ファーストキス
「んじゃ最後にジョーカー持ってた人は罰ゲームとして一番最初にあがった人にキスね♪」
「おいこらなに勝手に決めてんだよ!キスって!それはダメだろ!」
白凪の唐突な発言に横から猛が指摘する。
一方で少女は赤面させて口をパクパクしながら「き、き、キス!?」と猛の方を見てくる。
いや別に俺がすると決まったわけじゃないんですけど!?
「どうしてダメなの?なに?私じゃダメなの?」
「そういう意味じゃねぇよ!あとなんでお前にキスすること前提!?」
「なに?やっぱり童貞だから勇気ないんだー」
「うるせぇ!!童貞いうな!」
「まっ別に!マナイタガールのキスでも私はいいけどね♪」
白凪がそう言いながら少女にウインクすると少女は赤くなっていた顔を湯気が出てきそうな勢いで更に真っ赤に染めた。
「よし!じゃあ順番は私からたーくん、マナイタガール!ね」
各自、手に残ったカードの枚数は白凪が6枚、猛が7枚、少女が7枚だ。
白凪は猛が持った7枚のカードの裏を凝視してから猛を鋭い刃のような目で睨む。
(なんだその目は!それが幼馴染を見る目か!)
「見えた!」
「なにがだよ!」
白凪は素早い動作で猛からカードを抜きとった。
「きたぁ!!」
白凪は雄叫びを上げて揃ったカードを真ん中に集められたカードの中に置いた。
続いては猛が少女のカードを引く番である。
「んー」
猛は考えこむようにして少女が握る7枚のカードの裏を右から一枚一枚眺めていく。
すると一枚だけ反応が違うカードをみつける。
そのカードに視線をやった瞬間、少女が嬉しそうにパッと表情を明るくしたのだ。
「ほほぅ」
わかりやすいな。
少女が取られて嬉しいカード。
つまりジョーカー。
君が持っていたのか。
まだ確信はできていないが純粋な少女だし、何よりババぬき初心者なのだ。感情が表に出るのも無理もない。
このカードは要注意だなと猛はその隣のカードを引いた。
(なっ!なにぃぃいい!?)
猛が要注意と引かないようにしたカードの隣のカードがまさかのジョーカーであったのだ。
「ふふ」
少女は微かに笑う。
(は、はかったな!なんだこの子初めてにしてこのだまし討ち!もぅババぬきを理解している!今まで純粋を装っていたのは全てこの時のためだったというのか!!)
しかし、まだ勝負は始まったばかりである。
諦めるのはまだ早いと、表情には出さないように気をつけながらジョーカーを自分の手元のカードに加える。
次は少女が白凪のカードを引いた。
どうやら揃ったらしく中央にバラバラに集められたカードの山に揃ったカードを置いた。
「二巡目ね♪」
白凪は猛のカードを見つめて鼻をクンクンさせて犬のような仕草をとる。
「臭う…これはジョーカーの臭い」
(なぜわかるんだぁ!!)
猛は心の中で叫びながらも表情には出さないように心がける。
「これ♪」
言って白凪が猛からカードを引く。
それはジョーカーではなかった。
しかし「ちぇー」と残念そうにしている。
幸いカードは揃っていなかったようだ。
なんだかんだでゲームは順調に進行していき、白凪が2枚、猛が3枚(まだ俺のところにジョーカーがあるんですけど…)、少女が2枚カードを残している。
そして遂に俺に順番がまわってきた。
「引くぞ…」
猛は少女の手に残る2枚のカードをじっと見つめてからゆっくりと手を伸ばした。
「おしゃぁぁあ!!」
猛は思わず立ち上がってガッツポーズをする。
少女と白凪が引いたような視線を向けてくるのが少し気になった。
(だが関係ないこれでドベになる確率が下がったのだ、あとは白凪にジョーカーを引かせれば良いのだから)
そして少女の順番になる。
少女のカードの枚数は残り1枚。
つまり少女のカードと同じ数字のカードを白凪が持っていて、それを少女が引いたのなら少女が一番始めにあがることになる。
少女もそれをわかっているようで白凪のカードをまじまじと真剣に見つめる。
白凪もそれを察して唾を飲み込んだ。
空間がずしりと重くなり、呼吸する音だけが空気中を震わせる。
「…こ…これ」
少女は自信なさげに白凪のカードを弱々しく引いた。
しかし、それを表に向けた瞬間、少女が目を見開いて両手を高く上げて高い声を発した。
「やったぁ!」
表情はみるみる明るくなってカードを放り投げた。
少女が一番始めにあがった。
(こいつ…勝ったらキスされんだぞ。わかってんのか?忘れてるだろ絶対。まぁ勝てたら誰でも嬉しいけどな)
猛は頬に汗を垂らして苦笑する。
「ふふふ♪これで決まるね♪正直、私が一番にあがってたーくんがドベになってくれるのが私の理想だったんだけど」
「ふんっ!残念だったな!俺は、はなっから負けるつもりなんてねぇよ」
「んじゃこれ♪おーやったあがり♪♪」
