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憎い爆弾  作者: 加来間沖
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奪われた英雄

太陽があの日落ちてきた。とある兄弟の物語。あの日英雄は奪われた。

 皆さんは英雄を知っていますか。人にはそれぞれ自分の英雄的存在の方がいます。それは人によっては同じかもしれません。ただ見方は人それぞれで、英雄の定義もそれぞれ異なります。ですから全くの同一の英雄を思い浮かべるということは限りなくゼロです。

 母はわたしの英雄でした。お父さんが戦場に行っても、四つ年下の弟とわたしを一人で支えてくれました。無くしものをしても言えば見つけてくれる、お腹がすいた時にご飯を作ってくれる、困ったことがありそれを隠しても顔を見たらすぐに察して直ぐ解決してくれる、まさにわたしの英雄でした。

 弟もわたしと同じような性格であったため弟からしても母は英雄に見えたのだろうと思います。

 弟とわたしは非常に仲が良く、遊ぶときはいつも一緒で喧嘩はたまにありましたが、母が仲介するとすぐに仲直していました。まさに英雄です。当初大きくなったらどう恩返しをしようかとわたしは考えていました。


 にも関わらず英雄はあの日奪われました。


 母は仕事が早くからあるためわたしたちの朝も早いです。母は芋をふかしてくれていました。

「いただきます」とかぶりつきました。わたしが半分しか食べ終わらないうちに母は「じゃあ行ってくるから、仲良くね」と言って鞄を持ちました。

「いってらっしゃい」とわたしと弟が見送ると母は「いってきます」と笑顔で家を出ました。あの時の笑顔はいまでも覚えています。


 芋を食べ終えたのは八時頃でした。私は家にいて弟と今日は何をしようかと話していました。その時空襲警報が鳴りました。わたしと弟は防空頭巾を被って家から逃げる準備を始めました。ですがすぐに解除されたので安心して空を見上げました。その時太陽が落ちてきました。

 勿論本当に落ちてきた訳ではありませんが、わたしにはそう見えたのです。直後鼓膜が裂けるほどの音が聞こえました。今まで聞いたことが無いほどのものです。わたしは耳を手で抑える間もなく飛ばされて床も天井も分からなくなり気を失ないました。

 

 頭に何か固いものが触れている感覚の中わたしは目覚めました。頭にふれていたのは家の柱でした。周囲は残骸が散らばりわたしから見て右側から光が漏れていました。家が壊されたのが分かったのでわたしは泣きそうになりましたが、こらえました。兄だからです。

 そうだ弟はどこにいるのだろうと上体を起こしました。弟はわたしの足元でうつぶせに倒れていました。泣いていたので「大丈夫、兄ちゃんがここにいるから」といって起こしました。何かべっとりとしたものがわたしに触れました。わたしは涙だと思い特に気にしませんでした。近くに弟の防空頭巾があったのでそれで拭きました。「痛いよ」と泣き訴えてきましたがわたしは「我慢だ」と言いました。

 その後「行くぞ」と言い手を取り光が漏れるほうへ這うようにして進みました。すると薄暗い視界がやがて色鮮やかになっていきます。その時わたしは手が赤く染まっていることに気づきました。


 次に顔をあげると街道が見え、それらが真っ赤に燃えていました。また呻くような声が聞こえ少し怖くなりました。ただならぬ雰囲気を感じましたが、それ以上にわたしは手についた血が気になりました。わたしはケガはしていなかったのです。現に血は少し乾いていました。

 もしやと思いわたしは振り返りました。できればこの予想が外れてほしいと思い恐る恐る振り返りました。

 そこには頭から血を垂らしている弟がいたのです。わたしは驚きましたが、できるだけ冷静に振る舞いました。家の前には蛇口がありましたので、そこで防空頭巾を濡らし血をふき傷口を抑えました。またその水を取り、近くに転がっていた水筒にいれました。

 

 弟は痛いと言い続けます。わたしはとにかく「大丈夫だから」と元気づけ、弟を負ぶって道行く人の後を追いました。一度だけ家を振り返った時半分ほど家が崩れていたのを覚えています。


 わたしは通行人を抜き去るように小走りで進みました。ですが弟を負ぶっているので、すぐ息がきれました。ですが決して止まらず高い場所へ行くことにしました。町がどうなっているか分からなかったからです。少しすると痛いと泣いていた弟も泣き止みました。


