07 押しつけられたぬくもり
どんどん大きくなるハシュ様と、小さいままでいてほしいリセ。
空を飛べるようになられていらい、ハシュルスルビスクルス様の成長のペースはグンとはやまり、日に日にたくましくなっておられます。
もちろん身体のサイズもさらに大きくなられ、つい先日、とうとう背をぬかれてしまいました。
必然的に見おろされるかっこうになり、ちょっとショックです。
しかも、何だか顔つきまでキリッとりりしくなってしまって……。
いえ、けっしてわるいと言っているわけではありませんが、私的にはかわいさ半減でやや残念です。
ああ、いつまでも自分よりちっちゃいままでいてほしかった…!
しかし、現実に打ちのめされる私に対し、ときの流れはどこまでも残酷でした。
「ハシュ様、リセでございます。本日のおやつをお持ちしました」
「ギャウ!」
緑の眼をかがやかせ、寝台からおりて駆け寄ってこられるハシュルスルビスクルス様。
足音はもはや『とたとた』ではなく『ドスドス』です。正直かわいくありません!
以前とくらべて、お昼寝の時間も極端にすくなくなりました。
そのかわり、最近ではもっぱら学問にはげんでおられるとか。
そろそろ本格的に、竜の国の皇太子としての教育がはじまるのでしょう。
「どうぞ」
ケーキをていねいに切りわけ、小皿にのせてそっとお出しします。
どうじに、ハシュルスルビスクルス様がカパッと口をあけられました。
――ちょうだい、ちょうだい、はやくちょうだい――
キラキラと期待にみちた眼がそううったえています。
ええ、わかっていますとも!
「甘えん坊さんですね」
クスッと笑い、フォークでさしたケーキをゆっくりと口もとに近づけました。
「はい、あーん」
ぱくっ。もぐもぐ。
「キュー!」
「ふふ、おいしいですか?」
びったんびったん床をたたく尻尾が、何よりも雄弁によろこびをものがたっています。
いくら身体が大きくなっても、この『あーん』の習慣だけはかわりません。こんなところは、まだまだ甘えたいざかりの子どもです。くぅー、かわええぞ!
ひそかに親指をたて、こころのなかで惜しみない賛辞をおくります。グッジョブです!
…ですが、いつもとおなじだったのはここまででした。
おやつを食べおえたあと、ふだんであればわがもの顔で膝のうえにのってこられるハシュルスルビスクルス様ですが、どういうわけかまったくそのけはいがありません。
あれ、おかしいですね。どういうことでしょうか?
「ハシュ様?」
「ギュ!」
拒否するようにふるふると頸をよこにふり、こちらをじっと見つめられたかと思うと、椅子にすわったハシュルスルビスクルス様はご自分の膝をトントンとたたかれました。
――え。そ、それってまさか……、うぇぇえええ!?
「あ、あの…、まさか私に、そこにすわれとおっしゃっておられるのですか?」
「ギャウ!」
ご名答! とばかりにつよくうなずかれ、私は思わず両手で顔をおおいました。
よもやポジションのいれかえを要求されようとは……私はめでる側でいたいのに!
絶句していると、何の前ぶれもなくいきなりそでを引っぱられました。
声をあげる余裕もひまもありませんでした。
「!!」
やわらかいクッションのようなものにボスンと受けとめられたかと思うと、そのままひょいと身体をかかえあげられ、腹のまえで前肢が交差されて、ガッチリ拘束されました。
「ハシュ、さま」
「キュウ、キュウ」
私の肩に顎をのせ、ハシュルスルビスクルス様がネコのようにスリスリとほおずりしてきます。
ぎこちなくふりかえれば、そこには心底満足そうな金の竜の顔がありました。
視線があうと、ペロリと私の口のはしをなめ、長い鼻先を私の髪のなかにうずめてピスピスと首筋のにおいをかいでいます。ひょおぉ、くすぐったい!
みょうな感触からのがれようと身をよじり、頸をすくめながらハシュルスルビスクルス様の胸元にぴたりとひっつきました。竜の腹部にはウロコがないため、そこからじかに体温と拍動が伝わってきます。
あったかい…。
冷たいウロコからは想像もつかないあたたかさです。
ついウトウトしていると、ぎゅうっとだきしめられました。
「ギュウゥ…」
ハシュルスルビスクルス様も眠くなられたのでしょうか、ずいぶんとろんとした鼻につくような響きのお声です。
…あぁ、何だかつられて、さらに眠たくなってきました。
女官の仕事もわすれて、睡魔のさそうままに眼を閉じます。
「すこし寝させていただいてもよろしいでしょうか、ハシュ様…」
そのことわりを最後に、快適すぎるぬくもりにつつまれてしばし眠ってしまいました。
あんなに抵抗があったのに、われながら現金なものですねぇ。
【竜の生態・その七】
眷族の蛟とは異なり、竜はどのような環境でも一定の体温をたもてる。