断章・苦悩する毒島
笑うところはほとんどないつもりです。
家でも学校でもどうしたらいいのか分からない状態で、俺は西條家に帰った。
「お帰りなさ……なんだ、お前か」
「お前、日に日に俺への扱いが酷くなっていくな……」
毒島はくつくつと笑いながら俺の荷物を荒々しく取るとそれを引きずり、そのまま俺を部屋へと案内した。
部屋に着き、俺が中に入るのを見届けると、そのまま自分も入ってドアを閉めた。
「どうした、なんかメイドっぽい作業しなくていいのか?」
この部屋はこざっぱりしすぎて特に掃除も何もない。
そりゃメイドにしてみれば毎日埃とか掃除するんだろうけど、埃は積もる掃除しようとは思わない。尤もそれまでに雑多な本や玩具が散らばるから結局片付ける。
それにしてもドアの閉め方、後ろ手で閉める姿は閉じ込めるようで、いやらしくもある。
「実は……相談がありまして」
「お前、人に物を頼む時はもっとおしとやかにしろよ」
と言ったものの、相談を切り出した以後では毒島は淑やかである。
伏し目がち、遠慮気味、もじもじ、たとえ眼帯付きでも可愛いものだ。
「で、なんだ? 俺なんかに相談するってことは相当なことだと思うが」
「はい、私は瑠璃華さんと香奈とお前ぐらいしか本音で語れないのですが……」
嬉しい話だ。
「話は香奈についてのことで瑠璃華さんにはとても話せない事で……」
俺しか話せる相手がいないってことか。
そういうのでしばらく待ったが、毒島はもう顔を俯けたまま何も言わなくなった。
もちろん紳士たる俺は話をするまでぼーっと空腹を耐え忍び待つことにしたが。
三十分経った。
「一体何の話なんだ?」
「い、いえ、どこから話したらいいものか」
思わず溜息を吐いた。
「ややこしい事は抜きにして、ズバリ相談したいことだけでいい!」
そういうと彼女は、やはり顔を赤くして俯いて、しかし口をもじもじ動かした。
「そ、その、ですね……」
ごくり、とわざとらしく、生唾を飲む音を出してみる。
「女性同士の恋愛って……どう、思いますか?」
ほほー。
毒島はすっかり耳まで赤くして恥ずかしそうにふらふら立っている。
香奈さんと朝帰りで、香奈さんの相談で、挙句女性同士の恋愛の話。
導き出せる答えは一つ。
こいつ香奈さんとヤったな。
「女性同士の恋愛についてお前自身はどう思うんだ?」
邁進する野次馬精神を隠しつつ、詳細を知ろうと瞳を輝かせた。
「い、いや……普通ではないと、思う」
「なぜ?」
「なぜ、って、そりゃ生物学的に……」
つまらないことをぐだぐだ抜かしそうなので俺は大きな溜息を吐きその言葉を遮る。
「生物学だと? じゃあお前は食って寝て子作りするだけで人間生きていくとでも考えているのか?」
「それは……違いますが」
「世の中な、ろくに結婚もせず漫画やゲームが恋人だと言って憚らない奴が膨大な数居る。そんな奴らと比べりゃ同性愛なんて人間である分マシだ、マシマシ」
この台詞ばかりは自分で言って自分で苦しんだ。どう考えても高畠や不同や石目を好きになるぐらいなら俺は紙や機械を愛するね。あいつらは無機物以下だ。
「でも、子供を作れないって言うなら、それは同じじゃ?」
「平均出生率が二人を下回る日本で子供を産まないなんて普通なんだよ!」
「いや、下回るからこそ産まないといけないんじゃ?」
「それは……!」
その通りである!
