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土曜日の午前・決意

 毒島との壮絶な仲違いの結果、俺は部屋の前に机を移動させ部屋に篭城するという行動に出た。

 途中何度か紅華のノックや毒島のノックなどもあったが、それらを乗り切り一日が過ぎた。

 飯も食わず風呂にも入らず、色々なことを考えているうちに眠ってしまったのだ。

 そして土曜日の朝、なぜか紅華が学校に行ったという話を聞いた。

「杏さん?」

 今度は、瑠璃華さんがノックをした。

「杏さんも行かないといけませんよ、早くしないと」

 何故かは知らないが、俺まで学校に行かないといけないらしい。

「杏さん、怒りますよ?」

 変わらぬ穏やかな声。瑠璃華さんが怒った姿は見たことがなく想像できないが、紅華が知っているらしく、それを大層怯えているから俺は決して怒らせないようにしていたのだ。

 どうして瑠璃華さんが怒るほど真剣なのかは知らないけれど、今度という今度は瑠璃華さんの怒りを静め切れないかもしれない。

「瑠璃華さん、この机、もう動かないんです……」

 ドアの前の勉強机は、外の者も中の者も閉じ込める最硬の守りとなっていた。

「……どうしましょう?」

「仕方ない」

 はぁ、と瑠璃華さんの溜息が聞こえた。

「私がドアと一緒に押しますから、杏さんは思い切り机を引いてください」

 体が千切れるほどの苦痛と空腹の苦しみを乗り越え、約五分でそこを脱出することが出来た。

「瑠璃華さん、凄い力っすね」

「黙りなさい」

 言葉は少し荒くなっているものの、彼女の変わらぬ笑顔で少しほっとする。

「最高速で仕度しなさい。私は車を回しておきます」

 瑠璃華さんはやっぱりすごいなと思いました、と純粋な感想を残す。

 たぶん異瀬家からお借りしている子だから手違いのないようにと思っているのだろう、責任が彼女をうごかしているのだ。

 そう考えると、俺も瑠璃華さんに迷惑をかけるわけにはいかないと思ってしまう。

 中学生らしいつまらない意地を張ってしまって、瑠璃華さんの前ではどうも自分が子供だと自覚させられる。

 準備が済んで車に乗り込むと、俺は瑠璃華さんに早速告げた。

「瑠璃華さん、もう大丈夫です」

「いいえ、できるだけ早くいかないと」

「いえ、そうじゃなくて」

 一呼吸おいて。

「家に帰ろうと思うんです」

 いろいろ考えたのだ。いろいろ。

 一瞬、瑠璃華さんから笑顔が消えた。

 けど、その次にはいつもと違う本当の笑顔が見えた気がした。

「それじゃ、我が家から最後の登校、しっかりね!」


 土曜日にも関わらず、部活動を行なう生徒がいるためこの朝の時間は登校する生徒が多い。

 車で登校する生徒は中学にも関わらずいくらかの人数いるもので、特に呼び止められることはないはずだが、校門付近で低速になった車の窓はこんこんと叩かれた。

「異瀬」

 その聞きなれた声は、相変わらず感情をあまり感じない。

「永沢!」

「あら、その人が永沢先生? 格好良い人ね」

 ボン、と音が鳴ると車のドアは開いて俺はあっさりと永沢に持っていかれた。

「え、ちょ、待っ、瑠璃華さん!?」

 と呼んだが返事はなく、車はそのまま校門の外へ。

「異瀬」

「なんだよ! ていうかいい加減恥ずかしいって分かれ!」

 三度目、今度はだっこと呼ぶに相応しい状況で、顔が近い。

「十一時前に部員五人を連れて職員室に来い。」

 それだけ言うと、ゆっくりとおろされた。

「え?」

「じゃ、私も忙しいから後でな」

 なぜ、部員を集めて永沢のところで集まるのか。

 二択、一つは彼女が我々皆をさらし者にする場合、もう一つは……いやまさか。


