金曜日の午後・涙と後悔
訪れたのは職員室。
入り口には校内の落し物が入った箱と、そういった質問などの受け答えをする教師の集いがある。
しかし永沢はそのグループにいないらしく、もっと遠くの奥に彼女の席がある。
俺は職員室が嫌いだ。
職員室というものは生徒が立ち入ることを拒んでいるような雰囲気があるし、ここに来るときは十中八九怒られるからだ。
普通は入り口から大きな声で用事がある先生を呼び出すようになっている。
普段の俺なら大きな声で永沢の名など呼ぶことはただでさえしたくないのに、たくさんの先生がいるまえでそれを行うなど恥ずかしく辛い苦行である。
だが部室であそこまで大見得を切った俺に怖いものなどないはずだ!
「永沢先生いますか!」
返事の前にガタン! と大きな音が鳴った。
「異瀬か?」
小さな笑い声の中、後頭部を抑えながら永沢がやってきた。
恐らく授業中によくやる椅子の前足を上げて不安定な状況を楽しむアレを、キャスターのついた椅子でしていて驚いてこけたらしい。
彼女は上半身はスーツ、下半身は真っ青のジャージ、左手に割り箸右手に弁当箱という甚だしくだらしない姿であった。
「どうした、食事は済んだのか?」
俺は何も言わず、五人分の入部届を出した。
「顧問になるって、言いましたよね?」
さほど驚いた様子を見せず、ただ入部届の名前の部分をじろじろ見て、言った。
「集まったんだな。へえ」
「あの、顧問になって……」
「西條は女子ソフト断ったのにここに入るのか……。不同はどこもかしこもひっぱりだこだったのになぁ」
「顧問になるんですよね!」
「私は考えると言ったんだぞ」
当然のように、一切表情を変えず。
「まあ善処するよ」
それだけ言って、彼女は自分の席に戻ろうとした。
「待てっ!」
振返り切る前に。
「嘘吐いたら許さないからな!」
言い捨てて、走って逃げた。
結局、その後俺は部活にも戻らず西條家に帰ることにした。
情けない話、俺は泣いていたのだ。
職員室に入った時点で既に。
まだそんな、泣くほどではないと思っていたが、悲しみが積み重なってあの瞬間に爆発したというか、『善処』などという最も政治家とかが言って実際は行わないという代表的な言葉の出現に諦念の感を持ちそこからぼろぼろと溢れたが、もうどうでもいい。
鞄は置き去りだが、きっと紅華が持って帰ってくれるだろうし、食事に至っては考えることすらなかった。
しかし、帰宅の途中で問題が発生した。
我が異瀬家の前で。
「兄ぃ! 泣いてんのか!?」
「てっ鉄二!?」
紛れもなく弟の鉄二が異瀬家の門前で突っ立っていたのだ。
俺は泣いている姿を見られたのが恥ずかしく顔を隠すが、このバカ弟は全く見当はずれな事を言い出す。
「やっぱり兄ぃ、寂しいんだろ? どうして紅華姉ぇのとこで住むんだ?」
一瞬意味が分からなかったが、鉄二は俺が家を離れて、寂しくて泣いていると思ったらしい。
全く、子供は自分の視点からしか物事を考えられないのか。
「あのな鉄二、俺は学校で物凄く嫌なことがあって無力感に打ちひしがれて泣いているんだ。ぶっちゃけた話、西條家に非は一切ないぞ」
「それってどういうこと?」
あまりのバカ面に説明する気を失いかけるも、親切にも不親切な事を伝える。
「学校がいやだから泣いてるの。西條家は最高で、我が家は最悪なの、分かる?」
懇切丁寧に説明してやると、今度は鉄二が泣き始めた。
「ど、ど、っどどうしてぇ、そんなこと、言うんだ」
流石に罪悪感も芽生えるが、俺だって中学生なんだから楽させてくれ。
「鉄二、俺だって色々あるんだ。確かにお前がいなくて寂しい時も……あったけれど、今はとにかくお母さんが怖いんだ」
今、嘘を一つ吐いたが隠しておこう。
「でっででもぉ! 林檎姉ぇも、なな、泣いてたっ、ぞ!」
衝撃が走るとか、電流が流れるというのはこういうことを言うのだろう。
頭がガーンと響き、足下がふらっと揺れて、なんか脱力する。
でも一番響いたのは心だ。
「鉄二、それは本当か?」
鉄二は鼻水までたらしはじめた。
「うっ、うん。わっ、私が、お邪魔したら、お兄ちゃんが、困るだ、ろうって」
だから、堪え切れず泣くほどに、会うのを我慢しているというのか。
そんなことまで考えるようになって、なんで俺が本当に大事に想っているって気付かないんだ。
「鉄二、必ずそのうち戻るから、安心しろ!」
そう言って俺は走った。理由は分からないが、その場を離れたかった。恐らく、生意気でも可愛い弟が泣いているところはあまりみたくなかったのかもしれない。




