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殺戮者だった魔王様は殺した主人を愛す。  作者: 桐生桜嘉
第一章 魔王レネクス
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別離 レネクスside

それは前世の記憶。

戻らぬ過去のモノ。

血にまみれたその中に、一握りの優しい温もりに満ちたやわらかな光がある。


――『ギルバート』――


そう呼ぶのは彼女――フェリスという女。

鈴のように優しい声音をしている。


――『あなたには黒薔薇が似合うわね』――


そう言って、フェリスは一つの鉢植えの前でしゃがみ込み、育てている花の中から黒薔薇を一輪手折った。

その棘で彼女の白い手に傷がつき僅かにだが血が滲んでしまっている。

だがそれに構うことなく、フェリスは黒薔薇を愛おしそうに見つめた。


『またどうして黒薔薇なんだ』


男がそう問うと彼女は言う。


――『薔薇はこんなにも美しいのに棘を持っているわ。触れるのに痛みと傷を伴う。それに、黒薔薇の花言葉は、“憎しみ”や“恨み”。あなたそのものじゃない』――


『よくわかんねぇ』


男はそう吐き捨てるように言って側にあった椅子に勢いよく座った。

その時フェリスが小さく呟く。


――『……まぁ、それだけじゃないんだけど』――


『あ? なんだよ』


男がそう尋ねるが、フェリスはふっと笑みを浮かべ立ち上がった。


――『なんでもない』――


そう言って、手に持った一輪の黒薔薇を花瓶に挿す。

フェリスはそれを見つめ、愛おしそうに花弁を撫でていた――――。










「お前、この後どうするか決めてんの?」


「この家を燃やす」


レネクスが問うと、フェリシアはそう即答する。


「この家は残しておいちゃいけない。……残しておいたら、きっと、甘えちゃうから」


部屋を出てこの家の中を見回しながら、フェリシアは言った。

その目はどこか寂しそうに見える。


「……お前にとってこの家はなんだ」


レネクスの言葉に、フェリシアは本棚の上に飾られた写真立てを手に取りながら言う。


「大切な場所。家族との時間が詰まった家だから……」


「…………」


懐かしそうに、そして寂しそうに写真を見つめるフェリシア。


やがて置かれたその写真をレネクスは見る。


その写真に写った彼女はまだ幼いが、幸せそうに笑っていた。


彼女も、魔王であるレネクスを召喚できるほどに、人を殺してきた――その数は十二分に、“殺戮者”と呼ぶにはふさわしい数なのだろう。

そこには家族も入っているはずだ。

魔王を召喚する条件の一つなのだから。


今の彼女の顔には笑顔が浮かぶことはない。


人を殺すことで喜びという感情を失ってしまったのか。


フェリシアは元々、人を殺せるような者ではなかったはずだ。

そうでなければ、家族と過ごしたこの家を“大切”だと呼ばない。


そして、もし人殺しをしていなければ、笑顔を失うこともなかったのだろう。

少なからず、写真の中にあるその幸福の下育ったのなら、今よりもずっと様々な感情を表にし、そこには喜びという感情があり、笑顔が、必ずあったはずだ。


何より、写真に写る彼女がそれを表している。


フェリシアは、自ら望んで今の状況下にいるのではない。



何かが彼女を、狂わせたんだ――――。



「――そろそろ、この家とも、さよならしようかな」


フェリシアのその言葉によって、レネクスの思考は止められた。


「長居しちゃうと、離れがたくなっちゃうもの……」


そう言うと、フェリシアはテーブルの上に置いてあったウエストバッグを手に取り、それを腰につける。

短剣があるのを確認すると、玄関まで行き家を出た。

その後にレネクスも続く。





家を出てレネクスの目に映ったそこは、住宅街といえばそうだが、どこかひっそりとしたような場所だった。

時間が遅いせいなのか、はたまた元からなのか、人通りはないに等しく、物音一つしない。


辺りを見渡すレネクスに、自身もそれに倣いながらフェリシアは言った。


「ここ一帯は元々父のもの――私たち一族のものだったの」


「“だった”……?」


「最初はとても賑やかだった。今とは比べものにならないくらい、毎日人の声が飛び交って、楽しかった。でも……」


「でも、なんだ」


「……でも、事業が失敗して、どんどん人が離れていって、結局この土地も他の人に取られちゃった。……今じゃこの有様。すっかり不気味な裏路地。……廃るのは、あっけない」


彼女の目はどこか遠くを見ている。

賑やかで笑顔溢れる風景を思い出しているのだろう。


その雰囲気からは、もう、この場所から離れ、戻ってくることはないという意思を感じた。


この風景を忘れないように、記憶に刻むように、じっと見つめている。



――やがて俯き、彼女はふっと息をついた。


そして、事前に用意をしていたのか、玄関前に置いてあったガソリンの入ったタンクに手をかける。


それを目にした瞬間、レネクスはとっさにその手を止めた。


「――俺がやる」


「え……?」


フェリシアがきょとんとした顔でレネクスを見上げる。


「何度も言わせんな。俺がやるっつってんだよ」


「でも――」


「何のために俺を呼んだんだ。魔族だぞ? それも魔王だ。命を奪うことが俺の特技。家一つ燃やすことぐらい何てことない」


「…………」


フェリシアは驚きの表情を見せたが、やがてタンクから手を放し言った。


「……じゃあ、お願い」


「ああ」


彼女の言葉に応え、レネクスはフェリシアの手を掴んだまま数歩後ろに下がる。


そして、掌を家に向けた。


瞬間、紅い炎が放たれる――――。


「――!!」


それは家に着いた瞬間、勢いよく燃え上がり、フェリシアの準備したガソリンのタンクにも炎があがった。

まるで、フェリシアがやったのではなく、自分がやったのだと主張するように、レネクスが放った炎は大きく燃え上がる。



「俺がいる限り、お前の手はもう、汚させない。――お前が傷つくようなことは、全部、俺がやる」








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