物語の結末は ~夢見る昔話?!~
俺の名前は横山幸太。
今日は姉夫婦が結婚記念日だという事で,実家でその子ども達の面倒を見る事になっている。
「幸太兄ちゃん,ゲームやろ。ゲーム」
「オッケー,今日も負けないからな」
「今日こそ勝ってやるし」
「はは,やってみろし」
お兄ちゃんは小学2年生。
ここには家に無いゲームが山ほどあるので,来る度にゲームゲームと言って俺に寄ってくる。
別に一人でやっていても良いと俺は思うのだが,なぜか俺と一緒に遊ぶ事が約束になっているらしい。
「じゃあ,ももちゃんはこっちでお姉ちゃんと一緒にご本でも読もうか」
「は~い」
妹はまだ幼稚園に入ったばかり。
女同士で気が合うのか,俺よりも加奈によく懐いている。
加奈もまんざらではないようで,呼べばすぐに来て,こうして相手をしてくれる。
何回か聞いてみて分かったが,加奈の読み聞かせは聞いていておもしろい。
本の内容を知っている俺でもつい聞き耳をたててしまう。
『むかしむかし,ある所に,おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りに,おばあさんは川へ洗濯に行きました』
今日はあの有名な昔話を読んであげるらしい。
「今日は何やる?」
「対戦するやつ」
「はいよ~」
俺は手を動かしながら加奈の読み聞かせに耳を傾ける。
『おばあさんが川で洗濯をしていると,上から大きな桃がどんぶらこっこ,どんぶらこっこと流れてきました。おばあさんはそれを見て「あらあら,今日のお夕飯はこれにしましょう」と言って大きな桃を引っ張り上げ,家へ持ち帰りました』
うん?
何か俺の知っている話と違くないかい?
『家へ帰ったおばあさんは早速大きな桃を切り分け,お夕飯の準備をしました。
そこにおじいさんが帰ってきました。おじいさんは何やらふろしきを大切そうに抱えています。
おばあさんは聞きました。
「おじいさんや,それは何だい?」
すると,おじいさんは笑顔でふろしきを広げました。
「おばあさんや,これを見てくれ。竹の中から女の子が出て来たんじゃ」
それを聞いたおばあさんは怒りました。
「もう,またそんな子どもを拾ってきて。家には大きな子どもがいるじゃないの」
そう言っておばあさんは二階に目を向けました。
……そう,そこには数年前に鬼退治から帰ってきたきり,部屋に閉じこもってだらだらとした生活をしている桃太郎がいたのです』
「ちょっと待て,いくらなんでもそれは変だろ」
さすがに口をはさむ。
ちょっと訳が分からなくなってきた。
「え? 何が?」
「…?」
しかし,二人は不思議そうに首を傾げるだけだ。
「あっちは良いから早くやろうよ」
「お,おぅ…」
そう急かされ,俺はテレビの電源をつける。
やる気十分でコントローラーを握る甥っ子には悪いが,俺の気持ちは完全に加奈の方に向いていた―――
『おじいさんはそれでも譲りません。思いのほか意固地になるおじいさんに,おばあさんも根負けし,その女の子は桃子という名前をつけられ,大切に育てられる事になりました。
しかし,その後の生活は順風満帆とはいきませんでした。
桃子を拾ってきてすぐにおばあさんは足を悪くしてしまい,外へ出てお仕事をする事が出来なくなってしまいました。
桃太郎はそれでも変わらず部屋に閉じこもり,桃子はすくすくと元気に成長していきました。今でははいはいを覚え,家の中を探検するのが好きなようです。
おじいさんは前よりもお仕事が増えました。それでもおじいさんは幸せです。おばあさんと桃太郎,桃子と一緒に楽しく暮らす事が,おじいさんの幸せだからです。
しかし,そんな日常にも終わりがやってきました。
ある日,おじいさんが川のほとりで休憩をしていると,上からどんぶらこっこ,どんぶらこっこと何かが流れてきました。
以前からこの川にはよく桃が流れてくる,という事をおばあさんから聞かされていたおじいさんは,この日も桃が流れてきたと思い,喜んでそれを拾い上げました。
「な,なんじゃこれは……」
しかし,おじいさんの顔はその瞬間に驚きに包まれます。
――流れてきたのは,なんと変わり果てた桃子だったのです。
おじいさんは慌てて家へ帰り,おばあさんと桃太郎を問い詰めました
「今川に桃子が流れてきた。これは一体どういう事じゃ」
しかし,おばあさんと桃太郎は揃って首を振ります。
「俺は部屋から出ていない。桃子の事なんて知らない」
「私も朝に桃子が家の中にいたのは知っています。しかし,私もこの足ですから,桃子に張り付いてもいられませんから,あの子がどこかへ行ってしまっても分からない事もあります」
二人の話を聞いたおじいさんは言葉を失いました。
みんなで楽しく暮らしていたと思っていたのに,この二人はそう思ってはいなかった事が分かってしまったからです。
おじいさんは大変ショックを受けましたが,それで終わってはいられません。
この家から川まではそれなりの距離があります。桃子が一人で行ける距離ではありません。
つまり,桃子が一人で川に行って誤って落ちてしまったとは考えられず,誰かが桃子を川まで運んだのです。
