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断章・教育者たち

また異瀬杏のあずかり知らぬところの話なので、三人称の話です。そしてギャグはないです。

 異瀬杏達がすっかり帰ってしまった後、高畠赤兎と永沢芯祢は事務作業に従事していた。

 既に書類もまとまり、雰囲気だけ明るい入部勧誘のチラシの原本も完成し帰宅は目前というところである。

「永沢女史、これでどうか?」

「おう、よくやった」

 高畠は既に永沢のどす黒く汚れてしまった内面を見たためか下心がなく、永沢に至っては嫌悪の情があるようにすら見える。

 そんな中、職員室にとある集団が現れた。

「永沢先生!!」

 示し合わせたように永沢を呼んだ者達は、皆同じユニフォームに身を包み泥で汚れている。

 それを見て永沢は驚愕した。

「なっ! お、お前ら……」

 一目見て分かるように、女子ソフトボール部の生徒たちだ。

 集団の中から代表であろう一人が永沢に近づき、涙ながらに訴える。

「先生っ! 本当に……、本当にソフト辞めるんですか?」

「そ、それはだな……」

 冷徹な女に見える永沢が、理事長相手に見せなかった狼狽と焦りを見せている。

「永沢先生、私達には、私達には先生しかいないんですっ!」

 直後、後ろの集団も永沢の名を思うがままに呼び始める。

 さながらドラマのワンシーンのように劇的で感動的な場面ではあるが。

「いや、私は、私はオタク部の顧問として……」

 その言葉の不釣合いのあまり、永沢は赤面した。

 教育者として、自分が見ていた子供達を放り出し自分のために大した活動もせず娯楽に興じるなど、あっていいのか、と。

 しかし永沢は悩み続けたのだ。教育者としてこの中学に赴任して以来、熱い想いもたくさんしたがどこか冷めていた。

 それなのに、異瀬杏を守ることを考え理事長と口論した時は久しぶりに熱くなったのだ。

 あの熱い想いは、小学校の時の野球以来か、それとも小学校で初めてコーチした時か。

「永沢先生ーっ!」

「永沢先生辞めないで!」

「永沢先生じゃなきゃいやー!」

「や、やめてくれ! そういうことを言うのは……」

 目前で、代表になったものが呟いた。

「そうですよね、先生は……ソフトボールが嫌いなんですよね?」

 腹の肉を鷲掴みにされたような気分だった。

 今までの人生を思い返す。

 確かにソフトボールが嫌いだと言った。

 けれど、永沢芯祢という人間を語る上でソフトボールは欠かせないものであり、永沢が自分の意思で二十年以上携わってきたスポーツなのだ。

「嫌いなわけ……嫌いなわけないだろっ!」

 そう叫ぶと、生徒達の声も止まった。

「本当は好きさ。ソフトボールも、お前達も、みんな大好きだ!」

「せ、先生!」

 生徒達はぼろぼろと泣き始め、永沢の方に駆け寄ってきた。

 一人一人の顔を見て、永沢は少し笑って、泣き始めた。

「な、永沢女史!?」

 高畠の声を誰一人として聞いていない。

 しかし高畠はそれを不満に思うこともなく、ただ書類の専任の部分を兼任と書き換えた。



 結局のところ、永沢芯祢は月水木の三日とオタク部じゃない方の土曜日をソフトボールに甘んずることにした。

 いや、甘んずるは失礼である。永沢は好きでソフトボールをするのだから。

「ソフトボールが嫌いなんて誰から聞いたんだ?」

「実は、理事長先生が来て……」

 事の顛末はこうである。

 永沢に言いくるめられたが、それでも理事長は諦めたくなかった。

 だからソフトボール部の生徒達に事実を多少話して説得に向かってもらった。

 単純な手で生徒達を無理矢理言いくるめれば専任のままだったろうが、そうしない永沢の性格を見込んだ策だといえる。

「あの老いぼれ爺……いや、もう構わない」

「いいのか西條女史? まんまと術中にはまったのだぞ?」

「いいさ。ソフトボールを教えるのも、可愛い生徒達のために頑張るのが、聖職者としての教師というものだ」

 すっきりとした表情で、永沢はその足でソフトボール部の練習に向かった。

 高畠もそんな感動劇を見せ付けられ、妙にほっこりとした気持ちで家に帰った。


「いやぁ、理事長、流石です」

 校長室で校長が媚を売るように手もみをしている。

「はっはっは、なに、これぐらい当然のことだ」

 理事長もさぞご満悦の様子で葉巻を吸おうとしては懐にしまう動作を繰り返す。

「しかしよくあの永沢が兼任しましたな。あの鉄仮面、何を考えているか分からないところがありまして……」

「そうか? 単純なことだよ、自分がその立場だったらと考えるんだ」

 自分の頭をとんとんと叩き、理事長は乗りに乗った。

「自分がその立場なら? と言いますと?」

「例えロリコンの鉄仮面であっても、彼女は教育者だ。教育者とは自分の生徒のことを第一に考え立派な人間に育てるためにある。彼女が真に教師だと言うのなら、生徒の声に耳を傾けないわけがない」

「なるほど、いやご高説です。それでソフトボール部員を利用したと」

 というと理事長が顔色を変えた。

「利用とは人聞きが悪いな。確かに永沢くんにソフトボール部顧問をして欲しいという気持ちもあった。だけどね」

「だけど?」

「あのままだったら、あの子達は可哀相じゃないか」

 同じペースで言う理事長の姿に、校長は教育者たるものの気持ちというやつの一端を理解した気になった。

 永沢芯祢も理事長も、一時自分の利益のためだけに言い争いをし勝ち負けを競った。

 しかし、二人は大人であり教育者として生徒のために尽力する性質を持ち合わせているのだ。


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