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火曜日午後・担任永沢芯祢

 この中学校はかなり広いらしい。五階建てとか、九組まであるとか。

 三組までしかない小学校に通っていた俺や紅華は急な変化に結構戸惑う。場所を覚えるのにも手間取るし。

 東奔西走、あらゆる場所を探し回って、ようやく見つけたの第二視聴覚準備室とかいう本当に必要かわからない窮屈な部屋だった。

 入ってみれば部屋というより物置に近い。

 横幅約二、三メートル、奥行きが十メートルほどだろうか、最奥でパイプ椅子に座っていた高畠は嬉しそうに声を上げた。

「おお! おお! ようやく来たか新入部員異瀬杏!!」

 彼の卑猥な顔が一気に緩む。本を読んでいたらしいが、ブックカバーのためどのような本かはわからない。

「異瀬杏、早速だが活動を始めたい」

「活動? 他の新入部員とか待たないんですか?」

 入学から二日目であり、仮入部二日目の現在、部活体験をする生徒が来る可能性がある。

 が、彼は当然のように笑った。

「アハハッ、こんな部活に人が来るわけないだろ? 貴君は痛快な事を言うなぁ」

 お前は何故こんな部活を作ったのか、と詰問してやりたい。どうせ面白そうだとか、何も考えていないんだろうが。

「では活動だが……」

「一体何を?」

 俺の質問に、高畠はさらにいやらしい笑みを浮かべた。

「ふふふ、行けば分かる。体育館に行くぞ」

 不安もあったがそれを上回る期待があったと思う。自分の顔が歪んでいくのが分かったから。


 体育館には、大勢の人が集まっていた。

 昨日の式典のため規則的に並んでいた長椅子は全てしまわれ、現在はバスケ部とセパタクロー部と卓球部とバレー部と筋トレ部と他にもパッと見ただけでは分からん部活が色々使っているらしい。それにしても広い。

「普段は他にもラクロスだの、バドミントンだの、なんか聞いた事もない変な部活も活動しているのだ」

 と高畠の言。

 卓球とバスケはそれぞれチームごとにユニフォームが違う。どうやらもう他校と対戦しているらしい。見学の生徒もたくさんいる。

「ほら異瀬杏、よ~く見ておけよ」

 俺ももう気づいた。走り回るスポーツ選手(女子)。流れる汗、濡れる艶髪、激しい息、揺れる胸。そう、天国だ。

 ちなみに俺はロリコンを自称しているものの、大きな胸自体には魅力を感じる。なぜかは知らない。男の性だろうか。

「あの十番、どう思う?」

 黒い服、金崎中学校の十番らしい。本当に運動選手かとツッコミたくなるほど長い髪と、それを大きく乱しながら動き回る姿。可愛いが特筆すべきほどではない。

「普通ですよ」

 正直に答えてやったら高畠は不服そうな顔をした。

「それよりあの青の六番ですよ」

 対戦相手の六番。

 身長は俺よりちょいと高いぐらい。短く乱雑に切られたボーイッシュな髪は、汗の水滴を纏い一段と輝いている。他の選手よりひときわ小さいのに、健気に飛び跳ねる姿。素晴らしい。言うことなしだ。

「ああ、貴君はとても矮小だから、小さい方が好きなのか」

 相変わらずのきたねえ笑顔に、俺はカチンときた。

「俺が小さいのと、小さい子が好きなのは別問題でしょう! 俺は小さいころからずっと小さい人が好きでした!」

「開き直るなよ、やれやれ、大人のよさが分からないとは……」

「ふっ、こっちのセリフですよ。幼女の穢れなき無邪気で清冽な精神と肉体のよさと言ったら……大人なんて全員……」

 と、続けようとしたのだが……。

「お前ら!! 何をさっきからぶつくさいっとるんじゃ!!」

 いかにも体育教師といったジャージのおじさんに咎められてしまった。

「やべ、鬼山だ、逃げるぞ異瀬杏」

 名前まで鬼教師っぽいんだな、とちょっと笑い、ひとまず体育館を後にした。


「いい加減、落ち着いた、ところ、に、行きましょう」

 俺は息を切らせながら高畠に言った。

 ここは何階の廊下なのかも分からない。結構走ったから三階四階ぐらいだろうか。

「何を言っている異瀬杏。落ち着いたところにロマンスはないぞ?」

 高畠は平気そうだ。体力だけはかなりあるらしい。

「体育館はもう無理そうだな。グラウンドだ! 次はグラウンドで活動する運動乙女を見物するぞ!」

 今階段を登ってきたばかりだというのに、この阿呆はまた階段を下りていった。

 正直とてもしんどい。俺は体力に自信がまるでない。いや自信がないというより実際に体力はないのだ。反復横飛びの途中で地面に倒れ、五十メートル走は途中で疲れ歩き、ラジオ体操を最後まで続けられないくらい……、ネガティブな話はやめよう。

 仕方なく俺は高畠についていくことにした。ゼエゼエ言いながら、のんびりゆっくりと歩いていった。

 放課後というのに、吹奏楽部だの、合唱部だの、あとは意味不明の行動をとる意味不明の部活などがにぎやかに活動していた。廊下なのに。

 そして吹奏楽部の一団を見て足を止める。なかなかの美人ぞろいだ。

 左から、べっぴんさん、べっぴんさん、一人飛ばしてべ……紅華じゃねえか!

