02 まったく理解できない
しがない「村人Y」である地味モブ女の私ことリセ・リアルデ、ただいま花の二十歳。
何の運命のいたずらか、このたびめでたく(?)竜の国の皇太子様づきの女官として正式に雇用されました。
――本当は『強制的に』ですがね! よくも脅迫しやがってあのヤロー!
…ゴホン、つい見苦しいところをお見せしてしまいました。すみません。
さて、そんなこんなで現在私がおつかえしている金色の子竜――ハシュルスルビスクルス様は、おんとし七つのヤンチャざかり。ボディアタックのはげしい甘えん坊さんです。
このあいだも、いきなりうしろからのしかかられて、あやうく昇天するところでした。
そうそう、あのヤロー……いえいえ、あの無表情な有翼の御仁は、どうやらハシュルスルビスクルス様の侍従の方だったようです。
今も姿は見えませんが、どこからか主人のことを見守っておられるのでしょう。
「キュウゥ…」
フカフカの寝台にこてんと寝ころがっていたハシュルスルビスクルス様がむずがりはじめました。
お昼寝の時間がおわりに近づいてきた証拠ですね。そろそろ要注意です。
私が臨戦態勢をととのえるより早く、ふるえていたまぶたがパッチリとひらき――小悪魔系コマッタちゃんのおめざめです。
「ギャウー!」
「ぐふっ」
ああ、今日も回避はかないませんでした。
これで二週間連続ボディブローです。
寝起きのハシュルスルビスクルス様にだきつかれ、ひっくりかえった私はそのままズリズリほおずりされました。パッと見なめらかでもけっこう痛いんですよね、竜のウロコって。
重さに耐えてよしよしと頭をなでると、緑の眼をほそめて「グルルル…」とうれしそうにのどを鳴らすハシュルスルビスクルス様は、まるで猫のようでむっちゃかわいいです。
…えぇ、最初のかたい決意はどこへやら、とっくにほだされてしまっております、ハイ。
「よくお眠りでしたね、ハシュ様。今日のおやつはヤピタのタルトですよ」
「ギャゥッ」
こくんとうなずき、眼をキラキラさせながら犬みたく何度も尻尾をふるようすは実にソウ・キュート!
うう、何なんですかこの凶悪にかわいらしいいきものは! 私を鼻血ブーにしてもだえ死にさせる気ですか!
あー、かわいいぞ、ちくしょう!
ちなみに、「ハシュルスルビスクルス様」なんて長ったらしいお名まえをこの私がただしく発音できるはずもなく、僭越ながら「ハシュ様」と省略して呼ばせていただいています。
椅子におすわりいただき、切り分けたタルトをお渡しすると、もののひとくちで食べてしまわれました。
ほんとうに大好物なんですねぇ、ヤピタのタルトが。
「キュウ、キュウ」
栗鼠のほおぶくろのごとく両のほおにタルトをつめこみ、もぐもぐと幸せそうに咀嚼しているハシュルスルビスクルス様をほほえましく見つめながら、ふと気づきました。
竜の成人は一般的に十六歳前後ということですので、私のつとめはあと九年ちょいです。
九年後――となると、そのとき私は……二十九歳!?
ひー、もう立派なオバチャンじゃないですか! いかず後家でアラサーなんて、そりゃいくら何でもかなしすぎます! …って言ったところで、別にその手の相手がいたわけでもありませんけどっ。
…びみょうに傷ついたので、それは置いておくとして――やっぱり家族や友人たちに会いたいですし、九年経ったあいだに死亡認定されるのだけは何としても阻止したいところです。
脅され、すがられ、流れ流されてここまできてしまいましたが、これだけはどうしてもゆずれません。
ようするに、人界に未練タラタラなんですよね、私。
「…あのですね、ハシュ様」
「キュ?」
無心にタルトをほおばっていらっしゃったハシュルスルビスクルス様が、まるで「なあに?」とでも言うように小首をかしげながらきょとんとこちらを見つめてこられます。
きゅるんとしたまるい眼と、たべかすのくっついたあどけない顔――いかにも子ども好きのハートをわしづかみにする黄金の最強タッグですが、これは真剣なお願いなので、血色のいいほっぺたを指先でツンツンしたい衝動を、涙をのんでおさえこみました。
「ハシュ様がぶじ成人なさったら、私を人界へかえしてくださいね」
うかがうように懇願したとたん、ハシュルスルビスクルス様の眼の色がギラリとかわりました。
怖っ!
「ひぃっ」
「ギャウ、ギャウゥッ!」
シャーッとギザギザの牙をむき出しにて怒ったように鳴きわめき、ぷいっとそっぽを向かれてしまいました。
ええっ、何で!? だって、「太子様が成人なさるまで」って言われてんですよ。
だったら、ハシュルスルビスクルス様が成人されたら私のつとめは終わりのはずでしょう?
「ハシュ様」
「ギャウ」
つーん。
――やだもん、ぜったいかえさないもん――
…おそらくですが、そんなことを言っておられるような気がします。
初対面から異様になつかれているとは思っていましたが、ここまで激しく執着される理由がまったくわかりません。理解の範疇をこえています。
そもそも人間の身でハシュルスルビスクルス様直属の女官に選ばれ、この国につれてこられた時点で理解できませんけど。
「お願いです、ハシュ様。ほら、タルトのおかわりさしあげますから」
「ギャゥッ!」
……完全にご立腹です。とりつく島もありません。
このあと、いくら好物でつったり頭をなでてなだめすかしたりしてみても、ハシュルスルビスクルス様はかたくなにへそを曲げられたまま承諾してくださいませんでした。
【竜の生態・その二】
高すぎる知能と身体機能、および無尽蔵の能力とを有するせいか、竜は他の種とくらべて格段に繁殖能力が低く、同族同士ではなかなか子ができにくい。
そのため、竜の国の王族は、同族よりも子をもうけやすい異種の異性と婚姻する場合が多い。
配偶者となった異種は長命である竜と同じ命数をあたえられ、肉体の老化速度も非常にゆるやかになる。なかには、伴侶である竜の年齢にあわせ、若返る者もあるという。
なお、異種とのあいだにうまれた子は(個体により差はあるものの)総じて若干発育が遅れ気味となるが、能力的に劣ることはない。