犬子さん
犬子さん、と心の中で呼んでる人がいる。当然、周りのみんなは、それを知らない。
彼女は、八方美人だ。誰に対しても愛想がいい。だから犬子さん。
彼女は小型犬だね。間違ってもセントバーナードや秋田犬じゃないね。
休み時間になると、彼女は何人かと決まってトイレに行く。
たぶん、自分がしたくなくても付き合いで行くんだろう。
誘われたらイヤとは言えない。だから休み時間毎に行くんだね。
お尻は腫れたりしてないかな? 犬子さん、大丈夫?
お昼休み。犬子さんは忙しい。どのグループにも顔を出さなくちゃいけないから。
ほら、あんまり一つのグループに時間をとってると、よそからクレームが来るよ。
大丈夫? 犬子さん。
放課後は。たぶん犬子さんは頭を悩ましてるに違いない。
カラオケに行くグループ? コンビニに行くグループ? それともライブに行くグループかな?
体は一つだもんね。悩むのも当然だね、犬子さん。
本当は。本当は犬子さん、あなた、評判が良くないんだよ。分かってないよね?
あの子、誰にでもいい顔しちゃってさ。信用できないよね。
そんな評判、知らないよね?
犬子さんが犬子さんなら、私はきっと猫子だろうな。
一人を好む。ていうか、友達がいない?
でもまぁ、私は猫子だから、そんなのは平気だけどね。
でも、時々、犬子さんが羨ましくもあるんだ。ホント言うとね。
誰にでも愛想がいいっていうのは、平和を愛するから。誰にも嫌な思いをさせたくないから。
だよね? たぶんそうだ。 犬子さんは優しいんだ。
だから。犬子さんが、一人で泣いてるのを見た時、私は思った。
犬子さんと友達になりたい。
優しい人、犬子さんと。
本当はオオカミが好きだけど、オオカミは現代社会では生きていけないから。
それでも猫にはなれない犬子さん。だから犬子さんなんだね。
新学期が始まったなら、猫子の私だけど、犬子さんに声をかけてみようと思う。
たぶんそっけない言葉だと思う。
だけど、それは猫子なりの、精一杯の感情表現なんだよ。
気づいてくれるかな、犬子さん?
気づいてくれたなら、きっと私が守ってあげるから、犬子さん。
もう少しで新学期。猫子の私は、甘える練習もしてるんだよ。
だから犬子さん、新学期には笑顔で学校に来てね。
犬子さん。きっと大丈夫だから。
犬子さん。犬子さん…