06 心配で仕方がない
リセ視点に戻ります。
私ことリセ・リアルデ、二十一歳性別女。竜の国の女官となって早一年が経ちました。
ところでとつぜんですが、ビッグニュースです。
何と、ハシュルスルビスクルス様が飛べるようになられました!
ハシュルスルビスクルス様はおんとし八歳。自力飛行が可能となるのはまださきのことと思われていた矢先での快挙に、国王陛下ご夫妻もたいへんおよろこびになられたとか。
異種族婚の多い王族としてはめずらしくご両親がともに竜であるハシュルスルビスクルス様は、まさに生粋の竜。けたはずれのお力をお持ちであられるようです。
それに、空を飛べるようになったということは、おとなの階段を一歩のぼったということでもあります。
自分の翼で飛ぶことができなければ一人前の竜として認められませんから。
「ハシュ様、すごいです!」
「ギャウ!」
この一年でひとまわりほど大きくなられたハシュルスルビスクルス様は、金色にかがやくふたつの翼を優雅にはばたかせながら、見あげる私にむかって得意げにひと鳴きなさいました。ブンブンゆれる尻尾がプリティです!
ギャラリーには有翼の御仁や同室のおねえさんもいて、王城の中庭はにぎやかです。
歓声をあげる衆人環視のなか、ハシュルスルビスクルス様はさらに高度をあげて飛行しはじめました。
…って、あぶない!
「ハ、ハシュ様、うしろうしろ!」
「ギュ?」
頸をかしげるハシュルスルビスクルス様。
うーん、なんべん見てもソウ・キュート!…じゃねぇわッ!
「バルコニーにぶつかりますっ!」
叫びましたが、ときすでに遅し。
「ギャウッ!」
後頭部をゴツンとぶつけ、はばたきをやめて丸まったハシュルスルビスクルス様のおからだがひゅーんと落下してきます。
ああっ、このままではかたい石畳にクラッシュして大事故です! 流血沙汰です!
「ハシュ様!」
「きゃー! リセちゃん、あなた何する気ッ!?」
「やめろ、リセ・リアルデ!」
血相をかえた周囲の人たちに全力で引きとめられ、ハシュルスルビスクルス様を受けとめることはかないませんでした。
どっしん!
「ギャウゥ…」
「ハシュ様、だいじょうぶですか!?」
全身をたたきつけ、苦しそうにうなるハシュルスルビスクルス様に駆け寄ります。
…それにしても、ものすごい衝撃と轟音でした。
たしかにあのまま私があいだに入っていたら、まちがいなく押しつぶされてペシャンコになっていましたよ。消滅したはずの圧死フラグをみずから立ててしまうところでした。
とめてもらってよかったです。
打ちつけたところをなでていると、「痛いよ、痛いよ」とうったえるようにスリスリと顔をこすりつけられました。
こころなしか、緑の眼がなみだでうるんでいます。よしよし。
さいわいケガはありませんでしたが、この日から本格的に飛行訓練が開始されたことは言うまでもありません。
今の飛行技術では心配で仕方がないので、ぜひおねがいします。
飛べるようになったら背にのせてくださいね、ハシュルスルビスクルス様!
【竜の生態・その六】
竜の全身をおおうウロコは装甲のごとく頑丈で、めったにケガをすることはない。