土曜日放課後・異瀬帰宅
理事長と校長にオタク部創設の話を認めさせ、ついに五人と顧問が揃った。
職員室の永沢の机で計六人が揃っていたのだが、永沢はたがが外れたらしくずっと俺を人形を抱えるようにして持ち運んだ。
その様子は……、
『恥ずい! 恥ずいから止めろって!』
『大丈夫だって、みんな部活で誰もいない、ほら大丈夫……』
どう見ても、変態だった。
職員室にいる数人の教師が見る中でも俺を抱きかかえるままなので、もう何も言わないことにした。
永沢の席について、久しぶりに高畠に言ってやった。
「顧問まで変態でよかったなぁ、高畠!」
みんな少しだけ笑った。
皆安心しているんだ。信念を持っている奴、軽い気持ちの奴など、この部の入部希望は様々だけど、さっきの時間を経験して絆とか結束とかは強まったと思う。
「ところで、部活名はどうするんだ?」
という永沢の提案。
「この部活が何をするかよく知らないが、要は覗きだろ?」
「いえ、アニメやゲームの話題で盛り上がることも想定しています。なのでオタク部という風にしました」
と高畠は真面目に不真面目なことを述べた。
「そうねぇ、オタク文化って今じゃ海外でも有名なものだから、新日本文化なんていうのはどう? 新日本文化研究部!」
紅華が自信満々にそういうと、永沢と石目はそれを褒め称えた。
が、不同は目を閉じ、高畠は複雑な表情、そして俺ははっきり言う。
「紅華、それは逃げだ。オタク部という強烈な名前に堪えられず、それっぽい名前で真面目なほうに逃げた結果でしかない」
「……やっぱり、オタク部じゃなくちゃ駄目なの?」
「もちろん!」
「その名前でも入部しようというものこそ、この部が求めている人材でござろう?」
うんうんと俺は頷く。不同はなかなか意外とこの部の本質を理解している。
「では、永沢女史、オタク部ということで」
永沢はその目を鋭くして、高畠と不同を射抜いたかと思うと、俺に頬ずりをして正式な書類にオタク部と記入した。
永沢は俺には甘いが他には厳しいらしい。
「次に顧問が部に来る曜日とか、活動日時だけど、なにか考えはあるのか?」
と、聞いたにも関わらず永沢は勝手に顧問が来る曜日を毎日として丸をした。
「ちょっと待て、お前は毎日来る気か?」
「教師に向かってお前とはなんだ」
「すみません、じゃなくて!」
ちょっと暴れるが膝の裏を右腕で、上半身と腕を左腕で押さえられどうにも出来ず、結局疲れるだけ。
「ふふ、我が胸元であがけ」
冗談ではない。こんな奴に毎日来られては俺が何も楽しめない。
しかし活動日時を削っては高畠が文句を言うだろうし、俺も部員とは仲良くしていきたいと思っている。どうすればこのジレンマを解消できるのか。
今なら俺に好意を持つ紅華は味方になってくれるだろうから、何か多数決に持ち込めば上手くいくかもしれない。
しかし、即座には思いつかない。
「活動日時も毎日でいいです。貴君らもそれでいいな?」
「高畠殿がそういうなら」
「ま、普通部活ってそういうもんだろ」
紅華と俺だけがおろおろとしている間に話がまとまってしまった。
「ま、待て!」
と、止めるだけ止めてみる。思いついた一つの、最低の手段
「な、永沢先生がソフトボールしてる姿、週に二回ぐらいは見たいなぁ」
一瞬、その場が凍るが、それまた俺が溶かす。
「永沢先生の格好良いところ見たら、好きになっちゃう……かも」
くぁ! 恥ずかしい!
