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01 何だか嫌な予感がする

いかにも頭の悪そうな話かと思いますが、これより今しばし妄想におつき合いください。

 突然ですが、女二十歳、このたびどこの誰とも判らない御仁に攫われてしまいました。


 しかし、俗に言う「囚われのお姫様」なんてご大層なもんじゃございません。

 もとより根っからの庶民ですし、役どころとしてもせいぜい「村人Y」ってとこですかね。


 いいですか? ただでさえモブな村人のなかの、これまたAでもBでもなく、尻から数えて二番目、ブービーな補欠の補欠のそのまた補欠ってとこなんです。スタメンはおろか、ベンチ入りすら出来ない、そんな人間です。

 ここ、重要なところなんでよろしく。


 ん? そんなやつが何で攫われたんだって? そりゃこっちが聞きたいですよッ。


 でも、拉致そうそう目隠しをされてしまったんで、荷物よろしく持ちかかえられてどっか飛んでるってこと以外まったく判りません。

 というか、空飛んでる時点で相手は人間じゃないですね。ああもうヤダヤダ。

 抵抗しようにも、この状況で落とされたら確実に死にますし、つれて行かれた先で殺されることになったとしても、かったい地面に全身打ちつけて内臓も脳みそも何もかんもグッチャグチャのスプラッタになるよりかは幾分マシな死に方ができるでしょう。


 …いや、ぶっちゃけ言うとまだ死にたくありませんけどね! 神様お願い見捨てないで! 猛烈にいやな予感がするけどマジ見捨てないで! お願いですから!




 ――などと祈っているあいだに、ついたようです。

 肩からおろされ、腕をひっぱられて強制的に歩かされます。ちょっとした競歩ですね。


 …おっと、ようやく止まりましたよ。目隠しもはずされました。これで晴れて状況確認ができます。


 で け ぇ


 ――ハッ、いかんいかん。こんなきたない言葉を使ってはいけません。

 今この場に父がいたら間違いなく教育的指導かまされてますから!


 それにしても立派なお部屋ですねえ。前に村長のドラ息子がおおいばりで自宅のひろさと装飾のすごさを語っていましたが、これには絶対負けるでしょう。規模からして違いすぎますし、内装もただ豪華なんてもんじゃない、部屋のすみからすみまで上品な絢爛さがただよっています。

 これが由緒ただしい大金持ちの居住空間ってやつなんですかね?


 バカ高い天井からぶらさがるむちゃくちゃ贅沢そうなシャンデリアをぼーっと見上げていると、うしろからクイクイとそでを引かれました。


 そういえば、私を積荷なみに丁重にここまで連行してくださった御仁がおられたのでしたね。すっかり忘れてました。

 …別に、雑なあつかいを受けたことをうらんでなどおりませんとも、ええまったく。


 やさぐれながら振り返ると――あれ?




 そこには確かに、背に翼をはやした御仁がたたずんでおられます。

 しかし、そでを引いていた……いえ、くわえていたのは――




「ギャウ!」


「ぐフぅっ」




 眼があったとたん、よける暇もなくモロ腹にタックルをくらわされました。

 しかも、ふっとばされたと思ったら、尻餅をついた状態でベロベロ顔面を舐めまくられるしまつです。金色の尻尾がビッタンビッタン床をたたいているのが見えます。


「…って、ちょ、待てやコラぁ!」


 あ、平手といっしょに素も出てしまいました。もうこのさいどうでもいいですけどね!


 巻き舌でどなると、金の子竜は私の腹のあたりまでしかない小柄な金のからだをフルフルとふるわせ、実にかなしげな眼で「キュウゥ…」と鳴きました。

 ううっ、おめめウルウルさせてかわいらしくくびをかしげたって、そう簡単にほだされたりしませんからね!


「――リセ・リアルデ。そなたは竜の国の皇太子であられるそちらのハシュルスルビスクルス様づきの女官として正式に任命された。本日より、太子様が成人なさるまでのあいだ、心をこめておつかえせよ」


「…はいぃぃ?」


 何を言っているんでしょうか、この御仁は。しかも、竜の国って、冗談でしょう?


「ハシュルスルビスクルス様じきじきのご指名だ。竜ならぬ人間の身でありながら直属の女官に選出されたことを光栄に思うがよい」


 そんな長ったらしい名まえ、よく舌噛まないでスラスラと言えますね。脱帽です。これぞまさしく名人芸。

 ついでに、ぜんぜん光栄じゃありませんから。むしろ、とっとと人界にかえしてください。こちとら連日の悪天候のせいで三日分も洗濯物たまってんですよ。

 洗濯担当者としては、父母弟妹あわせて七人を数える大家族の三日分もの洗濯物が、いまだ手つかずで放置されているんだと考えると……いつ虫がわいてもおかしくない。おえぇ。


 ぐちぐち腹の中で文句を言っていると、すがるような緑の双眸とバチッと眼があってしまいました。


「ギャーゥ、ギャウッ」


 ――いかないで。ぼくといっしょにあそんで。ねぇ、あそんであそんで――


 …あぁ、何だか、どこからかおかしな幻聴がきこえてきます。


「う…っ」


 ぐうう、子どもにとりすがられては無碍にできません。相手は人間ではありませんが、私はどうにも子どもというものに弱いのです。だって、これじゃあ弱いものいじめをしているみたいじゃないですか。

 実際、立場的にはまったく逆ですけど!


「そなたに拒否権はない。もし抵抗するようならば、人界はものの数秒でちりあくただ」


 有翼の御仁からも、無表情で容赦ないアッパーカットをおみまいされました。

 全人類の存亡を左右する判断を私みたいなショボイ人間にさせないでください!




 ……このとき、ウルウルおめめと人類存続の危機という、きつくおもーいダブルパンチをくらい、あっけなくノックアウトされた私を、この世の誰もせめられないはずです。




 こうして私こと「村人Y」――その名をリセ・リアルデと申します――は、知能も技能も人間をはるかにしのぐ畏怖のいきものがワンサカすまう竜の国の時期国王につかえる女官になりました。









「ギャーゥ、ギャウ!」

「ぐええぇぇぇ!」


 今日もまた、ハシュルスルビスクルス様は全身でよろこびを表現するように元気いっぱいに私にとびつき、グリグリ頭をおしつけてめいいっぱい甘えてこられます。


 このままだと私、確実におしつぶされます! 誰かたすけてくださいいいいいい!


【竜の生態・その一】

竜は成人を迎えたとき、初めて人型に姿を変えることが可能となる。

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