 息をあげて、ようやく町が見えるほどの高さにつきました。町は燃えていました。辺りを見渡すと防空壕がありました。あそこで休むかと考え、弟を連れて中に入りました。

 水筒を開け水を飲みました。弟が静にこちら見て口を開けて待っていたので飲ませました。わたしは少し疲れていたため、ぼぉとして防空壕の中を見ました。弟も多分同じようにしていました。


 しばらくすると足に布を巻いた女性が来ました。こちらを一度見ましたがすぐに視線をそらして倒れこむように座りました。少しすると寝てしまいました。


 幾分か経ちわたしは首が重くなりガクンと垂れました。すぐにハッとなり起きました。その時弟の傷が気になったので見ました。防空頭巾を取ると赤く染まっていましたが、幸い血は止まっていました。わたしはどうしようかと迷いました。

 そのとき英雄の姿が浮かびました。「母さんは」わたしが呟くように言うと下を向いていた弟が顔を上げこちらを見ました。

 「大丈夫か歩けるか」わたしは聞きました。弟は「少し」と答えました。「母さんのところにいこう」とわたしは言いました。すると弟の顔が明るくなったのを覚えています。


 下山した直ぐの場所に母の働く場所があります。どうして先にこっちに来なかったのだろうと考えつつ、足を急がせました。道には死体が倒れていました。弟が「待って」と言うので足を止め再び弟を負いました。怖かったらしく泣きだしました。わたしも泣きそうでしたがそれでもこらえました。「大丈夫もうすぐ母さんに合えるから」わたしはそういって弟を元気づけました。勿論これは自分を元気づける意味もありました。


 うめき声、叫び声、お化けの様な人を見たり聞いたりして気分が悪くなりました。心が挫けそうになりましたがわたしは母が働いている仕事場へ行きました。


 わたしは仕事場を見て目を疑いました。焦げた丸太が顔を出し屋根が無い燃え盛る建物がそこにありました。わたしはその時始めて泣きました。すべてを理解して。

「お母さーん」と叫びましたが誰も答えません。弟も「お母さーん」と泣きながらいいましたが誰も答えませんでした。

 弟は近くの場所でうずくまって泣き続けました。わたしは涙を拭って弟の手を引きました。「おばあちゃんのところにいこう」と言いました。

 この時わたしの中ではそこにお母さんが避難しているかもという希望が芽生えていたのです。弟はそれでもうずくまっていましたが強引に手を引き祖母の家に行くことにしました。


 わたしはどれほど歩いたのでしょうか。とうに弟も限界を超えていたでしょう。でも二人で進み夜前に祖母の家につきました。祖母の家周辺は幸い無事でした。家のドアをたたいて「おばあちゃーん」と声を出すと、わたしと弟の名前を叫んで出迎えてくれました。弟は祖母に抱き付きました。「母は」わたしは反射的に声が出ました。途端明るかった祖母は顔を暗くし顔を振りながら言いました。「すぐ戻ってくるよ」と。このとき弟の腕に斑点があったのを覚えています。風呂に入れてもらえ、少し白米を食べさせてもらうと眠くなりました。


 次の日朝早くから祖母に付き添って病院に行きました。病院は人がぎっしりいて血の臭いがぷんぷんして吐きそうでした。

 「広島はほぼ全滅した…」と嘆くように言う人もいました。わたしは途端昨日の光景を思い出し怖くなりました。

 

 長い時間が経ち弟の治療の番となりました。医者は頭の傷に薬を塗って包帯を巻いてくれました。「傷が浅くて良かったね」と医者は言っていました。次に腕を見たとき医者は不思議そうな顔をしていました。「ここ、かゆくないかい」と斑点を指さして言いました。弟は「ううん」と首をふりました。お医者さんは「荒れてるみたいだから」といって別の薬を塗ってくれました。


 弟は返ってからも元気がありません。わたしは弟と並んで座りました。祖母は後ろにいましたが、何も声をかけれずにいました。「お母さん」と弟が小さな声でいいました。

 わたしはその後さらなる悲劇に合い終戦を知りました。戦争は終わりました。 わたしは祖母の家で待ちましたがお母さんはあの日以来返ってきません。わたしはかけがえの無い英雄を奪われたのです。あの爆弾に。

英雄的存在であった母を奪われた兄弟。だがさらに悲劇は続いた。そう憎き爆弾は奪い取ったのだ。

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