論で少しおされたので、一度咳払いをして話の方向を新たにする。
「ところで海外の国では同性結婚が認められているところがあるんだってな」
「話変えましたね」
さすが目ざとい。しかし懲りないのが俺。
「なんだかんだでな、自分がしたいようにするのが一番なんだよ」
「私は変か変じゃないかを聞いているんです!」
少し毒島は怒り始めるが、それは俺には全く理解できない類の感情である。
子供の頃から変だ変だと言われてきたが、普通だと言われた記憶がもはやない。
「毒島よ、変か変じゃないかってそんなに重要な事か?」
「あんたはそういえば変の真ん中まっしぐらの人でしたね!」
そう言って毒島は部屋から出ようとする。俺はなんとか彼女の気持ちを改めさせるべく普段考えはするものの言う機会がないことを少し言ってみる。
「毒島、人の常識、普通っていうのは人それぞれで、家族それぞれで、地域それぞれで、国それぞれだ。そのうえ個々人が別々の家族や別々の地域共通する常識や普通の感覚を持つものだ。そんな状況で自分が普通か変かなんて考えるだけ無駄だ。周りの常識に合わせて生きて、海外や別の地方、他の家族の世話になる時合わせてきた常識が通用しなかったら、またその常識に合わせて、でまた戻して。そんな生活をするよりかは、自分の常識一つを貫いた方が良いだろう?」
毒島は部屋から出る事をやめたが、こちらを向くことはしなかった。
どんな表情をしているかは分からないが、多分俺が真剣になっていると察してくれて彼女もまた真剣に話に戻ってくれた。
「それは、詭弁じゃないですか? そうは言っても同性愛はほとんどの家族や国でおかしいことですし、どう考えても嫌われたりいじめられたりするでしょう」
「まあ、そりゃそうだわな」
「貴方は結局何が言いたいんですか!?」
怒りのあまり毒島はこちらを向いた。
「お前は、香奈さんになんて言うんだ?」
不意に香奈さんの名を出され、その目を直視して言った言葉に毒島はふと黙る。
「俺の予想に過ぎないが、香奈さんが勇気出してお前に告白でもしたんだろ? で、お前は同性愛をおかしなこととして受け止めているが、香奈さんのことが満更でもないから俺に相談した。でも本心じゃやっぱりおかしなことと思っているから、否定して欲しいと。そしてお前は俺から同性愛なんてやっぱりおかしいよと言われて、香奈さんに『やっぱりおかしいからやめよう』と言ったとして、どうする?」
「どうするって……」
「これからも友達として過ごす。まあそれが一番普通だよ。でも香奈さんは自分が考えて同性愛も致し方ないと考えた結果を、お前の中途半端な意志と俺みたいな他人の言葉で否定されて、悲しいだろうし、一生心の中にいやな物が残る。ま、人間みんなそんなものの一つや二つはあるだろうが……」
小学生の時、闇野が女をはべらせている姿がそれに相当する。あいつは最初物凄くいけすかない男だった、あの表情、あの視線、トラウマものである……。
は関係なく。
毒島は真剣な表情に戻って考えているが、やがて口を開いた。
「それは確かに、耐え難いことかもしれません。でも、今はそれではなく変か変じゃ……」
「変かどうかは香奈さんより重要か? ならはっきり言うが、同性愛は普通ではない。言葉は悪いが『何かの間違い』って言うのが一番ピッタリくるよ」
その言葉に、毒島は反応した。一瞬体が震えたが、恐らく怒りによるものだ。
なので俺は話を更に進める。
「だって、お前だって分かってるんだろ? これは肌の色やら髪の色みたいな外見の問題じゃなくて、中身の問題だし。差別じゃなくて区別ってことになる」
もっと何か言おうかと考えたが、上手く考えがまとまる前に毒島はこっちに近づいてきて、胸倉を掴んできた。
「私は、あまり頭が良くないから、上手な反論はできませんが、やっぱり……」
胸倉を掴んだまま、続きの言葉を考えているらしい。
呼吸が整わず結構苦しいが、俺も毒島の恋を素直に応援すべく、言葉を考えてやる。
「やっぱり……香奈さんを馬鹿に、されたくないってか?」
言ってみると毒島はパッと手を放した。
「異瀬……」
「お前の同性愛に対する考え方は、誰のためのものだ?」
「誰のため……?」
自分でも気付いていないのだろう。
「多分、お前だけじゃない、香奈さんと、二人のためだよ」
「…………」
「今のお前ってさ、どんな言葉がうってつけかな? 常識に囚われているとか、自分に素直になれないとか、馬鹿正直とか、プラスイメージは全然ないぞ」
結局のところ考え方の問題なのだ。人を愛するという時点で毒島は俺や高畠より立派だし、そういうのがおかしいというのも偏見でしかない。
問題はその偏見を強く意識しているのが毒島自身であるということ。彼女さえどうにかなれば問題はない、と思う。
「…………異瀬」
「なんだ?」
「もう、大丈夫です」
「つまり、どうするんだ。はっきり言え」
毒島の顔にはもう恥じらいもためらいもなく、真摯にこちらを見つめ宣言した。
「私は、香奈と共に生きます」
頭の固い女はようやく決断した。きっと一度こうなれば、もう香奈さんと別れることの方が難しいだろう。
「それじゃ……」
「そういえばどうして紅華お嬢さまはいないのですか?」
想像以上に毒島の切り替えは速かった。先ほどの真剣な表情はもう普段のものに変わっていた。
「お前も妙に早く帰ってきましたね。なんかありましたか?」
「あ、あんまり言えないことだ!」
と、声を荒げるも。
「泣いた後」
ハッと目元に手を当てると、毒島は一気に表情を緩めた。
「一体、何があったんですか? 教えてくださいよ」
「お前……最っ低な奴だな!!」
無理矢理部屋から追い出すと、勉強机をどうにかこうにかドアの前に置き篭城することにした。
もうチクショウ、やってられない。