「ぉぃいいいいいいい緊張感まったくねぇのか!!!最終勝負だったじゃん!なにさらっと終わらせてるの!?」
白凪があがり、猛はジョーカーを残して負けた。
「なんかかっこいいこと言ってたけど、ぷぷぷ何だけっけ?そうそう、はなっから負けるつもりなんてねぇよ、いやいや負けてるじゃん」
白凪は腹を抱えて大爆笑する。
「やめてぇ!?俺のか弱き心をこれ以上削らないで!?違うだろ!普通あぁ言うこと言うじゃん!勝敗を決める最後の局面だったんだぞ!」
白凪は呼吸を整えてようやく笑うのを止めた。
そして少女の方に目を向けて
「マナイタガール!たーくんから強引にキスされるよ!」
「強引にじゃねぇよ!」
その言葉に呑気に笑っていた少女は、罰ゲームの事を思い出したようで「あっ」と声を漏らし、みるみるうちに顔全体を熟れたトマトのように真っ赤に染めた。
(ぁーやっぱり罰ゲームのこと忘れてたんだ)
「アンタ…本当に……するの?」
少女は俯きながらボソボソと呟くように猛に訊いてきた。
「やっ、やんねぇよ!あんなの白凪の冗談で……」
白凪の方に顔を向けるとニターとこちらを見て笑っていた。
「やっぱりできないんだ〜。まっ!わかってたけどね?童貞チキン野郎だし〜。ど〜せ手も繋げないんでしょ?そんな童貞くんにキスなんてね〜〜。裸でDIO様と闘えって言ってるようなもんだもんね♪」
「何だよそれ無謀じゃねぇか!そんなわけねぇだろ!き、キスなんて、よ、余裕だからな!」
「え〜本当かな〜?」
「て、てかお前、この子に変なことしたらダメとか言ってたじゃねぇか!キスはいいのかよ!」
「私が見たいと思ったことはいいの♪」
「わけわかんねぇ!」
「そんなこと言ってるってことはやっぱりできないんでしょ?童貞くん♪」
「なっな、なに!!くそぉ!ぁあ。いいよ!やってやるよ!やればいいんだろ!?」
猛は少女に体ごと向ける。
すると少女が肩を震わせて俯いているのがわかる。
そんな少女の両肩を優しく握ると一瞬ピクリと反応したのがわかった。
「……顔…あげてくれるか?」
できるだけ優しい声で言おうとしているのだが猛もかなり緊張しているので少し震えがちな声になっている。
だが、少女は顔をあげてくれた。
目は潤み、頬は赤い。今にも泣き出しそうな表情で猛を見つめる。
(や、やめてぇ。余計緊張するから!口では余裕とか言ってても実際、俺キスなんてしたことねぇんだから!)
自分の息が荒くなっているのがわかった。
こうして少女と顔を合わせているだけで鼓動が早くなって身体中が熱くなる。
少女の肩に乗せた手から伝わってくる少女の体温もかなり高いことがわかる。
「よし。じゃ、じゃあ…」
しかし、いつまでもこうしちゃいられない。決心した猛はゆっくりと少女に顔を近づけていく。
少女が一瞬、唇を噛み締めて泣くのを堪えたのがわかった。
距離は次第に短くなり、お互いの息がかかる距離まで近づいた。
少女からは匂いまで伝わってきてお風呂あがりだからかほんのりシャンプーの香りがする。
そして少女は目をぎゅっと閉じた。
(やるしかない!これだけこの子も頑張ってくれたんだここでやめたら男じゃねぇ!)
よ、よし。心の中で呟いて少女の唇に自分の唇を合わせ––––––
『プルプルプルプル』
「ぁあ!!私のケータイ!」
いきなり白凪の携帯が着信音を鳴らしたので猛と少女は体をビクッとさせてお互い素早く体を離した。
「ふ!ふざけんなよ!!」
猛は息を荒ぶらせ、叫ぶように言う。
少女の方は手で顔を覆っていた。
「ごめん♪ごめん♪誰だろ〜♪」
いつもの調子でそう言うと携帯をリュックの中から取り出して画面を見た。
「げっ…ママだ」
不満げに『応答』を押して通話を始めた。
「…もしもし。ぁ……たーくんの家…うん。ごめん…はい……はい……すみませんでした……はい…はい。わかりました帰ります」
通話相手–––––白凪の母親の怒鳴り声が微かに聞こえた。
「お前親に内緒で俺の家泊まるつもりだったのか!?」
微かに聞こえた声によると白凪の母親は急にいなくなった白凪を捜していたらしい。そしてなにも言わずに猛の家に泊まろうとしていたので激怒したのだ。
「うん…ばれた」
「そりゃばれるだろ!?」
急に鬱々とした様子になった白凪は自分の荷物を重たげな動作で片付け始めた。
そして全て片付けるとキャリーバッグを両手に、リュックサックを背負ってもう一つの方を腰にくくりつけた。
「おじゃま…しました……」
「お、送っていくぞ!」
立ち上がって白凪に言ってみだが「いい…すぐそこだし……」と言って玄関の方へとぼとぼと歩いていってしまった。
次いで玄関のドアが閉められる音が聞こえ、白凪が帰ったことがわかった。
次回は今週中か7月13日の0時00分更新です。