火曜日午前・先駆者高畠との出会い
朝は妹に起こされ、登校は幼馴染と。いかにも主人公のような日常。この二人といるときにだけ俺は薔薇色の未来が見える。
しかし、二人とも俺より背が高い。
妹と歩けば俺が妹だと思われ、幼馴染と歩けば俺は妹と思われ……数少ない友達と歩いても妹と思われる。
もしかしたら俺は妹なのかもしれない……、そんなことすら真剣に考える日々。
中学の男子制服で歩いている今も、通行人の二度見が辛い。
あの『あら微笑ましいわー』からの『えっ男!?』って顔の変化が俺の心を抉る。顔より先に服で判断しろよ、と思う。
「おい紅華、離れて歩け」
「え、なんで?」
理由は背が高いから、なんて言わせないで欲しい。
冷静に考えて、この西條紅華という幼馴染は俺にはもったいないほどの女性である。
容姿端麗、学業優秀、運動神経抜群、本人のスペックはとにかく高い。
俺はそれほど気にしてないけど、中学になり胸の膨らみが注目され始めた彼女に弱点は無い。
また、父親が大財閥西條グループの代表である、つまり彼女はご令嬢とか呼ばれる存在なのだ。
家が近いとか、親の付き合いだとかで、仲良くなるのはおこがましいことこの上ない。
かつての俺の女子トイレ侵入事件の被害者であるにも関わらず、俺を慕ってくれている。その心遣いが余計に胸を抉る。本来なら俺は西條グループの総力を持って滅される存在だろうに。
「もしかして私のこと嫌いになった?」
紅華の表情が曇り、不安そうに俺を見下す。
「杏は黒髪が好きって言ってたもんね……やっぱり茶色は嫌い?」
「い、いや、似合っているよ……」
は、恥ずかしい。つい顔を背けてそっぽを向いてしまった。
「そう! ふふっ、杏だーいすき」
幸せだなぁ、理想の幼馴染だもんなぁ。
でもこの胸の疼きは、恋のドキドキというより罪悪感のズキズキだ。早く俺よりいい男を、俺が嫉妬しないほどいい男を見つけて嫁いでくれたら助かる。
「そういえば杏ってさ、昨日体育館の舞台にあがったよね?」
「そ、そうだけど……それが、どうした?」
正直思い出したくない出来事になった。
全部あの高畠赤兎という二年の二番煎じ、しかも失敗してしどろもどろしているうちにソフトボールが直撃、昏倒。
情けない限りである。
「あれで杏すごい人気になったよ。あの最後に現れた美少女は誰だって。ぷっ」
「美少女?」
全入学生に顔を覚えられ、いじめの覚悟までしたのに、性別を間違えられるとは。制服が男子のものだったというのに。
「あの時の杏すっごく可愛かったよ~。顔を真っ赤にして、少し俯いて、あたふたしながら『あの、えっと』って。多分杏が一番好きなタイプだね」
顔に熱がこもっていくのを感じた。
自分でも醜態を晒したと思っていたが、まさかそんな事態になっていたとは。顔を紅く染めて目を伏せるうら若き黒髪純情男……なんと軟弱な。
「学校に行ったら気をつけなよ? ファンクラブとかできてるかもね」
意地悪っぽく笑うと、紅華は俺の攻撃に先手を打って、先に校門へ入っていった。
「ファンクラブって……」
自嘲のつもりで言うが、妙な怖気を感じてしまった。
校舎に入り廊下を歩くと、程なく我がクラス、一の二教室に着く。
出席番号は三番目、前の方のはしっこの席を意識しながら教室に入ると、強烈なお出迎えにあった。
「君が異瀬杏か! あの後舞台に立ってマイクを奪ったとかいう……」
一年の教室でありながらスリッパは二年生の青色。そして何より卑屈そうな眼鏡の、いかにもオタクって感じの男。
「えっと、あんたは、たかはた、だっけ?」
「高畠赤兎。二年生だが自由に呼んでもらっても構わない」
紳士的な態度で腕を組み一人うなずく。
「いや、美少女のような君が変態だとは、なかなか良い事だ。今日は部活勧誘に来たんだが」
「は、はぁ」
「ズバリ異瀬杏! 貴君には我がオタク部に入部して頂きたい!!」
ででーんと人差し指を突きつけられたが、ノーリアクション。意味不明だ。
あまりにイタい高畠先輩は、周りから嫌な感じのひそひそ声に気づこうとせずに話を勝手に続けた。
「異瀬杏よ、貴君が僕と同じ目的であの壇上に上がったことは分かっている。そんな貴君だからこそ、このオタク部が相応しい。ではこれが入部届けだ」
お前に何が分かっているのか、と、いきなり入部届の紙を渡された。
名前は先にこの先輩が書いたみたいで、オタク部(仮)とその下に書いてある。
「誰も入部するとは言っていないでしょう?」
激しい思い込みをするうえ、恥という概念が抜け落ちているらしいその先輩に不信感を抱く。
とはいえ、入部する気は満々である。
元々帰宅部になって家でゲームだの漫画だの、怠惰的で自堕落な生活を送るつもりだったのだ。その時間を少しこの変な人とともに過ごしても悪くはなかろう。どっちみち怠惰的で自堕落だろうが。
高畠はがっくりと肩を落とし、溜息をついた。
「だろうな……、私もいい加減話し相手が欲しかったのだ」
はあ、と溜息をつきながら高畠はさらに訊ねてきた。
「ところで、貴君はなぜかのような行動を?」
「それはもちろん、貴方と同じ理由ですよ」
高畠の目に輝きが戻り、ひそひそもぴたっと止まった。
「これに判子押して先生に出せば入部できるんですよね?」
「……すばらしい逸材だな、異瀬杏!」
高畠は眼鏡をくいっと整え走り去っていった。変だけど面白そうな人だ、変だけど。
「ねえ杏?」
不安そうな紅華が後ろから声をかけてくる。
「本当にその部活に入るの?」
「まあ、他に入りたい部活もないし……」
「だったら茶道部入ろうよ! お菓子食べられるよ?」
お菓子で釣られるほど俺は子供ではない。しかし茶道部……まさに黒髪乙女の集まる場と言えよう。
が、現実、紅華のような和の心を持ち合わせていなさそうな茶髪を入部させるのとしたら、お菓子目当てのけしからんダメ女がいる可能性も高い。よって入部する可能性はない。
完全な偏見ではあるが、それぐらいムチャクチャな意見を持っているほうが人生の指針というものは揺るがないのだ。
「オタク部に入ります。決定しました!」
機械チックに喋ることで絶対の決定を暗示してやる。
「ええ~」
紅華は実に不満そうだ。それで幻滅されるもよし、疎遠になるもよし。困る事はない。
チャイムが鳴り、永沢が教室に入ってきて、話はそれっきりになった。
休み時間は、俺を見る野次馬どもが壁になるうえ、紅華は既に仲良し連中を作ったことによって他人と話すことはなかった。
この日の午前は校則や学校の説明のみ、午後からは時間をたっぷり使った仮入部となっているのが、この『部活に力入れています中学校』の特徴といえる。
そういうわけで、紅華にちょいと別れを告げた俺は、とっとと高畠を探す事にしたのである。