おじいさんは,犯人を必ずこの手で見つけ出してやろうと決意しました』
「…何でもありだな……」
対戦ゲームで甥を軽くあしらいながら,俺はため息をつく。
下手な推理小説みたいになってきた。
そんな話が幼稚園に入ったばかりの子どもに通じるのだろうか。
ちらりとそちらに目を向けてみると,興味津々で聞いている。
…まぁ,楽しく聞いているならそれで良いか。
俺は目だけ画面に戻し,黙って続きを聞いた。
『おじいさんはすぐに町へ向かい,警察に相談しました。
しかし,おじいさんの話を真面目に聞いてくれる人はいませんでした。
おじいさんは悔しそうに唇を噛みしめながら警察を後にしようとします。
「少し,よろしいですか?」
しかし,そんなおじいさんを呼び止める一人の刑事さんがいました。ピシッとしたスーツを着こなすその初老の刑事さんは上杉さんと名乗り,おじいさんの話を真摯に聞いてくれました。
「なるほど,分かりました。では僕が調べてみましょう」
上杉さんはおじいさんと一緒に山へと向かいました。
その途中にも,おじいさんに色々と聞いています。
「おや,あの方はお知り合いですか?」
そんな二人が山道を歩いていると,道の向こうから一人のおじいさんが歩いてきました。
それをみたおじいさんは,上杉さんの言葉に頷きます。
「はい。あのじいさんはいつも私と一緒に山仕事をやっている人です」
「なるほど。…ちょっとすみません」
「は,はい。なんでしょう…」
「いえ,大したことではないのですが。少しお話を聞かせていただけますか?」
「は,はぁ…」
「あなたはよくこちらのおじいさんと一緒に仕事をされているらしいですねぇ。それは,本当ですか?」
「は,はい。いつも一緒に山へ行っています」
「そうですか。では,こちらのおじいさんに桃子ちゃんというお子さんがいたことも,もちろんご存じですね?」
「え,えぇ,そりゃもちろんです…」
「そうですか」
「…あの,上杉さん。この人は今回の事とは何も関係ないですよ。今日も一緒に仕事してましたから」
「そうですか。では最後に一つだけ。あなた,大型犬を飼っていますね?」
「え? どうして…」
「いえ。服にほら,真っ白な長い毛が付いていましたので,これは大型犬の物かなと思いましてねぇ」
「まぁ,確かに家にはポチがいますけど…」
「そうですか,では,私たちはこれで失礼いたします。長い間,ありがとうございました」
「は,はぁ…」
上杉さんはそれで満足したのか,薄い笑みを浮かべて先へと進んでいきます。
しばらく進むと,今度は川に出ました。
そこは,おじいさんが桃子ちゃんを見つけた所よりも少し上の所です。
「少し,よろしいですか?」
「は,はい。どうぞ」
上杉さんはしばらくふむふむと川の周りを歩き,やがて満足したのかおじいさんの所へ戻ってきました。
「分かりました。では行きましょう」
そこからしばらく歩いていくと,ようやくおじいさんの家につきました。
上杉さんは家の周りを良く見て回り,次に家の中も観察しました。
「では,おばあさんと桃太郎君をここに呼んでいただけますか?」
上杉さんはおばあさんと桃太郎から一通り話を聞くと,分かりました,と言っておじいさんを呼びました。
「今までの話を聞いて全て分かりました。この事件の,真相が」』
そこで加奈は言葉を切り,本を閉じた。
それと同時に台所から声が聞こえる。
『ごはんできたわよ~』
俺以外の全員が大きな返事をして台所へと向かう。
その中で俺だけが動けなかった。
――誰でも良いからその話の結末を教えてくれよ!―――
プルル,プルルと遠くから音が聞こえる。
完全に覚醒していない頭を働かせ,何とか手探りに音源を探す。
どうやら携帯が鳴っていたらしい。
いつものアラームだと思った俺は電源ボタンを押して音を止める。
しばらくして,また音が聞こえた。
スヌーズ機能にしては間隔が短い。
俺は少しだけ目を開け,改めて携帯の画面を確かめる。
そこに表示されていたのは,中島加奈の名前。
俺は一瞬で覚醒し,すぐさま電話を取った。
「はいもしもし?!」
『ぅん?! ど,どうしたのいきなり大きな声出して…』
思っていたより大きな声が出ていたらしい。
戸惑う加奈に構わず俺は言葉を続ける。
「い,いや。あの話の結末が知りたくて…」
そこで,気づく。
俺は今どこで何をしている。
起き上がった勢いで上半身から滑り落ちた毛布。
ふかふかの敷布団に,着慣れたパジャマ。
焦点が合っていないのは,普段かけている眼鏡をかけていないから。
それはつまり――
『幸太,また変な夢の話?』
「そうみたい…です……」
『今度は何の夢見たのよ。話の結末が,とか言ってたけど』
「あ,あぁ。夢の中で加奈が読み聞かせをしてくれたんだ」
『それが,途中で終わっちゃったの?』
「はい…」
『……どうしても,知りたい?』
「そりゃ,もちろん…」
『分かった』
「え?」
『分かったって言ったの。ちゃんと考えてあげるから,その話詳しく教えてよ』
「わ,分かった! あのな…」
こうして俺の朝は過ぎていく。
今日も良い日になりますように。