エピローグ・日曜日
目覚めて、そこが見知った我が家だと思い出すと、なんだか安心した。
時間だけはいつもやる日曜のアニメの時間であるが、それを見てしまうと親に気付かれてしまうだろうから、録画をして静かに階下へ向かった。
本日は記念すべき部員顧問全員集合での部活が午後からやるのだが、一体どの面下げて恵子さんと対面しようか。
昨日の夜は、本当に不思議な雰囲気だった。恵子さんは今、俺のことをどう思っているのだろうか。
リビングでは恵子さんが何か色々な準備をしていた。
それを陰から見守って、また静かに自分の部屋へ戻った。
とりあえず制服に着替えて、どうしようかと悩んでいると、ノックをする音が聞こえた。
「誰だ?」
と小さな声で訊ねる。
するとすぐに小さな声で返事が返ってきた。
「お兄ちゃん、林檎だけど」
「よし、入れ」
林檎は一人で、何も持たずにやってきた。
「あ、制服だ。格好良い」
「ふふふ、だろう? って、そんなことよりどうした?」
「お兄ちゃんこそ、今日はアニメ見てないの?」
「いや、それはまぁ……で、どうした?」
すると林檎はもじもじと。
「ずっと離れ離れだったから……一緒にいたいなって」
全ての悩みは百二十八門のミサイル砲の前に佇む一つの案山子が如く、一瞬で吹き飛んだ。
今までの厳かな雰囲気をぶち壊すように俺は大きな大きな声で言う。
「うはははは、愛い奴愛い奴、近う寄れ!」
そのまま俺はベッドに寝転び、林檎を誘う。
「お兄ちゃん、そんなことしたら制服、皺になっちゃうよ?」
「いいのいいの! むしろもっとしわくちゃにしよう。恵子さんの顔みたいにな!」
バン! と扉が開かれて、もう後はご想像の通りと言ったところか。
結局今までどおりに叱られて昼前にようやく解放された。
昼飯を用意されることすら気まずい雰囲気だと思っていたが、四人の食事の際恵子さんは、それでも俺を息子だと言ってくれた。
ようやく分かった事が一つある。
まず俺は以前も言ったとおり、自分と西條紅華の差について非常に悩んでいた。
俺は屑で、紅華は天才のエリートだという考え。
それと同じ事がこの異瀬家にもあるのだ。
俺は駄目だ、ロクデナシだ。そんな奴が異瀬家の養子のくせに甘えるな。
そんな考えがずっと頭の中、心の根底、自分でも気付かないところにあったのだ。
尤もそれは気付いたところでどうしようもなく、俺はまた気まずい気分で鞄を持って学校へと向かおうとしたところであった。
ぴんぽーんとチャイムが鳴ると、ノックも遠慮もなしに紅華が飛び込んできた。
「こんにちは! 杏くんいますか、って杏いるじゃん!」
「うるさい元気女……」
俺はそんな気分ではないというのに。
「それじゃ行ってきます」
「いってらっしゃい」
普通に出発、普通の登校だ。
「どうしたの、杏? なんかびくびくして」
「昨日色々あって大変だったんだ」
「へえ、何があったの? 教えて教えて!」
もっとこいつはおしとやかに出来ないものかと俺は溜息を吐く。
何の意味もないがスカートでも捲ろうかと思い立ち、すぐさま紅華のスカートに手を伸ばす。
紅華は小学生以来の感触に戸惑いながら手を振り払おうとするも時既に遅し。
「きゃあ!」
「白いっ!!」
白のレース、普段よりおしゃれをしている雰囲気がまたいやらしい。
しかし、スカート捲りは今考えるとこんな外で下着を見ることもできる相当高度なプレイのような気がして異様にいやらしい気分になる。
小学生のみの特権と考えていたが、中学の一年一学期ぐらいなら続けてもよかろう。
