挫折の月曜日
そんなこんなで金崎中学校入学式がついに始まった。
ぴかぴかの制服を着た初心な新中学生たちが体育館に並んで慎ましく座っている。
貧相な顔の校長、規律に厳しそうな教頭の一挙一動に拍手をしたり、立ったり座ったり腰を曲げたりと、なにも小学生の終業式だ始業式だのと変わらない。
それはそれとして、ようやく部活紹介が始まる。
じゃんけんかくじ引きで順番を決めたのか、説明の順番は不明だったが、十ほど部活の説明が終わった。そろそろ準備でもしようか。
この中学にはPTAに入った母とか、古くから親同士の付き合いのある幼馴染とか、そういう邪魔者もいるが、この際はどうでもいい。
今重要なのは、わたわた慌て、顔を赤く染めるうら若き乙女たちだ。最悪でも退学はないだろうという予想も立てているし、心配はない。
椅子から音を立てずにおり、椅子の足の間を匍匐前進で、ステージに近づく。
およそ他人に無関心な入学生は、股の間を通り過ぎられたにもかかわらず、ただ目を瞬かせ驚くだけで俺を教師に告げ口することはない。問題は幼馴染と母、そして教師陣、その辺りに気付かれないようにするだけだ。
細心の注意を払いながら、演劇部の説明に耳を傾けつつ舞台に近づく。
『続いてはラクロス部の説明です』
一定の距離のまま、ひとまず活動中止。後は英語部の説明まで待とう。
『続いてはセパタクロー部の説明です』
『続いては中華料理研究部の説明です』
『続いてはラケットテニス部の説明です』
『続いては生活向上部の説明です』
『続いては起業応援部の説明です』
『続いては……』
金崎中学を甘く見ていたようだ。所詮中学校、サッカー野球バスケ+α程度と思っていたが、まさかわけの分からない部活まで充実しているとは。
しかし俺は挫けない。最後に控える英語部の説明まで、『この人誰?』『先生に言ったほうがいいかな?』と言う新入生どもで隠れるのだ。
『続いては仮部活の紹介を始めます』
新コーナーが間に挟まれてしまった。仮部活とはなんでも部員が足りない、顧問がいない、所謂同好会とかファンクラブ程度のものらしい。
俺が辛い思いをしていると、急に壇上に眼鏡の卑屈そうな男が現れた。
クラスの隅の方でぶつくさ文句を一人で言ってそうな、漫画に出るならマッドサイエンティスト役間違いなしという情けない見た目。
しかしその行動はまさしく俺の目標と一致していた。
男が豪快にマイクを奪い取ると、その顔からは考えられないほど意気揚々とした声で叫ぶ。
「中学生よ、エロくあれ! 本能の赴くままにぐばっ!!」
その叫びは急に飛んできた硬球に遮られ、彼は地に伏した。
後から何人かの教師が失神した彼を運び出すと、何事もなかったかのように仮部活紹介は再開し、最後に英語部の説明が始まった。
さて、俺はここでどうするべきだろうか。
やりたい事は既にあの二年生にさきこされてしまった。もう一度やっても、インパクトも与えられず、同じような経緯で失神し、連れ出されるのがオチだろう。
そもそもさっきの入学生の反応はどうだ? 校長がしょうもない駄洒落を言ったときのように凍り付いていたではないか。わたわた慌てるのは三十路や中年のオッサンどもだけではないか。俺はうら若き純情黒髪乙女が顔を紅く染めて目を伏せている姿が見たいのだ。
この作戦はハイリスク・ローリターン。
オペレーション・エロティック・カオティックは見送りにしたほうがよさそうだ。
だが、さっきの男の言葉。
本能の赴くままに。
さっきの男をリスペクトする形になるが致し方ない。ローリターンでもこの際構わない。
『以上で、部活動紹介を終わります』
うつ伏せから立ち上がり、舞台に取り付けられた階段を駆け上がり、強引に生徒からマイクを奪い取る。
そして入学生に顔を向け……言葉を失った。
俺は顔を真っ赤にして立ち尽くしただけで終わった。
もともとオタクだとか、根暗だとか言われるタイプなのだ。大勢の前で演説なんて出来るわけがないし、平静を保つことすら難しい。
せっかく勇気を持ってのオペレーション、肝心なところで勇気を失ってしまった。
かろうじて『えっと』とだけ言うと、さっきの二年同様白い球の餌食となった。新入生にも容赦のない学校である。
そして目を覚まし、しばらくすると母である恵子さんと担任になった永沢芯祢の挟み撃ちである。
恵子さんは皺も増え、若きころの愛らしさが残っているとはいえ年はおばさんである。
それに引き換え担任の永沢はまだ若く、女子ソフトボール部顧問で自身も経験者、引き締まった肉体に、赤茶けたショートヘアの女教師。どちらの説諭に耳を傾けるかなど、考えるまでもない。
「ちょっと杏! 聞いてんの!?」
もちろん、恵子さんの話は聞いていませんとも。
「異瀬、いったいどういうつもりで、何の考えがあってあんなことをした?」
永沢は興味が無さそうだ。仕方なく仕事だから聞いているといった感じ。他に何か考え事をしているのか、口を隠すように顎に手を当てている。だが目だけは真摯にこちらを見ていてなんだか恥ずかしい。
「答えないのか?」
「いや、それは……」
言葉に詰まる。何の考え、どういうつもり、全部最低で下衆な考えの結果だ。正直に答えたところでどこか遠くの矯正機関にでも連れて行かれそうだ。
「俺が不祥事を起こせば、恵子さんがPTAとか辞めさせられるでしょう? そうして恵子さんの面倒事を減らそうと思いましてね」
無論真っ赤な嘘だ。恵子さんの皺が増えようが、悩みが解消しようが、一ミクロンも気にしないのが事実。
永沢は相変わらず興味なさげに溜息をついた。
「へぇ、でもその恵子さんにとってお前が面倒事みたいだが」
見れば恵子さんは皺を余計に多くして鼻息をふんと鳴らした。
その後俺は、部活仮入部体験をすることなく帰宅。仮入部は一週間ほど続くので心配はないが、愛する妹、やんちゃな弟と話すことなく、午後になるかならないかほどの時間に帰宅したというのに晩ごはん中にまでこってり絞られた。
そしてそのまま風呂に入り、床に就く。これが中学生の生活だろうか?
もとより親には怒られることが山積みだった分まで叱られ記念すべき入学式の日の全くを叱責で済まされるなど、断じて中学生のものではない。
しばらくは学校説明と仮入部体験がある分自由がある、だが薔薇色の学生生活は見えない。
鬼のごとく怒る恵子さんと、冷徹な永沢の顔を思い出すと、胸が痛くなる。
こういう時は、ということで俺は妹と幼馴染の卑猥な妄想に耽りながら眠りに落ちた。




