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水曜日の放課後


 この中学校は、入学式でも学んだとおり公立のくせに部活が非常に多い。

 なにせ仮部活などという制度に一週間の午後の授業全てを費やすのだ。この学校で二、三年生が部活に入っていないとは考えにくい。

 逆に、新入生は豊富な部から、自分が三年過ごすものを見極めるため、仮入部期間をフル活用して選び抜くはず。

 つまりこの一週間、今日の水曜から木金の計三日間で、俺と紅華と高畠を引いて二名、二名をオタク部に引き入れればよいのだ。

 三日で二人、意外と簡単な作業ではないか、と侮るなかれ。

 オタク部という名前は『入る者』は当然、『誘う者』にまで「遠慮」をもたらす強力な単語だ。オタク部に人を入れるよりかは、全く意味不明のパンタグラフ部やディズレーリ研究会などに人を集める方が、名前が格好良いから容易であろう。

 そして、ただの一般人である変な気を起こした者を誘ってもいけないのだ。

 できればこの部に入るのであれば、紅華など足元にも及ばぬほどのマニアックなものか、純粋な変態が良い。なぜならその方が楽しいから。

 数百の一年生から存在するかしないか分からぬ変態を求め、そいつがこの辺鄙な部活に入ると保証されていることもない。

 砂漠から砂金を探す作業とは言ったものだ。

 だがこの場合、砂漠の砂は全て金のペンキで色づけされている。本当に価値のある砂金を探し出すのは至難の業。

 一筋縄ではいかん。

 そう思いながら、俺は一つの手段を用いるため教室に戻ってきた。

 まだ皆食事の途中で紅華も多分に漏れず弁当を食べていた。

「紅華、ちょっと頼みたいことがあるんだが……」

 丁度弁当を食べ終えたようで、それを鞄にしまい立ち上がり、俺を見下した。

「へぇ~、頼みたい事? 私に頼みたい事あるんだぁ」

 どんな態度だ、と笑いそうになったが、忘れていた。

 俺は紅華と、微妙なところだが喧嘩別れになっていたんだ。

「ほらほら、何して欲しいの? 言ってみ」

 この尊大な態度に腹を立てない男はいない。いないが……。

「お前にしか頼めないんだ、紅華」

 好意でも何でも利用しよう。我が夢のため。

 案の定紅華は態度を一変させ、真面目に、むしろ嬉しさを隠せない様子で向き合ってくれた。

「な、なに?」

「新入生、どのクラスでもいいから物凄く変な奴がいたら教えてほしい」

「変な人?」

「そう変な人」

 間髪いれず俺が念を押したが、よく分かっていないらしい。

「ねぇ、それってどういう……」

「お前が女として、絶対に付き合いたくない男とか、警察官にあったら現行犯逮捕されそうな人だ」

 多分、そんな人ならオタク部に合うだろう。

「そんな人学校にいないよ!」

「いや、いるはずだ。お前の能力を活かして発見して、俺に教えてくれ。頼む」

 何度か口ごもったが、紅華は引き受けてくれた。

「じゃ、頼んだぞ」

「うん……分かった」

 教室から出て行こうとする紅華を呼び止め、最後に訊ねた。

「紅華! お前あの部に本当に入るのか?」

 彼女は振り返らずにサムアップして、出て行った。

 これで、少し不服だけど部員を一人は確保した。

 あと俺にできることは紅華が上手く変な奴を見つけるよう祈るだけだ。他人に話しかけるなんてとんでもない!

 他の生徒が仮入部で出て行く中、俺は高畠の元に戻る気もしないのでただ席に座りぼーっ何も考えず、気がついたら寝ていた。


 さて、どれほど経った頃だろうか。

 俺の席は名簿のせいで一番左端の前から三番目ということで、前には二つ席があって、今までは前の人が気まずいしノートもないから見ないように俯いていたのだが。

 なぜか今真ん前の席に永沢が背もたれを抱え込むようにしてこちらを見ていたのだ。

 これは恐怖すべきか、どうしたらいいのか。

「おはようございます」

「ああ、そんな時間でもないぞ」

 時計を見れば既に午後四時、本来の仮入部自体はそろそろ終わりで二、三年のみが活動する時間に移る。といっても優秀な一年とかは六時まで活動している。

 それにしても、なぜ女子ソフトボール部で多忙な永沢がこんなところで油を売っているのか。理由は知らないが、俺はこのままさようならといって帰るわけにはいかない。

 女子ソフトボール部顧問、俺と高畠を打ち破った宿敵でもありオタク部顧問候補でもある、複雑な人物。

 ともかく、媚を売っておくに越した事はない。

「すいません、ついウトウトしてしまいました」

 と軽い笑顔で頭を掻く、見え透いたおとぼけ感。

「ああ、春の陽気はぽかぽかだからな」

 意外と呑気なことを言うが、変わらない無表情でなんと言えばいいのかわからない。

 瑠璃華さんみたいな常にほっこり笑顔は何を言っても無駄だと諦めることができるが、この鉄仮面にはきっと表情を崩す手段があるはずだ、と俺の十二年の経験は言っている。

 無表情と言うのは心を隠しきれていないのだ。常にニヤニヤ絶えず笑っている奴は完全に自分を殺すことに成功しているが、無表情はそこからどうにか塗り替える事が可能なはずなのだ!

 という持論に基づき、チャレンジャーな俺はあらゆる手段を講じてみる。

「おいどんは蟹の入ったちゃんこが好きでごわす」

「そうか、私は鳥肉団子があれば鍋はなんでもいい」

 これは辛い、恥ずかしい。無反応永沢の普通の受け答えは俺の精神を深く傷つける。それでも、男としてここは引けない。

「げひょひょひょひょ!!」

 無意味に奇妙な笑い叫びを完遂させる。

「……!!」

 永沢の瞳が見開かれた、ように見える。

 あ、駄目だこれは恥ずかしすぎる。反応があった分、少し嬉しくて舞い上がった分も合わせて、俺の顔はそれこそ林檎の如く赤くなっているかもしれない。

 それはないか。それはないにせよ汗は滝の如く流れている。

「すいません、今のはなかった事に」

「……ふふふっ」

 あ、笑った! などと今の俺は素直に喜ぶ事もできず、早々と鞄を持って戦線を離脱する事にした。

 もし高畠がまだ部室に残っていて、紅華が様々な場所で情報を集めているとしたら。

そんな事も頭によぎったが、今は本当に恥ずかしい、恥ずかしいのだ。

 羞恥に満たされた我が心は学校から家に帰るまで常に頭を垂れさせた。



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