考えている間にスカートはふんわりと元の位置に戻り、紅華の平然を装った赤い顔だけが残った。
「……久しぶりだね、こんなことするの」
「お前がいつまでも子供みたいな反応するようならいつでもやるからな」
と気の利いた脅し文句を一つ言って、普段のような適当な話をして学校に着いた。
休みの日に登校というのは授業参観の土曜日ぐらいなものだ。
無論、やる気が特に高い運動部系は既に登校してたりグラウンドで色々やっているので独特の昂揚感はないけれど、それでも少し良い気分になる。
靴を履き替え、第二視聴覚準備室に辿り着くと既に皆揃っていた。
「おお、おお異瀬杏よ、重役出勤だな!」
細長い机がこの細長い部室に広がっており、みんな苦しむことなく座っている。
奥の一人分の所に高畠が、左奥に大吉、右奥に石目、そして入り口の隣に永沢が立っていた。
「おはよう」
と永沢は挨拶しゅうかんの時のように挨拶をする。表情も無いし、感情も昨日のように露にしていない。
「おはようございます、永沢先生」
「なんだ大吉も石目ももう来てたのかよ! 俺どこに座ろうかな」
何事もなかったかのように無視して不同の隣に行こうとすると、永沢に捕まった。
「本当は、こうしてほしいから無視しているんじゃないの?」
と、永沢は心底色っぽい声で言う。
捕まり方はいつもと同じような抱っこ体勢だが、これは冷静に考えると俺の顔が永沢の胸や顔の所にくるから非常にエロい。
「胸が良い? そ・れ・と・も・顔が良い?」
両手でしゃにむに押し離してなんとか答える。
「お前が昨日のお前と同一人物か確かめたんだよ!」
すると永沢は急に手を放し「お前呼ばわりはやめろ」と言った。
「いいだろもう!」
「もし異瀬が私の事をお前と呼ぶなら、私はあんたと呼んで熟年夫婦を気取るぞ!」
「じゃあそれでいいよ!」
さっさと大吉のところに行こうとすると、今度は後ろから捕まって、耳元で囁かれる。
「あんた……」
「おまっ!」
顔が見えないエロさ! 永沢が搾り出す艶やかさ!
「永沢先生、校長に言いつけますよ」
永沢の手が一瞬びくっと震えると、すぐに俺を手放した。
「西條……先生は悲しい」
「私も先生がそんなだって知って、どんなに悲しかったか……」
二人の女が火花を散らす間に俺は左の壁にもたれさせてあるパイプイスを一つ取り出し大吉の隣に座る。
「大吉、一日ぶり!」
「杏殿、元気でござるな。永沢女史殿の体はどうだったでござるか?」
「へへ、体は堅いのに胸がもう……うく、うくくくく」
大吉は大吉で俺に親近感を持っていたらしいが、一日遊んだだけでなんだか急に俺も深い友好を持った気がする。元々友達は少ない方だし、こういう特殊で奇妙な奴は闇野しかり額田しかり仲良くなるんだよなぁ。
「それで、今日は一体何をするんだ?」
と石目から高畠への質問。
俺は一日だけ行動したから何となく予想はつく。
尤も、俺がしたアレは、一体部のどれだけの活動なのか検討はつかないが。
「うむ、それでは皆心して聞け! 本日の部活動は……」
高畠が大きく声を張り上げ、その日にどんな馬鹿をするかを伝える。
この瞬間、色々な物が込み上げてきた。
入学式で初めて高畠を見たこと。紅華が意地を張って部活動に入部した事。
大吉と石目を初めて見て、俺が初めのリアクションを取ったこと。
語りつくせない感動もあれば、悲劇もあるが、今こうして馬鹿みたいな部活が完成して、面白い奴らが集まって馬鹿をすることが出来ると考えるだけで胸が熱くなる。
しかし生憎、これからの日常はいちいち考えていては時間がかかる。
ここいらで考えるのはよして、精一杯楽しもう。




