたのか!?」
『いいえ。それは違います。この死は本当の死ではありません。』
「ど、どういうことだよ!」
『この死は何度かあるうちの1回にすぎないのです』
「それって……どう言うことだよ」
『要するに今回の死は1クール目が終わったようなもの。つまり2クール目があるという事。だからあなたにはもう一度新しい物語をつくってほしい。そしてその物語の中で可美様を守り抜いてほしいのです。もしそれが成し遂げられれば短期間で死ぬ運命が一変し、永遠の命となり、柱が安定し、世界が滅びることを防ぐ事ができるのです。』
猛はしばらく黙りこんだ。
そして拳を握りしめ、黒い塊をじっと見つめる。
「てことは、可美はまだ死んでないんだな!」
『はい。ここでの記憶などは全て消え去りますが、間違いなく可美様は生きています』
「俺は可美を助けられるのか!?」
『はい。あなたは物語を構成する上で欠かせない存在です。どんなことが起ころうと絶対に可美様と出会う運命ですから』
「どうやったら新しい物語をつくれる」
『この分岐点は可美様が死に、世界が変わったときに現れ、その世界に送ることができる空間。ここからあなたを可美様が産まれ変わった世界に送る事で物語を開始する事ができます』
「俺の記憶はその世界に行ってもあるのか?」
『もちろん』
「わかった。送ってくれ。今度は死なせねぇから」
恐ろしく冷静だった。普段の猛なら理解できず、ただあたふたしていただけだっただろう。
しかし、可美が生きている。可美を助ける事ができる。そう思うだけで細かい事を気にすることもなくただ冷静に受け入れる事ができた。
ただひっかかった言葉、それは可美の記憶がないということ。
短かかったが楽しかった思い出は可美の記憶にはもうないのだと思うととても悲しくなる。
だから俺は思ったのだ。
「死なせたくねぇ!」
『あなたの言葉を聞き受けました。これより異世界へあなたを送り届けます』
そう言い残し、黒い塊がパッと消えたと思うと白い空間が歪み始めた。それは渦を巻くように猛をも飲み込んでいく。まるで景色と同化するように。
そしてその空間は漆黒になり消えた。
第1章 完。
第1章完結です。
第2章からが本番なのでこれからも読んでください。
次回は来週の木曜日更新。