 紅華はこちらに気づくと、ごつい金管楽器を吹きながらウインクをしてきた。

 茶道部とか言っていたくせにどういう風の吹き回しなんだろう。

 多分、仮入部期間だからたくさんの部活を回って遊ぼうとか、そんな軽いノリなんだろうな。

 俺はひとまず手を振って紅華に別れを告げ、高畠のところに、急いだ。

 二階下りた先、一階のゲタ箱に彼は居た。アクティブな変態は一番危険だと思う。

「遅かったな異瀬杏! それではソフトボール部から行くぞ!!」

 まだ靴履き替えてないっての。急かされながらも小学校から使っているスニーカーに履き替えた。

「では行こう異瀬杏、サッカー部と野球部とソフトボール部と……」

「分かりましたから片っ端から見学しましょう」

 どうやらこの部活は不純な動機で運動する乙女を見学する部活らしい。

 全く、やれやれ、最低だが面白いな!

 無事グラウンドに辿り着き、最初に見たのがサッカー部だ。

 これもまた先のバスケ部同様、紅白戦か他校とのかとりあえず十一対十一で戦っている。

 だが、男だ。

「高畠ァ! 貴様謀ったな!?」

「いや落ち着け、目に毒な物を僕のせいにするな。あっちだあっち」

 高畠の指差す先には陸上競技部がある。幅跳び短距離槍投げetc.etc.……。

「どうだ? 走る生徒の揺れる胸、投げる生徒の胸、そして飛ぶ生徒の胸」

「いやいや、それよりあの第二レーンの子が……」

 頭一つ他の生徒より小さく、男子も走っている中、健気に汗水たらし走る姿。美しい。

 結果は八人中第七位だが、俺は心から彼女にエールを贈った。

「貴君は筋金入りのロリコンだな」

「否定はしませんよ、この巨乳好き」

 少し不毛なにらみ合いがあったが、そんな男より美少女を見ようぜ、ということで我々は女子ソフトボール部に歩を進めた。

「はぁぁぁ……素晴らしいぃぃ」

 高畠が魅力のあまり脱力しているのは、俺があまり顔を合わせたくない顧問の永沢である。

 教師のクセに生徒が着るようなユニフォームを着ているため、ヒップラインが際立つ。

「むは、むはははは、この学校は部活が無駄に多い分我々が得をするな。なあ異瀬杏」

 素直に静かにしろよ変態め、と言っておけばよかったものの後輩として先輩に従うような言葉を言ってしまった。

「そうですねぇ、生徒が多くていい学校です」

 そしてライトを守っている小柄な美少女を見て、吐息。

 教師の視線に全く気付かなかった。

「異瀬杏と高畠赤兎ッ!! お前らこっち来い!!」

 心臓が飛び出るかと思ったとはこのことを言うに違いない。

 昨日は全く感情というものが見られない永沢芯祢の絶叫はとても恐ろしかった。

 すごすごとなぜか誘惑されたように歩いていく高畠を見て俺は足がすくんだ。

 何を隠そう、入学式の日に我々に硬球を放った者はあの永沢なのだ。

 体育館のステージに立っただけでボールを頭に直撃させる女なのだ。つまりもし今の我々の不埒な会話が聞かれていたとしたら、失神では済まないだろう。

「アッガァァァァァァァッ!!」

 人間のものと思えぬ高畠の珍妙な叫び声で、俺の恐怖心は十分に駆り立てられた。

「すいませんでしたああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そう聞こえるか聞こえないか分からないほどの必死に叫びながら、同時に俺は彼女と真逆の方向へ走る。

 しかしスタミナが五十メートルにも足りない俺が現役スポーツ部員達に敵うわけなく、なんと彼女達と十メートル以上距離が会ったというのに五秒もたなかったのだ。

 最近の中学生は発育がいいのだね。

 やすやすと捕えられて、女子生徒により永沢へと献上された。

「この子、可愛いですね。確か昨日の入学式で」

「分かると思うが、この子は男だ。そして私のクラスの生徒だ」

 彼女が言い切る前に永沢は事実を打ちつけ、俺と向き合った。

「俺は無罪です!」

「無罪の奴が背中向けてすいませんでしたって叫んで走り出すか?」

 なんたる正論か! 俺は反論を考えるべく顔を背け、そこで恐ろしいものをみてしまった。

「あっ、あれは!」

 彼は制服姿で、涙で濡れたグラウンドに正座で反省文を書かされている。一瞬のうちにあそこまでおちぶれるとは……。

「鉛筆と紙だけ渡す。紙に皺ができていたら書き直しだからな」

 し、下敷きもないというのに、砂だらけの地面では皺ができるに決まっている! 永遠の拷問ではないか! ここは賽の河原か!

 なんとか弁明せねば、これでは高畠の二の舞になってしまう。初日ならまだしも、二日目まであの高畠の二番煎じなど洒落にならん!

「違うんですよ永沢先生、僕はただですね、そのですね……」

 いかん、涙が出てきた。そもそも弁明するための意見を持ち合わせていない。

「ああ、泣くな異瀬。まるで私がお前をいじめているようではないか」

 あの高畠を見ていじめでなければなんなのか、などと口にすればきっとその十倍もの苦痛を味わわされるだろう。

「先生に、オタク部の顧問になって欲しいんですよ!」

 色々とゲームや漫画を嗜んできたが、苦し紛れと言うのは、案外大きな効力を発揮する物だ。

 脇役が絶対に敵わないというラスボスに思いも寄らぬ打撃を与えたり弱点を発見できたり、言い訳したら意外と上手いこといったり。

 今の状況はまさしくそれだった。

「ほほう、それは面白い意見だな、異瀬」

 意外にも永沢は、その目に確かな好奇を宿らせていた。

「仮部は五人部員を集め、顧問を見つければ正式な部活にできる」

 それは知らなかった。永沢は馬鹿にするような、楽しむような笑顔がうっすら浮かんでいる。

「部員を五人集めてみろ、そうしたら私が顧問になることを考えてやろう」

 その瞬間から始まったのだ。

 俺と、高畠先輩の、本当のオタク部が。



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