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04 仕方なさ気でも面倒見は良い

今回、ハシュ様出番なし。

 本日は女官の仕事はおやすみです。

 今日いちにちだけとはいえ、あのかわいらしいハシュルスルビスクルス様のお姿を見られないのだと思うとすこし残念な気もしますが、せっかく与えられた貴重な自由時間ですから、日ごろできないことをめいいっぱい楽しみたいと思います。


「あらリセちゃん、おつとめは?」


 同室である同僚のおねえさんが、ねぼけまなこをこすりながらきいてきます。

 平々凡々な容姿の私と違い、ボン・キュッ・ボンのナイスバデーで笑顔がすてきな超美人さんです。


 …そう、人の姿をしているんです。

 何でも、本来の竜態ではよけいな幅と高さをとるため動きにくいということで、成人された方はみな、普段は人型ですごしているのだとか。


「今日はおやすみです」

「そお。外出のしたくをしてるようだけど、どこか行くの?」

「はい、街に出てみようかと思いまして」


 じつは私、この竜の国につれてこられて以来一度も王城の外に出たことがないのです。

 初めての市井……どんな感じなのか、ワクワクします。人界と似ているのでしょうか?


「気をつけて行ってらっしゃい。あたしはもうすこし寝るわ」

「ありがとうございます。では、行ってきます。…おやすみなさい」


 こうして、私は単身、朝の街にくり出したのですが……。







「ここが大通りで、この先の路地を右に曲がると食事どころの店がのきをつらねている」

「はあ…」


 ――なぜこの方が同行なさっているんでしょうか?


 門のまえで待ちかまえておられたかと思うと、私のとなりについて歩きはじめたのだから、驚きです。

 たずねてみたら、ひとこと「太子様のご命令だ」とだけかえされました。


 ちらと見あげると、足をとめた有翼の御仁が無表情にこちらを見つめかえしてきます。

 ふかい青色の眼は海のようにしずかで混沌としていて、何を考えているのかさっぱりわかりません。…いつものことですけど。


 何となく気まずいです。いつ視線をはずせばいいのでしょうか?


 往来のなかでつっ立ったまま内心オロオロしていると、ドンッと誰かの肩がぶつかりました。

 突然のことだったので足元がまごついてしまって、あー、これは転んだかも。


 ……って、あれ?


「だいじょうぶか」


 みっともなくすっ転ぶまえに、片腕で抱きとめてくださいました。

 わあ、いがいと筋肉質ですね。いわゆる細マッチョってやつですか。


「気をつけな!」


 私とぶつかったらしい少々がらの悪い男性がふり向きざまにどなります。

 しかし、御仁に無言でにらみつけられ、一瞬たじろぐと、そそくさとどこかに行ってしまいました。


 ものすごい威圧感です。たしかに、はだしで逃げ出したくなる眼力ですよ、こりゃ。

 それにしても、まさかかばってくださるとは思いもしませんでした。


「あの、申しわけありませんでした。どうもありがとうございます」


 ためらいながらもお礼を言うと、顔をもどしてちいさくうなずかれました。

 こころなしか、眼がほそめられているような気がします。

 言うなれば……そう、小動物を見るような眼です。うぬぬ、私は愛玩動物じゃありませんからね!


「わたしからはなれぬように」


 むくれる私にかまわず、御仁は肩に手をまわしてふたたび歩き始めました。







 最初こそ相手のペースに押されがちでしたが、そこは腐っても二十代をこえたばかりの好奇心旺盛な娘です。

 たちまち立場は逆転し、興味ある店を発見するたび、私は御仁の腕を引っぱって店内に突入し、品物をひとつひとつ見てまわりました。


 御仁も、整ったおもてにこれといった表情をうかべられることはありませんが、かと言って辟易するようすもなく物色につき合ってくださいました。







 食事もわすれて散策し続け、気がつけばすでに夕方ちかくになっていました。


 御仁から、閉門まえに王城にもどるよう伝えられ、私は物色をやめて急ぎ足でおみやげさがしを始めました。


「どんな品がいいでしょうか」


 ハシュルスルビスクルス様はもちろん、相部屋のおねえさんやほかの女官仲間にもあげる予定です。

 できれば全員によろこばれるものが望ましいのですが、私の俸給で手のとどく範囲のものと考えると、どうしても候補がしぼられてしまうのが現実です。うーん。


 まよいにまよった結果、無難に手ごろな砂糖菓子を人数分購入しました。


「毎度、ありがとうございました」


 会計をおえ、さきに店先に出ていた御仁のもとに駆け寄ると、いきなり長い棒がとび出た袋をズイと手に押しつけられました。


 あれ? ひょっとしてこれは…。


「そなたを待っているあいだに買ったものだ。あまり腹のたしにはならぬだろうが、城にもどる道すがらにでも舐めるがよい」


 眼をまるくしていると、くしゃくしゃと頭をなでられました。

 すこしだけ仕方なさそうに、しかしどこかやさしげにほおをゆるめて見つめてくる御仁に、はからずも胸がじんわりあたたかくなりました。


「…ありがとうございます。うれしい、です」


 その気づかいのきもちがうれしくて、自然とほほえんでいました。

 今までひそかに胸の内で「あのヤロー」呼ばわりしていた近寄りがたい有翼の御仁は、本当はとてもこころやさしいお方でした。







 ――それから。

 このままでは閉門の刻限に間に合わない、と、漆黒の翼をひろげて満天の星空を飛翔する侍従の竜の胸に身体をあずけながら、私は昔なつかしいべっこうの飴菓子をぞんぶんにあじわいました。


【竜の生態・その四】

一般に、竜は己よりちいさい者に対し、無条件で庇護欲をいだく傾向がある。

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