 第二視聴覚準備室で全員が揃っていて、紅華が怒って声をかけてきた。

「杏! もう昨日は勝手に帰って家でも引きこもって! 心配かけないでよ!」

「す、すまん」

 が、紅華はそれよりも大事な事があると言い、一気に顔を近づけた。

「永沢先生が、昨日大変だったの!」

 そして、彼らから詳しい話を全て聞いた。

 昨日の話を聞いたところでは、永沢が校長に女子ソフトボール部の顧問を降りる話をしたという。

「いやはや、異瀬杏よ。貴君は一体何をしてこんな事態にしたのだ?」

 顧問は兼任も認めているので、まず校長はオタク部顧問を考え直すように説得し、次に兼任する方向へと話を導いたらしい。

 しかし永沢はオタク部の専任をさせて欲しいと首を縦に振らなかったという。

「拙者としてはなんであれアレほどの方が顧問になってくれるなら……」

「異瀬よ、俺は正直お前を舐めてたぜ。昨日は逃げ帰ったと思ってたが」

「それは言うな!!」

「ひゃん」

 ……きもい奴は放っておいて。

 その後俺が帰った後の第二視聴覚準備室に校長ともども来ていろいろ話を聞いたらしく、しかしその活動内容の不十分さに校長は激昂したらしい。

 が、永沢は引かなかった。

「本当に凄かったのよ、永沢先生」

 口八丁手八丁、校長先生を説得するには至らないも部の存命は確実となったのだ。

「で、今からこの仮部を部へと正式な昇格するのと、顧問を永沢にするための話をしにいくと?」

 紅華が頷く。

「ふふ、竜宮城から帰ってきた浦島太郎みたいな気分とはこのことね」

「偉そうなこと言うな!」

「ごめん」

 紅華がバカ正直な反応をするのは、俺が永沢を変えたとでも思っているからなのだろうか。それとも普段通りか、俺が逆切れしたからか。

 しかし本当にどうして、永沢がそこまでの行動に及んでいるのか。

 ぶっちゃけた話、俺も高畠も顧問はどうでもいい。高畠は楽しければいいだけだし、俺はここが正式な部活になりさえすればいいので、兼任でも一向に構わないのだ。

 軽く談笑したり相談をする中、時間が刻一刻と過ぎ。

「とりあえず行ってみるか!」

 五人の行進が始まった。


 職員室は、一度しか来た事がないが、前より随分静かだった。

 前はいくらかの先生が部活動のため着替えたり、ご飯食べたりしていたのに、今いる少ない人は固唾を呑んでこちらを見つめている。

 多分、優秀な永沢先生を奪った悪人扱いなんだろう。

「……なんだか、怖いね」

「……少し、興奮するな」

「君達は外で待っていてくれても構わないよ?」

 高畠の言葉で石目は一層発情、俺は無言で永沢を探す。

 けど昨日来た時結構遠い所だったことを思い出し、不同に耳打ちをする。

「不同」

 が不同は背が高すぎて耳打ちなどできるわけがなかった。

「ふーどーう!」

「なんでござるか杏殿、大きな声を出して」

「永沢先生ーって呼んで!」

「どうして自分で呼ばないのでござるか?」

「恥ずかしいから!」

「でも杏殿、もう聞こえていると思うでござる」

 見れば、既に永沢は来ていた。

「ぬかった!」

 急に恥ずかしくなって後ろ向きになり、俯いた。人前はどうも苦手だ。

「すまん、今からやっぱり校長室に行くが、良いか?」

 永沢の言葉に各々緊張し固くなるが、既に覚悟は決めていたらしい。

「やれやれ、オタク部仮創設者の底力を見せよう!」

「レッツゴーでござる!」

「この緊張がたまらないんだ!」

「杏、大丈夫?」

 もう死んでしまいそうなほど辛いし、胸が苦しい、それでも。

「行くっ! 行くに決まってるだろ!」

 永沢が少し微笑んだ気がした。


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