永沢は拘束の手を強め、顔を近づけてきた。
「くっ、罠と分かっている、罠と分かっているが……可愛すぎる!」
罠とバレた時点で作戦は失敗だと思うが、もしかしたら永沢なら……。
「でも駄目だ。毎日通うからな」
永沢でも駄目だった。
「で、でも永沢先生、毎日そんなに杏とくっついてたら、杏、本当に先生のことを嫌いになっちゃうかもですよ?」
「んー、そうだなぁ……」
やたらめったら表情豊かに変わってしまった永沢はもはや懐かしさすら感じる真面目な表情に戻って言う。
「少し真剣な話なんだが、もし私が異瀬と結婚するとしたら、毎日は来ないよ。しかれどそれを冗談だと笑うなら、どうせホームルームで毎日会うし、毎日部活にも顔を出そうと思う。西條は私が異瀬と結婚できると思うか?」
紅華は絶句した。
どうしろと。
「私はなんだかんだ言って結婚は難しいと思うんだ。西條とかとくっつきそうだし。だからこうして毎日愛でるだけでいいかなって。小学校の時と違って一応男だし、中学生だし、犯罪にならない、彼は頭も良いし」
「中学生は犯罪だろうが!」
「え、なに? 犯罪になることしたっけ? して欲しい?」
もう駄目だ。こいつには何も言わないほうがいい。触らぬ神になんとやらだ。
結局、部室は第二視聴覚室、活動日時は隔週土曜日の午後含む放課後、顧問はいつも来ることになった。
明日だけは実際活動してみるということで全員集まることになった。日曜日に活動する部活も珍しくないが、オタク部たる我々が毎日部活というのも面倒くさいので、基本はそのような日程である。
部長は当然高畠、副部長は壮絶な譲り合いの結果、結局俺になった。
そして、高畠と永沢が正式な手続きと一応オタク部勧誘チラシを作るとかで残って、それを好き好んで手伝いたい奴は残れと言われ、皆帰った。
帰り道、不同と石目も途中まで一緒で色々と話し合った。
「それにしても、一時はどうなるかと思ったでござるよ」
「全くだぜ、あの緊張は流石の俺もきつかった」
「そうは言っても、もう笑い話だ。忘れようや」
本当に、忘れたいことがたくさんある。
「ごめんね杏、永沢先生の暴走を止められなくて!」
「忘れようって言ってるのに!」
あんな事が毎日続くと思うと、想像しただけで震えが止まらん。
そこで石目と不同が大きな声で笑う。
「全く、杏殿が羨ましい限りでござるよ。永沢殿と西條殿にモテモテで」
「だよなぁ、俺ならもっと……もっといろんなことして欲しい!!」
「お前ら他人事だからそう言えるんだ。小一時間抱えられ続けたことないだろ?」
自分で言って、そんな経験する奴がいるかといいたくもなった。
そこで急に不同は立ち止まる。
「どうした、不同?」
「拙者は……」
迷っているらしいが、意を決したようで、彼は言った。
「拙者、本日杏殿と遊びたいでござる」
「急になんだ」
「思えば入学式、部活動紹介の終了時、拙者は杏殿の姿を見たでござる」
「あっ、それ俺も見たぜ、真っ赤になってあたふたしてたやつだろ?」
「くだらん話はやめろ!」
「杏って自分が不利になるとすぐ話怒ってやめさせようとするよね」
その通りと認めるが、変えるつもりはない。
「それはともかく、杏殿、これから伺っていいでござるか?」
「伺うって、家に?」
不同がその首を縦に動かすと、紅華が狼狽した。
「ええっ、それは、その、困るよね?」
と、俺の方を向く。今は西條家に厄介になっているからそう紅華が困るのだろう。
しかし不同はとても良いタイミングで言ってくれた。これで踏ん切りがつく。
「いや大丈夫、異瀬家にご案内しよう」
「それってどういう……」
紅華が言うのを石目が遮った。
「へえ、俺も行ってみたいが……、休みの日にまで早起きして眠い。じゃあな」
欠伸しながら手を振る石目に、手を振り返して別れを告げる。
そして西條家より早く訪れる我が家。
「ねえ杏」
「おう紅華、実はもう今朝瑠璃華さんに言ってたんだ。もう家帰るわって」
すると紅華は泣き出しそうな顔になった。
「お前はすぐ泣きそうになるな」
「だって、まだ毒島さんに挨拶もしてないでしょ? 私だって、昨日全然会えなかったし」
「昨日は部屋に篭ってたからな。でも明日の学校でも会えるし暇ならうちに来ることも出来る」
けど紅華は何も言わず、西條家へと走っていった。
残されたザックバランな男二人。
「……一体、何がござったのか?」
「西條家に厄介になってたんだ」
「その辺詳しく教えていただきたいでござる」
「この門が俺を受け入れたらな」
ついに久しぶりの我が家の門を叩く時が来た。
一週間にも満たない僅かな時の中、火曜日に泊まり、水曜に怒られて、煉次さんのおかげで西條家に厄介になり、そしてこの土曜日に帰宅。
この一週間は本当に色んなことがあった。命の危険を感じることもあれば、警察の世話になりかけたことも。
だが、全て上手くいった。
きっと、今度も。
感慨深く、俺はノックもチャイムもせず、家のドアを開けた。
「ただいま!」
家の奥から声が聞こえる。
「ああお帰り」
「あら、杏さん、お帰りなさい」
全く出迎えがないうえ、後から聞こえたのはこの一週間何度も聞いたおっとり声。
入って見れば、リビングの机で瑠璃華さんと恵子さんが笑いながら話していた。
「なにしてんすか瑠璃華さん……」
「なにって、おいしいケーキを買ったからおすそ分け」
そう言ってまた二人は賑やかに話し始める。
真剣になっていたのは俺だけだったらしい。
「杏殿? どうしたでござる」
「いや、なんでもない、なんでもないよ……」
考えてみれば、気のおける友人の家に、子供をその幼馴染の家に泊まらせるだけ、学校も通うし一週間にも満たない時間。
心配なら見に行けば良いし、電話で様子も尋ねることができる。
「ん、杏、友達か? こいつの部屋汚いけどまあゆっくりしていってね」
「ああ、承知でござる」
当然のように恵子さんは言う。
「あら、貴方が不同くん? 紅華さんから聞いてたけど本当に大きいのね」
瑠璃華さんのこれが普通の反応だろう。二メートルを超えているというのだぞ。
「そんなに大きいか? なんか長男の杏がこれだからさ、これぐらいの男普通にいるのかなって思っちゃうんだよな」
と、二人はまた笑いあう。
付き合ってられるか。
「大吉行くぞ、二階だ!」
「了解でござる!」
そうして二人と別れ、短い廊下と短い螺旋状の階段を昇り部屋へ。
なつかしの我が部屋。
ドアノブには小学生の時作った『杏の部屋』と書かれた木の名札がかけられている。
内装は、中央にパソコン、右にクローゼットとテレビ、左にベッドと本棚。
そしてそこかしこに普通のフィギュアや本が山積みになっていて、間にまたいかがわしい本などが入っているのだが。
この日だけは普段と違った。
「うわっ、杏殿!」
ベッドの上に横たわる、うら若き黒髪乙女と、ベッドの横で寝転がっている小憎たらしいガキの姿。
「ついに犯罪を……?」
「違うわボケ!」
シンプルすぎるほどのツッコミを入れた後、素直に紹介をする。
「妹の林檎と弟の鉄二だ。林檎が小四で鉄二が小二だな」
あれ、小五と小三だったかな。まあ何でも良いか。
「とりあえず起こしてどかすから待っとけ」
「あいや承知」
寝ている二人に近づいて、鉄二の頭を蹴り林檎の頭を撫でてやると、程なく二人は起きた。
「あれ、お兄ちゃん?」
「いってぇ、なんだぁ!」
二人とも少し混乱しているが、すぐに俺だと気付くと、それぞれ反応を見せる。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃーん!」
「杏兄ぃ、俺の頭踏んづけたな!」
鉄二の攻撃を華麗にかわすと俺は林檎の抱擁を甘んじて受けた。
しかしここで悲しいことが一つ。
最近林檎は自分の背の高さと兄の背の高さを比べ、膝をついて抱きしめるという技を覚えたのである。
ぷっ、と不同から笑い声が漏れると、鉄二は意味も分からずとりあえず笑っている。
林檎を抱き返し、二人をぼこぼこにしたい気持ちもあるが、ここは抑えて。
「林檎、鉄二、お兄ちゃんお友達連れてきたからな。出て行ってくれ」
しかし二人の聞き分けはそれほど良くない。
「やだよーッ! せっかく帰ってきたんだからなんかゲームしよーぜエーッ!」
まるで憎たらしいスタンドのような喋り方に一層怒りが募る。
一方の林檎は何も言わず、ただ涙目になっているものでこれまたに性質が悪い。
「不同、やっぱりそこのクソガキ連れてどっか遊びに行ってこないか? 主に鉄二が一人で帰ってこれないところまで。外国ぐらい? そして一人で帰って来い」
と、俺はその辺に落ちていた十円玉を手渡した。
「駄目でござる! 杏殿をこのまま放置したら、この部屋で何が行われるか……って安っ! 杏殿それじゃパスポートも作れないでござるよ!?」
「杏兄ぃ、いくらなんでも言って良いことと悪いことがあるぜ?」
冗談も分からない奴らめ。しかし俺だって色々考えているのだ。
「だって……なぁ」
林檎は膝をかくんと折っているものの、しくしくと泣いて俺の胸に顔を埋めている。
「どうしろと?」
「ああ……えっと、そうでござるね」
「林檎姉ぇ、もう泣くなよ。杏兄ぃもう一生どこにも行かないって」
その鉄二の言葉でぱっと林檎は顔を上げる。
「一生?」
いやいや、一生は流石に困る。
小学校でもやれ林間学習だやれ修学旅行だとあったのに、中学でもうお泊りしないなんて、無茶にも程がある。
「ああ、えーと、一ヵ月はもうどこにも行かない!」
「一ヵ月……」
こちらを見上げる林檎の目に涙が溜まっていく。
「嘘、嘘! 三十日はもうどこにも行かないから!」
「それ同じでしょ!? 馬鹿にしないで!!」
ちょっと前はこれでごまかせたのに! いやちょっと前? 何年かぐらい前だったか?
妹の成長に俺は少し感動して、他に策を考える。
「じゃあ、四週間でどうだ?」
「四週間……」
林檎は小さな声で計算を始める。
「一週間が七日だから、えっと四週間で……減っているじゃない!」
ちゃんと七四二十八と頭の中で分かってからの減っている発言。やはり林檎は気付かないうちに成長しているのだな。
「よし、今日は四人で遊ぶか! 鉄二、四人でやるやつもってこい!」
「ごまかさないで!」
「杏兄ぃ、俺は召使じゃないぞ!」
「ぶはは、賑やかな家族でござるな!」
少し前みたいに、兄弟と一緒に遊ぶのはやっぱり楽しい。
そして不同大吉、新しい学校の新しい友達もいる。
色んなことがあったが、小学校の時よりかは良い幕上けじゃないか!




